原作一巻、アニメ版4話後のオリジナル・エピソードとなります。もしかしたら続きます
大阪は梅田の奥深く。スーツ姿の女「浅倉麗子」は終電を求めていた。「西梅田……現在地は……!?」地下街故、スマートフォンのレーダーは使用不可。
殺し屋である麗子は、死に場所を探すかのように彷徨っていた。――終電を間近とした地下街は、次から次へとシャッターが下ろされ、冷え切った監獄へと変貌する。
「ちょっとお姉ちゃん! もうすぐ終電や――!」
呼び止めた清掃員の男へ拳銃を向け、射撃。清掃完了。麗子は一人残らず掃除し、逃亡を図ろうとする。スマートフォンを手に取り、運び屋へ連絡を取る。
『……南港行きの列車に乗るわ、
息を切らし、闇雲に走る。頭上を見上げ、説明不足の案内板を斜め読み、ひたすらに走る。――どうせ逃げるのだ、出来る限り、人が多い場所が良いであろう。そう思いながら、僅かばかりの人波を目指す。
ひょんと出てきた男とぶつかる。アルコールと刺すような加齢臭。――ただ、頭を下げ続けた人生。もう御免だ。
「オラァ!! 何処見て走っとんねん!!」
怒声には銃声。サイレンサーとは良く言ったものであろう――アルコール混じりの血と無言となった死体を背に、女街道から反れた道を走る。方向感覚など、何処にも記されていない。
○●○●○
「ほな、行きましょか……」
ルーティンで行う清掃活動に備える為、老女は蛍光色の強い青い作業服を着る。ガラガラと清掃道具が詰まったカートをヨタヨタと押す。
「いやぁ腰に来るわ~……ガタガタ言うのも一緒やねぇ」
一筋違えた距離で、ヒールで叩く様な音がリズミカルに鳴る。――終電を逃さまい、と急いでいるのであろう。「若いねぇ……そんな時期もあったな~」
新入りの清掃員からの連絡が無い。そのままカートを押していると、血痕と思わしき赤い液体がコンクリートを伝っていた。――「大変や!」血痕の終着には、清掃員の死体が残されていた。
よりにもよって、エレベーター前で横たわる遺体。早急に対処しなければ、と内線を飛ばす。
「アカンアカン、新人君が……!!!」
まだ硬直は進んでいない事を確認すると、よっこらしょ、と遺体をカートへ押し込める。老女とは思えない力――仕事用のスマートフォンを器用に起動させる。ロック待受には『レッドラム』、器用にロックを解除すると、『MURDER Inc』の文字が現れた。
「すみません」
若く背丈の良い人物が呼び止める。フォーマルなスーツ姿。中性的な顔立ち。――「西梅田はどちらですか?」他所行きの言葉。それどころでは無いが、"不親切なオバチャン"だと思われても困る。アバウトかつ大急ぎで説明した。
「そこをダー!っと左曲がって、階段降りるやろ? そっから二個目の筋までダダダー!って走ってやな、案内に"西梅田はこちらです"って書いたーるトコ右に曲がって、その道まーっすぐ突っ切ったら改札や!」
丁寧な礼をそこそこに走り去ろうとする人物に、一言付け加えた。「終電近いから気ぃつけてなー!」はぁ、とため息を付く。――「若いってええなぁ」荷が増えたカートを押し、老女は何処かへ向かった。
○●○●○
スーツ姿の人物は深々と頭を下げた。「ありがとうございます」――そう言い残し、走り去る。パンツスーツでフォーマルな出で立ちの「アキ」は、ある人物を追っていた。
「嫌な迷路……間違ってたら命取りだね」
情報屋の榎田から「スマホのレーダーには頼れない場所」だと告げられてはいたが、これ程かとアキは息を切らす。
清掃員に案内された通りはヤケに人気が少ない気もした。きっと、定番ルートでは無い裏道なのだろう。
『大阪のオバチャンを信じなって。イヤなことは無いだろうしさー』
「大阪のおばちゃん、か……」
おばちゃんの言葉をそのままに、生い茂る並木を模したパネルが続く通りを真っ直ぐ突っ切る。――西通路。ルートは正解だ。
『ルート合ってたでしょ?』
「あぁ、間違いない」
不親切な突撃隊に見えて、実はスナイパーの様に親切。榎田は呑気にアキへ言った。
『木を隠すなら森の中とは、良く言ったものだよねー』
まるでアリバイかの様なルート。時刻は0時を指そうとしていた。――気分はさながらシンデレラ。この通りが『アリバイ横丁』と呼ばれていた事など、アキには知る由もなかった。
○●○●○
息を切らし、階段を降りる麗子。地下街を何周も走り回ったであろう、ヒール越しの脚は限界に近付いていた。――「先発:北加賀屋」地下列車は口を開き、彼女を出迎えた。
「(……もう少しね)」
最後列までフラつく歩を進め、優先座席へと腰掛ける。周りには、ぽつりぽつりとうなだれた客達。まるで疲れ切った自分の様――そんな麗子も、一見すれば只の会社員。静かに息を切らす。
「(撒けた。ようね……)」
