黒の銃弾と黒い死神   作:夢幻読書

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 長い(確信)

 今更ですが誤字報告してくださった方、ありがとうございます。


第9話 宿痾

 

 

 

 

 

 僕が将監さんを担いで市街地から離脱した後の展開は……まあ、一言でいえば原作通りだった。蓮太郎くんの活躍により蛭子影胤は撃破、ステージⅤのガストレア『スコーピオン』は彼が放ったレールガン(現代版ロケットパンチ)によって討伐され、蛭子影胤テロ事件は終結した。

 

 これだけなら、敢えて言葉を濁すような言い方をせずに「原作通りの展開でした。以上」で終わるんだけど、この話には少し続きがある。

 

 『原作通り』とは言ったけど、すべてが原作と同一の展開だった訳じゃない。将監さんと夏世ちゃんはあの事件を生き延びたし、蓮太郎くんが影胤さんとの戦闘で瀕死の重傷を負うこともなかった。

 

 もしかしたら、物語が改変されないように謎の修正(運命)力が働いて将監さんたちを救えないんじゃないかとか、僕が余計なことをしたせいで原作以上に犠牲者が増えるんじゃないかとか、色々不安はあったけど、東京エリアは主人公に救われ、僕は目的達成の為の第一歩を踏み出した。

 

 誰にも迷惑は掛けていない。なのに、一体なにが気に食わないのか。

 

 バチンッ、と乾いた音が地下室に響く。痛みで熱を持った頬をさすりながら顔を戻すと、振り抜いた手を下ろした白衣の女性───室戸菫(先生)はその(よく見れば驚くほどの)美貌に怒気を滲ませながらこちらを睨んでいた。

 

「……未踏査領域に発つ直前に、私は君に言ったな。危険が迫ったらどんな状況だろうと躊躇わずに赫子を使えと。なのに、なぜ約束を破った?」

 

 ……あ。

 

「まさか忘れていた訳じゃないだろうな?」

 

「あ、あははは。僕が先生との約束を忘れる訳ないじゃないですかー……待ってくださいすいません謝ります嘘つきましたごめんなさいだからそのメスをおろして下さいお願いします!!」

 

 言うが早いか残像を生じさせるスピードで土下座の姿勢に移行し、床のタイルに額を叩きつける。白衣を着た女性が無表情でメスを片手に歩み寄ってくる姿は控えめに言ってホラーだ。不健康なほど青白い肌と、まるで幽鬼のように希薄な存在感がそれに拍車をかけている。

 

 これ逃げなきゃ解剖されるんじゃね? とは思っても、恐怖で足がガクガク震えてとても立てそうにない。先生の靴のつま先が目に映り、頭頂部に視線をびしびし感じる。

 

 その状態のまま5分が経過。

 

 ……静寂が痛い。これはひょっとして、靴を舐めろという無言の圧力だろうか。

 

「はあぁぁ……。ちゃんとした理由があるんだろうな?」

 

 え? と顔を上げると、先生は眉間に皺を寄せて深い溜息をついた。ドカッと椅子にもたれ掛かると、早く話せと言わんばかりに目元をつり上げていく。

 

「は、はい! えーと、まずですね、影胤さんには後援者がいました。そして彼は、ごく一部の人間にしか開示されていない僕の経歴(機密情報)を知っていた。恐らくその後援者から聞いたんでしょう。またそうなると、彼に協力していた人物はそれなりの権限を持っていると予想できます」

 

 そこで僕は、東京エリアの権力者たちが一堂に会するこの機会を利用し、もともと作戦本部に突撃するつもりだった木更ちゃんにお願いをしたのだ。

 

 もしも本部に残ることができたら僕に合図を送り、周囲の人間が赫子を見たときにどんな反応をするか観察するようにと。

 

 僕の正体を知らない人間が初めて赫子を目にすれば、普通は驚く。少なくとも、事情を説明されたときの木更ちゃんは2秒ほど思考停止させるぐらいには驚いてた。

 

 しかし知っていれば、その動揺は自然と小さくなる。

 

