アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで 作:gromwell
ある日の百合ヶ丘女学院の食堂。その片隅にGEHENA所属の研究者であり、あざみの上司でもある博士の姿があった。
相変わらず無駄に眼鏡を右手中指でクイックイさせている博士の正面には一柳隊所属のリリィ兼アーセナルであるミリアムがチョコレートパフェをもぐもぐしつつ、ちょこんと座っている。
そんな二人の間には両脚の根元の関節部分がものの見事にもげた弾薬箱さんがビッタンバッタンともがいていた。
いつものように弾薬箱さんが訓練の標的役で駆け回っていたところ脚部の関節部分のパーツが破損してしまったのが午前中の話である。
その後、修理の為にあざみに呼びだされた博士と何故か博士と意気投合してしまったミリアムがこうして弾薬箱さん改修プロジェクトを立ち上げてしまっていたのである。
そして午後三時現在、博士とミリアムはおやつタイムついでに弾薬箱さん改修会議を開催していたのだった。
「うーん、これ以上の補強は無理っぽいねぇ」
「そうじゃのぅ。わらわが見たところ、関節部分の強度は限界じゃな。材質にしても構造にしても、どう弄くったところでそう変わらんじゃろ」
クククッと口角をつり上げて怪しく笑うミリアムに弾薬箱さんは戦慄した。
「うん、その見立てどおりだろうねぇ」
うんうんと頷いた博士がニンマリと笑った。
「ほぅ。なにやら考えがあるようじゃの」
ミリアムが博士が取り出したブツを見ると、にぱにぱと笑顔を浮かべた。
「現状で無理なら大型化しかないよねぇ」
「そうじゃのぅ」
「なので、今回のボディはこれを使用したいと思います」
博士がどんとテーブルに置いたそれは、弾薬箱さんのボディよりも大きな弾薬箱だった。
「12.7ミリの銃弾用の弾薬箱だ。これくらいのサイズなら拡張性も充分に確保できるだろうし、いろいろ試せると思うよ」
「ほうほう。強度も充分じゃろうし、思いきってあれこれ試すとするのじゃ」
額をつき合わせるように弾薬箱さんを覗き込むふたり。
そんな博士とミリアムに弾薬箱さんは力なくふるふると身を震わせることしか出来ないのだった。
「ぱんぱかぱーん!これより、弾薬箱さんver.2のお披露目をしまーす!」
やたらとハイ・テンションな博士の声が響いたのは翌日の放課後のグラウンドだった。
とはいえ、観客は銃器の訓練のカリキュラムの見直し中に博士に呼び出されてご機嫌ナナメなあざみくらいのものだが。
「もう修理が完了したのですか」
標的役の弾薬箱さんの長期離脱を想定したカリキュラム見直しだったために、弾薬箱さんの修理が終わったのであれば素直に嬉しい。
しかし、あざみの眉間の皺はくっきり浮かんだままだ。
ジト目で博士のドヤ顔を眺めていたあざみの視線が、博士の背後でなにやらゴソゴソやってるミリアムの方へ向けられた。
この頃、百合ヶ丘女学院で合言葉のように言われ続ける、ある言葉を思い出したのだ。
『一柳隊の梅とミリアムには気を付けろ』
梅とミリアムというトラブルメーカーに振り回された被害者たちの深い感慨の刻まれたこの言葉には限りない重みを感じるのであった。
ちなみに例のスカートめくりの一件で梅の共犯者として悪名を轟かせてしまったあざみも、それとなく警戒対象であるのだったりするのだが……。
ともあれミリアムに一方的にライバル視され、なにかと勝負を申し込まれている楓からあれやこれやと情報を仕入れていたあざみはじぃっとミリアムを観察するのであった。
そんなあざみの視線などどこ吹く風とばかりのミリアムがふぃーと息を吐きつつ立ち上がった。
額に滲む汗もそのままに晴れやかな表情を浮かべたミリアムは博士に向けてサムズアップした。
