戦姫絶唱シンフォギア 響き渡る魂   作:招き猫

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明けましておめでとうございます。
今年はもっと更新頻度上げられるように頑張……れたら良いなあ……。アッ、努力しますのでよろしくお願いします。
そしてお気に入り登録数が50件に到達しました。ありがとうございます。




(新年1発目なのに主人公2人が出てこない。大丈夫かこれ……?)




絶唱は重なり、孤独な咆哮は未だ届かず

 舞台とは、そこに立つ者がいてこそ成り立つ。

 オペラや演劇、ミュージカル、舞踏など舞台の種類は数あれどその点は須く共通する。無論、舞台に立つ者を支える裏方の者たちも欠けてはいけない。舞台は舞台の上だけで回りはしないのだから。舞台に関わる人々が1つの舞台のために集結して心血を注いでこそ、舞台は創られる。

 つまりそれは舞台が多くの人々の交わりによって生まれることを意味している。

 しかし、時として舞台のために人が集うのではなく、人が集ったからこそ舞台が生まれることもある。

 

 なぜなら、人と人の交差こそが舞台の流れの源流なのだから───

 

 

○●○

 

 

「はい、ありがとうございます。こちらも注意して動きます。……ええ、その点は大丈夫です。無事に合流できました。それでは何もなければまた2日後に。そちらも気を付けてください、”アドルフ先生”」

 

 ビルの裏手にいる女性はスマホを切って手提げ鞄に仕舞う。そして亜麻色の髪を揺らしながら、側にいた男に声を掛けた。

 

「定時連絡も済みましたし、行きましょうブルー」

「……なあ、俺思うんだけど」

「なんです?」

「周りに誰もいないんだから、わざわざ別の名前使う必要あるのかよ?」

「……何度も言っているでしょう。わたしたちは本来行動許可は与えられていないのですよ。動いていることを上の人が知ったらどうなるか説明しましたよね」

「まあバレて面倒になるのは分かってるが、ここまで偽名を徹底する必要があるのか?」

「人の目がどこにあるのか分かりませんから用心するに越したことはありません。欲を言えばこの会話そのものもやめておきたいのですけどね」

「ああはいはい、わーったよ、了解。気を付けるよアイネ”さん”」

「はい、そうしてくださいねブルー”さん”」

「ハッ、でも忘れんなよ。最後には俺の名前を全世界に轟かせるんだからな」

「分かってますよ。そういう約束ですから」

「ならいい」

 

 ブルーは先ほどまでふて腐れたような表情をしていたが、今はもうカラリと笑みを浮かべた。そして両手を頭にやって、目線と足をフラフラ所在なさげに揺らすのだった。

 アイネはその様子を一瞥した後、鞄からメモ帳を取り出して柔らかい文字が書かれたページを確認する。そこにはこの町の様々な場所の注意書きが記されていた。どうやらメモ帳の内容を見てこれからどこかに行こうとしているようである。

 

──ピィーッ──

 

 彼女が悩んで目を細める中、突如彼女の鞄から甲高い音が鳴る。するとアイネは流れるような動作で鞄の中から1つの端末を取り出した。音を鳴らす端末の画面を点けると、そこには町の地図が表示された。

 

「ブルー!」

「分かってるよ」

 

 その隣では、真剣な表情のブルーがアイネを見つめていた。彼の返事に彼女は首肯で返し、端末の画面を見せる。地図上では赤い印が激しく点滅していた。

 

 

○●○

 

 

 場所は変わり、都心の一等地から少し離れた住宅街。過去に現れたノイズによる被害の傷跡が残るその場所で、1つの戦闘が開始されていた。

 

「なんでお前がこんな所にいるんだぁー!」

 

 一方は薄汚れた白衣を纏い、頬が痩けて目を血走らせる男。名前を『ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス』と言う。先日、世界に宣戦布告したマリア・カデンツァヴナ・イヴと同じく武装組織フィーネに所属しており、生化学者であることからその通称はウェル博士。彼は口角泡を飛ばしながら、手に持つ白色の杖を振るう。杖はその動きに合わせて緑色のビームを放ち、そこからは多様なノイズが出現する。その杖の名は『ソロモンの杖』。ノイズを自在に召喚し、自由に操ることのできる聖遺物である。ウェルはソロモンの杖を用い、必死の形相でノイズに命令していく。

 

「しゃっらくせーんだよッ!」

 

