プロローグ「流れヤオザミ」
ドスジャギィは上機嫌だった。
ここ孤島では、今日も今日とて眩しくも暖かな太陽の日差しを受け、豊かな自然を育んでいく。草木が生えれば草食竜が食らい、草食竜が栄えれば肉食竜がそれを仕留めて餌とする。
そして本日も、自然の恵みは大きなアプトノスをドスジャギィの群れに与えるのである。
久々の大物に歓喜するジャギィ達だが、ゆっくりしてはいられない。
すぐそこの砂浜で見張っていたジャギィ達の報告によれば、海竜種ロアルドロスを見かけたというではないか。
水獣ロアルドロスは雑食性ではあるが、ドスジャギィらと同じくアプトノスをご馳走としている、いわば競争相手。いくら群れのリーダーとして長い経験を積んできたドスジャギィでも、体の大きいロアルドロス相手では分が悪い。
仕留めたばかりの獲物を横取りされてはたまったものではない。ルドロスが群がるかもしれないし、さっさと運び出す必要がある。
幸いにもここは巣に近いエリアで、アプトノスをそこまで運び出すのは比較的楽だ。
さぁ運ぶぞ、と言っているかのようにアプトノスに齧り付くジャギィ達にドスジャギィが吼えかければ、ジャギィ達は渋々と命令に従う。自身もアプトノスの長く太い首にしっかりと噛み付き、巣へと運ぶべく引きずり出す。
腹をすかせて待っている子分達や子ども達の為に、一生懸命引きずる親分だった。
あっと言う間に巣へ辿り着いたのはいいが、何やら向こうが騒がしい。
ジャギィやジャギィノスがギャアギャアと騒いでいるらしいが、何があったというのか。
獲物を残ったジャギィ達に任せ、群れの長たるドスジャギィは異変を知るべく走り出す。
―何事かと思ってきてみれば、これか。
しきりに啼いて威嚇するジャギィ達を傍目に、ドスジャギィは心なしか溜息を吐いているかのように項垂れる。
ジャギィ達が威嚇し、ドスジャギィが項垂れている理由。それは彼らの縄張りに侵入者が居たからだ。
―ルドロスでもない。
―ブルファンゴでもない。
―アオアシラでもない。
―ハンターなんかもっての他だ。
ではなんなのか。
―それは………蟹である。
飛竜の頭蓋骨を背負い、大きな鋏に四つの足を持つ、全身を硬い殻で覆った奴。
其の名はヤオザミ……甲殻種十脚目盾蟹上科に俗する、主に砂漠や水辺に生息しているはずのモンスターだ。
しかし赤紫色をしているはずのその殻は、環境の変化の為か、重々しい鉛色となっている。
とにかくこのヤオザミ、どこからかふらりとやってきては、この孤島周辺をのんびり回っている変り種だ。
いつから居たかは知らないが、このドスジャギィの記憶によれば、彼がリーダーとして若かった頃には既に居たはず。
この孤島でただ一匹しかいないはずの当人……もとい当蟹は、どこ吹く風とばかりに孤島をうろつき、日々大きく成長している。
今ではドスジャギィに並ぶ大きさまで成長しているので、ダイミョウになれる日はそう遠くはないのかもしれない。
―閑話休題。
そんなヤオザミの目当ては何かといえば、ジャギィ達の巣に生えているキノコ類だ。
挟める物なら何でも食うというヤオザミだが、どういうわけかここに生えているキノコを特に好んでいるらしく、度々縄張りを侵してまで食べに来る。
後ろでジャギィ達がギャアギャア騒ごうとも、ヤオザミはせっせと鋏でキノコをちぎりながら口へ運ぶ。
ジャギィ達が侵入者を追い出そうと威嚇しているのに対し、ドスジャギィはどうすべきかと考えているかのように首を傾げている。
なぜ手を出さないかと言えば、ドスジャギィに諦めという知識が芽生えてきているからだ。
このヤオザミ、ここへ訪れたのは1度や2度では飽き足らない。キノコが再び生えるのを狙って、週4回ぐらいは訪れに来る。
そしてその回数は、ドスジャギィがこのヤオザミをなんとかして追い返した回数にも繋がる。心労も湧くというものだ。
ヤオザミは特にジャギィ達に危害を加えるわけでもなく、ただ縄張りを侵しているだけに過ぎない。
そもそも彼(一応♂らしい)は、自分に危害が及ぶか獲物を狩るかしない限り、殆ど襲い掛かって来ない大人しい性格だ。
……いや、単に暢気なだけかもしれない。現にジャギィ達が若干の疲労を見せ付けるほどに吼え続けていても、ヤオザミは平然と、そして黙々とキノコを食べ続けている。
そう、このヤオザミはドスジャギィを悩ませるほどののんびり屋なのだ。
