クリスちゃんハッピーバースデー!!
というわけで滑り込み投稿です。
「うちの子が本当にお世話になりました」
「いえいえ、お気になさらず。お子さんが無事にお母さんと会えただけで十分ですよ」
「私もそう思います」
あの後響たちが迷子の子どもを近くの交番に送り届けると、すぐに当直のお巡りさんによって子どもの母親に連絡をとることができた。その後は母親から急いで交番に向かうという返事があったこともあり、案内中に子どもと打ち解けていた響たちはそれまで話し相手となっていたのである。そして連絡から十数分後には母親が現れ、迷子は無事に再会できたのであった。
現在は響と亜麻色髪の女性の前で、子どもの母親である妙齢の女性がペコペコと頭を下げている。子どもを見つけられた喜びなのか、それとももう勝手にいなくならないようにという心配なのか母親は子どもの手をしっかりと握っていた。
「ありがとうございます。ほら、あんたもお礼しなさい」
「ねえちゃんたちありがとー」
「どういたしまして。お母さんが見つかって良かったね」
「うん!」
子どもの元気な返事に破顔する亜麻色髪の女性。それに釣られてか響も顔がほころんだ。
「それでは、私たちは失礼させていただきます。繰り返しになりますが、子どもを見つけてくださりありがとうございました」
「……今度ははぐれないように気を付けてください」
「はい、それでは」
「またねー」
最後に母親は会釈をすると子どもの手を引いて都会の町並みに姿を消した。子どもがその間手を振っていたのを同じ動作で見送った後、亜麻色髪の女性は響に顔を向けた。
「あなたもありがとうございました。わたしだけだと、あの子をお母さんに会わせられなかったかもしれません」
「お礼を言われるようなことはしてないです。私はただ近くの交番まで案内しただけですから。それよりも、さっきの子の話し相手はあなたの方が頑張ってましたし。そのことのほうが褒められるべきです」
「あらら、それは嬉しいです。でも褒められるならあなたも同じですよ」
女性の屈託のない笑みに響は若干の敗北感を感じ、頬に赤みが差す。照れ隠しを兼ねて彼女は少し無理矢理話題を変えた。
「そう言えば、あなたなんでさっきの子の相手をすることになっていたんですか?」
「あの子が悲しそうな雰囲気で歩いてるのを偶然見かけたんですよ。ほっとくわけにもいきません。でも、その後はご存じの通り、どこに行けば良いのか分からなかったんですけどね。交番の場所も知りませんでしたし」
「なるほど、もしかしてこの町は初めてなんですか?」
「はい、数日前に来たばかりでまだ慣れていないんです。でもあなたのような親切な地元の人に会えて良かったです」
「いや、あの私この町に住んでるってわけじゃ……前までは住んでいましたけど、今は引っ越してるんです。今日は偶々帰ってきてただけで」
「へえ、そうだったんですね。でもそれならより一層私は幸運でした。だって今日でなければあなたのような優しい人には会えなかったってことなんですから」
「……ありがとうございます……」
(……天真爛漫というか無邪気というか、正直恥ずかしいレベルなんだけど)
あまり自身の周りにいなかった
「ところであなたもどうしてこの町に? 私はちょっとした旅行のようなものでこの町に来ているんです」
「私は……この町に住んでる友達に会いに来たんです。この前、ノイズ出てましたから」
「……ああ、あのライブですね」
「はい」
自身がこの町を訪れた理由を正直に話すわけにもいかない響は、一瞬悩んだ後適当に誤魔化すことにした。その目論見通り、彼女の言葉に亜麻色髪の女性は納得した様子を見せる。
(まあ、この町にもう私の”友達”なんかいないんだけどね)
「テレビであんなことがありましたからね。心配で見に来たんですよ」
「そうだったんですね。それで、そのお友達は大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫です。心配いりません」
「それは良かったです」
「はい。でも、あなたもどうして
「ッ……え、ええ。その、あっ、あんなことがあったからこそわたしは気になってしまって、逆に来てみたいなあ、なんて思ってしまったんですよ」
「……そうなんですか」
響はその言葉は眼前の彼女に似合わないと感じた。出会って数十分程度ではあるが、迷子の子どもを見捨てられいような彼女と野次馬根性で危険な町に来る考え方が繋がらなかったのである。
