クリスマスはケーキとシャケを食べるだけの日です。
それ以外にやることなんてありませんよね!
───孤独なる巨躯の獣が目を醒ます。
───巨獣の咆哮は大地を震わせ、空を翔る。
───さて、その叫びいったい誰に届くのだろう。
○●○
「……うん……朝か……」
響は少し寝ぼけながらも布団の中で目を覚ます。カーテンの隙間から差す光で時間を把握した彼女はモゾモゾと億劫そうに布団から這い出した。固まった身体を伸ばしながら、徐々に眠気が引いて思考が明瞭になっていく。
(布団が違うからかな、あんまり熟睡できなかった……)
若干の疲れを感じながらも、カーテンを開けて部屋の中に光を呼び込む。朝日が彼女の全身を優しく包み、暖かさを与えてくれる。
現在響のいる部屋は、普段彼女が使用している部屋ではなかった。彼女や渡に協力してくれる尾茂田が提供した家の一室であった。この家は彼曰く、ノイズ被害の影響で安く貸し出されていたらしい。しかも、今回の件で借りたというわけでも無く、東京への出張も多い彼自身のために前々から借りていた物件であるらしい。そのため遠慮無く使うようにという尾茂田の言葉に感謝しつつ、響はこの場所で一夜を明かしていた。
(えーっと、確か昨日は廃墟になってた病院を調べた後、番外地でも調査とか多少”調律”とかしてから家に来たんだっけ。電気や水はあったけど、料理道具が全然無いから夕飯は近くの店で総菜買って済ましたんだよね。それから明日、っともう今日だけど、に備えて寝たんだ……うん、思い出した)
昨日の行動を思い出しながらこの家の台所に向かう響。時折、目元を擦りながら歩いていくと、台所からはブクブクという煮沸音が聞こえてくる。音が聞こえる理由を察した彼女は、台所を覗いてそこに立つ青年へ声をかけた。
「おはよう渡」
「おっ起きたか響。おはようさん。今スープ作ってるから顔でも洗ってきてくれ」
「あれ、道具あったの? そのために昨日は朝用のパン買ってたはずだけど」
「探したら湯沸かし用の小鍋があったからな。インスタントのコーンスープでも入れるんだよ。念のため持ってきてたヤツ」
「そういうことね。じゃ朝ごはんよろしく」
「パンだけどな」
手を振りながら響は洗面所に向かう。その間に、渡はスティックパンやコーンスープ、オレンジジュースを食卓に並べて、簡単な朝食の用意を済ませた。
それから洗面所で意識をすっきりと目覚めさせた響が帰ってくると、二人で食事を手早く済ませていく。粗方食べ終わった後、渡はコーンスープの入っていたカップを置いて一息つくと、響と今日の予定について話し始めた。
「さて、俺たちは昨日は病院と番外地を回ったわけだが、残念ながら確実且つ直接的にマリアへと繋がる手がかりはなかった」
「うん」
「予定では、昨日の時点で何か手がかりを手にできていたら今日はそのことについて調べるつもり……だったよな」
「そういう計画だったね。でもそう上手くはいかなかった。……なら代わりに町の散策だよね」
「ああ、響が昔この町に住んでたって言っても2年以上経ってる訳だし、見て回る必要はあるだろうからな」
「じゃあ、そういう感じで今日は散策兼調査ってことだね」
「……いや、そのことなんだがちょっと待ってくれ」
渡はそう言って事前に決めていた予定に待ったをかける。それに対して怪訝な表情を浮かべる響を手で制しながら、彼は一口オレンジジュースを飲んだ。
「町の確認も大事だが、昨日の情報を確定させたほうが良いと俺は思ってる」
「……というと?」
「病院で見つけた誰かがノイズと戦ったような痕跡、当事者の可能性がある人に直接聞いてみようってことだ」
「渡、そんな人いったい……ああ、なるほどね」
ニヒルに笑う彼の言葉に対して、響も納得したように頷いた。彼らにとって自分たち以外にノイズと戦うことができる人物は2名しかいない。1人は、現在アーティスト活動を休業して消息不明であり、響や渡の命の恩人でもある天羽奏。そしてもう1人はそんな彼女とコンビを組んでいた人物。
「翼さんか」
「正解」
2年前のツヴァイウイングのライブで、会場にいたノイズを奏と共に薙ぎ払った風鳴翼。彼女の奮闘は、当時会場にいた響や渡はよく覚えていた。箝口令を敷かれ、公表はされていないが彼女がノイズと戦う術を持つことを2人は理解していた。さらに、先日のマリアのライブでノイズの群れに落下しそうであったにも関わらず、後日無事が報告されていたことから現在もその力を有していることは想像できた。
