ノーブルレッドの3人もアレで終わったら不憫すぎるし、生きててくれ。
あと、訃堂強すぎる…これが風鳴の血か。
快晴の空の下、山道を走るマウンテンバイクが2台。上り坂であろうともズンズン進むバイクに跨がるのは、古藤渡と立花響の2人である。
「大丈夫か響、もう少しだぞ」
「渡こそ、人のこと気にする余裕ないんじゃない」
昨日ビルの倒壊現場で聖遺物の調査を行った彼らは、現在町から離れた山の中でペダルを漕いでいた。2人が目指しているのは、尾茂田がピックアップした聖遺物に関する事件が起こったと見られる場所の1つであった。
「わざわざ言うあたり、キツさを自白してるようなものだよ」
「馬鹿言え、こんくらいどうってことねえよ。……っとそうこうしてるうちに見えてきたぞ。建物が」
「…うん、湖も近くにある。アレで間違いなさそうだね」
彼らの視界の先にはかなりの大きさ湖とその近くに建つ厳かな洋館が映り込む。いや、正確にはそうであったモノと言うべきだろう。外壁や窓には穴が空き、支柱が崩れたその様相はすでに家屋としての役割を果たせるようには見えない。廃屋と断じて良いその建物は、元々所有者不明の謎の館としては近くのハイキング客の間では有名であったようで、その頃はまだ今のような有様にはなっていなかったらしい。しかしながら、3・4ヶ月ほど前からは廃墟同然に崩れ落ちた姿と立入禁止の立て看板が見られるようになったということである。
ここまでの話しだけであれば、怪しさはあるものの聖遺物の可能性は低いであろう。だが、この3・4ヶ月の間に洋館には最低でも数回、行政の調査が入っているという。渡や響はそれがなんなのかと疑問に思ったが、このことを仕入れた尾茂田によるとその調査員たちの一部は”紺色の制服”を着用していたそうだ。
(紺の制服と言われて思い出すのは廃病院で出会った人達……絵に描いて伝えたわけじゃないから垣さんの考えすぎって線もある。だが、そんなか細い糸だろうが手がかりとしてなら十分だ)
渡がやる気十分に気持ちを盛り上げていると、2人は洋館に到着した。
近くでみると改めて立派な造りであったことを想像できる外見であったが、穴から覗くことができる内部には数カ所瓦礫がまとめられているのが確認できた。どうやら調査のために撤去されている瓦礫の内、未だ片付けられていないモノがあるようだ。
「ほー…響の見立ては?」
「いきなりだね。まあ、お金持ちの別荘って感じの豪勢な建物なんじゃない?」
「確かに、こんだけでかいの建てるのいくらかかるか……ってそうじゃなくて。何かノイズとか聖遺物に関するものがありそうかってこと」
「ああ、そっちね。うーん、ぱっと見だと瓦礫が意図的に移動されているし、粗方手が入っちゃってるんじゃないかな。だから手がかりなんてもうないと思う。ノイズの煤とかは真っ先に片付けられるしね。それに穴が空いて吹きさらしになってたんなら残っていても3ヶ月の間に奇麗さっぱりだろうね」
「まっ、そうだよな」
「ドラマとかでよく見る鑑識の人みたいなことができれば他にも何か分かるかも知れないけど、私たちにその手段はとれないし」
「その通りだ」
「で、ってことはいつも通りで?」
「ああ、いつも通りで頼む」
「良いよ」
響の身体が光に解け、渡の右腕に武器として装着される。響を携えたことで身体能力が向上した渡は、一跳びで割れた窓から屋内に侵入した。瓦礫の山を避けて大広間の中心に着地した彼は右手で床に触れた。
「あっ、一応聞いておくけど私なしだと何か聞こえた?」
「ん…そうだな、集中したら微かに聞こえるかもしれないってレベルだな。これが聖遺物由来かって聞かれたら自信が持てない」
「へー、じゃあノイズ補正より音量アップ気味にいくよ」
「そうしてくれ」
しばらくして渡の中にリズムが響いてくる。響のおかげではっきりと聞き取れるようになった音を彼は慎重に判別していく。
(うーん? ……とりあえずガングニールはなしか。だが俺が聞けるってことは聖遺物で確定。それで音の数から言って強めが2つと少し小さいのが1つって所か。強い音の片方は初めて聞く音だが、残り2つは廃病院とビル跡で聞いたのと同じヤツだな。つーことはガングニール以外にノイズを倒せる聖遺物が最低2種類動いてるってことか? いやまだ確信できるものじゃない……ん?)