 つまり、作戦本部に集まった人たちの中で、赫子を使っている僕を見ても平然としていた人物こそが影胤さんのもう一人の後援者なのだ。ちなみに菊之丞さんと聖天子様(最高権力者)は除外する。

 

 まあ、すべては僕の勘に基づく仮定の話だけど。

 

「だから、木更ちゃんが本部に到着するまで赫子を使うわけにはいかなかったんです」

 

 とは言うものの、僕が今回やったことは公園で影胤さんと会話したことで、自身の内に生じた根拠のない不安を払拭するための自己満足にすぎない。だって、影胤さんの協力者が本部にいる保証など何処にもなかったのだから。

 

 ところが作戦はまさかの大成功。僕の赫子を見て会議室が騒然としている中、一人だけやけに冷静な人物がいたらしい。……もっとも、その人は翌日()()()()()()()()()()()()ようだが。まさに骨折り損(物理)である。

 

「なるほど。つまり君は、"かもしれない"などという曖昧な理由で私との約束を反故にしたと。そういことか?」

 

「あー……そう、ですね。そういう事になりますね、はい」

 

 ブチィッ! という音が聞こえた気がした。全身から冷や汗が滝のように流れ、床に小さな水たまりを形成していく。僕は今日死ぬ(解剖される)かもしれない。

 

「そ、そんなに怒ることないでしょう? 前回の診断では()()10年ぐらいは余裕があったと思うんですけど……」

 

「7年だこの大馬鹿者ッ! 君に残された時間はあと()()()7年しかないんだ!!」

 

 10年前のあの日。僕がこの身体に憑依する直前に、金木研()はガストレアウイルスに感染した。だけど、どういうわけか体内侵食率は50%で停止し、ガストレア化することはなかった。

 

 理屈があまりに難しく、いまいち内容を理解できなかった僕が簡単な説明を求めると、当時の彼女はガストレアへの憎悪と復讐に燃える瞳で、嗤いながら言った。

 

 曰く、『君はウイルスに"適合した"』のだと。

 

 言ってしまえば僕は、体内侵食率が上昇しない『呪われた子供たち』だ。彼女たちと違う点は性別と赫子の有無、そして両目ではなく左眼しか赫くならず、白目の部分が黒く染まるということだけ。

 

「自分を不死身だと勘違いしているようだから教えてやる。君は常人よりも死ににくいだけのただの人間だ。いいか? 以前にも説明したが、確かにガストレア細胞はテロメアすら修復する。故にガストレアは老化する(寿命で死ぬ)ことはない。だが履き違えるな。君や『呪われた子供たち』はガストレア未満の人間だ。奴らと違ってテロメアが再生することはない」

 

 要約すれば、僕の身体は怪我と再生を繰り返すほど老化が進行するという話だ。影胤さんとの戦いの時みたいな酷い怪我を負えばそれに比例して老化は加速し、寿命が縮む。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。先生は7年しかないと言ったけど、正直7年も必要ない。僕が目的を果たすまでの間……あと数ヶ月だけ保ってくれればそれでいい。

 

「もっと自分の身体を大切しろ。これは医者としてではなく友人としての忠告だ」

 

「『この世には死んだ人間と、これから死ぬ人間しかいない』が座右の銘の人がなに言ってるんですか」

 

「茶化すな。君が死んだら、残された者たちはどうなるんだ」

 

 残された者たち……?

 

「もしかして里津ちゃんたちの事ですか? それなら心配いりませんよ。彼女たちのために今まで貯めていた資金があるんですけど、僕が死んだらそれが里津ちゃんたちの口座に送金されるように手配してあります。一生遊んで暮らせるとまでは言いませんが、万が一彼女たちが社会で働けなくても生活に困らない金額なので問題ないですよ」

 

「……本気で言っているのか?」

 

 問いの意味が分からず首をかしげると、先生の顔が一瞬悲痛に歪んだ気がして、思わず二度見する。だが、彼女の口元にはいつも通り人を小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいるだけだった。おそらく見間違いだろう。第一、彼女がそんな顔を僕に向ける理由に心当たりがない。