 相対するは、赤と白のバトルスーツを身に纏う少女。それはマリアの纏っていたモノに類似している。彼女は手に持つボウガンでウェルの呼び出したノイズを射貫く。彼女により放たれる矢は、位相差障壁で触れることも叶わないはずのノイズを次々と黒灰に変える。その矢は赤く発光し、普通の矢でないことは明らかであった。

 ノイズを殲滅していく戦乙女たる彼女の名は『雪音クリス』。ノイズと戦うことのできるシンフォギア装者の1人であり、武装組織フィーネを追う特異災害対策機動部二課の一員でもあった。彼女の纏う鎧もシンフォギアのそれである。そんな彼女はウェルに負けず劣らず、真剣な視線を相手に向けていた。その顔はまるで獣の如し。

 

「さっさとソロモンの杖を返しやがれッ!」

「こっちに来るなぁー!」

 

 ウェルがノイズを呼び、クリスがそれを殲滅する。ソロモンの杖はほぼ無尽蔵にノイズを召喚することが可能であるが、如何せんそれを使うウェルの速さは一般人の域を出ない。それに対し、クリスは彼女の持つ殲滅力をもってノイズを掃討していく。その中で彼女はウェルの持つ杖を狙う。しかし、無限と思えるほど湧き出るノイズの壁にあと1歩の所で彼に近づけないでいた。

 

「ならこいつをくれてやるッ!」

 

──『MEGA DETH PARTY』──

 

 クリスの叫びと共に彼女の腰部にあるアーマーが展開し、そこから多数の小型ミサイルが射出された。ミサイルはノイズを殲滅するだけに止まらず、道路のアスファルトをはがし粉塵を辺りにまき散らす。同時に発生した爆風にウェルは思わず腕で顔を隠してしまい、ノイズの召喚が一瞬止まった。

 その隙をクリスは見逃さない。粉塵の中を突っ切り、ウェルに直進する。そして彼の手にあるソロモンの杖に手を伸ばす。彼女の手が杖に触れようとしたその時であった。

 

──キィィイイイン──

 

 何かが彼女目掛けて飛来する。その存在に素早く気付いたクリスは、手にボウガンを召喚して一部を迎撃した。そして、舌打ちしながら回避のためにその場から飛び退く。着地したクリスの視界には、ウェルの側に立つ2人の少女が映った。

 

「間一髪」

「ギリギリデース」

 

 乱入してきた金髪と黒髪の少女たちは短く息を吐く。彼女たちもまたクリスと同じシンフォギア装者であり、武装組織フィーネに身を置くマリアの仲間であった。名前を緑のシンフォギアを纏い、大鎌を持つ少女は『暁切歌』。もう1人のピンクのシンフォギアを纏って、頭部に取り付けられたウサギの耳のような武装が特徴的な少女は『月読調』と言った。彼女たちもクリスとは敵対関係にある。

 

「増援ってわけか? 良いぜ、まとめて相手してや……クッ!」

 

 切歌と調に対して勇むクリスだったが、”身体の熱さ”に呻き声を漏らしてその場に膝を突く。しかし、その目は絶えず切歌と調を睨み付けていた。

 そんなクリスを目の前にする彼女らも油断なく敵の動きに意識を傾けていた。だからこそ2人は気付かなかった。背後に立つウェルが不気味な笑みを浮かべていることに。

 

──カシュッ──

 

「「ッ!?」」

 

 意外なほど軽かった。ウェルが切歌と調の首筋に銃型の注射器を押し当て、彼女たちの身体にとある薬品を打ち込んだ音は。

 

「これはLiNKER?」

「まだ効果時間には余裕があるデスッ」

 

 その薬品の名前は『LiNKER』。その効能はシンフォギアを纏うのに必要である聖遺物に対する適合係数を底上げすること。ただし、神秘の塊である聖遺物への親和性を高めるその薬品にはそれ相応の副作用も存在する。通常使用においても、人体への負荷や制限時間への注意が必須であり、使用後には体内洗浄も要する。連続投与は当然危険な代物である。

 今回彼女たちはまだLiNKERの制限時間以内であった。にもかからずウェルが行った不意打ち気味の投与に対し、彼女たちが困惑と怒りを覚えるのも無理からぬことである。

 

「だからこそです!」

 

 ウェルは瞳孔の開いた瞳で力強く宣言する。その迫力に切歌と調は二の句が継げず、息を飲んだ。

 

