黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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第6話 予定調和

 

 

 

 

 

 本日の天気は朝から夕方にかけての雨。その事実は、ただでさえ最悪な気分を味わっている蓮太郎の憂鬱さを増長させるのには十分だった。

 

 蓮太郎は雨が嫌いだった。嫌い、というよりは好きになれないと言った方が正しいかもしれない。雨を見ていると、どうしてか暗い気持ちになるのだ。

 

 ふと、『雨が降ると暗い気持ちになるのは、人の本能だ』という言葉を思い出した。人間のご先祖様が、まだ狩猟を生活の基盤としていた時代。雨の日は住居から動けず、矢を放っても碌に当たらず獲物にありつけなかったらしい。そんな苦い経験が、現代を生きる人々の本能にも刻まれているとか。

 

 ぱらぱらと雨が傘を叩く音を聞きながら、蓮太郎は周囲を見渡す。

 倒壊した建物、赤く錆びた車、抉られた道路、地面にこびりついた大量の血。これらはすべて10年前に起きたガストレア戦争の爪痕だ。

 

 モノリスが作る結界のおかげで、日本は文明レベルを2020年代前半まで回復させたが、それと比例するように『外周区』と呼ばれるモノリスと接している区域は過疎化の一途を辿った。

 

 どこのエリアでもそうだが、モノリスに近いということはそれだけガストレアが侵入してきた際に襲われる可能性が高いということだ。

 安心して明日を迎えられるエリア中心部と、常にガストレアの出現に怯えなければならない外周区。どちらを選ぶかなど迷う必要すらない。

 

 それらを横目に見ながら、蓮太郎はこんなところ(外周区)に足を運ぶことになった経緯を振り返る。

 

 相棒の延珠が家出した。しかもその原因は、蓮太郎との口喧嘩だとか、年頃の反抗期だとか、そんな生易しいものではない。

 

 延珠が通う小学校で、彼女が『呪われた子供たち』であるという情報がどこからか漏れたのだ。……いや、どこから漏れたかなんて分かりきっている。

 

 防衛省に招集された翌日、影胤が接触してきた。曰く、仲間になれと。

 その誘いを蹴ると、影胤は去り際に吐き捨てるように言った。

 

 ───明日学校に行ってみるといい。君もいい加減現実を見るんだ。

 

 延珠はなぜか自分が『呪われた子供たち』であることを否定しなかった。たった一言、"違う"と口にするだけで良かったはずなのに。

 

「……くそっ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情のまま、蓮太郎は外周区のさらに奥へと進んでいく。蓮太郎が考えつく中で、家出した延珠が向かいそうな場所は全部で3つ。

 

 一つは木更の家。延珠は木更の豊か極まる胸部装甲に対して並々ならぬ敵意を抱いているが、木更本人のことはそれほど嫌悪していない。彼女の家に泊まることにそれほど抵抗はないはずだ。だが、延珠が木更の家に泊まっていないことはすでに確認している。

 

 次に延珠のクラスメイトの家だが……今回に限って言えば除外していいだろう。

 

 そして最後は、延珠の故郷であり、蓮太郎が現在訪れている39区(外周区)だ。

 実のところ、蓮太郎は延珠がここにいることをほぼ確信していた。だって、彼女には他に家と呼べるような場所など……どこにもないのだから。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「やあ、おはよう蓮太郎くん」

 

「なんでアンタがここに居るんだよ……」

 

 39区のとある下水道。初対面の相手をいきなり性犯罪者呼ばわりする少女に奥へと案内された蓮太郎は、なぜかエプロン姿で挨拶をしてきたカネキに困惑した。

 

「つーかなんだよ、その格好」

 

「うん? ああ、そういえば言ってなかったっけ。僕、たまにここで子供たちの先生をやったり、ご飯を作りにきてるんだ」

 

 そう言ってカネキは自然な動作で冷蔵庫から食材を取り出す。

 

 ……は? 冷蔵庫?

 

「いやいやいや待て待て待て」

 

「わっ、ちょっと。いきなりどうしたの」

 

「どうしたもこうしたもねぇよ! なんで下水道に冷蔵庫があるんだよ!」

 

 まるで存在しているのが当然みたいな空気のせいで気づくのが遅れたが、冷静に考えればこんな場所に冷蔵庫があるのはおかしい。

 

 よくよく周囲を見渡せば、異常はそこらかしこにあった。

 

 冷蔵庫の近くには流し台やクッキングヒーターなど、明らかに通常の下水道にはない設備、いわゆるキッチンが存在していた。さらに天井からは換気扇の代用として、吊り下げ型の空気清浄機がぶら下がっている。おまけに蛍光灯まで設置されているではないか。

 

「……なあ、二つほど聞いていいか?」

 

「いいよ。僕に答えられることなら、だけど」

 