「うんうん、調整も終わったようだね」
「うむ、わらわ会心の出来じゃな」
いえーいとハイタッチするミリアムと博士の様子に、なんとなく嫌な予感がするあざみの瞳のハイライトが徐々にオフになっていく。
そんな彼女の目の前でゆっくりと弾薬箱さんver.2を覆っていたブルーシートが外される。
あざみの眼前に晒された弾薬箱さんver.2のボディは、これまでよりひとまわり大きくなっていた。
相変わらず幼児の落書きっぽいつぶらな瞳と口の描かれたボディを支える脚は、装甲に覆われたガッシリとしたものに変わっている。
そしてなによりもあざみの目を引いたのは、夕日を浴びてボディ表面に無駄に煌めくラメ塗装だった。
なんだかものすごくキラキラする弾薬箱さんのボディに困惑しつつ、L字に曲がった
脚部の先っぽのブースターに視線を向けたあざみが首をこてりとかしげた。
「この装備は何でしょう?」
そんなあざみにドヤァと言わんばかりのいい表情でミリアムは告げた。
「うむ、その形態こそは弾薬箱さんver.2強行補給型じゃな」
両脚の先っぽの二基のブースターによる圧倒的な加速性能でもってヒュージの群れに突入・強行突破し、味方陣地に補給物資をバラまくという迷惑仕様の形態である。
なお姿勢制御の為の装備は無く、弾薬箱さん本体に丸投げというトンデモ仕様なのだが、博士も立案したミリアムもそこのところはどうにかなるじゃろと楽観していたりする。
「もうこれ、駄目なヤツですね」
そっとあざみが胸の前で十字をきった。
弾薬箱さんよ、安らかに眠りたまえ。
「むう、そこまで言うのであればとくとその目で見るがよい」
ちょっとむすっとしたミリアムが弾薬箱さんの脚部先っぽのブースターを起動させた。
「ゆけ、忌まわしき失敗の予感と共に!」
点火したブースターから蒼白い炎が溢れると少しずつ弾薬箱さんが加速を始める。
(は!?なに?なんなの?!)
ようやく意識が回復した弾薬箱さんが内心パニックを起こす。
だが、加速は止まらない。
あっという間に、弾薬箱さんのボディは地面を離れて文字通り斜め上方向にかっ飛んでいく。
「おお、飛んだねぇ」
のんびりと博士が呟くと腕を組んだミリアムが胸を張る。
「どうじゃ。あの速度ならばヒュージの熱線すら容易く掻い潜れるわ」
なんかぐにゃぐにゃと曲がりくねった航跡を残しつつグラウンド上空を飛ぶ弾薬箱さんを見上げたミリアムはドヤァと得意気な表情を浮かべた。
(のおぉぉぉ!?なにこれ!?なに!?)
当の弾薬箱さんは脚部を動かしてブースターの向きを調整する以外に制御方法のない状況に声にならない悲鳴をあげながら、何とか着地しようと頑張っていた。
(ブレーキとかないの!?なんなの!?)
改修作業の為にスイッチをオフにされ機能を停止、そうしてようやく起動したと思ったら唐突に空をかっ飛んでいたという状況に混乱しつつも懸命に脚部を動かしてグラウンドへの着地を試みる。
しかし、ブースターの出力制御が出来ない。
弾薬箱さんの視界の左下にプログラム変更の文字と少しずつ増えていくパーセンテージの数字。
そう、いままさに博士の自信作のブースター制御プログラムを弾薬箱さん本体へとダウンロードしている最中なのである。
(もう駄目だー)
ついに弾薬箱さんの制御を振り切ってしまったブースターが弾薬箱さんのボディをバレルロールさせつつグラウンドへ向けて流星の如く落下させる。
そうして、予想される落下点には──
「ん、墜ちてくる?」
「なんじゃと!?」
「なんまいだー」
ミリアムと博士、そして今回の被害者であるあざみが居たのだった。
すっかり東の空に星が瞬く頃、百合ヶ丘女学院グラウンドに出来たクレーターを埋める作業に勤しむ三人の姿があったとかなかったとか。