「なあ響、一度範囲広げてくれ」
「ん…まあ良いけど」
「ありがとな」
渡は黙して、聞き取れる音に集中した。響はそんな彼を感じながら、己の中を通る音を拡大していく。時折入る雑音を腕で弾きながら待っていると再び彼が話しかけてきた。
「OK響、次は聞こえているリズムの内、小さめのヤツ以外除去してくれ」
「えっと、これ?」
「いやそれじゃなくて、もっとアップテンポの方」
「私は聞こえないからそう言われても分からないんだけど……こっち?」
「そうそれだ。それだけ通してくれ」
「了解」
渡が音として感知している聖遺物のエネルギーだが、補正する響にとってそれらは己の中に視覚化していると言って良い。武器化している彼女の前をリズムごとに1つの流れとなって動くエネルギーを時には拡大、時には除去することで、響は渡の手助けしているのである。そうなると響にもその違いが分かりそうなものであるが、視覚的にまとまりこそ理解できてもそれぞれの細かな違いまでを彼女は把握できないため、判別は渡に任せているのであった。
そうして彼の指示通り1つのリズムを拡大するべく力を込めていた響だったが、彼女もその違和感に気付いた。
「ねえ渡、この音って」
「ああ、残響だけじゃねえ”
渡は立ち上がると無事な柱の1本へと近づいていく。そして手前でしばし立ち止まったかと思えば、足下に拳を突き刺した。肩の近くまで刺して地面をかき回すように動かす彼へ響は呆れ混じりに話しかけた。
「あー渡、私も渡が何をしているか分かるけど、一応立入禁止の場所で破壊活動はいけないと思うな。というか思いきり良すぎない?」
「あとで瓦礫で埋めておくから、見なかったことにしてくれ。それより確認だがここで合ってるよな」
「はあ、まったく…でも今更かな…。うん、合ってるはずだよ。向き的にもそこ」
「わかった……おっ、丁度見つけた」
断行によってできた穴から渡が腕を抜くと、彼は手に何かを握っていた。それは掌に収まる程度の赤い水晶のようなモノで、首にかけるためであろう紐も付いている。有り体に言ってしまってペンダントであった。
それを繁々と見ながら渡は呟く。
「…ああ、間違いない。これが聖遺物だ。コイツから音が聞こえる」
「ッ!? ……渡、私戻るよ」
「んっ? 分かった」
武器の響が輝き、少女の身体へと戻る。すぐさま彼女は先ほどまで渡がしていたようにペンダントを繁々と睨み付けた。
「これが聖遺物ってのは間違いないんだよね」
「ああ、さっきも言ったが音が聞こえた。コイツがスピーカーだってんなら話は別だけどな」
「ふーん」
「ってかそれを聞くなら武器のままでも良かったんじゃねえか?」
「そうかもだけど、ちょっと気になってね。直接見たかったんだ」
「……響もか」
「!? …そう、渡も」
驚く響にゆっくりと頷く渡。互いに顔を見合わせると、改めて赤いペンダントに注目する。
「聖遺物ってこと以外に音を聞いて分かったことは?」
「廃病院やビル跡で聞いた音と同じだった。ああ旧リディアンもだな。おそらくは対ノイズ用に使われている聖遺物の1つって所だ。奏姉が使っているのがガングニールとしてこっちは翼さんの分か?」
「いや、違うと思う。渡が床に穴開けなくちゃ見つからなかったし、なによりこんな廃墟の洋館に翼さんが使う聖遺物を置いておく理由がないよ」
「そりゃそうか。なら対ノイズってのは見込み違いか…?」
「ねえ、私が武器になってない今はそれから音は聞こえる?」
「えとちょっと待て」
響の問いに渡がペンダントを握りながら意識を傾ける。