だが自身も先ほど彼女に嘘を言ったばかり、彼女にも彼女の事情があるのだろうとそのことについて踏み込んでいくことはやめるのであった。
その代わり、響は彼女にある提案をした。
「さっきこの町に慣れてないって言ってましたよね。だったら、この町を案内しましょうか。前に住んでいましたし、少しなら紹介できると思います」
「え、良いんですか?」
「はい。幸運な出会いは大切にしたいですから。それに私もこれから町をぶらぶら回るつもりでしたし」
「うーん……そうですね……」
響のした提案は町案内。それは彼女の親切心もあったが、同時に1つの思惑もあった。
(相変わらず、妙な”シンパシー”は感じるからね。もう少し一緒にいてみよう。町の確認は案内しながらでも大丈夫だろうし)
それは出会った当初から胸から染み出る感情の理由を知るため。去来した感覚の謎を解明したいからこその亜麻色髪の女性への誘いであった。
「とても魅力的な提案なのですが、すいません。わたし実は1人で旅行に来たわけではなくて、”同伴者”がいるんです。でも今はぐれてしまって探さないといけなくて……。この町にはいる思うんですけど……」
「なら、町を回る中でその人を探しましょう。私も手伝いますから」
「……確かに、当てもなく探すよりは良いかもしれません。ならご厚意に甘えさせてもらいます」
「はい、任せてください」
響はシニカルな笑みを女性に向けた。それに対し愛嬌のある笑みを返す女性を見ながら、彼女はふと気付いた。
「そうだ、今更ですけど私たち自己紹介してませんでした」
「言われてみればそうでしたね。すっかり忘れてました」
「タイミングがなかったですから。とにかく私は響って言います。ちなみに歳は17……いや16です」
「あれ16歳だったんですか。しっかりしていましたから、ちょっと意外です。あ、わたしは19になったばかりです。年上ですけど固くならないで、フランクに接してくださいね」
「じゃあそうさせてもらいます。あの、ところでお名前は?」
「あ、わたしったらまた話しが逸れてしまいました」
一瞬苦笑いを浮かべた女性であったがすぐに切り替えて、響へとお辞儀をしながら言う。
「わたしのことは『アイネ』と呼んでください。響さん、”よろしく”お願いしますね」
アイネと名乗った女性は変わらず優しい笑みを浮かべた。
○●○
「さあ、ここがリディアン音楽院です」
「おっ、ここか」
「リディアン」
「ちゃんと来られて良かったデース」
茶髪の少女は西洋風の門を指差しながらそう言った。リディアンの中では複数の屋台が立ち並び、『秋桜祭』が開催されていることが見て取れる。
あの時、黒髪と金髪の少女たちが話しかけてきたことに一瞬困惑した渡たちであったが事情を聞いてみると渡と似たようなものであった。彼女たちもリディアンまで行く道が分からず困っていたところで渡と茶髪の少女が話しているのが聞こえたため同伴しようと声を掛けたらしい。その申し出に茶髪の少女は快くyesと返した。渡も特に異論を挟む理由はなかったため、共にリディアンまで案内されたのである。
「……案内してくださってありがとうございます」
「助かったデース」
「自分もありがとうございました」
黒髪と金髪の少女2人組は揃って頭を下げる。渡も茶髪の少女に会釈しながら礼を述べた。それに対して、礼を受けた側の少女はたいしたことではないと謙遜の意を示すのであった。
「それでは失礼します」
「ありがとうございましたデス」
少女2人組はリディアンの門を元気よく潜って、祭で生徒たちが行き交う雑踏の中に消えていった。どうやら秋桜祭である今日は誰でも敷地内に入れるようであった。
響に心配されていた問題がないことに、渡は仄かに胸をなで下ろした。そして、風鳴翼に会うためにリディアンに入ろうとするが、その前に茶髪の少女に顔を向ける。
「あの案内してもらって恐縮なのですが、1つ質問良いですか?」
「はい? 質問にもよりますけど」
「いや、案内はとてもありがたかったのですが、なぜここまで親切にしてくれるのかなと思いまして。こんな突然話しかけた大柄の男なんて怪しさ満点でしょうに」
「ああ、確かに言われてみれば。でも、うーん、特に気にしませんでしたね。先ほども言いましたけど、ここまで距離なかったですし。それに”困っていたら助けないといけないでしょう?”」
「……そういうものですか」