「確かに翼さんなら知っている可能性はあるかもしれないね。それに奏さんと違ってあの人って確かまだ学生だったはず」
「ああ、学校に通っているならどこに行けば会えるかも明白だ。そして、翼さんの通う学校は『リディアン音楽院』」
「あれそれって確か昨日行った番外地の?」
「あそこは移転前の場所らしい。何かの事故があったらしいけど、”昨日の感じ”からして聖遺物関連だろうな」
「あそこまで染み込んでるとねぇ」
”昨日のこと”を思い出してハハハと少し抜けたように彼らは笑う。
廃病院の後、東京番外地と呼ばれる場所に向かった彼らを待っていたのは、膨大なエネルギーとそれによる荒廃した大地であった。聖遺物の存在を感知できる渡は、そこに残留するエネルギーが生物由来のものであることはすぐに理解できた。同時に、その光景は2人に驚嘆の感情を想起させるのにも十分であった。
「邪推しちまえばそっちも関係あるかもしれないが、今回は一旦置いとこう」
「何でも関係あるって考えたらきりが無いしね」
「というわけで、リディアン音楽院にいるであろう翼さんに会いに行ってみたいってわけだ」
「……渡の言い分は分かったけど、学校に私たちみたいな無関係な人は簡単に入れないんじゃないの? それに今日は休日だよ。仮に入れたとしても翼さんはいないと思うけど」
「その点は大丈夫だ」
渡は自信があるように得意げな表情を浮かべながら、スマホを取り出して何かを検索する。すぐに目当てのものを見つけた彼は、画面を響へと押しつけるように向けた。
「こいつを見てみな」
「秋桜祭?」
「ああ、リディアンでやる文化祭みたいなもんだ。これの開催中なら、外部の人間が中にいてもそんなに不思議はないって寸法だ」
「……いつの間に調べたの?」
「昨日の夜にな」
「ふーん、で日時はいつ?」
「今日」
「きょう?……今日ッ!?」
「ああ、秋桜祭は今日開催されるらしい。だからこそ、今日は翼さんに会いに行けるまたとないチャンスって訳だ」
「……理解はできたけど、流石に急すぎるね」
響は腕を組んで何かを考え始める。渡の提案に納得できるところもあった彼女であったが、同時に悩ましいところも感じているようだ。
「ねえ渡。渡は翼さんに廃病院のことを聞きに行くんだよね?」
「そうだ。まあ、垣さんとの約束もあるから直接聞くというよりかは、情報を引き出すって感じになると思うけどな。もしかしたら奏姉のことも聞くことになるかもしれないが」
「そっか……じゃあ私からも提案させてもらって良い?」
「ん?」
「私も今日は是非とも町を1回見て回りたいって考えてるからさ。リディアンの方は渡に任せて良いかな?」
「なるほど、それはつまり……」
「うん、今日は別行動しよう。翼さんに会いに行くだけなら”感知”も必要ないでしょ」
「そうだな。……よし分かった。リディアンの方には俺だけで行ってくる。じゃあその間に、響はこの町の様子の確認を頼んだぜ」
「ふふ、任せて」
響は薄笑いを浮かべて了承する。互いに今日の予定が決まったところで、彼らは残りの朝食を食べ終えてテキパキと片付けていく。その最中、響はふと1つの疑問が脳裏に浮かんだ。
「そう言えばさ」
「どうした?」
「秋桜祭って招待状とかいらないのかな?」
「……え」
「世界的アーティストである翼さんが現役で通ってる学校な訳だしさ。なにかしらそういうモノあるんじゃ……」
「……大丈夫だろ……多分」
「はあ……渡って偶に抜けてるよね」
「うっ……言い訳できないが。そのときは上手く誤魔化すさ。入れさえすればどうとでもなるだろ」
「………」
響は心の中では呆れと心配の思いをかき混ぜながら、苦笑いする渡を見つめるのであった。
○●○
別行動をすることにした彼らは互いに身支度を終え、別々に出発していた。
町を見て回ると言っていた響は先に出ており、現在尾茂田から提供された家の前にはスマホ片手に何かを調べる渡の姿がある。
(『リディアン音楽院』っと)
スマホにはマップが表示されており、彼はリディアン音楽院までの道順を調べているようだ。しかし、検索して示された場所をタッチすると彼は眉を顰めた。
(んー? ここは昨日行った番外地の方だな。最近移転したから新しい方は更新されてないのか。しょうがない、学校のサイトに載ってる住所から行くしかないな)
正確な道順が分からなかった彼はとりあえずと言った気持ちで歩き出す。彼はなんとかなると考えながらリディアンに向かうが、それに当たり見落としてはならないことがあった。それは───
(ど、どこだよ?)
