戦姫絶唱シンフォギア 響き渡る魂   作:招き猫

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健全なる魂は 健全なる精神と 健全なる肉体に宿る


そして───



プロローグ 花の鼓動

 色とりどりに発光する鮮やかな体色、生物としての脈動を感じさせない機械的な気配、星明かりが照らすに浜辺に現れたものの名は認定特異災害──ノイズ。

 人間を触れるだけでただの粉末状の炭素へと変化させるそれらは人々に災害として認識されている。

 存在は古き時代より確認されており、分類こそノイズ自身が明確な意思を持たぬが故に災害ではあるものの、襲われる被災者からすれば怪物と大差は無い。

 その姿は、二本足であること以外は人と決して似つかない寸胴体型のものや芋虫のように地を這うものなど多岐に渡る。

 そんなノイズは現在、都市部から幾ばくか離れた夜の浜辺を集団で進行している。

 

 否、進行していた(・・・・・・)

 

 ノイズの集団は現在、元からいた同族の半数以上が既に炭素の塊となり、その歩みを止めている。

 そんなノイズたちの間を縦横無尽に駆け回る人影が1つ。それは、ノイズが持つ位相差障壁を知らないとばかりに己が拳をノイズに振るう。位相差障壁は物理攻撃を霞のようにすり抜けさせることができる絶対の防御であり、本来であれば只人の拳などものともしない。しかし、人影に拳を叩き付けられたノイズは、一瞬の抵抗もなく貫かれ、無様に炭素へと崩れていく。人影の勢いはまるで天敵を滅ぼさんとする獣の如しだ。

 

「ハアァァァッ」

 

 人影は咆哮を上げながらノイズを殲滅していく。駆けるごとに浜辺の砂は舞い上がり、漂着したゴミが辺りに散らばるが人影はそんなこと気にしないとばかりにノイズを蹂躙する。意思無きノイズたちも行動原理たる人間殲滅の理念に従い、人影に攻撃を仕掛けるが全くもって当たる気配がない。ノイズ独特の形状変化させる素早い攻撃も人影は全身に目があるかのように回避していく。そうしてノイズたちの文字通り無駄な抵抗だけを行い、一個体の例外もなく炭素へと消え去った。

 

「もう音は聞こえないし、終わったか」

 

 人影はそれまでの激しい動きから打って変わり、閑かに浜辺に立って息を吐いた。

 その姿はガッシリした体つきが見て取れる長身の青年であった。服装は上半身に薄手で無地の白Tシャツ、下半身に運動用と思われる黒ジャージを着用し、首には両端に黄と橙色の四角い意匠が施された長めの白いマフラーを巻いている。少々変わってはいるものの、そこまで特異なものではない。

 しかし、ただ一点青年の姿には日常の中では見て取れないものがあった。

 肩までを覆う右手の鎧である。鎧といっても位の高い戦国武者や西洋の騎士が纏うような重装備ではなく、動きを阻害しないための革鎧に近い。しかし、拳にはナックルダスターのような突起が覆われ、前腕部分には籠手を大型化したようなユニットが装着されている。カラーリングは全体的に橙を基調とし、腕部ユニットや上腕の一部などには部分的に白と黒の帯状模様が見て取れる。

 

「およそ10分くらいだね」

 

 先ほど青年が呟いた低めの声とは異なり、高めの柔らかい女性声が浜辺に響く。

 

「ノイズは最低でも150はいたはずだから、1分で15体ちょっとか」

「いつもと同じくらい。最近あんまり上がってないよ」

「だよなぁ。そろそろどん詰まり感が出てきてる」

 

 辺りには青年以外に人影は確認できず、青年自身も通信手段となるようなものを身につけてはいない。それにも関わらず、青年はどこか困ったように女性の声と会話している。

 よくよく見ると、青年の右腕に纏う鎧の紋様が女性の声とリンクするように明滅している。青年も視線を向けているのはその部分である。

 

「ねえ。同じことの繰り返しだよね、私たち……」

「本当にな……まあとりあえず今日は帰るか」

「OK」

 