吐息のような油圧でドアが閉じようとする――が、一旦間を挟んだ『駆け込み乗車はご遠慮ください』。終電を逃さぬラスト・チャンス。――「人騒がせなバカね」先に座れた優越感など、ホステス時代以来であった。
○●○●○
0:06――アキは列車へ飛び乗った。ガイダンスに注意されたが、それどころでは無かった。
『電車乗った?』
「うん、間に合った」
『高速船の手配があったみたいだね。南港に向かうなら、一駅挟んだ本町駅で乗り換えるんじゃない?』
「オッケー。ありがとう、榎田君」
『いえいえ~』
プツリ、と通信を止める。乗客はまばらだが、電車内で仕留めるには微妙なロケーション。何両も渡り歩けば、向こうに気付かれるであろう。――『次はー。肥後橋ー。肥後橋です』アキは静かに瞳を閉じた。その時を待つように。
「(メイ。貴方の敵、自分が取るから――これで、最後だよ)」
列車が秒針の様に揺れ、時が迫る。――『本町、本町です。南港方面へ向かうお客様は、この駅でお乗り換えです』
0:10――本町駅到着。コスモスクエア行きの列車は8分後に到着予定、との事。麗子は列車から降り、長いエスカレーターをひたすらに登る。道をはみ出た客が邪魔。わざとらしく咳を切り、さらに登り続ける。――それでも僅か数分。姿が丸見えなホームに長居はしたくない。
「お色直し、ね」
エスカレーターは二段に別れており、中段にトイレが設置されていた。――隠れるにも最適なスポット。鏡に映された己の姿。汗にまみれ、色気の一つも感じさせないような乱れた髪。化粧も落ち、鋭利な目が更に鋭くなったかの様にも思える。
「(どうせ逃げるもの。――最後に一服、させてもらおうかしら)」
数十分もすれば、全てのしがらみから解放される。懐に忍ばせたタバコとライターを手に取り、火を点ける。――ため息混じりの煙が、目に染みる。涙が出そうなほど。
○●○●○
数人の乗客が降り、乗り換えに備える。エスカレーターに乗るまで、規律されたかの様な動き。――ただ、アキは右で立っていた。迫る足音とわざとらしい咳でOLらしき女が突っ切る。
「(そっか……関西は左に並ぶんだっけ……ん?)」
女は僅かに急いでいるかのようであった。エスカレーターの中腹に駆け込むかの様であった。だが、催すにしても、呑気に立ち入る時間などあるのか? ――いや、違う。茶髪に鋭い目付き――
「(アイツ、か……)」
彼女こそが、麗子その人であった。――人気も無い。処理をするには、良いタイミング。
『トイレ内は禁煙です』そう書かれた案内板を蹴散らすかのような煙に導かれる。二つに別れたトイレの一つには鍵。遂にたどり着いた。――終止符代わりのノックを打つ。
『隣に行って頂戴。空いてるでしょ?』
疲れ切った麗子の声。そうではないだろう、言いたい事は山程あった。――だが、追求など無駄。最後まで仕事。
「禁煙ですよ」
『……放っといて』
床にポツリ、と落とされた灰を合図に、ナイフを取り出し、鍵を叩き切る。――唖然とする麗子の足元から、火が残されたタバコを拾い上げる。
「
抵抗しようとする麗子の左手にナイフを突き立て、左目へ灰を押し付ける。炙り焼き爛れる音と共に悲鳴がこだまする。――彼女の右目を覆い、壁に頭を打ち付ける。何度も、何度も。そして、激しく瞑る眼をこじ開け、目玉の隙間に指を入れる。
「あの子の答え、ずっと聞きたかった。だけど――!」
抉り取った目玉を握りつぶし、その拳で鳩尾に一発。もう一発。――近づく足音。水洗用ボタンに手を伸ばし、突き刺さったナイフを抜く。胸へと突き刺し、血肉を引きながら、耳元で囁いた。
「死んだら、何も聞けないのよ――!!!!」
顎下へと貫く。鼓動と思考は止まった。麗子は座ったまま、絶命した。――両目を始めに顎下、胸元から手先に掛け、血が滴り落ちる。片方は焼かれ、もう片方はアキの手によって潰された。『ロクな死に方をしない』――体現以上。あまりに凄惨な死に場所であった。
○●○●○
アキは麗子のバッグを携え、すかさず手を洗った。足音と共にガラガラと鳴るカート。『立ち入り禁止。清掃中』――梅田で出会った清掃員の"オバチャン"であった。
「まさか同僚さんとはなぁ……お疲れさん。何処行かれるん?」
「博多に行きます」
「そっか。もうすぐ終電やで、気ぃつけてなぁ」
おおきに、これで合っているのかは定かでは無いが、つい口にしたくなった。――エスカレーターを登り、列車に乗り込む。
麗子のスマートフォンのロックを解除し、メールを送信――『高速船には別の人間が乗るわ、キャンセル料は後で支払う』
「これでよし……っと」
少々手荒い列車に揺られ、南港を眺める。殺風景な工場群のライディング。海面を照らし、幻想的な風景を作り出す。チャオメイが好きそうな光景。感情が込み上げ、溢れ出しそうであった。――『コスモスクエア。コスモスクエア。終点です』気付けば、終点であった。
出迎えに来た運び屋は何処へ行く? と聞く。アキは即答した。――「博多に行きたい」と。