リディアンの移転先が町中のビル街の間にあり、少々わかりにくい場所にあるということ。そして、渡自身がそうした都会に慣れていなかったことである。
(考えてみればこの町に来たのも奏姉の時のライブから2度目だよなぁ、しかもこんなにビルが多いところに来ること自体あんまりなかったし、本当リディアンがどこか分からねえ。やばいな、無理言ってでも響に付いてきてもらえば良かった)
後悔先に立たずな彼であったが、転んだ先に杖ならぬ相棒を連れていなかったことが悪いのだから仕方がない。今考えるべきはどうやってリディアンまで行くかであるのだから。
(とにかく誰かに聞くしかないか。えーっと近くに知ってそうなヤツは……)
渡が辺りを見回してみると、彼と同年代と思しき人が近くを歩いているのが目に入った。今日、秋桜祭を開催しているリディアン音楽院の生徒がここにいることはないだろうが、近くに住んでいるのならリディアンの場所を知っている可能性もある。そう考えた渡はその人に声を掛けた。
「あのすいません」
「はい? 私ですか?」
「はい、少し迷ってしまって場所を尋ねたいのですがよろしいですか」
「ええ、それくらいなら構わないですけど、どこを探しているんですか?」
「リディアン音楽院という場所なのですが、最近ここに移転したらしいと言うことまでしか分からなくて」
「リディアン……あっ、ああ、それなら分かります。ここから近いですし、案内しますよ」
「えっ、良いのか……じゃなかった、良いんですか? 近いと言ってもわざわざ案内してもらうなんて悪いですから……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私も時間ありますし、人助けですよ、人助け」
渡が声を掛けた人物──短い茶髪で響と同じくらいの身長の少女は元気よく答える。彼女に対し、渡は心の中で安堵を得ながらとあることを感じていた。
(よし、運が良かった。ってか、この人『人助け』なんて親切過ぎないか。知らないヤツにわざわざ案内までしてくれるとか、少し心配になるぞ。まあ、俺としてはありがたいが……)
「ならお言葉に甘えさせてもらうということで、お願いします」
「はい。ああ、それとそんなに丁寧にしてもらわなくても良いですよ。私の方が年下でしょうし」
「いやいや、自分が案内してもらう側なんですから。これくらいは気にさせてください」
「それならまあ良いですけど。じゃあ、早速案内しますね」
リディアンに向かって歩き始める少女に付いていく渡。彼女に対する感謝を感じつつ、彼はリディアンにいるであろう風鳴翼に聞く内容を頭の片隅に考えていた。
しかし、少女と渡が数メートルも進まないうちに新たな声たちが彼らを呼び止めた。
「すみません」
「リディアンに行くのなら私たちも連れてってほしいデース」
「「はい?」」
呼び止めたのは、茶髪の少女よりさらに小柄な黒髪と金髪の少女たちであった。
○●○
渡が少女たちと出会ったその頃。
「あの……大丈夫ですか」
「え?」
響も新しい出会いをしていた。
相手は亜麻色の髪の西欧人と思しき女性。迷子らしき子ども相手に右往左往しているその人を見かねた響が仕方なく声をかけたのである。
「迷子なら近くに交番があったはずですから、案内しますよ」
「あ、ありがとうございます。あなたも大丈夫ですか」
「うん」
響の言葉に亜麻色髪の女性は最初は困惑したものの、すぐに喜色の笑みを浮かべて礼を述べる。女性の近くで俯いていた幼子も女性の言葉に顔を上げ、悲しそうな表情を響きたちに見せた。
「それじゃあ、こっちです」
「はい」
「……うん」
響は先頭に立って女性と子どもを案内するが、同時に後ろを歩く女性に憶える謎の感覚に困惑してもいた。
(なんだろうこの
自身と目の色や背丈、服装、国籍などあらゆる所が違う女性に対して感じるモノ。
湧き上がるその思いに対し、響は心の中で首を傾げるばかりであった。