少女はテヘヘと困ったように頭をかく。しかし、渡にはその姿にどこか違和感を覚えた。はっきりと何か変だと言葉にできるわけではなかったが、彼女の様子が歪であるとなぜだか彼は心に浮かんだ。表情か言葉か、それとも動きなのか、彼女の何が己の意識に引っかかったのだろうと彼は訝しむ。だがその感覚もすぐに消えたため、気のせいであったと自身に言い聞かせるのであった。
「というわけでただの自己満足ですよ、自己満足。だからあなたも気にしないでください」
「それなら良いですけど」
「では私も失礼します。また何か困ったら気軽に声を掛けてくださいね」
「はい、今日はありがとうございました。こちらこそ、お困りでしたらできる限りお手伝いしますよ」
「ふふ、この町も広いですから、また会えるかは分かりませんけどね。それではお祭り楽しんでください」
茶髪の少女はそう言いながら小走りに町を駆けていくのであった。
「さてと」
(秋桜祭だっけか、結構盛り上がってて少し回ってみたいが、今ごろ響も頑張ってるだろうし、急いで翼さんを探してみるか)
渡は屋台の並ぶ道を歩きながら、目的である風鳴翼を見つけるため当たりを見回した。するとすぐさま、少し離れた渡り廊下を歩く青髪のポニーテールの女性を発見した。
(あれは翼さんだな。さっそく見つかるなんて運が良い。……おっと、話しかけるときは怪しまれないようにしないとな)
風鳴翼からすれば古藤渡など赤の他人。突然話しかけることになって、警戒心を持たれすぎては堪らないと慎重を心がける渡は、一呼吸置いてから彼女に近づいた。
「あの風鳴翼さんでよろしいですか」
「はい?」
風鳴翼は突如自身に掛けられた声に困惑を返した。声のした方を向いてみると、そこにいたのは彼女よりも大柄な一人の男。紺色のジャンパーを羽織ったその男は体格から自身の叔父を連想させたが、生憎記憶を探っても覚えはなかった。
警戒心を抱きながら彼女は謎の男を正面に見据えた。
「確かに私は風鳴翼ですが、あなたは?」
「失礼、名乗るのが遅れました。自分は古藤と言います。自分はツヴァイウィングのファンなんですが、先ほど片翼の1人である翼さんを見かけて、いても立ってもいられなくて思わず話しかけてしまったんです」
「なるほどそうでしたか。しかし、今の私はアーティストとしての風鳴翼ではなく、学生としての風鳴翼です。ファンとして応援してくれるのは嬉しいですが、今は遠慮していただけると幸いです。ここには学び舎での友も多いですから」
「そうですね、ファンとして配慮が足りなかったとは思います。申し訳ありません」
(ふむ、突然呼び止められて面食らってしまったが、どうやらただのファンのようだ。F.I.S.の件があるからと気を張りすぎていたか。では先ほどから感じた”視線”も彼なのだろうな)
彼女は古藤と名乗ったこの男が自身のファンであると知り、警戒心を下げた。
表のアーティストとしての顔以外にも、彼女にはノイズと戦う”シンフォギア装者”としての裏の顔がある。突如話しかけた渡と警戒するのも当然であった。特に先日はF.I.S.と戦闘したこともあり、彼女は無意識にも気を巡らしていたようである。
「ですが、それでも翼さんには直接聞きたいことがありまして」
「私に答えられる範囲のことであれば構いませんが……」
「ありがとうございます。その前に翼さんは2年前にあったツヴァイウィングの最後のライブを覚えていますか?」
「ッ! ……当然覚えています」
風鳴翼にとって、その時の記憶は決して風化せず、脳裏に刻み込まれたものであった。自身の片翼である天羽奏が重傷を負い、ツヴァイウィングを解散するきっかけとなった事件を忘れられるわけがなかったのである。
(奏が”目覚めぬ”原因となった事件を忘却の彼方に捨て置けるものかッ)
「そのことがいったい何の関係があるのですか?」
「実は自分もあの時あの場所にいたんです」
「ッ……それは……」
意識せず語気を荒げる翼に対し、渡は冷静に予期していたかの如く言葉を返した。それを聞いた翼は言葉が詰まる。”あの事件”を生き残った被災者が、その後世間からどのように扱われていたかを知っていたから。そこまで考えたところで、目の前の彼が自分に直接言いたい内容も頭によぎった。
「なるほど、あの場所にいたのですね。なら私に文句の1つでも伝えに来たのですか……。私もあの事件以降の世間の反応は聞き及んでいます。あんなことが起こった原因の一端は私にあります。であるならば、あの日にいたすべての人達から怨嗟の石を投げられる義務が私には───」