「……そうだな、直接触れて集中すれば聞こえる感じだ」
「なるほどね…。つまり見ただけじゃ聖遺物か分からないってことなんだ」
「ああ、ペンダントの赤い部分は聖遺物じゃない。おそらくは中に欠片が入ってるんだと思うぜ。しかもすごく小さいヤツな」
「ふーん。そんな小さいのじゃノイズに対抗できるのかな。発しているエネルギーも渡が感じ取りにくいレベルなんでしょ」
「そこは俺と響みたいに増幅しているんじゃないか? ”共鳴”みたいにな」
「そっか。……所で渡はこれの何が気になってたの?」
「ああそれなあ……」
渡は眉を顰めながら語調が弱まる。首を傾げながらペンダントを一瞥した後、響に渡した。
「はっきりとしたもんじゃねえんだが、このペンダントと同じモノどっかで見たことある気がするんだよ。もちろん気のせいって線もあるんだけどな」
「……渡、実は私もそうなんだ」
「えっ」
「しかも渡と違ってどこで見たか……ううん、誰が持ってたのかも思い出せるんだ」
「……もしかして奏姉や翼さんか? あのライブの時に見たとか」
「ああ、それもあったね……なるほど、だからあの時…」
「なんか納得してるみたいだが、その顔を見る限り奏姉たちじゃねえな」
渡の答えに沈黙で返す響の表情は強張っていた。それはまるで気付いてはいけないモノに気付いてしまったかのような。もしくは自分の考えが間違っていてほしいと願うような、そんな恐怖が彼女には現れていた。
焦点なき眼で虚空を見つめる彼女に渡は慎重に言葉を選んだ。
「響、敢えて聞く。聞かれたくなかったってんなら後で俺を殴れ。良いな。……それでペンダントを持ったヤツにはいつ会ったんだ?」
「…………全く渡はこういうときにそういう所なんだから。……”昨日”だよ。会った場所は……フラワー……」
「…やっぱりか」
「うん、ペンダント持ってたのは、未来……小日向未来、私の幼馴染みだよ」
壁からの風が彼らの髪を撫でた。
「……もしかしての話になるが、このデザインのペンダントが偶々この町で流行っていて、それに偽装するために聖遺物がこうなってるって線もある。それならお前の幼馴染みが同じものを持っていても不思議じゃない」
「……蜘蛛の糸より細いだろうけどね」
「ハア、響、お前の考えも分かる。でもな、無理筋だろうが他の可能性を考えられる以上、それはまだただの推測の域だ。お前の幼馴染みが関係者かどうか確信はない」
「…でもっ」
「言っておくが、その小日向さんだっけか、ソイツに直接聞くのもやめとけ」
「ッ……なんで…」
「さっきはああ言ったが、仮に響の考えが当たっていたとしたら、最悪は小日向さんがマリア側っていう場合だ」
「それは…」
「否定できる材料が俺たちにはない。俺たちにあるのは、現地調査と噂話、そして垣さんによる情報。後は対ノイズに聖遺物が使われているという確定に近い推測だけ。それだけじゃあ今みたいなことも考えるべきだ。いや、そうとも考えられちまうって言った方が良いか」
「………うん、渡の考えも分かるよ。私たちのわがままを通しながらマリアを止めるなら予想しなきゃいけないことだろうね。事実、未来が転校してからを私が知らないのは本当だし」
「…ごめんな」
「でも、今情報が少ないのもまた事実だと私は思う。このまま手がかりが足りないときは、未来に直接聞くことも考えておいた方が良いんじゃないかな」
「ああ、それは響の言うとおりだ。その時はよろしく頼む」
「うん、任せて」
響は鋭さの戻った瞳で頷いた。それを受けた渡も漸く頬の緊張が解れ、笑みが零れる。