「それじゃあ一つ目。流し台から出る水ってどこから汲んできてんの?」

 

「雨水を貯めて、それをろ過して使ってるんだよ。ちなみにその水は料理や飲み水としてだけじゃなくて、お手洗いとかお風呂とかにも使ってるね」

 

「なるほどな。なら二つ目の質問。電力はどうやってまかなってるんだ?」

 

「君も知ってると思うけど、外周区っていたるところに発電所があるでしょ? 地熱、風力、太陽光に原子力。まあいろんな所から少しずつ気づかれないように拝借してるんだ」

 

「それって犯罪なんじゃ……」

 

「蓮太郎くん、覚えておくといい。どれほど法を逸脱した行為でも、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」

 

「アンタ真顔でなに言ってんの?」

 

 蓮太郎は眉間を押さえながらため息を吐きだす。

 

「世の中は綺麗事だけじゃどうにもならないからね」

 

「…………」

 

 にこりと笑うカネキに思わず正論で返しそうになるも、それはギリギリで思い止まった。蓮太郎はバツが悪そうに視線を逸らす。

 カネキの言葉が、まるでナイフのように胸に突き刺さる。この感覚を蓮太郎は知っている。口調は穏やかで軽くおどけてもいるが、彼の言葉には蓮太郎では計り知れないほどの重みがあった。

 

 だからこそ、なんと言えばいいのか分からなくなり、それでも何か話そうと、蓮太郎が再びカネキの目を正面から見据えて、口を開こうとしたときだった。

 

「おやおや。マリアが『民警を騙る性犯罪者が来た』と言っていたからどんな人かと思いましたが、どうやらカネキさんの友人だったみたいですね」

 

 蓮太郎がカネキの背後に目を向けると、杖をついた初老の男性がこちらに歩いてきた。

 

「えっと、アンタは……?」

 

「おっと失礼、自己紹介がまだでしたね。私は松崎と言います。カネキさんがここに来る以前から子供たちの面倒を見ている者です」

 

 松崎は蓮太郎に手を差し出して柔和な笑みを浮かべた。それに慌てて蓮太郎は彼の手をとり、握手をすると民警の名刺を渡した。

 

「里見蓮太郎だ」

 

 名前を聞くと松崎は一瞬だけ目を丸くすると、すぐにまた微笑んだ。

 

「ああ、なるほど」

 

「な、なんだよ」

 

「いえね、カネキさんからあなたのことを少しだけ聞いていたんですよ。顔立ちは整ってるのに雰囲気や性格のせいで全然モテない残念な義弟(おとうと)がいると」

 

「うるせぇよほっとけ!! って、え? 義弟ってどういう意味だよ」

 

「それも言ってなかったね。僕、実は菊之丞さんの養子なんだ。つまり君とは義理の兄弟、木更ちゃんとは叔父と姪の関係になるわけだね」

 

「はあああぁぁぁっ!?」

 

 実際のところは言わなかったのではなく、影胤にそのことを指摘されるまで自分が蓮太郎の義理の兄で木更の叔父であるなどカケラも気づいていなかっただけなのだが、それは言わぬが花だろう。

 

「そんなことより蓮太郎くん。なにか用事があってここに来たんじゃないの?」

 

「え? あ、ああそうだ」

 

 蓮太郎は携帯に保存された延珠の画像を二人に見せる。

 

「カネキは前に一度会ってるよな。こいつは延珠、藍原延珠だ。ここに来てないか?」

 

 画像を確認した松崎はゆっくりと首を振った。

 

「残念ですが私は知りません。カネキさんはどうですか?」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけカネキは自分の背後で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に視線を向けた。目を閉じて僅かに逡巡すると、カネキは顎を触りながら答えた。

 

「ごめん。僕も延珠ちゃんの姿は見てない」

 

「そうか……悪い、手間取らせたな」

 

 それだけ言うと、蓮太郎は二人に一礼して来た道を引き返そうとする。が、それを松崎が引き留めた。

 

 これからどこへ行くのか、相棒に逃げられたのなら新しいイニシエーターと組めばいいのではないか。そんな疑問を口にしたのだ。

 

 すると蓮太郎ははっきりと言った。イニシエーターだとかプロモーターだとか関係ない。自分は里見蓮太郎個人として藍原延珠を探しているのだと。

 

 少々感情的になってしまったことを謝罪して、今度こそ蓮太郎は去っていった。彼の姿が見えなくなるまで見送ると、カネキは振り返ることなく言葉を紡ぐ。

 

「さて、彼は君を見つけるまで39区を探し回るみたいだけど……追いかけなくていいのかい?」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「蛭子影胤たちは現在『七星の遺産』を奪ってモノリスの外『未踏査領域』に逃走。ステージⅤを東京エリアに呼び寄せるための準備に入ってる。今、政府主導で大規模な追撃作戦が計画されているわ」

