とにかく平成滑り込み投稿です。
「ついこの間までこの町じゃ妙にノイズが出てきてたんだよ」
「そうなんですか」
響と渡が東京を離れてから1週間後、学校が休みである彼らは再び例の町を訪れている。
今回も例によって尾茂田からの情報を元に
「そうさ。でも前のリディアンがあった場所で爆発が起こったときから……あ、それじゃあ町の外から来たあなたたちじゃ分からないか。そうだね……ああ、そうそう。月が欠けた日からだよ。めっきりノイズがこの町に出なくなったのは」
「月が欠けてから……ですか」
ただし、現在はノイズの情報について町の人に聞き込みをしている。先週行った現地調査とは違う角度からの情報を得るためであった。
その一環として、響はとある店のカウンターで店主の女性にノイズについての情報を伺っている。妙齢な女性は響の質問に答えながらも、慣れた手つきで仕事を熟していた。
「月があんなことになったのは知っているだろう?」
「はい、3か月前ですよね」
「そう、ニュースで引っ切りなしに報道していたことだから分かりやすいだろう。その時までは雨後の筍みたいにノイズの発生が盛んだったんだけど、そこを境にすっかりおとなしくなったんだよ」
「なるほど。ところで先ほど言っていたリディアンの爆発というのは?」
「ああ、世間じゃ月のことばっかり取りざたされたけどね、ここらの人間にとってはほぼ同じ日にリディアンって学校をノイズが襲って、跡形もなく吹き飛んじまったことも印象深いのさ」
「ノイズに襲われて、”吹き飛んだ”ですか……」
「今でもあそこは立ち入り禁止地域に指定されて。……リディアンの子たちは大変だよ……」
「……」
「……ああ、あなたたちに言うことじゃなかったね」
「いえ、ノイズのことについて聞かせてくださいと頼んだのは私たちですから」
しんみりする空気に響と女性の会話が止まる。しかし、横から静観していた渡がフォローに入る。
「そこまで気にする必要はないと思いますけどね。自分はこの間リディアンの秋桜祭に行ってきましたが、生徒の人達も元気溌剌で楽しそうでしたよ。屋台には祭特有の美味そう料理も並んでましたし」
「そうかい……”ここ”に来る子たちはそういう雰囲気見せないから隠してるんじゃないかと思ったけど、杞憂だったみたいだねぇ」
薄く笑みを浮かべる女性を見て、渡は満足そうに目尻が下がる。続けて、切り分けられた”お好み焼き”を頬張り舌鼓を打った。一方で、女性はいつの間にか手が止まっていた注文のお好み焼き作りを再開するのであった。
しかし、横からジト目が1つ渡に向けられる。
「あの渡。私は秋桜祭に行ったのは、翼さんにいろいろ聞くためだって聞いてたはずなんだけどな~」
「えっ?」
「さっきの言い方だと屋台の料理にも目が行ってたようにも聞こえるんだけど。もしかして、普通に祭楽しんでたわけじゃ~?」
「あー、えー、んー……。ベビーカステラ上手かったぜ!」
「食べてんじゃんッ! ちぇ、私だって屋台の美味しいモノ食べてみたかったのにな~」
渡は悪びれることなくサムズアップするが、響は拗ねたようにそっぽを向くのであった。
「言っても味は文化祭規準でそれなりってとこだったけどな。俺や響が作っても変わらないと思うぞ」
「祭りの屋台は特別だよ。普通に家で作るのとはひと味もふた味も違う」
「あー、それを言われると納得せざるを得ない……」
「でしょ」
「……はい、すいませんでした」
「よろしい。それじゃ渡の豚玉もらうね」
「ちょっ!?」
渡が驚く隙に、響の割り箸が彼の切り分けられた豚玉の1つをかすめ取る。それなりに素早く、且つ割り箸であるにも関わらず、豚玉はその形を崩したり振りかけられた鰹節や青のりを落としたりすることなく響の小皿に空輸されるのであった。
「はやッ!? ってか大きすぎませんかね響さん」
「黙ってお祭り屋台で飲み食いしたことへの罰としては温情だと思うけど?」
「……はい」
押し黙る渡を横目に響は
そんな2人を見て、注文が一区切り付いた店主が一言。
「ははっ、あんたたち仲良いねぇ」
「「そうですか、まぁ───」」
「家族」
「親友」
「「──ですから! ……アレ?」」
お互いにバッチリに決めようとした彼らであるが、相棒であってもなんでも呼吸が合うわけではないようだった。
───ガラガラッ
そして、2人の声と重なるように店の扉から制服を着た1人の少女が軽快に入ってくる。
「ああ、いらっしゃい」
店主の女性が優しげに声を掛ける所を見るに少女は顔馴染みのようであった。
新たなお客に自分たちが女性を引き留めるのも悪いと、響は自分の食事のペースを早める。
「おばちゃん、電話してたお持ち帰り用のできてる?」
「ああ、シーフードと餅&チーズだったね」
「うん、ありがとうおばちゃん。今日はクリスが来られなくなっ……た───」