そして彼らが調査の続きをしようと歩を進めた途端、突如洋館全体が大きく揺れ始めた。
───ゴゴゴゴッ
「まさか地震ッ!?」
「響、武器化しろ。外へ跳び出す」
「OK!」
立つことが難しくなるほど激しさを増す揺れの中で、響は急いで自らを光へと解く。それが渡に装着されると同時に彼は空いた壁の穴に向かって大きく跳躍したのだった。
○●○
暗闇の中で少女は微笑む。
「お願いね」
○●○
廃墟同然であった洋館を襲った揺れは、まだ崩れていなかった無事な部分に大きなダメージを与えた。元々外見以上に内部的な傷を抱えていた一部の支柱はそれに耐えきれず致命傷となり、洋館はその崩壊の規模を広げていく。
一方で、そんな館から跳躍した渡は間一髪崩壊に巻き込まれることなく外部に脱出することができた。彼が安堵の表情を浮かべるが、揺れはさらにその激しさを増していく。増産される瓦礫と砂煙に気を付けながら体勢を整えていた渡に対し、響は己の中で可視化していくリズムの存在に気がついた。
「渡! 聞こえてる?」
「何がだ!」
「”聖遺物”だよ。大きくなってるんだけど、分からない?」
「建物の崩れる音がうるさくて分からねえ……いや、今聞こえた。…ってこれ”こっち来る”ぞ!」
彼が思わず叫んだ瞬間、目の前の大地が爆発し土塊が乱れ飛ぶ。バックステップした渡の前で、大地からその”紫の巨体”が身体を覗かせた。
「おいおい、人やノイズ相手は覚悟してたが怪獣は予想できるかっての」
大地からその体躯を完全に現した巨体──ゴライアスは小さなうなり声を上げている。
「響、あいつが聖遺物だ」
「マジか、いやいろいろとマジで? 私、色違いのあれ特撮で見たことあるんだけど」
「響、マジだがそれ以上言ってはいけない。それよりこの音の種類、昨日のビルの所で聞いたヤツだ」
「……なるほどね。ところであれ動いてるよね」
「ああ動いてるな。這い出してきたし」
「つまり”自律”しているってことでしょ」
「なんだ響何が言いたい?」
「あー……えっと、えっとね。動いてる聖遺物ってことは、あれ……”自律型聖遺物”だよ」
「だからそれが……あっ」
『一つ訂正してやろう。厳密には私は生き物ではない。
渡の脳裏に
「あっ、
「うん、あの怪獣アレと同類の可能性ありだよ」
「……まさかだがアレもアイツみたいに喋らねえよな…な?」
「自律型のデフォがアレってことは考えたくないよ。というかそれだと半分同じって言われた私は……私は!?」
「……とにかく話せる可能性があるなら、一応コミュニケーションを取ってみるか」
「なら、私が行くよ。……は、半分、同じィだからねぇ…」
「いろいろと無理すんなよ」
一度、人の状態へと戻った響はゴライアスへと近づいた。渡もそれに同伴する。そして5メートルほど眼前に彼らが立つと、若干声を張り上げて響は話しかけた。
「おーい、もし話せるなら返事して!」
「……ウゥ」
「えー、それは返事?」
響は叫ぶがゴライアスは変わらずうなり声を響かせながら、2人をじっと見つめていた。その様子には流石の彼女もたじろいだ。
「ねえ渡、伝わってるこれ?」
「分からん」
「反応薄いね。よしもう一回いくよ。おー──」
「ゴアアアアアアッッッ!!」
再びの彼女の声は、ゴライアスの突然の轟声によりかき消された。同時にゴライアスの腕が彼らへと迫ってくる。轟音により反射的に耳を塞いでいた響の手を渡が引っ張った。彼の意図に気付いた響はすぐさま己を武器へと変化させる。渡もゴライアスの腕から距離を取った。