 

「君は昔から変わらないな」

 

「ありがとう、ございます……?」

 

「皮肉だよ。君は蓮太郎くんと違って本当にからかい甲斐がないなぁ」

 

 これは喜んでいいのだろうか。いや、彼女に365日弄られ続けて社会的に抹殺されかけている蓮太郎くんの境遇を考慮すれば、むしろ喜ぶべきことだ。

 彼には悪いが『この世の不利益はすべて当人の能力不足』、呪うなら自分の弄られやすさを呪いなよ。

 

「そういえばそろそろ友人のお見舞いに行く時間じゃないのか?」

 

「……時計がないのにどうして時間が分かるんですか?」

 

「私は天才だぞ? そんな物なくても体内時計があれば秒刻みで時間を観測できる」

 

 どこかで聞いたことがあるような台詞だ……。

 改めて携帯で時間を確認すれば、なんと先生の言葉は真実だった。相変わらずこの人は凄い。いろんな意味で。

 

 床から立ち上がり、膝についた汚れを手で払う。ここもそのうち掃除しなくちゃな。

 

「それじゃあ、もう行きますね」

 

「───カネキくん」

 

 出口に向かって進めていた足を止めて振り返ると、先生がいつにもなく真剣な目で僕を見据えていた。

 

「自らの命を削ってまで君が求めるものは一体何だ? 何が君をそこまで突き動かす?」

 

 何を求める、か。そんなもの10年前から……いや、前世から変わっちゃいない。

 

「僕が求めるものは、誰もが当たり前のように持っていて、僕だけが持っていないもの」

 

 まるで何かの謎掛けみたいな言い回しに、先生は訝しむように眉をひそめた。そんな彼女に僕はニコッと微笑んだ。

 

 

 

「僕は───()()が欲しいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「…………暇だな」

 

 病室の白い天井をぼんやりと眺めながら、将監は心底退屈そうに呟いた。

 

「将監さんって5分に一回は暇って言わないと死ぬんですか? いい加減聞き飽きました。あ、リンゴが剥けましたよ」

 

 夏世は切り分けたリンゴを皿に乗せると、ベッドに体を沈める将監に差し出した。

 

「仕方ねえだろ、実際暇なんだから。っと、サンキュ」

 

 上体を起こした将監は反射的に右手で受け取ろうとして、小さく舌打ちする。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「あぁ? ……まあ、そのうち慣れんだろ」

 

 そう言うと、将監は()()()()()()()()()()()()を引っ込め、左手で皿を受け取った。

 

「これからお前はどうするんだ?」

 

「どう、とは?」

 

「決まってんだろ。この身体じゃ、俺はもう戦えない。民警として死んだも同然だ。このままペアを組み続けた所で、お前にメリットなんか一つもねえぞ」

 

 影胤との戦闘で、将監は右手と左足を喪った。序列100番台を相手にして生き残れたこと自体が奇跡だが、これは前衛を務めるプロモーターにとって致命的だった。

 

 未踏査領域から帰還した翌日、将監は己の見舞いに訪れた三ヶ島に退職願を提出した。そして三ヶ島はそれを受理した。

 天童民間警備会社のような小さい会社ならばともかく、三ヶ島ロイヤルガーダーは民警の中でも最大手。負傷して、戦えなくなったお荷物の居場所など存在しない。

 

 会社は辞めたのに民警を辞めていないのは……ただの意地だった。

 

「そうですね……株でも始めようかと思っています」

 

「株だぁ?」

 

「はい。戦うことしか取り柄のない役立たずな将監さんに代わって、私が生計を立てて差し上げます。大丈夫です、IQ210もある私の頭脳にかかればお金なんて働かなくても懐に押し寄せてきますから」

 

「…………」

 

 話が見えない。つまりどういうことだ?