「お前らがこの僕を助けに来た理由は、大方ナスターシャ教授の体調が悪化したからでしょう! だからおっかなびっくり探したわけだ、あのおばはんを唯一治療できる、未来の英雄である僕を! そしてそのためには早くこの場を切り抜けなくてはならない。そのためのLiNKERですよ!」

「だから、どういう──」

「分かりませんか! LiNKERによってギアからのバックファイアを軽減できることはあなたたちも知っているでしょう」

「……絶唱」

「調、それはッ」

 

 『絶唱』、それはシンフォギア装者による最大の攻撃手段。フォニックゲインを爆発的に高めるこの技は、確かに威力の点では極めて有用である。しかし、その代償にシンフォギアからのバックファイアで装者の肉体を著しく傷つけるデメリットも有していた。そのため、絶唱とは攻撃技であるという認識以上に自滅技としての印象が強かった。

 

「正解です」

「なんで私たちがアンタなんかのために身体を張らなきゃいけないんデスかッ」

「僕ではなく、ナスターシャ教授のためならどうです?」

「ッ!?」

「僕を助けることがおばはんを救うことに繋がるなら、あなたたちもやる気が出るのでは?」

「……」

「やろう切ちゃん」

「調ッ!?」

「確かに博士の言うとおり、LiNKERを投与したばかりの今なら、絶唱での身体の負担も抑えられるはず」

「でも……」

「私たちの使命は博士を連れ帰ることだよ、切ちゃん」

「……わかったデス」

 

 覚悟を決めた切歌と調。その瞳はすでに彼女たちを襲う過剰投与による負荷にわずかに揺れつつも、しっかりと己が為すべきことを理解していた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 一方で、クリスは己を襲う異様な熱さとそれによる身体の重さに耐えていた。

 

(なんだよこれ……身体が燃えちまいそうだ……)

 

 呼吸も激しく、歯を食いしばる彼女。身体の底から湧き出る熱さに意識を飛ばしそうになるのを必死につなぎ止める中、前方から歌声が聞こえてくる。

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal……──

 

 それは切歌と調による絶唱の二重唱。自らの生命を削ることさえ厭わぬ、彼女たちの覚悟の歌が奏でられ始めた。

 

「……ああ、いいぜ、そっちが虎の子出すってんならッ!」

 

 響き始める絶唱を聞き、クリスは気合いを入れて立ち上がる。そして足に力を込め、喉が張り裂けても構わないほど衝動のままに叫んだ。

 

「私だって歌ってやる、絶唱をッ!」

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal……──

 

 そして始まるはシンフォギア装者3人による絶唱の三重唱──否、独唱と二重唱のぶつかり合い。互いが互いを喰らい尽くすことを目的として、歌声の暴風は彼女たちの中間地点で衝突する。

 そして、高まるフォニックゲインに呼応するように彼女たちのシンフォギアは形を変えた。クリスは長大なライフルを手にし、各アーマーからは大小様々な弾頭が顔を覗かせる。それに対し、切歌の持つ大鎌は巨大化し、調は腕部に巨大な丸鋸が拡張された。

 なおも上昇する彼女たちの戦意とフォニックゲイン。臨界に達し、歌声だけでなく彼女たち自身がぶつかり合うまでのカウントダウンは既に始まっていた。

 

 

 

 

 

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal……──

 

「「「ッ!?」」」

 

 そこに混じる新たな歌声。

 彼女たちと同じ絶唱にクリス、切歌、調の3人は揃って面食らう。頭上から聞こえてくる透き通るような歌に顔を上げれば、ビルの屋上の縁に立つ人影が1つ。

 人影は白の衣装を身に纏っており、ほどほどに背丈があることは分かるものの、口元が空いたウサギを模したであろうマスクを被っているためその表情は読み取れない。辛うじて歌声から女性であることが推測できる程度であった。

 

「なんだこれ……」

「おっとと」

「減圧してる……?」

 

 女性の絶唱に呼応するようにクリスたちのフォニックゲインの勢いが削がれ、周囲に分散していく。無論、フォニックゲインによって展開されていた彼女たちの武装も元の形状に戻る。

 まさかの事態にクリスたちはビルの上に立つ女性を呆然と見上げるだけであった。

 その間にもマスクの女性の絶唱は続く。すると不思議なことに彼女の前方にクリスたちから削がれたフォニックゲインが収束していく。エネルギーは可視化するほど濃密に集い、虹色に輝く球体を形成する。

 そして絶唱も終盤に差し掛かり、マスクの女性が両手を振り上げると同時に球体は天空に向かって圧縮されたエネルギーを放出する。フォニックゲインは虹色の竜巻となって荒れ狂い、空の雲を細々に攪拌した。そして球体の消滅をもって破壊のエネルギーをは完全に消費された。

 

「奇麗……」

「何が起こったデスか」

 

 眼前の光景に、切歌と調は己が感情を吐露することしかできない。

 

(あのマスク女、まさか絶唱のエネルギーを奪い取ったってのか!?)