「大丈夫!?」
「ああ、だが塞いでなかった右が少し聞こえづらい」
「OK、なら周辺確認は任せて」
「頼む」
「良いよ。それより、話し合いは無理そうだよね」
「だな。ってか、あちらさんはやる気十分って感じだぞ」
渡が視線を向けると、ゴライアスの顔は彼を確かに捉えていた。彼は一息吐きながら拳を前に構えた。
「ゴアアッ!」
同時にゴライアスは雄叫びを上げて渡へとその巨体で押し寄せる。
「迎撃するぞ!」
「了解!」
渡はゴライアスの接近に対し、横へと避ける。ゴライアスも顔を彼へと向けようとするが、巨体から来る鈍重さ故か渡は正面に合わないように立ち回っていく。そうしてゴライアス翻弄し背面を取ると、渡は右手に装着された
「硬ッ!?」
「ッ、後ろに跳んで!」
しかし、渡の打撃はゴライアスをダメージを与えるには至らない。その硬さに驚愕の声を上げる渡へ響の喚声が届く。反射的に渡が後ろへ跳ぶと、先ほどまで己がいた場所を丸太の如き尻尾が横切った。彼の頬を冷や汗が伝う。
「助かった。ありがとな響」
「お礼は後で。それよりも通りそう?」
「いや、如何にもな見た目の通りだ。硬い。狙うなら教科書に沿って腹とかだな」
「そうなるね。背中はさっきの尻尾も気を付けないとだし」
「そうだ。そうなるともっと攪乱して…チッ!?」
2人が作戦を確認していると、渡へと顔を向けたゴライアスの頭部と両腕にある突起が輝き始めた。渡もゴライアスから発せられる
そして光が一段と強さを増すと、エネルギーは激流と化して前方へと発射された。
──『ライトニングディザスター』──
渡は咄嗟に真横へと跳躍し、その光の奔流からの回避に成功する。
光は大地を抉り、木々を消し飛ばしながら突き進む。併せて周囲に広がる衝撃に渡は体勢を低くして耐え凌ぐ。最終的には近くの山に衝突すると、大穴を空けて光は収束した。渡が被害の様を見て、苦悶の声を漏らす。
「クッ、あんなのもらったらただじゃ済まねえ」
「それもあるけど渡、あんな音を出していつここに人が来るか分からない。急いで離れよう」
「それができたら、初めから戦ってねえよ。とにかく一発入れないと逃げられないだろうな。ったく怪獣と戦うのはライダーじゃなくてウルトラマン役目だろ」
「渡ライダーじゃないでしょ」
「サイズ的な話だ」
辺りに砂煙が舞っているにもかかわらず、ゴライアスは渡の方向へと邁進する。その様子を警戒しながら、彼は状況を打開する算段を模索する。芳しくない表情の彼に対して、拳の模様が明滅した。
「渡、半端な攻撃じゃ駄目なら。『魂の共鳴』でいくしかないよ」
「俺もそうしたいのはやまやまだが、タメがいるだろ。その間にさっきのを撃たれたらどうしようもない。最低でも動きを止めねえと」
「……なら私に考えがあるよ」
「何?」
響が自身の作戦を手短に渡へと説明する。彼は若干不安そうな顔を浮かべるが、すぐに頷いた。
「成功するか分からねえが、他に案もない。響の作戦に賭けるぜ」
「さすが渡! 私の相棒!」
「言ってろ、じゃあやるぞ響」
「うん、気合い入れてくよ」
渡は顔を引き締め、腰を落とす。そしてゴライアスを一瞥すると、全速力で先ほどまでいた洋館の方角へ走り出した。それを察知したゴライアスも重い足音を立てながら後を追う。渡は振り向いて後方にゴライアスがいることを確認すると、ニヤリとほくそ笑んだ。
「まずは第1段階、きちんと追ってくるぞ」
「状況は私がチェックする。渡は走るのに集中して」
「了解」