おまけにこのヤオザミ、めちゃくちゃ硬い。分厚い鋏はもちろんのこと、どういうわけかその鉛色に光る殻は鉄のように硬い。
というのもこのヤオザミ、なんと鉱石をも喰っている。
それだけなら不純物を体液で包み排出するだけで終わるのだが、こいつの場合はそうではない。
環境変化による突然変異か、排出するはずの鉱石の成分を殻に取り込む体質を持つようになったのだ。本来なら赤紫色のはずの体が鉛色になっているのはその為だと考えられる。
鉄鉱石やマカライト鉱石などの鉱石がにじみ出た金属質な肌は、もはや装甲板のような重量感を醸し出している。
過去に噛み付いて痛い想いをしたのも、ドスジャギィの長きに渡る経験の一つだ。
すると一匹のジャギィノスが痺れを切らしたかのようにドスジャギィに吠え掛かる。
それをきっかけにその場に居たジャギィ達が一斉に啼き出し、ドスジャギィにエールを送る。
やっちまってください親分!と言わんばかりの子分達の雰囲気を前に、仕方ないとばかりにドスジャギィは前へ出る。
はしゃぐジャギィ達の道を通り、ついにヤオザミの背後に辿り着く。
―おいおう、俺らのシマにまた土足で踏み込みやがって。
……などと言っているかのように喉を唸らせ、じりじりと顔色を伺うかのように回り込むドスジャギィ。
しかしヤオザミはキノコに夢中なのか、なおも食事を続けている。いわゆるガン無視というやつである。
しかし、幾度となくヤオザミと(威嚇的な意味で)ぶつかり合ったドスジャギィがこれしきのことで諦めるはずがない。
ジャギィ達の期待に添えるべく、今度は吼えを加えてヤオザミの注意を惹きつけようとする。
―てめぇが飯を食いに来ただけなのはわかる。だがな、ここはおめぇの餌場じゃねぇ。俺達のベストプレイスなんだよ。
―…………。
―俺には子分どもを安心させてやる義務がある。親分として、てめぇを黙って見過ごすわけにゃいかねぇんだよ。
―…………。
なお、上記の台詞はイメージです。雰囲気です。決して両者に知能があって言っているわけではありません。
ドスジャギィの多彩な威嚇方法に対して、ヤオザミは相変わらずガン無視。毎度のことながら、このヤオザミは手強い。
やがて、仕方ない、とばかりにドスジャギィは後方へと跳躍し距離を取る。
そして身体を右90度に傾け、足を軽く畳んで力を込め……一気に身体を押し出す!
全身を使った体当たりはヤオザミの側面から激突。いくら重く硬いとはいえ、同サイズの相手から全身をぶつけられれば、流石のヤオザミも吹っ飛ぶしかない。
ごろりと転がってもがくヤオザミを見て、ジャギィ達は大はしゃぎ。
だが起き上がって警戒するドスジャギィを含め、ジャギィ達はヤオザミに襲いかからない。
あくまでこのヤオザミは、自身らの縄張りを侵す『強敵』であって『獲物』ではない。
下手に強者に襲い掛かったところで返り討ちに合うのは、弱肉強食の世界では常識だ。
出て行けー、と子どものようにはしゃぐジャギィ達を前に、ヤオザミはゆっくりと起き上がる。
しばらくの間、両者が睨み合う……ヤオザミは睨んでいるように見えないが。
―そして、天はジャギィ達に微笑んだようだ。
ヤオザミは、やれやれ仕方ない、と言わんばかりに背を向き、すごすごと巣から出て行くではないか。
ヤオザミもジャギィ達と争う気は無いらしく、ただ帰るだけに留めている様子。
そんな実質的な勝利を得たジャギィ達は、一斉に飛び跳ね、歓喜で身を躍らせる。ドスジャギィも一安心したのか、軽く吼えて勝利を掲げる。
一時は勝ち目の無い戦いを挑み、自慢のエリマキがズタズタになる事を覚悟していたが、どうにか回避できたようだ、
ではさっそくご馳走を食らうか、とドスジャギィの視線はアプトノスへと向けられ、一気にその厚い肉に食らいつく。
それを合図にジャギィ達も獲物に跳びかかり、肉を貪る為にアプトノスに群がる。
まるでパーティーのような賑わいを見せるジャギィ達の巣。今日も自然は、そんな彼らにもささやかな平穏と食事を与えるのだった。
余談だが、さっきまでヤオザミが居た場所のキノコは空になっていた。
空になるほど食べて満足したヤオザミは、ザカザカと砂浜を掘り進み、地中で眠りにつくのであった。
―これは、後にユクモ村という地域から強敵と噂されるようになる、ある甲殻種モンスターの成長を描く物語である。
―完―
エセ野生の世界観はいかがだったでしょうか?
ハンター大全や生態図鑑が欲しいですね。高いから買えませんが(汗)