不意に少女の言葉が途切れた。少女は目を見開き、瞳を振るわせながら立ち尽くす。お好み焼きを持ち帰り用パックに詰めようとしていた店主は彼女の様相に違和感を覚える。
響も突如声が途切れたことを怪訝に思って箸を置いたとき、少女は漸く言葉を紡いだ。
「響……なの」
「えっ?」
戸惑いの言葉が零れた響が慌てて扉の方を向くと、そこにいたのはショートカットの黒髪の少女。少女は信じられないといった視線で響を貫いていた。
「……未来……?」
リディアンの制服を身に纏ったその少女の名は『小日向未来』。響を歪んだ正義から守りつつも転校という形で姿を消した、彼女の幼馴染であった。
○●○
「ひさしぶりだね」
「うん、ひさしぶり」
響と未来はお好み焼き屋『フラワー』のテーブル席で向かい合っていた。
店主の女性が様子のおかしかった2人に話し合いの場を提供したのだ。建前上はまだ食事時ではなく席が余っているからという理由であったが、彼女からすれば顔見知りの少女が心配という面もあった。
そしてこの場に渡はいない。数刻前、響に自身が同席するか尋ねた彼であったが、彼女が2人で話したいという意思を示したため、既に食事代を支払って店を後にしていた。ちなみに、その際響には話が終わってから連絡するように伝えている。
「久しぶり……だね、響」
「未来も久しぶり。この町に戻って来てたんだ」
「うん、高校になってから家族と離れてこっちに住んでいるの。私の通うリディアンには学生寮があるから」
「ふーん、そうなんだ」
「……響はどうなの?」
「どうって……」
未来の言葉を図りかねて響は逡巡する。彼女の質問が響の”今”を問うているのを分かっても、こちらへ向ける瞳がそれ以上を欲していることが感じ取れらからだ。
「うーん……まずさ、私の家も未来みたいに引っ越したことは知ってる?」
だからこそ、まずは確認から始めた。未来が響の”今”をどこまで知っているのかを。
「うん。転校したあとにこの町へ来て響の家を訪ねても空家になってたから」
「ん? 未来、私の家族が引っ越した後、すぐにこの町に戻ってきてたの?」
「すぐかはわからないけど、お金が貯まったらよくこの町に来てたの……」
「そうなんだ。ごめんね。その時は多分私の家族は引っ越してたから」
「いいの、引っ越したのは私も同じだから……だから……」
未来の言葉が詰まり、視線が泳ぐ。そして、数刻経った後に彼女は怯えながら口を開く。
「あの……その……ごめんなさい!」
「ええっ、未来どうしたの!?」
しどろもどろだったかと思えば突然の謝罪。頭を下げる未来の行動に響は慌てるしかない。
「わたし響に何も言わずに突然転校しちゃって、それから連絡もしなくて、響が大変だったの分かってたはずなのに……それで、それで……本当にごめんなさい」
「……とりあえず顔を上げて、未来」
「響……?」
「”私は大丈夫だよ”。謝らないで」
未来の表情により影が差す。響もそれが分かったが、構わず言葉を続ける。
「突然の転校は驚いたけどさ、あの時の私は学校から村八分にされていたわけだし、そんな私の友達の未来が被害に遭う可能性もあった。それを防ぐために未来の家族がした判断が引っ越しだったんでしょ。連絡できなかったのも同じ理由で」
「そう…だけど…」
「なら未来が謝ることないよ。未来の家族が未来を守ろうとしただけ。確かにあの時は苦しくて立ち止まっちゃってたけど、今の私は前へ進めたいとおもってるから」
「……なら…良かった…」
未来の目元が綻び、安心したかのような笑みを浮かべる。そんな彼女を見て、響も”一応は”笑顔を向けた。
(”前へ”……か。そうだ、私は前に進むんだ。お父さんやお母さん、お祖母ちゃんのために、なにより私のために。渡の
心の中で改めて決意を固めた響は、それを未来には悟られぬよう覆い隠す。その思いは普通の人である『小日向未来』に関わらせるべきでなかったから。
「……なんかさ、さらに話しをする雰囲気でもなくなっちゃったね」
「うん」
「とにかく、今の私は楽しくやってるから。未来は私のこと気にしてくれてたんだろうけど、安心して」
「……良いよ。響が元気そうだって分かったから、”とりあえずは”安心かな」
「……ハハッ、信用ないなぁ。そうだ、連絡先を交換しておこうよ。また、話せるようにさ」
「うん」
2人は連絡先を互いに交換した。そして、響が未来のものがしっかりと登録されているか確認していると。
「そういえば、聞きそびれていたんだけど。響は何でこの町にいたの?」
「えーっと、里帰りかな?」
「引っ越してたから響の家はないでしょ」
「そうだけど家はないけど町がなくなった分けじゃないし……はい。うん、未来はこの間のライブは知ってる?」
「ッ!? うん、知ってるよ……」
「ライブ会場でノイズだなんて、他人事だとは思えなくてさ。いてもたってもいられなくてね」