 

 クリスは1つの仮説を立てるが、それを受け入れることができないでいた。他者の絶唱に干渉するなどこれまで想到すらできなかったから。それ以上に、目の前で実践された今ですら、可能という事実を信じられなかった。

 

「おいッ! お前はナニモンだッ!」

「……突然絶唱に分け入ってしまい、すいません。ですが、あのままだと双方共に大きく傷ついてしまうと思いましたので」

「だからナニモンだって聞いてんだよ! それに顔を隠して、ビルの上からのご挨拶たー、大層良いご身分なんだろうな」

「……すいません、事情がありまして正体を明かすことはできません」

「謝ってばっかりでこっちは何もわからねえんだよ!」

 

 憤慨するクリスに対し、マスクの女性は平然と立っていた。近くに立つウェルたちもそれを見て迂闊に動くことはできない。膠着状態に突入した戦場であったが、さらに一石は投じられる。

 

──ゴゴゴゴゴゴゴ……──

 

「きゃっ!?」

「今度はなんデス!?」

「チッ、今日は唐突が降って湧きやがる!」

 

 腹の底に来るような重い地響きが辺りを揺らす。建物は軋み、木々は木の葉を散らしていく。そして地響きは段々とその音を大きくし、遂には地面が引き裂かれる。

 

「ゴアアアアァァァァッ!」

 

 雄叫びと共に地中から何かが姿を現す。それは一言で言ってしまえば『怪獣』であった。這い出した巨体はビルの4階を越えるほどの高さを誇り、身体の各部に角のような突起を生やしたその姿は、異様な存在感を示していた。また、体表が紫色であることや腕が槍のような形状をしていることもそれがただの生き物ではないことを如実に表している。

 

「変なマスク女の次は特撮怪獣かよ!? びっくり箱でももう少しおとなしいぞ」

「あれは『ゴライアス』? なぜこんな所に?」

「ウェル博士知ってるんデスか?」

 

 切歌の問いにウェルは不気味に笑いながら肯定する。そして彼はゴライアスの動きに注意しながら語り始めた。

 

「あれの名はゴライアス。ネフィリムと同じ自立型完全聖遺物ですよ」

「なんでお前がそんなこと知ってやがる!」

「この前、ネフィリムの餌用に「記憶の遺跡」へお邪魔したときにデータを拝見したのですよ」

「チッ、そういやおっさんたちがお前らが電算室を襲撃したって言ってたな。そのせいでいくつかの聖遺物が行方不明だって」

「はい。君たちにアジトだった浜崎病院を突き止められて、持ち込んでいた聖遺物を確保されてしまいましたからね。代わりにネフィリムへ与える聖遺物が必要だったのですよ。だから記憶の遺跡を襲わせてもらいました」

「テメェ……」

「おかげでネフィリムの餌も補充できましたし、英雄となるこの僕に相応しい聖遺物にも出会えたことは感謝しても良いくらいですよ」

「相応しい? ……とにかく、だったらあのデカブツはお前呼んだもんなのかよ」

「いや、違いますよ」

 

 小首を傾げて否定するウェルに、クリスは思わず手に持つボウガンの矢を放とうとするが生身の相手を直接攻撃するわけにはいかないと踏みとどまる。しかし、彼の足下に怒りの矢は放たれる。

 

「ウオット!?」

「じゃあ、なんでそのゴライアスが目の前に現れてんだよッ」

「だから分かりませんって、そもそもあんな大きな聖遺物持ち出せるわけがないでしょう。僕が見たときは起動すらしていなかったんですし」

 

 ウェルの言葉はさらにクリスの心を逆なでする。今なお己を苦しめる熱さも相まって、彼女のいらつきはさらに高まっていた。

 一方、彼らが会話する間にゴライアスは首と思われる部分を左右に振り、辺りを見渡す素振りを見せている。

 

「アイツあっちこっち向いて……」

「何かを探してる?」

 

