ヤオザミ成長記   作:ヤトラ

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前回、ブッチャーの胃袋の大きさに驚愕した読者様が多い事に軽く驚きました(笑)


第36話「オニムシャの今後」

 オニムシャザザミが旧大陸の端にあるという港町に現れた理由。それは逃避だった。

 元々オニムシャザザミは面倒事があると逃げ出す習性があるが、此度の危険度は今までの比ではない。

 生態系を狂わし砂漠化させる程の食欲を秘めた巨大な飛竜種・オディバトラス。

 そのオディバトラスを怯ませ、あまつさえ瞬く間に死滅させた未確認生物(UNKNOWN)

 オニムシャザザミが束になっても敵わないであろう「覇種」と「G級」の代表格が二匹も立ちはだかったからだ。

 

 しかし、オニムシャザザミが恐怖を覚えたのはこの二匹だけではない。

 現段階では旧大陸にしか確認されていないという、ディアブロスのライバル的存在の飛竜種・モノブロス。

 怒っていたのか、道中に偶然すれ違っただけで怒涛の勢いをもって攻撃してきた牙獣種・ラージャン。

 雷光を散らしながら飛来し執拗に攻撃を仕掛けてきた飛竜種・ベルキュロス。

 強さはさほどではないが、食べようと思っていた物を片っ端から食い散らかす飛竜種・パリアプリア。

 一応言っておくが、これらは全て覇と呼べるほどの強さはない。しかし(一匹を除いて)オニムシャザザミが危機感を覚えるほどには強い連中だった。

 いずれも逃げ切ったとはいえ、もし逃げられなかったとしたら相当の被害を受けていたことだろう。

 

 この世は単純な力はもちろんの事、性格・攻撃性・特異性・さらには食欲までもが優れたモンスターなど多数存在している。

 そして悠々と過ごすモンスターは基本的に強く、他者を圧倒する力と攻撃性を持ち合わせているからだ。

 これまで出会ってきたモンスターの大半がそんな奴らだった。故に、大抵は彼らから逃げ回って暮らしていた。

 オニムシャザザミが縄張り意識故に相手をしたショウグンギザミ特異個体は、その中の例外でしかなかったのだ。

 

 この時、オニムシャザザミは本能的に理解した。今のままでこの大陸を渡るのは危険だと。

 オニムシャザザミは完全に侮っていたのだ。防御が硬いから。面倒事からは逃げればいいから。そしてその方が楽に生きられるからと。

 このままでは、いずれ蔓延るだろう強者達を前に逃げ続け、結果的に食欲や安心感を満足に得られないだろう。

 

 かといって早々変えられる物ではないとも本能的に理解している。

 確かに彼は旧大陸出身のヤオザミから成長してきたが、その性質はダイミョウザザミと大きくかけ離れた物となった。

 食用として輸出される最中に海に落ち、ユクモ地方の孤島へ流れ着いた彼は、急な環境変化を前に防衛本能を働かせて生きてきた。

 その突然変異によって変化したのが、食した鉱石を甲殻に反映させる特異性と、ひたすら守り逃げることで難を逃れるという性格だ。

 前者は強い殻を手に入れる為に体が変化したもので、後者は見知らぬ土地を前に自然と身についたものである。

 生物とは自身が生まれた環境に適応するものであり、その地の暮らし方が子孫の遺伝子に組み込まれ、その地で生き抜く習性を身につける。

 故に自分の生まれ故郷以外の地には上手く適応できず、しかし生き抜こうと生存本能を働かせていき、慎重に行動するようになる。

 その結果、亜種のように、本来なら生息しないはずの地域に生き抜くことができるようになるのだ。

 そして新たな地へ適応したモンスターは、新たな性質となって地盤を固めていくことになる。

 だからこそオニムシャザザミが身につけた「非常に臆病かつ暢気な性格」を易々と変えることができない。

 

 

 

 故に――――。

 

 

 

「……それで、この蟹さんはいつまでイサナ船を陣取るつもりでしょうかねぇ?」

 

 サラサラとスケッチブックに筆を走らせながら、【我らの団】の看板娘は小さく囁いた。

 

 チャチャブー対アイルーの料理対決という珍しい勝負が終えて夜の帳が降りてきた頃になっても、そいつはそこにいた。

 オニムシャザザミである。彼は今もなお両の鋏を閉ざし、イサナ船の甲板の上で身を固めている。

 大型モンスターを間近で見られる機会は中々無いからと見学していた野次馬達も、夜になったということで各々の家に帰ったようだ。

 もっとも、このオニムシャザザミはずっとこの調子で縮こまっており、見ていてもつまらないというのが理由の一つでもあるが。

 

