アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで 作:gromwell
まだ薄暗い早朝の百合ヶ丘女学院のグラウンド。
その隅っこで、古びたラジオを頭に乗っけた弾薬箱さんがちょこんとお座りしていた。
その目の前ではラジオから流れるピアノの音とやけにハキハキとした男性のかけ声に合わせて身体を動かす少女がひとり。
百合ヶ丘女学院指定の体操服に身を包んだ少女はセミロングの赤みがかった茶色の髪を踊らせながら、もくもくと体操をこなしていく。
第二体操までを終え、今度は念入りにストレッチを始めた少女の前で弾薬箱さんは器用にラジオを頭から滑り落とすと真上に蹴っ飛ばした。パカリと頭の蓋を開けて落ちてきたラジオを自身の身体に収納する。
(相変わらずどうなってるんだろう、このボディって)
明らかに容量オーバー、質量オーバーな物体でも問題無く収納出来てしまう自身のボディに恐怖する弾薬箱さんであった。
ともあれ便利なので重宝しているのもまた事実である。
(まあ、あの変態博士だからなぁ。なるようにしかならないだろうし)
すっかり開き直った彼は今日も今日とて自分の仕事に打ち込むのだった。
やがてストレッチを終えた少女──あざみが取り出したのは博士手作りのスタンプカード。それに弾薬箱さんが足先を器用に使ってスタンプをぺったんと押して、二人は日課の朝の運動を終える。
ちなみにスタンプが全部貯まると博士選りすぐりのソフトドリンクが貰える仕様である。
そんな感じで日課を終えたふたりは、着替えるために割り当てられた特別寮の部屋へと帰っていく。
今日はあざみ百合ヶ丘女学院への転入初日である。万が一にも遅刻などあってはならない。
ふんすと気合いとやる気がから回るふたりは、そういえばまだ制服を受け取ってなかった事に気付かぬままであった。
百合ヶ丘女学院一年、椿組の教室はいつになく騒然としていた。
どこからか聞こえてきた転入生の噂が原因である。
「まったく騒がしいですわね」
「仕方ないんじゃない?この時期に転入生なんて」
「それも一年生ですからね。本来ならあり得ないですよ」
あまりの喧騒に文句を溢す楓を冷やかに一瞥する鶴紗。そんな二人に挟まれた二水が苦笑する。
一柳隊の面々は転入生の正体がわかっているのもあって、いつもどおり落ち着いたものである。
「それにしても梨璃ちゃん遅いですね?」
ホームルームの時間が迫るも一向に教室に現れない梨璃を心配した二水はほうとため息を吐いた。
「わたくしがお部屋へ伺ったときにはもういらっしゃらなかったようですし……」
それとなく梨璃のルームメイトの伊藤閑に訊いてみると、早朝になにやら携帯で通話したあと部屋から慌てて出ていったのだそうだ。
「梨璃さん、おかしな事に巻き込まれていなければ良いのですが」
楓が心配そうに呟いた。
(いや、貴女と二人きりの方が心配なくらいなのだけど)
(あはは、ですよねー……)
そんな楓を横目に鶴紗と二水は頬をひきつらせた。
熱海では梨璃のふとももの付け根にまで手を伸ばした前科がある楓だ。梨璃の貞操に関していえば一番の危険人物である。
ともあれ、いま梨璃を探しに教室を出てしまえばホームルームに間に合わないだろう。
そんなやきもきする三人に構うことなく教室のスピーカーからは無情なチャイムの音が響いた。
続いて教室のドアが開いて吉坂と梨璃が入って来る。
「むむ……」
二水が眉間に皺をよせて唸った。鶴紗も固唾を飲んで見守っている。
これはセーフなのかアウトなのか微妙なところである。吉坂の判定に全ては委ねられた。
「一柳さん、手伝ってくれて助かったわ。もちろん遅刻扱いにはしないから」
「えへへ」
そんなやりとりとする吉坂と梨璃の様子にクラス全体が安堵のため息を吐いた。
やっぱり誰でもクラスメイトが叱られるのを見たくはないのだろう。
そんな緊張が弛んだクラスメイトたちが自然と梨璃の抱える物体に注目してしまうのは無理からぬ事であった。
「あの、梨璃ちゃんが抱えているのって何ですか?」
戸惑いがちに手を挙げつつ、六角汐里が口を開く。同時に彼女の言葉にクラスメイトが一斉に頷いた。
梨璃が抱えているのはにょっきりと二本の脚を生やした長方形の物体、弾薬箱さんだったのだ。
奇怪な物体をニコニコしながら抱っこしている梨璃を見るクラスメイトたちは、先ほどとは違った意味で心配そうである。
黒い表紙の出席簿をパンパンと平手で軽く叩きつつ、吉坂が皆の視線を自身に集めた。ようやく説明が始まるのだろうと全員が背筋を伸ばした。
「今日からこのクラスに転入する事になった弾薬箱よ。みんな仲良くするように」
「「「……はい?」」」
吉坂の説明が終わると同時にクラスメイト全員の目が点になった。
「正確には転入生のパートナーといったところかしら。それで、肝心の転入生の準備はまだなのかしら?」
弾薬箱さんの説明を軽くしつつチラリと教室の入り口、閉じたままのドアを見た吉坂が梨璃に目配せした。
「じゃあ、連れてきますね!」
弾薬箱さんを教卓に座らせた梨璃がドアに駆け寄るとガチャリと開けた。
「ほら、はやく」
「ちょっと、待ってください」
梨璃に手を引かれて戸惑いがちに教室に入ってきたあざみは百合ヶ丘女学院の制服姿だった。上着を着ていないのでしなやかな二の腕が露になっている。
しきりに胸元を気にするあざみに吉坂が自己紹介するよう促す。
「頑張ってね!」
あざみの左手を握っていた手を離して梨璃は自分の席へと座った。
それを合図にクラスメイト全員の視線があざみの小さな身体に集中する。
一度、教室を見渡して小さく息を吐いたあざみが姿勢を正して一礼した。
「本日付けで此方のクラスに転入した明野あざみです。よろしくお願い致します」
──こうして彼女の学生生活は幕を開けたのだった。