「ちょっ、ちょっと待て!」
「えっ?」
心に影が差した翼の言葉を渡が慌てて遮る。声が漏れ出る翼に彼は首を振りながら言葉を続けた。
「俺はそんなことを言うために翼さんに話しかけたわけじゃないです」
「しかし、あの事件があったからこそ生存者の方々は謂われのない弾劾に苦しめられたわけで……」
「とりあえず落ち着いてください。確かにあのライブから俺たちへの世間の目は厳しかったです。何も知らないヤツから非難されることもありましたし、俺の知ってるヤツなんかいじめに遭って結果的に引っ越ししなけりゃならなかったそうです。でも、俺が言いたかったのはそういったことではありません」
「……ではいったい?」
「あー、それじゃ改めて。自分はあの日ライブ会場にいたのですけど、その時翼さんがノイズを”倒して”俺たちを助けてくれたこと、そのことについて先にありがとうと言わせてください」
「そのことはッ!?」
「はい、当然外部には漏らさないようにとお役人さんから契約書へサインを書かされましたよ。ですが、当事者である翼さんへは構わないでしょう。一度くらい直接感謝の言葉を伝えたかったので」
「……それでも私がもっと観客の皆や奏を守ることができていれば……」
「月並みですが『もしも』や『IF』を言い出したらきりが無いですよ。でも翼さんや奏…さんが俺たちを助けてくれた事実は変わりません。胸を張ってください」
「……そう言っていただけると救われます」
渡の言葉は悲痛に苛まれそうであった翼の心を少し癒やした。あの時、自身や奏が救えたものは確かにあったのだという実感が彼女の中に生まれたから。
特に彼女の仲間にはあのライブが原因で友と別れることになった者もおり、表には出さずとも傷となって残っていたのである。
「それを踏まえた上で聞きたいのですが、翼さん、今もノイズと戦っていますか?」
「すいません。そのことについては機密事項となりますので、一般人である古藤さんには教えられません」
「そうですか……」
渡の質問を拒否する翼。防人としての自身の行動を肯定してくれた彼に対しての応答としては、彼女自身心苦しいところがあったが、それを伝えることによって彼が危険に晒される可能性もあった。だからこそ、一時の感情で答えるわけにはいかなかった。
「しかし、なぜそのようなことを聞きたいので───」
「なら勝手に自分が喋るので、答えられるものだけお願いします」
「えっ、はい?」
翼の問いをかき消すように渡は言葉を紡いだ。困惑する翼。しかし、それを気にせずに彼は口を開く。
「まずは『QUEENS of MUSIC』」
「……はぁ、2週間前に私が参加したライブです」
「次に『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』」
「私と同じステージに立ちながら世界に宣戦布告した歌姫」
「では、彼女の歌の感想を1つ」
「力強い覚悟の込められた歌声でした」
「なるほど。続いて角度を変えて、『浜崎病院』」
「……答えられません」
「なら『東京番外地』」
「ッ、分かりません!」
「おっと失礼、琴線に触れてしまったようです。それじゃあ『月』なんてどうです。ここ最近で端を囓られたような形になったことについての感想なんて?」
「存じ上げませんッ」
「そうですか。……ならまた方向性を変えて『聖遺物』は?」
「ッ! 古藤さんあなた何を……」
「ほう……ならば『哲学兵装』については」
「? 哲学兵装ですか……」
「ふむ知らなそうですね。それでは最後に、『ガングニール』」
「なっ!?」
渡の次々繰り出す言葉に、翼は困惑や驚きが入り交じるが可能な限り応答する。しかし、彼の最後の言葉に彼女は血相を変えてその場から飛び退いた。
そして、先ほど下げた警戒心を急上昇させ、眼前に立つ渡を注視する。
「なぜガングニールを知っている!? 聖遺物だけならまだしも、ガングニールについてはごく一部の人間しか知らないはず。古藤さんあなたは何者ですか? ……もしや先ほどまでの言葉もすべて謀り?」
翼の言葉と眼光に射貫かれる渡はあちゃーと額に手を置きながら天を仰いだ。そして乱雑に頭をかきながら、目蓋を閉じてあーとい呻き声を響かせる。それから目線を左右に迷わせた後、ようやく警戒心を隠さない翼を見た。
