毒とは身体を蝕む病だ。体内に侵入した毒は内側からゆっくりと身体を殺していき、長時間に渡って苦痛と怠惰に塗れ、衰弱して死んでいく。
耐性を持たない人間にとってこの毒素は脅威ではあるが、解毒草や漢方薬などで毒素を中和することができる。もっとも、即座に対処出来なければ意味が無いが。
毒素の対処手段は解毒が有効だが、それは相当の知恵が無いと編み出すのは難しいだろう。事実、モンスターの殆どは解毒手段を持たず、厚い甲殻で防ぐしかない。
それでも「毒を以て毒を制す」というように毒が身体を回れば自然と抗体が出来る為、体力に自信のある大型モンスターなどは受けるたびに耐性を高める事が出来る。……普通の毒なら。
―上位種のゲリョスなどが吐く「猛毒」は、通常の毒を遥かに上回る、大変危険な毒素だからだ。
突如として原生林で始まった、大型モンスター五匹という驚きの数が犇く大乱闘。その乱闘を、一匹のチャチャブーとゲネポス達が取り囲み、見守っている。
鬼鉄蟹オニムシャザザミ、黒蝕竜ゴア・マガラ、狡蛇竜ガララアジャラ、桃毛獣ババコンガ、そして毒怪鳥ゲリョス。種族も大きさもバラバラだった。
前者二匹は狂竜ウィルスを持参して他のフィールドから来訪したが、後者二匹は原生林を支配するガララアジャラの陰に隠れて過ごしていたらしい。
それが原因だからか、意外にも最初に脱落したのはガララアジャラだった。
赤と黒と茶色と紫という毒々しい複合色に身体を染められたガララアジャラは、オニムシャからの激しい打撲とゲリョスの猛毒を受け、衰弱する暇もなく絶命。
残った四匹はそんなガララアジャラを踏み台に死闘を繰り広げることになるが、ここであるモンスターが意外にも最大の障害として邪魔することになる。
それは猛毒を吐き、閃光を放つゴム質の皮を持つ鳥竜種・毒怪鳥ゲリョスだ。
この猛毒というのが厄介で、幾ら狂竜ウィルスに侵され知能が低下しているはいえ、本能的に毒素の恐怖を理解しているゴア・マガラとババコンガはこの毒攻撃を避ける必要があった。
無造作に、そして遠くからヘドロのような毒を吐くゲリョスに近づくことは困難で、動けば毒の沼に引っかかり、留まれば毒が命中する恐れがある為、常にゲリョスを捉えておかなければならない。
ここでゲリョスの対抗馬になるのは誰かといえば、オニムシャザザミになる……とお思いだろうか?
確かにオニムシャザザミの毒に対する耐性は高い。生まれてからずっと毒キノコの類をも口にしており、その毒素を克服した上に蓄積してきて攻撃にも用いるようになったから当然だろう。
しかし相手は猛毒。量ではなく質で勝負を挑まれたら、ゲリョスの毒がオニムシャザザミの耐性を上回るのは当然だ。
そしてオニムシャザザミも一度ゲリョスの猛毒を受けてその本質を理解し、ゴアやババコンガ同様、防衛本能によって回避することを優先するようになる。
つまり、無敵の防御を誇ると思われたオニムシャザザミも古龍種級の力を持つゴア・マガラも、猛毒の前ではケルビも同然だったのだ。
しかし、いくら猛毒の脅威を持つゲリョスでも、ずっと俺のターン!にならないのは自然界にはよくある話で……。
―ベチョリ
遠くから投げられた茶色い何かがゲリョスの顔に直撃。視界が遮られた上に強烈な悪臭に驚いたゲリョスはがむしゃらに走り出したではないか。
もちろん、その茶色い何かを投擲したのはババコンガ。遠距離攻撃を持つのはゲリョスだけではないのだ。というか倒れたガララを含め、この場に居る大型モンスター全ては遠距離攻撃を持つ。
ゲリョスがどっかに走り出したのを見送った後、ゴア・マガラとオニムシャザザミは邪魔者が居なくなったからと戦闘を開始。
ゴア・マガラは口からウィルスによる弾丸ブレス、オニムシャザザミは今しがたタップリ補給した水を直線状に吐き出し、相殺。黒いウィルスが溶けた水が周囲に弾け跳ぶ。
ババコンガはそれを見逃さず、大きく跳躍しフライングボディプレスを仕掛ける。ターゲットはオニムシャザザミに比べたら小柄なゴア・マガラ。
しかし、ウィルスによる感知能力が上昇した今のゴア・マガラにとって、ババコンガの攻撃などお見通し。すっと後方に跳躍するだけでババコンガは地面に激突した。
その隙を突いて両の翼脚で踏みつけようと立ち上がるが、それより先に突進してきたオニムシャザザミによって遮られ、あまつさえ鋏を盾にした突撃でバランスを崩してしまう。
