暖かな日差し。澄み渡る青い空。そして強い風。
今日の孤島へと吹く風は相当強いらしい。海辺では波が荒れ狂い、木々はざわめき、ブナハブラは呆気なく飛ばされていく。
こんな日は、アプトノスのようなどっしりとしたモンスターならともかく、ジャギィとドスジャギィは洞穴や巣でじっと身構えているしかない。
いや、どうやらジャギィ達は風に飛ばされまいと身を潜めていた訳ではなさそうだ。
全員がキョロキョロと空を見上げるその姿は、何かを警戒しているようにも見える。
―その直後、空の上で何かが太陽を遮った。
強風に身を任せるようにして飛来する二つの影。
大きな翼に長い尻尾、全身を硬い殻で覆っている巨大な飛行生物。
似通った姿を持つ2頭だが一応は違いがあり、その最たるは色。
片方には燃えるような赤い色を、片方には生えるような緑の色を身体に宿していた。
―火竜リオレウスと雌火竜リオレイア。それが2頭の名だ。
仲良く2列に並んでいる所を見ると、彼らは求愛を果たし、新たな住処を求めている夫婦のようだ。
また、彼らは遠い大陸からやって来たらしい。長旅だったのか、体が少し痩せていた。
ユクモ地域の火竜の方が飛行能力に長けている理由はここに来ているのかもしれない。
同種の中でも広大な海を渡れるだけの飛行能力を有しているからこそ、より子孫を残すべく、新天地へと行く術を手に入れられたのだ。
そして目の前に見える崖に狙いを定め、着地。ほどよい広さがあるこの場所は、巣を作るのに最適だった。
そして一息ついた二頭が寄り添い、グルグルと喉を鳴らす。
別に威嚇しているわけではなく、猫が懐いた相手に甘えて喉を鳴らすのと同じだと考えて欲しい。音量と迫力にだいぶ差が出ているが。
互いに長き旅の疲れを労うかのようにして首を交わり、喉を鳴らして甘えるように寄り添う。
もしこの時期に人間が居て、この光景を目の当たりにすれば、恐らく驚愕を覚えるかもしれない。
人間が知る飛竜の恐ろしさと獰猛さを感じさせない程、優しさに溢れた光景なのだから。
リオレイアが叫べばすぐさまリオレウスがやって来るのもここが起因なのだろう。
人が愛し合って子どもを宿すように、竜も互いに愛を育み、子を育てていく。
人が竜を恐れるあまり、自然から見れば当たり前のような光景を見逃しているだけなのだ。
―さて、次は腹ごしらえだ。
リオレウスは広大な台地を見下ろし、その高い動体視力を持つ眼をもってして獲物を探す。
大型の草食種、海辺を這う水獣、こちらを警戒しているのかしきりに見渡す小型の鳥竜種、飛び跳ねるケルビの群れ。
己がかつて居た地域とさほど変わらぬ育みでありながら、まったく違った生態系を目の当たりにしている。
そして獲物を定めたのか、大きく翼を広げ、風の流れを受けてその巨体に浮力を与える。
リオレイアが軽く吼えるのを合図に、リオレウスは崖から飛び降り、風の流れに乗って飛翔する。
―リオレウスの新たな地での狩りが、始まる。
所変わって、ここは孤島のとある浜辺。浅瀬の海と陸地が繋がっているこの砂浜は、水獣と鳥竜の境界線となっている。
そこでは、風が強いにも関わらず、一匹のアプトノスが板ばさみに遭っていた。
陸地へ続く道にはジャギィが、海辺へ続く洞穴からはルドロスが迫っており、互いが威嚇し合ってアプトノスを追い詰めている。
ちなみに例のヤオザミも要るのだが、我関せずと、本日の昼食にと選んだ雷光虫を器用に鋏で摘まんで食べていた。
もちろんジャギィもルドロスもヤオザミを無視。というか相手にしているだけ無駄だと理解している。
今はこの獲物をどうやって仕留めるか。そう考えていた……次の瞬間、両者は上を見上げる。
―ドスンッ!