「はぁ、とりあえず自分がさっきまで言ったことは嘘じゃないです。ちゃんと翼さんのファンですし、助けてもらったことに感謝もしています」
「でも、さっきまでの単語。明らかにあなたは何かを知っている」
「ライブとマリアについてはテレビでやってましたからね。心配で聞いてみたんです。次に聞いた場所は最近ノイズが発生したところ。あいつらと戦える翼さんなら何か知っているんじゃないかと。聖遺物に関しては昔から分野はあるんで知っていました。最近なぜだか注目され出しましたけどが」
「……ガングニールについて答えてもらっていませんが」
「QUEENS of MUSICの会場でマリアが変身する際に口ずさんでいましたから気になって」
「あの時の彼女の言葉はガングニールだけではありませんでした。なぜそれを抜き出したのですか」
「うーん、そうですね。耳に残ったからなどどうですか」
「ッ! ……巫山戯ているのですか」
「いえ、嘘は言ってません」
翼は渡の一挙手一投足に注意を払う。その上で彼の言葉を反復するが、この場で判断するには情報が足りない。しかしながら、怪しさという点では確かな存在感を放ち始めた彼をただ信じるというわけにはいかなくなったのであった。
「とにかく古藤さん。あなたには聞きたいことがあります。案内しますので、別所まで同伴していただいてもよろしいですか」
「同伴ですか……」
渡はわずかに怒気を孕んだ翼の言葉に悩んだ様子を見せる。その間に翼は手荒であるが彼を捕らえるという思考が浮かぶ。しかし、その対象である渡は翼と同様に彼女の動きに視線を向けていた。翼もそのことを理解しているからこそ、容易に動くことはない。結果的に互いは沈黙し、祭特有の喧噪だけが2人の耳を強く鳴らした。
「……」
「……風鳴翼に誘われるなんてファンとしては感無量ってところだが、今回は断らせてもらう。生憎俺は学生なんだ。下校時間ってのがあるからな」
渡は先までより口調の崩れた言葉で翼の提案を一蹴する。翼はその言葉で今にも飛びかかろうと眼光をさらに鋭くさせるが、それより早く続く渡の言葉がそれを制した。
「ガングニールについて知っている者を私が───」
「今回は連絡や手土産もなく来訪したことはすいません。落ち度があるのはこっちなんで、翼さんは今日のことは気にせず、忘れてください」
「ッ、急にやってきてその言い草は問屋が卸さないのでは? せめてあなたが何者かくらいは教えてもらいますよッ!」
翼は地を蹴って渡に肉薄する。捕縛のために伸ばされる彼女の手を素早く弾いた彼は、すぐ大きく跳んで後ろの廊下の手摺りに危なげもなく着地した。
「それじゃ今日は失礼します。ああそうだ、最後に1つ伝言お願いします」
「おとなしく付いてきてもらえばそれも必要ないのでは?」
「そうかもな……。でもこっちにも事情があるんで。とりあえず伝言は奏さん宛に『心配してる』と」
「待て!」
「頼みましたよ」
渡は最後の言葉を言いながら、背中に体重を掛けるように手摺りから落ちて、翼の視界から姿を消す。急いで翼が手摺りから身を乗り出して、彼の落ちた先を見下ろすが、もうそこには既に渡の姿は影も形もなかった。彼女の視界から消えた数瞬の出来事であった。
「彼はいったい?」
(とにかく緒川さんに連絡してみるか。調べてもらえば何者かもわかるだろう。しかし……)
翼は空を仰いだ。自身の髪と同じ澄み切った蒼を見ながら、彼女はポツリと呟く。
「奏への伝言など……伝えられるものか……」
1人の歌女の言葉は空に溶けた。
○●○
そして時と場所は変わり、夕方直前の町のとある高台の上。
「響さん今日はありがとうございました」
「こちらもアイネさんと町を巡るのは楽しかったですよ」
アイネと響は町を見下ろしながら、今日の日のことについて談笑していた。
響が先導しながら町を案内し、アイネが名所であるスカイタワーやおすすめのお昼スポットで一喜一憂するのは互いに良い思い出となったようだ。
「しかし、アイネさんの友人は見つかりませんでしたね」
「さっき漸く連絡は付いたのでこの高台で待ってると伝えはしたのですけど。正直不安なんですよね。あの人そう言うこと疎くて……」
「あ、私の家族にもいますよ。方向音痴みたいなのが」
「え、響さんもですか。奇遇ですね」
意外なところで話の弾む2人。しかし、この場で話が広がってもアイネの探し人が見つかるというわけではない。既に1日でこの町を回れる範囲に足を運んでいる彼らからすれば、もうこちらから見つけるのは難しいと途方に暮れるしかなかった。そうして諦めムードが立ちこめ始めたその時───。