倒れたゴア・マガラに追撃を仕掛けんと鋏を振り上げるが、横からババコンガの頭突きを食らって横へ転ぶ。尚、ババコンガはこの頭突きでスタンしてしまった。
起き上がって一気に決めてやろうと息を吸うゴア・マガラだが、先程からずっとパニック状態で走っているゲリョスと衝突、思い切り吹っ飛んでしまう。
誰かを倒そうと攻撃すれば第二の誰かが邪魔をし、第二の誰かを第三の誰かが邪魔をし、また別の誰かが邪魔をする。三つ巴と思えば第四の誰かが邪魔をし、もう誰が誰と戦っているのか解らないほどに乱戦していた。
狂竜ウィルスによる凶暴化も相まって本能剥き出し防御丸投げ、まさに入り乱れての大乱闘。ハンターが巻き込まれでもしたら確実に死ぬだろう。いや
その余波は狂竜ウィルスと悪臭の充満という形で遠巻きのゲネポスやブッチャーに影響(具体的に言えば凶暴化)を与えているほどだ。
この事態を収拾しようとするならば勝者となる一匹を除く全てを倒さなければならない。元よりモンスターにとってそれは当然の理論であり、本能が理解している。その為に戦うのだ。
しかし、事態は意外な形で終止符が打たれる―――ここからは小難しい話など要らない。順を追って手短に説明しよう。
1.火に弱いゴア・マガラの鱗粉――狂竜ウィルスが濃霧の如く周囲を覆っていた。
2.ゲリョスが閃光を起こそうとトサカの鉄鉱石を打とうとし、火花が散った。
3.広範囲に広がっていた狂竜ウィルスにトサカの火花が引火した。
4.粉★塵★爆★発
そう、テオ・テスカトルが得意とする粉塵爆発の如き連鎖爆発が、狂竜ウィルスがばら撒かれていたエリア5を包み込んだのだ。
誰が予想したかこの大爆発は、偶然遠くから原生林を眺めていた旅人ハンターによって目撃されたが、あまりの出来事に仰天して気絶してしまったそうな。
死屍累々とはこの事か。
先の大爆発の後は見事な焼け野原と化しており、そこには大量のゲネポスの死体が散乱している。黒焦げになったブッチャーもいるが、ピクついている所からして大丈夫そうだ。
充満していた煙と引火した鱗粉が風に流され、爆発に耐え切れず焦げたまま死亡したと思われるババコンガとゲリョスの亡骸が地べたを張っている。
そんな中で立ち上がっているのは二匹。ゴア・マガラとオニムシャザザミだ。ただし、おおよそ無事とは思えぬ無残な姿だった。
ゴア・マガラの全身は皮膚がボロ布のように荒れ果て、オニムシャザザミの全身は甲殻全てにヒビが入っている。さらにオニムシャのヤドは崩壊寸前にまでひび割れており、少し一撃を加えようものなら粉々に割れてしまうだろう。
両者は眼前に敵がいると解っていても手出しができなかった。それほどまでに先程の粉塵爆発が効いたのだろう、命の危機だと身体が訴えているのだ。
そして二匹が取った行動とは……逃走である。
大人しく互いに背を向け、一方はフラつきながらも空を飛び、一方は気絶しているブッチャーを鋏でつまみ拾い上げて歩き出す。
古龍種級の実力を持つゴア・マガラと絶大な防御力を持つオニムシャザザミとはいえ、あの大爆発を受けては命の危機を感じざるを得ない。そんな状態で戦えるわけも無いと悟り、生きる為に撤退する。それも野性の本能といえよう。
ともかく、余所からやって来た災害×2は去った。
原生林に残されたものは、爆発に巻き込まれ黒焦げになったモンスター達と焼け野原のみ……
かに思われていたが。
屍が広がる焼け野原の中で起き上がる者が居た。それは粉塵爆発の切欠でもある、毒怪鳥ゲリョスである。
ゲリョスは死ぬ真似をして難を逃れようとする習性があり、爆発直後に攻撃されないよう、死んだふりをして難を逃れたのだ。
身体に走る激痛を堪えてゆっくりと起き上がり、周囲を見渡すが、そこには屍の山が広がるだけ。てっきり他の大型モンスターも生き延びていると思っていたのか、ゲリョスは焼け野原の真ん中で首を傾げる。
とにかく脅威が去ったと理解したゲリョスは身体を引きずるように歩き出し、己の寝床へと向かう。ゆっくりと休んで体力を回復する為に。
―完―
最後辺りがこじ付けですが、こういう展開にする予定だったんですよ。
そんなわけで勝者、ゲリョス!……さて、トトカルチョ景品の采配をしなければ(汗)
次の目的地:天空山(の予定)