アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで 作:gromwell
白い床に乱雑に器機が散乱する研究室で博士は頭を抱えていた。
デスクの上に積み重なった書類や書籍の山から、かろうじて埋もれずにいるパソコンのディスプレイ。博士の目の前にででんと鎮座するソレに、あざみからの日々の報告書が表示されている。
その日のスケジュールや行動などなど、百合ヶ丘女学院での様々な出来事が日記のように書き綴られた報告書は全部で七枚。
それは即ち、あざみが百合ヶ丘女学院に転入してから、早くも一週間が過ぎた事を示していた。
ちょっと研究にのめり込みすぎて未読のまま溜め込んでいた報告書の存在を思い出して、ついさっき読み終わった博士は思わず頭を抱えてしまっていた。
「ちょっと待って。マジ待って」
頭を両手でガシガシ掻いたせいで博士の髪がパイナップルみたく雄々しく立ち上がる。ちょっぴり頭皮も傷付いちゃったかもしれないけれど、いまの彼にはどうだっていいことだ。
「いやいやいや、土曜も日曜もあったんだよ?なのにさぁ……」
博士はボサボサの髪などそっちのけであざみの土曜と日曜の報告書を読みなおす。
しかし、何度読みなおしても彼の望む文字はひとつも見つからない。
「いくらリリィだって休日はお友達と遊びに出掛けたりするでしょ!?スイーツのお店とかカフェとかさぁ!」
だんだんイライラし始めた博士の足が貧乏揺すりを開始する。
「なのにもうなんで、あざみちゃんたらこんな……」
ついには弾薬箱さんからリアルタイムで送られてくる彼視点の映像の録画分を三倍速で見返し始めた。ちなみに映像のことは弾薬箱さんには秘密である。
「どうしてこんなにお仕事ばっかりしてるのぉ!?」
そう、あざみの報告書はそのほとんどが自分が教導官を務める授業のカリキュラム作成だとか、参加しているレギオン・一柳隊の自主訓練やヒュージ迎撃の出撃報告。
もしくはCHARMの整備や開発を行うアーセナルであるミリアムと一緒に考案した弾薬箱さんの強化プランなどなど職務に関係するものばかりなのであった。
実際、弾薬箱さんの見たものがそのまま記録された映像はその報告書に間違いがないことを証明していた。
それが余計に博士の表情を曇らせる。
「あのねこういうの博士、望んでないの。もっとこう甘酸っぱい青春の一ページなんかを覗いてみたいの」
なのに、それなのにである。
「なんであざみちゃんは皆のお誘いを断っちゃうかなぁ!?」
弾薬箱さんからの映像のなかで何度か一柳梨璃や楓・J・ヌーベル、ミリアム・ヒルデガルド・V・グロピウスといった一柳隊のメンバーから外出に誘われる場面があったのだが、それをあざみは丁重にお断りしていた。
その姿はまさに仕事が生き甲斐、仕事が恋人のキャリアウーマンそのものである。
そんなあざみの様子を見た博士はひどく心配になってきた。
「このままだと、あざみちゃんがぼっちになっちゃう!?」
博士は身をもって知っている。忙しさにかまけてあんまりにも人付き合いが悪いとそのうちに誘ってすらもらえなくなることを。
それにあざみの“開発”の目的を考えればあんまりコミュニケーション能力が不足するのはよろしくない。深く関係を結ぶのもよろしくないがあまり淡白すぎてもよろしくないのである。
それなりに連携できる程度にはレギオンメンバーとほどほどの人間関係を構築できたほうが好ましい。
「はぁ……。彼女から引き継いだプロジェクトだけど、どうも順調とはいえないなぁ」
乱雑に散らかったデスクの上の書類のなかでもずいぶんとぼろぼろになったファイルを手にとって、博士はため息を吐いた。
Imitat Lily計画と題されたファイルのページをペラペラとめくりながら博士はなにやら考え事をはじめるのであった。
「おや、博士からの緊急指令ですね」
夕食時の食堂で玉子丼を本日の報告書に添付する資料として写メろうとしていたあざみの端末に博士からのメールが届いた。
ゆらゆら湯気を立ち上らせる玉子丼をパチリと撮影したあと、あざみはメールを開いてみる。
「またお仕事?大変だね」
あざみの右正面に座った梨璃が親子丼をはふはふと頬張った。
「本当にお疲れさまですわね」
あざみの隣の楓が労いの言葉を掛けてくれる。授業の後片付けを手伝ってくれた楓と共に食堂に着いた時には、既に梨璃の両隣には夢結と鶴紗が座ってしまったので楓と隣あって座ることになったのだ。
梨璃の正面の席はなんとか確保できたからか楓もそこそこに機嫌が良い様子だ。
「ありがとうございます」
そんな楓と梨璃にお礼の言葉を返してメールに目を通す。食事中のマナーとしてはアウトだが、あざみとテーブルを挟んで向かい合った夢結は黙って見逃してくれるようだ。
「それで、緊急指令って何?大変なことなら手伝うよ?」
なんだか心配そうに梨璃が訊いてきた。
あざみの所属する組織が組織だけにろくな内容でないことが容易に予想できた。
鶴紗のときのように、ひとりで大量のヒュージを相手にするような危険なものなのだろうかと気にしてくれているのだ。
それに気付いているから夢結も鶴紗も危険に首を突っ込むような梨璃の言動を止めようとはしなかった。もっとも、止めたところで梨璃のことだから断られても手伝ってしまいそうである。
妙な事に梨璃を巻き込むなと言いたげにじとーっとした視線をあざみに向けてくる鶴紗の様子に夢結は苦笑してカップの紅茶に口をつけた。
「危険な内容ではありませんよ。ただ、少し困惑しているのは事実ですが」
梨璃を安心させるように意識して微笑みながらあざみは隣で妙にうずうずしている楓に端末の画面をみせた。
「あら、これは確かに困惑しますわね。あざみさんには既にわたくしという気の置けない友人がいるというのに」
そんな台詞を吐きつつ楓はすまし顔で食事を再開する。そんな彼女に鶴紗がぼそりと呟いた。
「貴女は油断ならないほうの“気の置けない”でしょうに」
それに反応して楓も口を開く。
「鶴紗さん、それは誤用ですわよ?」
「皮肉で言ってるのよ」
楓と鶴紗が舌戦を繰り広げている間にあざみの端末は梨璃の手に渡っていた。
夢結とふたりで端末に表示された博士からの指令を読んだ梨璃の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。
「あの、これ……。大至急お友だちをつくりましょう。って書いてあるけど?」
あんまりといえばあんまりな指令に、どういうことだろう?と首を傾げる夢結と梨璃。
「ともかく、命令とあれば従うほかありません」
どこか途方に暮れた感じで力なく笑うあざみだった。
こうして博士のみょうちくりんな命令に一柳隊のメンバーは巻き込まれていくのであった。