 切歌と調がゴライアスの行動にクエスチョンマークを浮かべていると、その顔がクリスやウェルたちを視界に収める。

 

「ゴアアアアッ!」

 

 そして雄叫び一閃。その轟音にクリスたちはシンフォギアの防御があるものの、反射的に耳を覆う。防御がないウェルに至っては転倒して、背中を打ったようだ。

 

「コイツやる気かよッ」

 

 クリスがボウガンをゴライアスに向けるが、そこで彼女は違和感を覚えた。

 

「ハア、ハア……動かないで見てるだけ?」

 

 クリスの呟いた言葉通りゴライアスは叫んだ後、目立った動きを見せずに直立不動。ただじっとクリスたちを正面に見据えている。その姿は何かを待っているようにも見えた。

 ゴライアスを警戒してクリスたちが動かないでいると、彼は低い呻き声を上げた後、緩慢に動き始める。身構えるクリスたちであったが、彼女たちを無視してゴライアスは自身が出現した割れ目にその巨体を突入させる。割れ目を広げるための轟音を響かせながら、ゴライアスはその姿を地中に消していく。そして巨体の大部分が見えなくなったとき、残された尾が近くにあった一棟のビルに衝突した。

 丸太以上に太い尻尾が直撃したそのオンボロビルは柱の1 本が破壊され、倒壊が始まった。運が悪いことにそのビルの屋上に立っていたマスクの女性はもちろんそれに巻き込まれる。

 

「ブルー!」

 

 しかし、女性に慌てた様子はなく冷静に叫んだ。

 女性の存在に最悪の事態を想定して彼女を仰ぎ見たクリスや切歌たちであったが、倒壊する瓦礫にマスクの女性を見失う。瓦礫は彼女たちにも降りかかり、回避するためその場を離れるクリスたち。

 すると、倒壊による粉塵の中から人影が飛び出してくる。

 

「チエストオォォォー!」

 

 それはマスクの女性──ではない。

 マスクの女性とは違って服装は半袖短パンであり、隙間からは強靱な筋肉を覗かせる。またその声音から、人影が男性であることも窺えた。女性との共通点は顔を覆うウサギを模したマスクだけであった。

 そんな男が倒壊したピルから”銀色の短剣”を持って現れ、クリスたちの近くに着地する。

 

「……」

 

 二転三転する状況にクリスや切歌たちも流石に慣れてくる。しかし、警戒心だけは絶やさずに辺りを俯瞰する。その中で、マスクの男はなぜだか1人で騒ぎ始めた。

 

「──バレたら面倒って言ってたのはどっちだよ。1人で飛び出しやがって。俺が間に合わなけりゃ……えっ、俺は大丈夫だし、セ…アイネの助けなくてもあれくらい抜けられたし」

 

(コイツ独り言が)

(多すぎ)

(デース)

 

 マイペースな男への感想で3人の心は一致した。その間も男は短剣に向かって独り言を口にし続ける。皆が呆れる中で切歌と調に連絡が入る。

 

『切歌、調。聞こえる?』

「マリア」

「聞こえるデスよ」

『そこからウェル博士を連れて撤退しなさい』

「でも変なヤツが前にいて……」

『変なヤツ? ……とにかく引き上げなさい。近くまで『天羽々斬』と『神獣鏡』が接近している。おそらく二課の装者たちよ』

「……わかったデス」

「了解」

 

 切歌と調はウェルを連れて高々と跳んだ。その先の中空に飛行型キャリアが滲み出る。後部扉が開き、彼女たちはそこから回収される。

 

「待ちやがれ、せめてソロモンの杖は返しやがれぇッ!」

 

 クリスはウェルたちを睨みながら、憎悪の叫びを上げてボウガンを構える。しかし身体を蝕む熱で遂に視界も滲み、ボウガンを構える腕からも力が抜けた。

 歪む視界の中で、キャリアはウェルたちを収納すると出現したときと同様に蜃気楼の如く姿を消して撤退する。それを見届けて、クリスは全身の力を失い五体を地面に投げ出した。彼女の肉体からは外部からでも分かるほどの膨大な熱量を放っている。

 

「……なあアイネ、目当ての方は撤退しちまって目の前にはおそらくお前の同類がいるわけだが……まあこうだなッ」

 

 マスクの男は生身と思えぬほどの身軽さで近くのビルの壁を駆け上がり、屋上に設置されていた貯水タンクを短剣で切り裂いた。切り裂かれた箇所から吹き出た水は、直下にいたクリスに降り注がれる。大量の水によってクリスの身体が急激に冷やされ、シンフォギアが解除された。