 

「将監さんが筋肉しか詰まっていない脳みそで何を考えているのかは知りませんが、私は貴方とのペアを解消するつもりはありません」

 

「……はぁ?」

 

「私は将監さん以外のプロモーターと組むつもりはない、そう言ったんです」

 

 夏世はベッドの脇にある椅子に腰かけ、開いた本から目を離すことなく告げる。

 

「……そのプロモーターがカネキだったら?」

 

「……………………………なぜそこでカネキさんの名前が出てくるんですか?」

 

「間が長えよ。あと顔赤えぞ……っておまッ、なに俺のリンゴに手ぇ出してんだ!」

 

「いつまで経ってもリンゴに手をつける気配がなかったのでいらないものと判断しました」

 

「ふっざけんなッ! ちょっ、左手掴むのは反則だろうが!! つーか俺病人だぞ───っていだだだだだ!!? あ"あ"!? 俺のリンゴぉぉぉおお!!!」

 

 顔を真っ赤にしてリンゴを咀嚼する幼女と、その幼女に左手を極められながら絶叫する強面の男性というのはなかなか混沌とした絵面だ。

 

 そして、そんな彼らのやり取りを入口から覗いていた人物が二人。

 

「なーんだ。将監のヤツ、思ってたよりも元気そうじゃん」

 

「元気なのはいい事だけど、そろそろ止めないと。病院で騒ぐのは他の患者さんに迷惑だからね」

 

 結局、騒ぎを聞きつけた看護師が一喝しに来るまで、病室から響く喧騒が止むことはなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 穏やかな風が頬を撫でる。カネキはフェンス越しに街を見下ろしながら、将監からの返事を待った。

 

「……………」

 

 屋上に設置されたベンチに座って、将監は左手で器用に書類を(めく)っていく。そして最後の頁に辿り着くと、また最初のページから読み直す。彼はこれを何度も繰り返していた。

 

 その原因は書類の内容にあった。

 

『伊熊将監と千寿夏世ペアが【あんていく】の社員となった暁には、民間警備会社【あんていく】社長・金木研は、プロモーター・伊熊将監にバラニウムの義肢を提供することを約束する』

 

 要点をまとめるとこんな感じだ。

 

「……返事を出す前に一つだけ聞いていいか?」

 

「どうぞ」

 

「理由を教えてくれ」

 

 契約の内容は驚くほど将監にとって有利なものだった。相手がカネキでなかったら詐欺を疑い即座に破り棄てるレベルである。それほどまでに、この契約にはカネキが得をする要素が見当たらないのだ。

 

 別にカネキを疑っているわけではない。自分が『あんていく』の社員になれば、彼は本当に義肢の費用を全額負担してくれるだろう。

 

 だが、将監には不思議でしかなかった。彼と自分では、比べることすら烏滸がましいほどの絶対的な力の差がある。話によれば、自分が手も足も出なかったあの影胤を一方的に追い詰めたとか。

 

 そんな彼が、どうして自分にそこまでしてくれるのか。純粋に気になったのだ。

 

「なあ、どうして俺なんだ?」

 

 カネキは振り返ると、微笑みを携えて歌うように言葉を紡いだ。

 

「あなたが必要だからです」

 

「──────」

 

 どこまでも真っ直ぐな瞳が、将監を射抜く。虚飾も邪念も一切ない。それはカネキの、紛れもない本心だった。

 

「……くっ、ははは、ははははははっ!!」

 

 先ほどまで自分が抱いていた悩みがあまりに滑稽で、堪えようのない笑いが漏れる。

 

 男の笑い声が屋上にこだまする。やがて音は小さくなり、将監は涙を拭って大きく頷いた。

 

「いいぜ。今日から俺と夏世は『あんていく』の社員だ。よろしく頼むぜ、()()?」

 

「こちらこそ、よろしくお願いしますね、()()くん?」

 

 芝居がかった会話にどちらからともなく噴き出し、将監は腹を抱え、カネキは肩を揺らした。

 

 IP序列1584位・『闘神』伊熊将監とその相棒である千寿夏世が、民間警備会社『あんていく』の新たな仲間になった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、仮面野郎と戦ってるときに助けを求めてたっていうガキは結局どうなったんだ?」