「そうなんだ……」
「一般人ができることなんてないだろうけど、学校の休日にはこの町に戻ってきてるんだ」
「……響、あのね──」
いつの間にかコップに映る自身を見ていた響であったが、未来の声音が変わったことを感じ取り視線を向けた。そこには、先ほどよりも幾分か力強い意志が宿る未来の瞳があった。
「響が思っている以上に今この町は危ないの。ノイズが出現する頻度が高くて、いつ鉢合わせるかわからない。響の気持ちは分かるけれど、正直言って私は響がこの町に来るのは反対だよ」
「……」
(うーん、ここで私がそのノイズを探してるって言ったら絶対心配されるよね。普通に考えたら未来の言い分が当然なわけだし。適当に誤魔化すこともできるかもしれないけど、はっきりと嘘をつきたくはないし……)
「私も響と再会できて嬉しいし、これからもっと会いたいけれど、ノイズと遭遇する危険があるなら控えるべきだと思う。生身でノイズと会ったらどうしようもないんだから」
「ん? ……うん、そうだね」
(なんだろ、今未来の言葉どこか違和感が……? まぁいっかな)
「未来、それでも私は何もしないでじっとしてられないからさ。無駄かも知れないけど、これからもこの町に来るよ」
「もう響は強情なんだから。でもね───」
呆れた表情の未来が響を窘めようとするが、その時彼女の携帯が震えた。どうやら電話がかかってきたようであり、未来は響に一言断りを入れると電話先の人物と話し始めた。
「はい、こちら小日向です。……はい……はい、良かった、クリスが……分かりました。この後、向かいます。ありがとうございます。それでは」
未来の顔には先ほど響に見せた以上に安心したという気持ちが現れていた。
「よくわかんないけど、良い連絡だったみたいだね。嬉しそうだよ未来」
「わかる? 友達が怪我をしていたんだけど、良くなったって連絡が来たの」
「そうなんだ。なら早く会いに行ってあげなよ」
「うん、そうするつもり。あっ、響。もう一度言うけど、今この町はノイズが現れて危ないから来るのを控えた方が良いよ」
「……ごめんね未来。でも私は何もしないのは嫌だからさ」
「ハア、なら十二分に気を付けてね。私もできれば、響が来たら案内とかしてあげたいけど、今は忙しいから難しいと思う」
「いや、未来にそこまでしてもらわなくても……」
「響がそんなこと気にしなくて良いの! とにかく、この町に来るならノイズには気を付けること。避難シェルターの位置とか頭に入れておくんだよ。分かった?」
「……OK、ありがと未来」
「うん。それじゃ、おばちゃん私たち帰るよ。席貸してくれてありがとね」
未来はそう言って席を立つ。響もこの場に止まる理由もなく席を立ち、店主の女性に礼を述べる。女性は、気にしないで良いと声を掛けながら朗らかに2人を送り出したのであった。
「じゃあ未来、”またね”」
「響も”またね”。時間が合いそうだったら連絡するから」
そう言いながら、笑顔で2人はお互いに手を振って別れた。
その時、響はふと未来の首に掛かるペンダントが目に入る。赤い水晶のようなそのペンダントにどこか頭に引っかかるような感覚を覚えるのであった。
そう既視感のような感覚を───。
○●○
「失礼します。小日向です」
「来たか、小日向」
未来が重厚な自動扉を潜ると、その先にいた青い髪の防人が彼女を出迎えた。
聖遺物『天羽々斬』のシンフォギア装者、風鳴翼である。
「翼さん、お疲れ様です。それでクリスが目覚めたと聞いたのですけど」
「そう急くな、小日向。まずは案内する。付いて来てくれ」
「はい……」
少し早めに歩く翼の後を未来は急いで追いかける。
歩く間も未来は親友である『雪音クリス』の体調について、気がきではなかった。目覚めたと連絡を受けたとは言え、クリスは”ほぼ”類似したもののない聖遺物との『融合症例』。治療法の見つからない彼女が目覚めない可能性も十分に考えられた。
(クリスももしかしたら奏さんみたいに眠ったままだったのかも知れないんだ……)
未来の胸中には、前を歩く翼の片翼であり、2年前のライブから今も病床で眠り続ける天羽奏の姿が浮かんでいた。今も奏が目覚める気配はない。クリスもそうなるかも知れなかった事実は未来の胸を締め付けた。
未来は無意識に胸元のペンダントに手を伸ばす。
(なら私が戦わなくちゃいけないんだ。クリスが戦わなくても良いくらいに、響を、みんなを守れるようになれば良いんだ。私はそのために装者になったんだから)
未来は、より強く自身のシンフォギアである”神獣鏡”のペンダントを握り締めた───己の意志を握り締めた。
今回は正直これまでで1番難産だった気がします。
響と未来の掛け合いが淡泊というか短すぎたかもしれません。
それではまた次回もよろしくお願いします。