「おーい!」
遠方より聞こえる呼び声が彼らに届いた。顔を向けてみれば、2人に向かってものすごい勢いで疾走してくる男が1人。男は10月という一応季節的にはまだ暖かいものの、少し肌寒くなってきた今日であるにも関わらず、半袖短パンでアイネたちに接近してくる。彼に対し響はなんか変なヤツが来たと眉を顰めつつ、嫌な予想が浮かんだ。
「あのアイネさん、もしかして探してたのって?」
「……響さんの予想通りです」
「なんだか独特な人ですね」
「悪い子じゃないんですけどね……さてと」
「探したぜーッ!!」
アイネたちに突撃してくる男はその直前で急ブレーキを掛けて減速する。あまりの急減速に彼の靴からは火花が飛び、まるで車のような急停止を見せた。人間の身でやる様はもはやギャグ漫画のそれである。
「おいどこ迷子になってたんだよ。俺様から離れてどこほっつきいッ!?」
「誰が迷子になっていたのでしょうねえブルー?」
「いや、ちょっと待て俺はブララララ!?」
「おや、自分の名前も忘れてしまったんですか? あなたはブルーですよ。そして言っておきますけどわたしの名前はアイネですからね、間違えないでくださいね」
(アイネさん、笑顔でアイアンクローしてるよ……)
笑顔は時として怒りよりも怖い。響は今その実例を目の前で体感していた。
男は確かに自身のの相棒である渡ほど大柄ではないものの、小柄すぎるほどというわけではないことは響も理解できる。しかし、アイネはそんな彼の顔面を片手で掴み挙げ、宙に浮かせていた。その細腕のいったいどこに一般男性を持ち上げることのできる力があるのかと、響は引きつった笑いを浮かべるのだった。
「まったく、あなたはいつも直感で動きすぎなんです。動くにしても一言私たちに伝えてからにしてくださいといつも言っているでしょう?」
「分かったッって」
「そう言えば、あなたにしてはよくここまで迷いませんでしたね?」
「それは親切なヤツが案内してくれたからで、って分かったからッ、掴むのやめろって」
「もうその言葉も何度目か……」
アイネはため息を吐きながら男を解放する。投げ出された男はイテテと額を擦っているが、どこかわざとらしい印象を放っていた。それからアイネがさらに二言三言男に苦言を呈した後、彼らは遠巻きに見ていた響に向き直った。
「あの響さん一応彼がわたしが探していた人です」
「ブルーだ」
「というわけで無事に見つかりました。ありがとうございます」
「いや、結局ここに来て会えたんですから。町を案内した私の意味はありませんでしたよ」
「ですが手伝いはしてくれました。それに響さんのおかげでこの町のいろんなところは知れましたから。その分の感謝くらいは受け取ってください」
「……なら……はい」
「はい! あっ、後これどうぞ」
やはりこの人は慣れないと頬を染める響であった。そんな彼女にアイネは小さな紙を手渡す。
「これは?」
「わたしの連絡先です。なんだか響さんとはまたご縁がありそうでしたので」
「なるほど。じゃあ私も渡した方が……」
「わたしが勝手に渡すだけなので構いませんよ。それではまた」
響に半ば強引に連絡先を押しつけてアイネはブルーを引っ張りながらどこかに消えて行った。彼らが去った後、響はアイネから渡された紙を一瞥した後、懐にしまう。
(結局、アイネさんに対する謎のシンパシーの正体は分かんなかったな)
目標は達成できなかったものの、一応町を見て回るという目的は達成した響。彼女はアイネに対しては気のせいであったのだと自己で結論を出し、時計を確認する。
(とにかく時間も時間だし、渡と落ち合う場所まで行ってみようか)
彼女はアイネたちが去って行ったのとは別の道を使って高台を後にするのだった。
しかし、響は高台にある木の陰で動く影に気がつかなかった。彼女から隠れるように木の幹へ身を預けるその人影は震えるような声音を響かせた。
「今のは立花さん? なんで……なんでこの町にいるの?」
「いやとにかく今は立花さんを追いかけなくちゃ。そして、会って、会って『今度こそ』謝るんだ」
「私は謝らなくちゃいけないんだ……」
”少女”は自身の足がまるで泥を纏ったかのように重く感じられるのだった。
○●○
その後、響と渡は合流して町を離れ、自分たちの家と日常に帰って行く。
それぞれの決意をより強固なものにして───。