アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで 作:gromwell
西の空が茜色から藍色へと変わる頃。
一柳隊の奮闘もようやくの終わりがみえてきた。
二手に別れて夢結たちに十字砲火を浴びせていたヒュージたち。しかし、別行動していた梨璃たちが救援に駆けつけたことで状況は一気に好転したのだった。
夢結の率いる一柳隊は梨璃たち別動隊と合流せずに、もう一方のヒュージの群れへと反撃を開始した。
夢結と梨璃の隊は瞬く間にスモール級をすべて撃破し、それぞれ残るミドル級へと攻撃を集中させていた。
梨璃と二水の援護射撃を受けながらブレードモードへ変形させたグングニルを腰だめに構え駆ける楓。その隣では彼女より頭ひとつ分小さなあざみが二本の脚で必死に走る奇妙な弾薬箱を従えていた。
「わたしが前に出ます。射撃と同時に突撃を」
「ええ、とどめはお任せくださいな」
最後にちらりと視線を交わし、こくりとお互いに頷く。
楓は走る速度を僅かに落として、あざみを先行させる。するとあざみは自然と楓をその背に庇う位置についた。
特に意識したわけではないのだろう。けれどもその行動は彼女が常に与えられた自分の役割を愚直に全うしてきたのだろうと推察するに充分だった。
あのラージ級との戦い方もそうだ。
いくらレアスキルの衰弱効果によって動きを鈍らせていたとはいえ、倒すだけが目的ならばラージ級の懐に飛び込んで接近戦を挑む必要はなかったはずだ。
だとすれば理由はひとつ。防衛目標だった老人ホームの安全を最優先したのだ。
接近戦であれば高所にある老人ホームへラージ級の熱線が放たれる危険性は限りなく低くなる。その為だけにあざみは自身の防御すら捨てた状態でラージ級の攻撃に正面から向かっていったのだろう。
そういえば彼女もGEHENAで実験を受けさせられていた事を楓は思い出した。一柳隊の一員である安藤鶴紗と同じように。
いや、彼女が自己紹介の際に語ったように『先天的に処置を受けた』のであれば、それはGEHENAによって造られた存在といえる。鶴紗のときよりもその処遇は酷いものであったかも知れない。
どの様な扱いをしても誰も知ることは出来ないだろうし、仮に知られたとしても文句など言えない。あざみの所有権はGEHENAにあるのだから。
(いけませんわね。いまは目の前の敵に集中しませんと)
楓はぷるぷると首を振って嫌な方向へ向かう思考を振り払う。
自身を盾にして楓を攻撃に専念させてくれているあざみの行動を無駄にしてはいられない。
ミドル級との距離はもう幾ばくもない事を楓に見えるように背に回したあざみの左手が教えてくれている。開いた左手が親指から順番に一秒ごとに折られていく。それは攻撃までのカウントダウン。
(三、二、一……、今ですわ!)
楓が加速した瞬間。滑るように右へとあざみが移動し道が開ける。同時にミドル級ヒュージへと叩きつけられる鉛の暴風。
透明な分厚いミドル級を護る膜が瞬く間に剥がされ、本体であるだろう黒い部位が露になった。
後方から援護してくれた梨璃と二水、そして先頭を走ったあざみが切り開いてくれた道を駆け抜けながら楓はグングニルの先端、鋭く尖った穂先にマギを集中させる。
役割を果たしたあざみを追い抜くその瞬間、思わず視線を向けた楓は絶句した。
ミドル級の悪あがきなのか、細く伸びた膜の一部が触手のようにあざみの細い首に巻きつき締め上げていた。
その刹那、楓に迷いが生まれた。
すぐにあざみの首の触手を切り払うべきか。しかし、その間に膜が再びミドル級ヒュージを覆ってしまうかも知れない。
そうなればミドル級を倒すのが困難になってしまう。
振り返るようにしてあざみの顔を見れば彼女は楓を一瞥する事なく、ミドル級ヒュージから視線を外さない。
その姿が楓の迷いを消した。
「たあぁああッ!」
楓にしては珍しく雄叫びの如き気合いと共にグングニルを振るった。
グングニルがずぶりという手応えを残しながらミドル級を穿つ。半ばまでミドル級に埋まったグングニルの先端、ミドル級の体内深くで収束したマギが爆ぜる。
マギの閃光が内側から黒いミドル級の部位を破壊していく。
それが収まったあとには、でろっでろの液状に溶け果てたミドル級の残骸が地面にのろりのろりと広がるだけだった。
「まったくもう、あれほど無茶をなさらないでと言ったではないですか!」
ミドル級の触手から解放されたあざみの首に、今度は楓の白くしなやかな指が触れた。
「大変、結構痕が残っちゃってるよ!?」
クリーム状の塗り薬の容器を手のひらにのせた梨璃が目を丸くしてあわあわと慌てる姿を横目に、楓はあざみの首に残った触手の絞め痕に薄茶けた軟膏を塗っていく。
「せっかくの綺麗な肌なのですから傷痕など残してはいけませんわ」
先ほどからあざみの手当てをしながら楓のお説教が続いていた。
「傷痕のない肌を維持することがそれほど重要な事なのでしょうか?」
自分の肌の傷痕どうこうよりも与えられた任務を達成する事が最優先なのではと、あざみは首を傾げる。
「なんだカ心配になる台詞だナ!」
女の子なんだカラちゃんとお肌の手入れはしなきゃだゾ、といつの間にか側に来ていた梅が苦笑いを浮かべる。
「そういうものですか?」
「これはまた重症じゃない。GEHENAは女の子の扱いすら知らないんじゃない?」
鶴紗が皮肉たっぷりの口調で首を傾げたままのあざみに声をかけた。
夢結たちのほうもミドル級を無事撃破できたようだ。よく見れば鶴紗はフェイズトランセンデンスを発動し、マギを使い果たして動けないミリアムをおんぶしていた。
「の、のじゃあ~……。見たか楓、わらわの活躍を」
「あ、こら!涎を垂らさないよう気をつけなさい」
最後の力を振り絞って楓へとドヤ顔をきめたミリアムががくりと力尽きた。その満足げに弛んだ口元に嫌な予感を感じたのか鶴紗が注意する。
そんな光景をのんびりと眺めているうちにあざみの首の手当ては終わっていた。
「はい、おしまいですわ。あざみさん、今日はお風呂には入らない方がいいですわね」
ちょっと残念そうに手当てをしてくれた楓が言った。そんな楓の様子を訝しげに眺めていた鶴紗が口を開いた。
「あら、楓さん。随分と世話を焼いてるみたいだけど、梨璃よりその子の方が好みなのかしら?」
そんな挑発的な言葉を吐きつつ、梨璃を抱き寄せて頭を撫でる鶴紗に楓は形の整った眉を上げる。そして何故かあざみを抱き寄せて頬を撫で始める。
「聞き捨てなりませんわね、鶴紗さん。あざみさんはこの度の功労者ですわ。労るのは当然ではありませんか」
あざみと梨璃を挟んで火花を散らす楓と鶴紗。
その睨み合いは防衛隊の輸送車が迎えに来るまで続いたのだった。