アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで   作:gromwell

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♯25 鶴紗さんの実験成果

 人体実験の被験者だった安藤鶴紗にとって、GEHENAという組織は嫌悪と恐怖の対象だった。

 百合ヶ丘女学院の理事長をはじめとした大人たちに救いだされ人体実験は中止となったものの、鎌倉府防衛隊を通じて鶴紗はGEHENAの戦力として酷使されている。

 そんな彼女の所属するレギオン、一柳隊にひょっこり加入したGEHENA所属のリリィである明野あざみは、鶴紗にとって脅威だった。

(だった……はずなんだけど)

 目の前で子どもたちに群がられ困惑するあざみの姿を一瞥して鶴紗はため息を吐いた。

 それとなく日頃の行動を観察してきたけれど特に何か企んでいる様子もなく、真面目に授業や訓練、ヒュージとの戦闘をこなしている。

 あざみの上司である胡散臭い白衣の男はともかく、あざみ本人はそれなりに信頼してもいいのかもしれない。

 ぼんやりとそんな事を考えつつ、鶴紗が周囲へ視線を向ければ、まるで憧れのアイドルを目にしたファンのような、やたら瞳をキラキラと輝かせている子どもたちがいた。

 この子どもたちは表向きは鎌倉府が運営している孤児院に引き取られた子たちで、今回の鶴紗の任務はその護衛である。

 郊外の特に遊具もない広場のような公園で存分に遊ばせてやってほしいという鎌倉府防衛隊からの命令に半ば呆れ、しかし拒否はできないのでいろいろ諦めた鶴紗は、何故か同行することになったあざみとこの任務に従事していた。

「あまり遠くに行かないことと、ヒュージが現れたらちゃんと私たちや防衛隊の人たちの指示に従うこと。わかった?」

 鶴紗が注意事項を伝えれば子どもたちは手をあげて、はーいといい返事を返してくる。

「怪我に気をつけて遊んできなさい」

 その言葉を合図に思い思いの遊び道具を携えて子どもたちは広場に散らばって遊びはじめた。

 それを見送って鶴紗とあざみはそれぞれのCHARMを待機状態で起動しつつ、周辺の警戒を始めた。

 いちおう広場の外周沿いに鎌倉府防衛隊の部隊が展開してはいるが、ミドル級以上のヒュージには対処できないし、なにより子どもたちの監視もせねばならない。残念ながら鶴紗たちは遊んでいる時間はなかった。

 情報端末を操作して付近にケイブ発生の兆候が観測されてないことを確認すると、鶴紗は地面に敷いたビニールシートに腰をおろした。

 楽しそうに遊ぶ子どもたちを眺めつつ、持参した魔法瓶のボトルから紅茶を注いだ紙コップを手に一息ついていると、いつの間にやら隣にちょこんとあざみが座っていた。

「……何か用?」

 視線を向けてそう訊いてみれば、不思議そうに首を傾げられた。

「特には」

 そう返事を返すあざみの視線の先には子どもを乗っけてパワフルに疾走する弾薬箱さんの姿があった。

 用事がないならほっといてほしいというのが偽らざる鶴紗の本音だ。

 しかし、何故か鶴紗になついてしまっているあざみは、鶴紗の塩対応もスルーしてあれこれと関わろうとしてくるのである。

「なんの理由があるのか知らないけれど私は貴女と馴れ合う気はないわよ」

 もう何度目かのそんな拒絶の言葉もどこ吹く風とばかりに無視したあざみが通信端末を鶴紗の脇にそっと置いた。

 その意味不明な行動に鶴紗が首を傾げていると、端末から若い男の声が聞こえてきた。

「ゲェッヘッヘッナァ!」

 それは奇妙で珍妙な高笑いであった。

「これ、壊していい?」

 素早く立ち上がり、戦闘態勢に移行した鶴紗が割と本気で愛用のCHARM、ダインスレイフを不快な高笑いを垂れ流す端末に向けて振り下ろそうとする。途端に、高笑いはピタリと止まった。