 今残っているのは、団長、加工屋、土竜族の娘、問屋爺、安静にしている料理人アイルー、看板娘、そしてチャチャブーの五人と二匹。

 彼らは今もなおイサナ船に居座っているオニムシャザザミを前に立ち往生していた。

 

 ちなみに、何故彼らの中に先ほどのチャチャブーが膨らんだお腹を抱えて立っているかといえば。

 

「キー、キー、キキー、キィー……ゲプッ」

 

「このチャチャブー、どうやら私の料理を気に入ったようニャルよ」

 

「お前さん、コイツの言葉わかんのかい?」

 

「いんや、全然ニャル。今言ったのはなんとなくニャルね」

 

 当然である。同じ獣人族とはいえ、アイルーとチャチャブーが会話を交わす話など聞いた事もない。

 団長は書物やモガ村の知り合いから、幼少期に人類などと生活すると性格が軟化し、人語を学習すると聞いたことがある。

 しかしこのチャチャブーは野性味が強いようで、人間っぽい振る舞いはすれど言葉は通じないし、何より本能に忠実だ。

 

 まぁそれは置いといて、と団長は再度オニムシャザザミを見る。

 

「で、皆に……我らがハンター殿とオトモはこの場に居ないが……この蟹をどうするべきかを話し合いたいと思う」

 

 冒険者でもある団長からすれば、この世界を旅する以上、不慮の事態は日常茶飯事だと心得ている。

 砂漠のど真ん中で豪山龍に遭遇しても、イサナ船完成直後に海のど真ん中で黒蝕竜と遭遇しても、それなりに対処してきた。

 しかしこのように、イサナ船を堂々と占拠して佇むだけの大型モンスター、という逆に珍しいパターンはどうしていいものやら。

 

 故に、寝込んでいるハンターを除いた【我らの団】全員で話し合いを……と思ったのだが。

 

「はいはーい、提案がありますー!」

 

 スケッチを描き終えたのか、勢いよく手を挙げる看板娘。(ちなみにイラストを見たお手伝いアイルーは顔を顰めていた)

 

「ほい、まずは嬢ちゃんから」

 

「どかしましょう!」

 

「どうやって」

 

「梃子の原理で!」

 

 その辺で拾った木の板を手に意気揚々と提案する看板娘の目は、本気だった。

 しかし鋏の材質を見ただけでも、下手をすれば以前ハンターが捕獲して持って帰った上位の鎧竜よりも重く見える。

 仮にメンバー全員……いや村全員で動かそうものなら、逆に棒が梃子の原理により壊れるのがオチだ。

 幸いなのは、自信満々な彼女に真実を告げる豪快さと優しさを団長が持っていた事か。

 

「次あたしー!」

 

 ぴょんぴょんと跳びながら手を挙げるのは、加工屋の娘だ。相変わらず元気が良いことで。

 鍛冶に置いては右に出る者はいないとされる土竜族に育てられた彼女は、良いアイディアを数多く生み出した事がある。

 団長は多少の期待を込めながら、言ってみろ、と彼女に告げる。

 

「ドカーンとやろ、ドカーンと!」

 

 そういって用意したのは―――四台のネコ火車と、それに跨り操縦するアイルー達。

 赤いネコ火車に乗るアイルーが、いつでもいけますぜ、と言わんばかりにサムズアップしている。

 なるほど、豪快な土竜族ならではの大胆な発想だ―――だが無意味だ。

 

「下手に刺激して暴れられたら困るから、止めておこうな」

 

 仮にもコイツは大型モンスター、しかも高硬度の甲殻を持つとされる甲殻種だ。

 ネコ火車は単に脅かす為に用意されたのだろうが、砲撃が理由で驚いて暴れてしまってはイサナ船が持たないかもしれない。

 

「はーい」

 

 加工屋の娘もそれを解っていたのだろう、あっさりとネコ火車隊に撤収を呼びかけた。

 指示を受けてテキパキと片付ける中、赤いネコ火車を片付けるアイルーだけは哀愁が漂っていた。

 なら何故あんな提案をしたのかといえば、単なるノリか、あるいは出番が欲しかったのか……謎としておこう。

 

「次は私ニャルね」

 

 次に挙手したのは料理人アイルー。未だ疲れている為に上げる手は震えているが、それはさておき。

 

「食い物で釣ろうって言うなら無理だったぞ?」

 