次第に洋館へと近づいていくと、彼はその近くのある場所で立ち止まった。そこから先に”地面はない”。
「ここら辺で良いか」
「渡急いで」
「分かってる」
渡は辺りを見回すと、すぐさま拳で地面に穴を開け始める。10秒足らずの間に数カ所の穴を開けたところで、ゴライアスが彼らのすぐ近くまで迫ってきていた。
「第2段階も良しッ!」
「ギリギリだけどナイスだよ渡。構えて」
渡は迫り来るゴライアスに相対しながらもその場を動かず、静かに響のパワージャッキをスライドさせた。
ゴライアスを彼らに接近しながら、ランス状の腕を近づける。そうしてゴライアスの身体が先ほど開けた穴の地帯へ入った瞬間、渡は叫びながら拳を地面に叩き付けた。
「上手くいってくれよ!」
──『大地浸透勁』──
拳の衝撃は大地に伝わり、割れ目となって広がっていく。ゴライアスも異変に気付くがもう遅い。渡が開けた穴によって脆くなっていた地面は崩壊し、その先にある”湖”へと土砂となって流れ落ちていく。無論そこに立っていたゴライアスも流れに巻き込まれ、湖へと落下した。突如水の中に放り込まれたゴライアスは姿勢を正すことを余儀なくされる。それは渡と響にとって明確な”隙”であった。
「第3段階成功!」
「渡行くよ、最終段階、
「「魂の共鳴!!」」
2人の声が重なり、周囲を風が渦巻く。拳状態の響が山吹色の光を発し初め、渡は瞳を閉じて集中する。
「「ハアアアッ!!」」
───魂の共鳴───
それは、武器である響から生み出される聖遺物由来のエネルギーを職人である渡が増幅して彼女に送り返し、それを受け取った響が制御しながらまた渡へ伝達という行為を繰り返すことでエネルギーを何倍にも高めていく技術である。ただし、強大な威力となる反面、増幅・伝達にはかなりの時間がかかる欠点も有している。
そのため、彼らはその時間を確保するためゴライアスを足止めするべき罠を仕掛けたのである。ゴライアスを湖に落とすという罠を。
響立案のこの作戦は功を奏した。ゴライアスは今、水にその巨体を取られ動きを止めている。
「響平気か!」
「もちろんへっちゃらだよ!」
増幅され、可視化された山吹色のエネルギーが中空に集っていく。次第にエネルギーは巨大な拳を形成し、眩いほどの存在感で周囲を照らした。渡はそんな煌々と輝く拳を構えて、己の腕を振りかぶる。
「「イッケェッ!!」」
──『光纏砲拳』──
「ガアアアッ!?」
重なる2つの声。
渡の腕とシンクロするように光の拳は飛翔し、ゴライアスの腹へと突き刺さる。衝撃にゴライアスは苦悶の雄叫びを上げ、水面は激しく流動した。己を水中へと押し込もうとする光の拳に抵抗するゴライアスは、腹に突き刺さるそれへと両腕を振り下ろす。
「ゴオオオアアアアッ」
その衝突の刹那、光の拳は弾けるように爆発する。形成していたエネルギーは花火のように周囲へと拡散、無論至近距離にいたゴライアスはその衝撃を直に受けた。光は次第に渦を成し、ゴライアスを飲み込んでいく。
この技を放った張本人たちである渡たちは、岸上からその様子を視認した。そして、暴風の如きエネルギーが収まっていくと、湖上にゴライアスの姿はなかった。水面は未だ激しく揺れてはいるものの、巨獣の気配が感じられなくなったことを彼らは確認する。
「…」
「…」
「音が小さくなった」
「激しい揺れも感じられないね」
「……よし」
「……うん」
渡は湖に背を向ける。
「「撤収!」」
背後に目もくれず、マウンテンバイクを停めた場所に彼は走り出した。
その立ち去りようは迷いのない見事なものであった。