突如として空から飛来した
アプトノスは必死でもがこうとするが、呼吸器官を掴まれたことで酸欠を起こし、呆気なく絶命。
小型の捕食者よりも先にアプトノスに手を掛け、仕留めたその正体は赤き飛竜―リオレウス。
この地域ではまだ見られないその大きな翼と猛々しい姿が、ジャギィとルドロスの野生の血に危機感を覚えさせた。
―直後、リオレウスが咆哮を揚げる。
雑魚に対する威嚇なのか、獲物を仕留めた歓喜なのかははっきりしない。しかしその咆哮は、小型のモンスターを追い払うには十分すぎる物だった。
―いや、一匹だけ例外があった。例のヤオザミである。
どうやら食事に夢中だったようで、先ほどの咆哮でやっと気づいたようだ。暢気過ぎる。
砂地以外でも潜行できるようになったヤオザミが、リオレウスに目をつけられた時点でせっせと潜ろうとしている。
だが逃げ遅れたことに代わりはなく、縄張りを広げているリオレウスがそれを逃すわけもない。
飛翔する必要もないと判断したか、一気にヤオザミに向けて走り出し、その凶悪な口が開かれ、ヤオザミに食らいつく。
―もはやここまで……かと思われたが、事態は予想外な展開を迎える。
―噛み切れない。
その顎は確かにヤオザミの体のみをがっちりと掴み、噛み砕こうと力を込めている。
しかしヤオザミ、前回も言ったが鋼鉄の殻を持っている上、前回から今まで食した分だけ殻の鉱石成分が増えている。
顎の力が強くても鋼鉄の体は割れる気配がなく、むしろリオレウスの歯がガリガリと嫌な音を立てていた。
しかし、彼も絶対的捕食者の一角。ここで引き下がるような根性は持ち合わせていなかった。
噛み砕いてやろうとさらに顎に力を込め、銜えたまま振り回してみる。
それでもヤオザミを砕けられない。それに重いから振り回すだけでも一苦労だ。
だが諦めない。ヤオザミがもがこうとも離さない。空の王者のプライドは伊達ではない事を証明する為にも。
―ここで一つ、ヤオザミのさらなる特異点を紹介しよう。
このヤオザミは雑食性だ。挟める物であれば、鉱石だろうがキノコだろうが魚だろうが虫だろうが、何でも食べる。
中でもキノコを好んで食べてはいるが、このヤオザミは食用と毒キノコを区別するほどの知恵と好き嫌いを持ち合わせてはいない。
それこそ、致死量には至らないとはいえ、毒テングダケやマヒダケをも食べまくり、何回か酷い目にあっているほど。
だがバカだと罵ることなかれ。長きに渡って食べ続けていれば、その毒に耐性がつくのは必然的だ。
ヤオザミは持ち前の突然変異体質と食性により、毒を制し、体内に毒を宿すようになっていた。
そんなヤオザミは、クタビレタケの成分が含まれた泡を吐き、リオレウスの喉に流し込んでいる。
つまり、リオレウスが疲労して諦めるのが先か、ヤオザミが噛み砕けるのが先か。
―長きに渡る闘いが始まった。
太陽が地平線の彼方へ沈み、世界が赤く染まった頃。
リオレウスはヤオザミを銜えたまま口から涎を垂らし、気だるそうにしている。
そしてヤオザミは長いこと振り回されたにも関わらず、元気に必死の抵抗。
もうやる気も失せたのかリオレウスはそのまま口からヤオザミを地面に落とす。
ヤオザミは、チャンス!と言わんばかりに急速潜行。砂浜の地中深くに退避することに成功した。
―疲れた……。
ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返し、力なく項垂れるリオレウス。
幸いなのは、あれだけ獲物そっちのけで暴れていたにも関わらず、獲物を横取りされなかったことか。
もっとも、あれだけ怒り狂って暴れていれば、横取りしたくてもできないのは当然だろうか。逆に殺されそうで。
ともかく獲物を持って帰って、ゆっくり食べるとしよう。
心に敗北感を抱きながら、疲労した身体に鞭を入れて獲物を運び出すリオレウスであった。
―この後、せっせと作った巣で待っていたリオレイアが、腹を空かせて苛立ちリオレウスに吠え掛かったのは言うまでもない。
―いつの時代どんな世界でも、かかあ天下というものは存在するのかも知れない。
―完―
この話・・・pixivで投稿し忘れていました(汗)