 

「ああ、あの子ですか。おかしな話なんですけど、作戦の参加者リストにはその子と同じ顔のイニシエーターが()()()()()()()()()()()んですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 東京エリア第一区。普段は国家元首の執務をサポートするために、スタッフが慌ただしく行き来する聖居西塔の執務室だが、今は東京エリアの3代目統治者である聖天子と、彼女の首席補佐官たる天童菊之丞の姿しかない。

 

 聖天子は巨大な執務机にとある人物の資料を置くと、憂いを帯びた声音で呟いた。

 

「これが……彼の過去ですか」

 

 資料に添付されていた画像には黒髪の少年───10年前の金木研の顔が写っていた。

 頬は痩せこけ、目元には濃い隈が浮かび、生気の宿らない瞳は絶望に塗りつぶされたように暗い色をしていた。

 

「彼を保護したのは菊之丞さんでしたね。その、こんな事を尋ねるのは無神経だと百も承知ですが───」

 

「───なぜ、その場であやつを殺さなかったのか、ですかな?」

 

 菊之丞の言葉に、聖天子は意を決したように強く頷いた。

 

「理由はご存知かと思いますが、当時の私は今よりも苛烈でした。正直に申しますと、私はあやつだったからこそ踏み止まれたのです」

 

 言外にカネキではない別の誰かがあの場に居たのなら、間違いなく殺していたと菊之丞は語る。

 

「あやつの両親とは学生時代からの友人でして。彼らの親バカ加減と言ったらそれはもう……」

 

 震えそうになる声を何とか抑えて、菊之丞は続ける。

 

「あれはケンが、親の薦めで道場に通い始めてから1年後の事でした」

 

 目を閉じれば思い出す。血と臓物の海で、父と母だったモノをかき集めて泣き叫ぶ少年の姿を。あの日の慟哭が頭から離れない。あの日の光景が、今も瞼の裏に焼きついている。

 

 

 

 ───君の父上と母上は、亡くなられた。助けてあげられなくて……すまなかったっ……!

 

 

 

『あわ、あわわわ。えーっ、えーっ??!!』

 

『へへえ? へへへへ? なん、なんでえ……』

 

『どこなの!! じゃ!? ぼくは……ぼぼっぼ』

 

『ぼっ……ぼくは、ぼぼ………………だれ?』

 

 

 

 愛する者を目の前で惨殺された少年は、過去10年間の記憶と引き換えに崩壊寸前の精神をかろうじて維持した。

 だが、記憶を封印しても心までは騙せなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、彼を戦場へと駆り立てた。それが、菫や菊之丞たちの見解だった。

 

「私にとってガストレアとは、最愛の妻を奪った畜生以下の虫けらでしかありません。奴等に感染した者も、また同様に」

 

 そこで聖天子は悲しそうに顔を伏せた。彼が言っている感染者とは、十中八九『呪われた子供たち』のことだ。菊之丞のようにガストレア大戦を経験した『奪われた世代』にとって、ガストレアと『呪われた子供たち』に大した違いなどない。

 

 菊之丞の言葉は、聖天子の理想(願い)である『呪われた子供たち』と『奪われた世代』の共生への道は、非常に険しいものだと痛感させるには十分すぎた。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「自分の行いは正しいのだと、何も間違ってなどいないと信じていました。ですが、彼と出会ってから……それが分からなくなってしまったのです」

 

「そう……ですか」

 

 自嘲するように顔を歪める菊之丞に、聖天子はかける言葉が見つからなかった。

 

「彼のような存在は、他にも確認されているのですか?」

 

 話題を変える意味合いを含めるその問いかけに、菊之丞は聖天子の心遣いに感謝した。

 

「現在、国内で確認されているのはあやつ一人だけです。海外の目撃情報を合わせれば計8人の存在が確認されています。しかし、あまりこの数字は信用なさらない方が良いかと」

 

「? なぜですか?」

 