 2種類の声がそうした言葉を交わしたとき、青年の右腕の鎧と首に巻かれていたマフラーが突如発光した。微かに暖かさを伴った強烈な白い光を放ちながら、鎧は中空に光へと解け、その下にあった青年が着るTシャツの右袖が風に揺れる。空中の光はすぐに青年の隣に集合し、女性らしいシルエットを形作る。そしてすぐに光は収まり、そこには先ほどまではいなかった若い女性が現れた。10代半ばである女性は同世代と比較して標準的な体格を持っているものの、如何せん隣に立った大柄で筋肉質な青年と比較すると頭1つ分は小さく、数値以上に華奢な印象を与える。また、服装は上半身に灰色1色のフードパーカー、下半身に青色のショートパンツと簡素なスタイルをとっている。

 

「それじゃ(わたる)、すぐに帰ろうよ。お腹もペコペコだし」

(ひびき)は武器化してたからほとんど動いていてないだろ」

 

 響と呼ばれた薄く笑みを浮かべる女の子の言葉に対し、渡という名前の青年は少し呆れを混じえたように投げ返す。

 

「ふーんだ、私はいつもバッチリと渡のサポートしてるんだよ。お腹が空くのは当たり前なんだから」

「確かにそれはいつも助かってる。でも俺はいつもノイズの動きを予測して、且つぶっ叩いて倒してる。響より行程が多い。つまりはお前よりお腹が減ってると言って良いんじゃないか」

「うーん、な……るほど?」

「つーわけで今日の晩飯は俺の好きな鶏料理にするから」

「ちょっ、ちょっと待って。まさかまたササミなの……。それとこれとは関係ないよッ」

「いーや、決定。今日の料理番は俺だから。俺に決定権があるのだよ。カッカッカッ」

「ならもう少しバラエティを富んで欲しいよ。最近の渡の料理っていつもササミ使ったものばっかりだし」

「だってササミは筋肉に良いだろ」

「この筋肉馬鹿……。というか、前にちょっと調べたけどササミばっかり食べても筋肉は付かないから」

「えっ、マジで」

「マジです」

「そんなぁ、せっかく家出る前に仕込みしてきたのに……」

「残念でした。やっぱりいろんなものを万遍に食べてこそだよ。ってか仕込みしてたのなら晩ご飯は既に決まってたってことじゃん」

「おう、自信作だぜ」

「立ち直り早ッ、でも楽しみにしとくよ。結局、渡の料理は美味しいし」

 

 響は灰色のフードを被って歩き出し、渡もその隣に続いていく。

 つい先ほど、人類への災害であり脅威でもあるノイズを難なく塵へと変えた2人とは思えないような、どこにでもある他愛のない会話を繰り返しながら響と渡は夜の砂浜を歩いて行く。

 

 

 月光が照らす広大な浜辺には、塵と化したノイズをさらっていくザアザアという波の音だけが響き渡っていた。

 

 

○●○

 

 2年ほど前、立花響という少女はとある大きな事故に巻き込まれた。

 当時、日本のトップアイドルグループであったツヴァイウィングのライブ中にノイズが発生したことによって引き起こされた大規模災害。10万人を超える観衆やライブ関係者の内、その災害による死者・行方不明者の総数は12874人。膨大な数の被災者を出したその凄惨さに多くの人の記憶に残る事件であるが、ノイズによる死者はその中のおよそ1/3。残りの2/3はノイズから逃げようと恐慌した人々が逃走経路を求めて、互いに傷つけ合ったことによって出た被害である。

 響は、その事件で心臓付近に重傷こそ負ったものの生き残ることができた。重傷による手術後のリハビリにも励み、順調に回復して日常生活に戻ることもできた。

 しかし、響の不幸はそこからであった。

 とある週刊誌が前述の被災者の内訳を掲載したことで、世論が事件の生存者に対してバッシングを始めたのである。それまでかけられていたノイズに襲われた被災者に対する気遣いの言葉は、180度変わって苛烈な批難のものへと変わっていった。生存者に対して、国からの補償金が払われたこともバッシングに拍車をかける要因となった。