 生物である以上、腹が減るのは道理。そして腹が減れば食べ物の匂いに釣られて動くかもしれない。

 そう思った団長が捕れたての魚類を持ち込み、オニムシャザザミの前で焼いて匂いを漂わせたのだが……これも無反応だった。

 食い意地が張っているとも聞いていたから効くと思っていたので、これが通じないと解った悔しさは今も湧き上がっている。

 

 とにかく、餌で釣ろう作戦は無駄だと告げると、料理人アイルーは力なく手を降ろす。

 

「……お前さんは何か案はあるか?」

 

 ここで団長は、一番長い付き合いである加工屋に声を掛けてみる。

 ちなにに団長の横でキーキー言いながらチャチャブーが挙手しているのだが……言葉が通じない以上、聞いても仕方ないと無視。

 そして加工屋は静かに首を振ってこう言った。

 

「……特にない、というかどうすることもできんな」

 

 そう、実は団長も同じ考えを抱いていた。この事態を前に、自分達ではどうすることも出来ない、と。

 仮にハンターが快調で戦うことになったとしても、村の中で暴れられたら相当の被害が及ぶだろう。

 問屋爺の話では臆病で直に逃げる習性を持つモンスターらしいが、かといって暴れてもらっては困る。

 陸へ逃げようものなら村に、海へ逃げようならモンスター用の柵を壊しかねないからだ。

 何にしても、今は鎮座しているとしても大型モンスターには違いなく、迂闊な行動は慎みたい所。

 

 さて、どうするべきだろうか……そんな事を(団長にしては珍しく)真面目に考えていた時。

 

「もうこのまま連れていったらええんとちゃうか?」

 

 問屋爺の問いかけに、団長を含むメンバー全員の目が丸くなり、問屋爺に視線が集中する。

 

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう クルペッコ、ちゅー諺もあるやろ?動かないっちゅーんならこのまま出航してまえばええんや。

 気球を使えばギリギリ海面に浮くやろし、暴れる気配もないし、なんとかなるやろ」

 

 そういってカラカラと笑う問屋爺もまた緊張感がなく、むしろ頭の中は商売に繋がればなーという商人ならではの欲が渦巻いていた。

 商人として長く生きた竜人族でありながら、傍から見れば軽んじた発言にも聞こえるが―――しかし。

 

「そうですよねぇ」

 

「そうだよ、動けないなら動かさなきゃいいんだよ!」

 

「私は賛成するニャルよ」

 

「……まぁ、下手に刺激するよりはいいだろう」

 

「よし、そうすっか!」

 

 順に、看板娘、加工屋の娘、料理長アイルー、加工屋、順で問屋爺の意見に賛成の意を示し、団長が〆を切る。

 傍から話を聞いていたチャチャブーですら納得したかのように頷き、オニムシャザザミの元へ駆けつけていった。

 

 【我らの団】は全員が個性的かつお人好しで、どちらかといえば楽観的な思考を持っている。

 そうだとしても問屋爺の言っていることは間違っては居ないと、加工屋と団長は理解している。

 村で暴れられるよりは、頑丈なイサナ船、それも海の上で暴れてもらった方がまだマシな結果を出せそうだからだ。

 二人を含めたメンバー全員が土竜族の創り上げた船を信頼しているし、転覆程度でどうにかなるとも思っていない。

 やはり楽観的な所もあるが、それでもメンバー全員の表情に負の感情は見えない。

 

 こうしてメンバー一同は、暗いと解っていても出航の準備を急いで始める。お喋りやら観光やら騒動やらと夢中で、出航時間を忘れていたからだ。

 オニムシャザザミという不安要素はあるが、闇夜の海だろうが関係なく行ける程、このイサナ船を信頼している。

 何せ、ハンターが追い払ってくれたとはいえ、あの黒蝕竜の攻撃に耐え続けることが出来たのだから。

 故に、いつの間にか目覚め驚愕しているハンターとオトモアイルーを余所に、いそいそと出航の準備をするのだった。

 

 

 

 そして船を出して出航した翌朝。

 

 

 

 オニムシャザザミとブッチャーはイサナ船から姿を消していた。

 

 

 

 微量ながらも漂う、黒い鱗粉らしきものを残して。

 

 

 

―完―




pixivでも読者様に言われましたが、生態不明フラグが建ちました。
ちなみにオニムシャザザミとブッチャーが居なくなっても【我らの団】は平常運転です。

団長「ま、居なくなったら居なくなったらで仕方ないな!」

そういえば二次創作とはいえ【我らの団】のハンターを登場させよーか軽く悩んでます。どうでもいいですが(笑)

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