 

「俺が寝ている間にそんなことが……」

 

 蓮太郎くんが39区を訪れた翌日、彼は別の外周区で聖天子様からの依頼を遂行中に影胤と遭遇、交戦した。だが結果は惨敗。1日と3時間ほど生死を彷徨い、病室のベッドで目覚めたのがつい先ほど。東京エリアの現状を表すなら滅亡一歩手前。つまり原作通りの展開だ。

 

「なら……やつを、蛭子影胤を止めねえとッ」

 

「勝てるの? 君にできるの? 里見くん、死んじゃったら……おしまいなのよ……?」

 

「それでも……」

 

「里見くん!」

 

「死にに行くわけじゃねえ。かと言って勝つ保証もねえ。でもよ───」

 

 ベッドから起き上がり、病院服からいつもの制服に着替え終えると、蓮太郎くんは不敵に笑った。

 

「このままじゃ俺、格好悪いだろ?」

 

 木更ちゃんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。もう君たち付き合えよ。全力で祝うから。

 

「……この、お馬鹿ッ。はあ、いいわ、もう聞かない。私も少し気になることがあるから、そっちのことを色々と調べてみる。ところで……」

 

 ん? どうしてそんな憐れみの込もった目で僕を見るんだ?

 

「えっと、里津ちゃん? その、そろそろ許してあげたらどうかなあって……」

 

「ダメだね。今度ばかりは我慢ならないよ」

 

「里津の怒りはもっともだけど、病院でいい年した大人を猿轡(さるぐつわ)させて手足縛って椅子の代わりにするのはさすがにどうかと思うぞ」

 

 おお、やっとそこに触れてくれたか。良いぞ、そのまま説得してくれ! 足が痺れてもうほとんど感覚がないんだ!

 

「むう、確かに病院でやるのはまずかったね。でもこうなる原因を作ったのはコイツ自身だとアタシは思うんだけど」

 

「「「それは否定しない」」」

 

 延珠ちゃんまで!? これまでの僕の行動の一体どこに問題があったって言うんだ!?

 

「とか思ってるでしょ」

 

 なん……だと……? 位置の関係で僕には里津ちゃんの顔を窺うことはできないが、声音から察するにかなりご立腹な様子。後頭部に視線をびしびし感じる。

 冷や汗をかきながら自分の行動を振り返る。ケースを取り込んだガストレアが第32区にいるという情報を入手した僕と里津ちゃんは急いで現場に向かった。

 

 道中で影胤の通り魔被害に遭った民警の手当をしながら奴らを追うと、増水した川に落下していく蓮太郎くんの姿を見てしまった。

 

 僕が行動を起こさなくたって彼は助かると知っていたのに、気がつけば体が勝手に動いていた。激流の川に着水した蓮太郎くんを追って、躊躇なく飛び込んだ。

 

「お願いだから、無茶しないでよ……」

 

「……ごめん」

 

 今にも泣きだしそうな顔で猿轡と縄を解く彼女に、僕はただ謝ることしかできない。僕としては自分の命を粗末にしてるとか、無茶をしているつもりは全然ないんだけど、彼女が心配するのならもう少し控えよう。……どうして心配されてるのかはよく分からないけど。

 

 凝り固まった体をほぐすために両手を合わせて腕を上に伸ばし、背筋を反らす。すると、蓮太郎くんが指で頬をかきながら近づいてきた。

 

「どうかした?」

 

「いや、その、ありがとな。助けてくれて」

 

「妾からも礼を言うぞ!」

 

「カネキくん。ありがとう」

 

 ──────。

 

「……ああ、うん。気にしなくていいよ。お礼を言われるようなことは何もしてないから」

 

 そうだ。礼を言われるようなことは何もしていない。君がぼろぼろになって苦しんで、生死の境を彷徨うことになったのは、元を辿れば僕が()()()()()()()のが原因なのだから。恨まれこそすれ、感謝される筋合いなど何処にもない。

 

「それより木更ちゃん。さっき言ってた気になることって、影胤さんの情報が何者かによってマスコミにリークされそうになった件だよね」

 

「え? ええ。それがどうかしたの?」

 

「もし犯人が特定できたら、君なら間違いなく作戦本部に乗り込む。そして、蓮太郎くんや延珠ちゃんの安否をリアルタイムで確認できる本部に留まろうとするだろう」

 

 図星だったのか、木更ちゃんは大きく目を見開いた。これくらい知識がなくても簡単に予想できる。

 

「そこでもし君が、本部で政府の人間たちとの同席を許されたなら、頼みたいことがある」

 

 

 

 

 




>快適な下水道
最悪のケースを想定して39区以外にも同じような拠点が複数ある。

>家出した延珠の説得
失敗。まだ一回しか会ったことないからね、仕方ないね。
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