 

「急場凌ぎだが上手くいったか。しかし……」

 

 着地した男はクリスを見て安堵の表情を見せる。だが辺りの惨状を見て苦笑いを溢し、次の行動に悩んだ。

 そこに聞こえてくるのはバイクの走行音。近づいてくる音に男が視線を向ければ、彼方から来るのは青のシンフォギアを纏う防人であった。

 

「雪音から離れろッ!」

 

 防人(つばさ)はバイクから飛び降りて、男に刀を振るう。彼は難なく回避し、後方に跳躍する。ちなみに乗り捨てられたバイクは爆散した。

 

「あっぶねぇ」

「貴様何者だ」

「大変残念なことだが、まだ偉大な俺の名前を名乗るときではないんでな。教えられないぜ」

「ならば力尽くでも」

 

 剣と戦意は十分と翼は男の前に立つ。男はそれを辟易とした表情で見つめた後、懐に手を入れた。

 

「『風鳴』と事を構えるのは俺自身としても御免被るから、これにてトンズラさせてもらうぜ」

「何をするつもり……」

 

 男が懐から取り出したのは古びた懐中時計。フタの部分にウサギの意匠が施されたそれは、翼の目からみて平凡の域を出るような代物ではなかった。

 

「行くぞアイネ……」

 

───哲学共鳴

 

──『WHITE † RABBIT』──

 

「ッ!?」

 

 空気が変わった。

 翼にとって理解できたのはそれだけであった。

 次の瞬間に男の姿が消失する。まるでパラパラ漫画の途中からページを引き抜いたように忽然であった。

 翼は慌てて周囲を見渡すが、男の姿は影も見えず気配も感じられない。

 

「どこへ!? ……逃げられたのか?」

 

(最近は逃げられることが多い……。とにかく今は早急に雪音を運ぶのが先決……)

 

 翼はクリスの救援のため、急ぎ本部に連絡するのであった。

 

 

○●○

 

 

 そして絶唱が重なる中で──

 

「……何この音……声?」

 

 ”獣の声”を聞く者がいた。

 

 

○●○

 

 

「翼さん」

「緒川さん、お疲れ様です。それで雪音の容態は?」

 

 クリスを運び、本部へ戻った翼に声が掛けられる。相手はの男は『緒川慎次』。風鳴翼を公私やアーティスト、装者問わず支える有能なマネージャーである。

 

「応急処置は終わりましたので、とりあえずは安定しています。今は治療室で眠っていますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえ、翼さんと医療班の人のおかげです」

 

 朗らかに笑う緒川に翼も釣られて笑みを浮かべる。しかしすぐに緒川の表情が真剣なモノに変わる。

 

「翼さんに伝えておきたいことが……」

「それは?」

「頼まれていた古藤という青年のことです」

 

 緒川から出たのは、先日翼が遭遇した男の名前。正体も知らせず、彼女の目の前から姿を消した彼を調べるよう緒川に頼んでいたのである。

 

「彼の素性がわかったのですか」

「はい。翼さんから教えてもらった、彼が聖遺物について知り得ていることと奏さんへの伝言を託したこと。そして古藤という名前から1人の人物が浮かび上がりました」

「流石緒川さんです。それで彼はいったい?」

「古藤というのはそのまま本名だったようです。そして素性についてですが……調査して僕も驚きました」

 

 緒川は翼に1枚の紙を手渡す。その紙に書かれた内容を読んで翼の瞳は揺れた。

 

 

「名前は古藤渡。奏さんと同じく”皆神山での惨劇の生存者”です──」

 

 

 

 ───舞台の流れは絡み合い、過去が今の意志となる。




本編で説明しきれないかもしれないので、本編に出した用語解説&一部設定を載せることにします。

・ゴライアス
 シンフォギアXDのイベント「陰り裂く閃光」で登場した自立型完全聖遺物。見た目はウルトラシリーズに登場した古代怪獣「ゴモラ」の紫版。本家の超振動波のような遠隔攻撃技を持つ。イベントでの活躍は正直不遇。

・皆神山
 天羽奏が家族を失うことになった場所。神獣鏡の発掘チームが探索していたが、フィーネによるノイズで奏の家族も所属する彼らは壊滅することとなった。原作で神獣鏡はフィーネに回収されてF.I.S.に渡ったが、今作においては出土した一部を二課も所有しギアに加工されている。

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