 確かに週刊誌の掲載したことは事実であったものの、生き残った被災者が全員そうであった訳でもなく、そもそもノイズという触れただけで人間を煤へと帰る災害に対してどれだけの人間が他者を気にかけることができるであろうか。第一、災害が発生したときに被災者が第一に優先すべきなのは己が命であるはずである。そうであるにも関わらず、正義感という濁流は大衆の自制心を破壊し、事件の生存者たちは犯罪者のような視線を向けられることとなった。

 回復し、日常に戻った響もその例に漏れなかった。彼女の場合は、同じ中学校に通うサッカー部の先輩が亡くなっており、その原因の1人として理不尽に責められることとなったのだ。サッカー部の先輩は将来を有望視されており、学校中の人気者でファンも多くいた。そんな彼が亡くなり、特別なにか目立ったもののなかった響が生き残ったことをファンの1人が癇癪立てて責め上げた。それが引き金となり、響に対する学校全体のいじめが始まったのである。

 世論の流れと亡き先輩のためという歪みきった正義感によって引き起こされた攻撃は学校の内外を問わず、その方法も精神的なものから肉体的なものまで様々であった。

 初めの頃こそ、彼女の友人たちが庇っていたが、段々と苛烈になっていくいじめにまた1人、また1人と彼女の側を離れていった。最後に残った友人は強く響の心を支えてたものの、ある日突然遠くへ転校して彼女の前から姿を消した。自身に対してのいじめに巻き込まれないようにするため、家族ごと遠方に引っ越したのだと響が小耳に挟んだのは随分経ってからである。

 最後に残っていた友人が消えた後、完全に孤立した響に対して攻撃の手は緩められることはなかった。寧ろ、それまで彼女を守っていた友人たちという防壁がなくなったことで、それまでは間接的なものが多かったいじめが直接的なものへと変遷していった。教師や生徒の親たちも表だってその愚行を解決しようとはせず、あろう事か裏でその一部は多くの生徒と同様にそれを許容した。

 心なき攻撃に遭って響の心は荒んでいった。それまでは友人たちに辛うじて支えられていた彼女の心は瞬く間に傷つき、ぼろぼろとなった。事件前の闊達な表情は学校で見せなくなり、学校生活のほとんど時間を他人からの視線に怯えるようになっていった。

 それでも彼女の心が壊れなかったのは、家に彼女のことを想う暖かい家族がいたからである。

 毎日学校で心ない言葉をかけられて帰宅した響に対して、母親は親身になって励まし、祖母は明るい表情で出迎えた。父親は仕事から帰宅するとすぐさま響の部屋を訪れ、彼女を少しでも笑顔にして、元気づけられるようにたくさん話しかけた。

 そしてその後の家族全員揃っての食事は、お互いがその日あったことを朗らかに話し合う時間。それは傷だらけであった響の心を癒やしてくれる大切な時間であった。学校でどんなに負の感情を向けられても、この時の響の心は暖かいものを感じていた。

 彼女の家族は、それ以外にも学校での響へのいじめもなくそうと奔走したが、世論という追い風を受けた船を止めることは、ただの家族には困難であった。

 そして世論がさらに肥大化するにつれて、家族にも大衆の歪んだ正義の視線が向けられるようになった。郵便受けには絶えず中傷の手紙が投げ込まれ、電話は怨嗟の籠もった声を多く聞かせるようになった。玄関や塀に誹謗の文字が書かれた張り紙をされたことも多くあった。

 また、父親の職場でも悲劇は連鎖していくことになる。彼は週刊誌が例の記事を掲載する前、娘の無事を職場内に吹聴していた。それがある日、彼の取引先の社長の耳に入る。社長の令嬢も事件当時ライブ会場を訪れて、不幸にも命を落としていたのである。それによって取引は白紙となり、響の父親はその責任を負わせられることになった。直接的な処分こそ小さいものであったが、それ以上に周囲の同僚たちからの視線は彼の精神に痛みを与えた。