「"彼ら"は『呪われた子供たち』と違って力の解放や再生に伴う体内侵食率による制約がありません。……この意味がお分かりですね」

 

 菊之丞の言葉に、聖天子はぞっとした。

 

「『呪われた子供たち』以上に迫害を受ける"彼ら"は、そのほとんどが正体を隠して社会に紛れ込んでいるか、人里離れた場所で生活していると考えられています。もっとも、ガストレアウイルスに感染しながらガストレア化しない確率は0.016%ですので、そこまで重く受け止める必要はありません」

 

「どう、して……どうしてこれほど重要な情報を、国家元首である私に今まで黙っていたのですか……!」

 

「先代聖天子様との約束でございます。『金木研に関する情報は最重要機密とし、可能な限り秘匿し続けること。それが例え、国家元首であろうとも』と」

 

 そこでふと、聖天子は先ほどの"彼ら"の説明と、菊之丞が先代聖天子と交わした約定との間に違和感を覚えた。

 

「待ってください。菊之丞さんの説明では"彼ら"は体内侵食率が上昇しない『呪われた子供たち』の様なものだと認識していましたが、それだけの理由でなぜ最重要機密扱いになるのですか?」

 

 そう。"彼ら"の存在が、ただ体内侵食率が上昇しない『呪われた子供たち』であるというだけなら、ここまで厳重に情報を秘匿する必要性はどこにもない。

 

「ああ、私の説明不足でした。確かに"彼ら"は力の解放や再生によって体内侵食率が上昇することはありません。ですが、"彼ら"の特性にはその()があるのです」

 

 

 

『………………すみません。ステージⅣとの戦いで消耗したので、その補給を……』

 

 

 

 ……いやまさか、ありえない。体内侵食率が上昇しないという情報と、菊之丞が口にした『先』という言葉。この2つから、聡明な聖天子はどうして"彼ら"の情報が隠匿されたのか推測し、そして、最悪な結論を導き出した。

 

「ガストレアウイルスに感染し、"適合"した人間には赫子と呼ばれる捕食器官が発現します。また"彼ら"はガストレアを喰らい、ウイルスを摂取することでその力を増幅させることが可能だと判明しています。中には、体を鎧のように覆う赫子が生じる『赫者』と呼ばれる個体も存在するそうですが、当然リスクもあります。ウイルスを短期間で大量に摂取した結果、凍結していた体内侵食率が一気に上昇し、ガストレア化したケースが確認されているそうです」

 

 吐きたくなる衝動をかろうじて鎮め、聖天子は震える声で最後の質問を投げた。

 

「その"彼ら"には、なにか呼び名のようなものがあるのでしょうか……?」

 

 菊之丞はしばらく瞼を閉じると、やがてゆっくりと開けた。

 

「人の姿でありながら、人ならざるモノを喰らう存在。我々は"彼ら"を───」

 

 

 

 

 

 ───『喰種(グール)』と呼んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




金木 研(カネキ ケン)
・24歳
・Blood type:AB
・Size:170cm/58kg
・Like:『あんていく』のメンバー、39区の子供たち、知的な女性
・Hate:無価値な自分、蛭子影胤
・Rc type:鱗赫
 
 
 
 ここからは私が作中で詳しく描写しきれなかった情報の開示、と言うより作者の技量不足が招いた補足という名の蛇足です。

>偽カネキの寿命の解決策
一応ガストレアウイルスを大量に摂取すればテロメアも再生されます。ただし、過去にウイルスを大量摂取した『喰種』がガストレア化した事例があるので菫に止められています。

>事件の黒幕
なんとなく察している方もいるかもしれませんが、この作品における「蛭子影胤テロ事件」に菊之丞は一切関与していません。偽カネキの存在もあって、この世界の彼は原作とは違い『呪われた子供たち』に色々と複雑な感情を抱いています。結果として菊之丞は原作ほど『呪われた子供たち』を憎みきれず、影胤と共謀するには至りませんでした。
 
 
 
え? なら黒幕は誰なのか、だって? それは……おや、誰か来たようだ。
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