アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで 作:gromwell
とある休日のこと。
郭神琳は戸惑っていた。
彼女の足元にはヒュージ研究の最先端をひた走る組織、GEHENAに所属する研究者の男が体育座りの格好のまま、横倒しにこてんと転がってえぐえぐと泣いていた。
羽織った白衣が汚れるのも構わずに、縁にレースを贅沢にあしらったハンカチで時折目元を拭いつつ、男はさめざめと涙を流す。
そんな彼は百合ヶ丘女学院で生徒でありながら銃火器の教導官を務める明野あざみの上司であるGEHENAの研究員。通称は博士である。
GEHENAという組織には安藤鶴紗の過去の件もあって神琳は全くといっていいほど信用してはいない。
しかし、である。突然、助けてくださいと涙ながらに訴えてくる博士を無下に扱えるほど神琳は非情ではなかったのだった。
そんな博士に連れられてやって来た百合ヶ丘女学院特別寮。
そこにあるあざみの部屋に一歩踏み込んだ瞬間に、あんまりといえばあんまりな光景を目のあたりにした神琳は唖然とし、博士は膝を抱えて倒れたのであった。
その部屋の印象は、ひとことで言い表すとすれば映画なんかに登場しそうなテロリストや殺し屋のアジトである。
質素な机やベッドにはところ狭しと拳銃やら小銃やらが並び、壁に取り付けられた吸盤で固定するタイプのフックにはハンドグレネードが吊るされている。隅っこの角では蓋が開きっぱなしの弾薬箱さんが複数のショットガンを生け花チックに生やしつつ、ちょこんとお座りしていた。
そんな部屋のなかでは、両手をオイルでベトベトに汚したあざみがちょうど愛用のMP7の整備を終えたところであった。
「神琳さんと博士……ですか?何か御用でしょうか」
作業用の胸当て付きエプロンで両手のオイル汚れをゴシゴシしつつ不思議そうにあざみが首を傾げた。
あざみにしてみればほぼ誰も訪れない自室に博士はともかくとして神琳が現れたのが驚きなのだろう。神琳としても博士に連れられてない限り、訪れる事のなかった場所である。
「それが、突然この方に助けを求められましたの」
神琳が部屋のなかを見渡しながら用向きを伝えるも、あざみの首はさらに傾くだけだった。
「博士がですか?」
心当たりが全くない様子のあざみがやっとこさ起きあがった博士に歩み寄った。
「いったい、今度は何をやらかしたんです?」
博士の真正面に腰に手をあてて仁王立ちしたあざみが問う。
「…………」
しかし、あざみの姿を茫然と見つめたあと、博士は鼻血を噴出させつつ気絶したのであった。
とりあえず気絶した博士を弾薬箱さんが医務室へと引き摺っていくのを見送ったあざみと神琳は寮のオープンテラスの壁際の席でお茶していた。
事態の急展開についていけずに、ひとまずお茶でも飲んで落ち着く必要があったのである。
休日というのもあって、そこそこ空いてはいるもののそれなりに席は埋まっているのだが、その誰しもの視線をあざみが独占している。
そんな現状を気にする素振りもなくレモンティーに添えられたレモンの輪切りをモシャモシャするあざみの向かい合って座った神琳は頭を抱えていた。
神琳には判っているのだ。この状況の原因はズバリあざみの服装であると。
黒のチューブトップとホットパンツの上から胸当て付きの作業用エプロンを着用しているために、正面からだと裸エプロン状態に見えるのである。
しかも角のテーブルの隅っこの席にいるために、あざみは基本的に正面から視線を受けることになっているのだが、本人は素知らぬ顔である。
あざみをわりとガン見している生徒たちは、果たしてちゃんとエプロンの下を着ているのかいないのかが気になって仕方ない様子で「そこんとこどうなの?」と言わんばかりに同席の神琳にもちらりちらりと視線を向けてくる。
(何故こうなりましたの?)
そんなわけで、さしもの神琳も頭を抱えるほかなかったのである。
「やだ、あざみちゃんたら大胆……」
「銃器の教導官は夜の教導官でもあった……?」
「写真……、写真を撮らねば!」
周囲の無遠慮な視線に晒されつつも涼しい顔のあざみがぱちぱちと目を瞬かせた。
「皆さん、わたしを見ているようですが何か御用なのでしょうか?」
心底理由がわからない様子のあざみに神琳は内心ため息を吐きつつ告げた。
「わたくしや皆さんの方向からでは、あざみさんがエプロンの下に何も身につけていないように見えるのですわ」
神琳の指摘を受けて、あざみは自分の格好を見下ろす。そうして何かしら納得したようにこくりと頷いておもむろに席を立つと、エプロンの裾をぺろりとまくりあげた。ホットパンツから伸びる白い太ももが眩しい。
「このとおり、ちゃんと衣服は身につけていますよ」
しかし、あざみの天然かつ大胆な行動に目を奪われた周囲の人たちはそんな声なんて聞いちゃいなかった。
桃色的に騒然となるオープンテラスの惨状を目にして、なんとなく博士が助けを求めてきた意味がわかった気がした神琳だった。
戦闘や訓練、授業ではしっかり者という印象で頼りになるあざみの私生活や価値観が、まさかこれほど酷いとは思いもよらなかった。というかいろいろと無防備すぎである。
(何かしら間違いが起きる前に、わたくしが何とかしなければ……!)
ぐっと拳を握りしめてあざみの意識改革と私生活の改善を断行することを決意する神琳。
そうして、それから神琳に日常生活における常識と生活改善の指導を受けるあざみの姿が百合ヶ丘女学院のそこかしこで目撃されるのであった。
神琳による生活指導を真面目に受けるあざみの姿を弾薬箱さんのカメラ越しに見守る博士が感涙に咽んでいた。
「普通の女学生の休日の過ごし方を教えてあげてほしいってお願いするはずだったんだけど……」
しかし、あざみちゃんの裸エプロン状態を目のあたりにした衝撃で気絶してしまったので、お願い事は出来なかった。
だが、何があったのか知らないけれど幸運にも神琳による生活指導のおかげであざみのポンコツな私生活は改善の兆しをみせている。
「やっと、やっと訓練と仕事とサプリメント漬けのあざみちゃんの生活を見守る苦痛から解放されるんだね……」
その日、博士は人知れず祝杯をあげたという。