 

 

 しかし、それでも彼は決してその痛みを家庭に持ち込もうとはしなかった。

 

 

 特に響に対しては自身のことを知られないように細心の注意を払っていた。職場でどんなに持て余すような扱いを受けてプライドが引き裂かれようが、家に帰れば明るく朗らかに家族を安心させようと奮起した。

 だが、沈静化する兆しを見せない大衆の善意に家族が傷つき疲れ、自身も社内の扱いに耐えられないと限界を感じ始めていた彼───立花洸(たちばなあきら)は家族にこう投げかけた。

 

「なあ、どこかに逃げないか」

 

 

○●○

 

 

(それから、私の家族は引っ越したわけだけど……まったくお父さんったら私を励まそうと無理してたのがバレバレだったなぁ。お母さんたちにも会社でのこと打ち明ける前からほとんどばれてたみたいだし。ほんと顔に全部書いてるよう人だったよ……)

 

 懐かしさを感じながら響はソファーに深く体を沈めた。ソファーの柔らかさに体の力が抜け、気分も解けていく。

 

「何、ボーッとしてんだ?」

「んっ……なんでもないよ。ただちょっと思い出してただけ」

 

 自らの記憶に深く沈み込んでいた響の背後から、渡が声を投げかける。

 

「ふーん。まあいいや。とにかく晩飯できたから食べるぞ」

「おかずは?」

「ササミの梅紫蘇巻き」

「美味しそう」

 

 響はソファーから体を大きく動かして跳ね起き、渡に期待してるよと熱の込めた視線を向ける。

 

「あと今日の味噌汁は余ってた豆腐がたくさん入れたから、いっぱい食べろよ」

「女子に対して、いっぱい食べろってどうなの」

「いいだろ、別に。実際、響めっちゃ食べるし」

「そうは言ってもねぇ……」

「……好きなものは?」

「ごはん&ごはんッ」

「ほれみろ」

「……」

 

 ばつの悪さに視線を横にずらした響をジト目でにらむ渡であったが、すぐに2人は味噌汁やご飯を皿に盛って、食事を始めた。

 食事中も先ほどの会話に引き続いて互いに茶化し会い続けるその様子は、マナーの点で見れば良いものではなかったが、2人にとっては気にするようなものでもなかった。

 その後、2人は食事を終えて片付けを始めた。皿洗いをする渡に対して、テーブルを拭いていた響が声をかける。

 

「渡」

「なに」

「ありがとね」

「なんだよ、気持ち悪い」

「女の子のありがとうに気持ち悪いって……駄目じゃない?」

「突然言うからだよ。何で急に」

「言いたくなったからね」

「そうか……やっぱ気持ち悪いな」

「なんだとー」

 

 響はニヤニヤとした表情で渡の脇腹を指先でツンツンと突き始めた。

 

「お、おい。いま皿洗ってんだけどッ」

「皿割らないように我慢するんだよー」

「クッ、クフッ、クウフッ」

「今の渡も大概気持ち悪いよ」

「響のせいだろうが」

「気持ち悪いなんていうから」

 

 2人は互いに笑い合う。

 その姿はまるでからかい合う兄妹のような、または気の置けない友人のようなものでもあり、家族のようでもあった。

 しかし、彼らの関係を正確に表現するのであれば、それは「相棒」と呼ぶべきであろう。

 

 常人では抵抗することも叶わない人類に対しての超常災害であるノイズを討つことを可能としている、特異点とも呼ぶべき彼ら。

 共にノイズによって普通とは違う人生を歩むことになった2人。

 

 

 それこそが”職人”である古藤(こどう)(わたる)と”武器”である立花(たちばな)(ひびき)

 

 

 今日も自分たちの目の届く範囲にいるノイズを滅する傍らで、互いに何気ない日常を送る一組の相棒たち。

 

 

 今はまだ穏やかな生活を送る彼らの頭上で、”欠けた月”は奇麗な光で世界を照らしていた。

 

 

 





───魂は心の歌を奏でる


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