「待ってやめて!それ壊されたら博士、自腹で弁償なの!」

 必死にお願いする博士の台詞にため息を返しつつ、鶴紗は再び腰をおろした。

「あ、あざみちゃんは周辺の見回りでもお願いするよ。いちおうこの辺りはモニタリングしてるけど念のためにね」

「了解です」

 博士からの指示を受けてあざみは公園内の見回りに出発し、鶴紗から離れていく。

「それで、あの子を遠ざけて何の話なのかしら?」

 殊更冷たい口調で問いかけても、端末の向こうの博士はのほほんとしていた。

「いや、君があざみちゃんを嫌っているみたいだから、あんまり邪険にしないようお願いしたくて」

「邪険になんかしてないわ。接触を最低限に控えているだけ」

 素っ気ない鶴紗の返答に流石の博士も苦笑いするしかない。

「まぁ、GEHENAを嫌う君が僕らを拒絶するのも無理もないのかな」

 博士のお気楽な声色は鶴紗の神経を逆なでした。

「当たり前でしょう。誰だって自分の身体を好き勝手弄くった相手に好感なんて持てるわけがない」

「そりゃあそうだ。どんな理由があったとしても君にとってはあれは理不尽な扱いだったろう」

 鶴紗の精一杯の口撃に対する博士の返答は少しだけ声に陰りがあった。

「僕たちGEHENAの研究者は残念ながら実験の対象であるリリィの都合に配慮してあげられない。それは君が身をもって知っているはずだ」

 必要なら非人道的な実験も辞さないのがGEHENAの対ヒュージ研究の在り方だ。

 人類の必死の抵抗をものともせずジリジリと占領地を増やし続けるヒュージ。

 その脅威をデータという残酷なまでに誤魔化しのきかないカタチで認識しているからこそ、どんな手段をもってしてもヒュージの脅威をはね除ける手段を確立することがGEHENAの最優先の目的だった。

「でもね。少なくとも僕は、君たちが命掛けでもたらしてくれた成果を無意味な数字で終わらせることはしない。それだけは誓って本当だ」

 真剣な口調の博士の言葉を、鶴紗は首を振って否定する。

「信用ならないわね」

「ははっ、そうだろうねぇ。だけどあざみちゃんはいつだってリリィに対しては真摯で誠実だ。それは信用してくれていい」

 いつになく真面目な様子の博士に鶴紗はひとつの疑問をぶつけてみることにした。

「そういえばあの子やたらと私になついているのだけど、理由に心当たりはある?」

 鶴紗本人に全く身におぼえがない以上、博士なら何か知っているはずだ。

 そんな鶴紗の問いに博士はあっけらかんと答えてみせた。

「うん、彼女は人工的にリリィと同等の人間を産み出し、量産する実験計画のベースモデルなんだけどね」

 クローン技術を利用した人造リリィの量産を目的としたImitat Lily計画。

 ヒュージに対する数的不利を覆す目的で始まったそれは初期の段階で頓挫していた。

 量産する基となる人造リリィの製造で行き詰まっていたのだ。

 どんなに試行錯誤しても成育途中で死亡したりスキラー数値が規定値以下だったりと失敗続きだった。

 そんなこんなで博士が頭を抱えていたときにもたらされたのが鶴紗が受けさせられたいくつかの実験の成果であった。

「その成果によってようやく製造に成功したのが、あざみちゃんなわけ。つまり君はあざみちゃん誕生の恩人というわけだ」

 博士の説明を聞き終えた鶴紗の表情はなかなかに複雑だった。

 受けさせられた実験は鶴紗にとって苦痛以外のなにものでもなかった。しかしそれにきちんと意味があったこと。それがなにかの、誰かの助けになっていたのだと知ってなんともいえない気分だった。

「……これからは少しくらい優しくしてあげてもいいのかしら?」

 何とはなしに呟いた鶴紗の視線の先には、子どもにまとわりつかれて困り果てているあざみの姿があった。


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