アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで   作:gromwell

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♯26 二川二水は策略家である。

 二川二水を庇った弾薬箱さんがものすごい勢いで吹っ飛んでいく。

 そうして二水はついに追い詰められてしまったのだった。

 所謂チェックメイトというやつである。

「フフッ。さぁ二水さん、観念してくださいましね?」

「ひっ……!」

 二水の前方。十メートル先にいる楓・J・ヌーベルが再び手元に戻ってきたモノを手にして、にたりと嗤う。

「……」

「二水ちゃん、大丈夫。抵抗しなければ痛くしないから」

 すぐ左には白井夢結が油断なく身構え、背後では一柳梨璃がいつになく真剣な表情で似合わない台詞を吐いていた。

 もはや退路はなく、楓の攻撃を避けたところで間髪いれずに夢結か梨璃がとどめを刺しにくるだろう。

 流石にそれを避ける自信はないし、受け止めるなど論外だ。

 背を伝う冷たい汗に眉をひそめながら、二水はこの場で唯一の味方へと視線を向けた。

 二水の視線に気付いた安藤鶴紗がふるふると力なく首を横に振った。

 鶴紗のレアスキルであるファンタズムでも二水が生き残る道筋を見つけることは出来なかったようだ。

「さぁ、いきますわよ!」

 勝利を確信した楓が叫んだ──

 

 

 

 事の始まりは放課後。各レギオンが訓練に励む時間でのこと。

「今日の訓練は、ドッジボールをしましょう」

 ゴム製のボールを抱えたあざみがまるで小学生が遊びに誘うようにさらりと提案してきたのだ。

「ドッジボールって……。あなた、遊んでる暇があると思ってるの?」

 鶴紗が呆れた様子で文句を言った。

 GEHENA所属のあざみに対して相変わらず厳しい態度である。

「理由をお聞きしても?」

 鶴紗の隣にいた郭神琳が興味津々な様子で訊ねる。

「はい。このところ訓練内容がマンネリ化しているように思います」

 そう指摘するあざみの視線の先では、吉村・thi・梅がくあぁとでっかい欠伸をしていた。

「確かに最近、同じような訓練ばかりだったかも……」

 梨璃がポツリと呟くと夢結がゆるゆると首を振った。

「次のステップに進めないのは誰かさんたちの上達が遅いからでしょう?」

 夢結の指摘に苦笑いを浮かべる補欠合格組のふたり。梨璃と二水である。

 ヒュージとの戦闘において重要になってくるのが、如何にヒュージからの攻撃を避けるかということである。

 マギの護りがあるとはいえ、直撃を受ければ少々の怪我では済まないのだ。それこそ、即死の可能性だってある。

 装備しているCHARMにしても防御に使えないこともないが、アーセナル非推奨の運用なので修理を依頼するときにめちゃくちゃお説教されることになる。

 最悪の場合、CHARMの修理の順番が後回しにされたり断られることもある。

 そんなわけで一柳隊の面々はこのところ回避の訓練を行っているわけだが、進捗はあまり芳しくない。

「なるほど、レアスキルの使用も可とすれば訓練としての意義もじゅうぶんだと思いますが」

 意外ことにあっさりと神琳は賛成のようだ。

「えっと、たまにはこういうのも良いかなって」

 梨璃も賛成に一票を投じた。そうなれば自然と残りのメンバーもじゃあやってみようかという空気になる。

 審判を務めるあざみが横十メートル、縦十メートルの正方形をふたつ繋げた長方形のコートをラインカーで引いているあいだに、チーム分けが行われた。

 厳正なあみだくじの結果、梨璃・夢結・楓・神琳・ミリアムのチームと二水・梅・鶴紗・雨嘉・弾薬箱さんのチームに分かれることになった。

 ルールは通常のものに加えて、レアスキルの使用有り。なおかつ相手チームが全員コート外に出た時点で勝ったほうのチームをふたつに分けて試合を再開する。つまり、最後のひとりになるまで試合は終わらないサバイバルマッチなのである。

「最後まで残った方にはひとつだけ望みを博士が叶えてくれるそうです」

 しれっとあざみがそんな事を告げると誰もが目の色を変えた。

「フフフ。ならばこの楓・J・ヌーベル、梨璃さんといっしょにラムネジュースを堪能することを所望いたしますわ!」

「わあ!」

 楓の宣言を聞いて顔を綻ばせる梨璃。しかし、鶴紗と二水は即座に楓の企みを看破した。

(一本のラムネジュースをシェアして間接キスするつもりだ……!)

 鶴紗と二水がアイコンタクトを交わして互いに頷く。もちろん、目的は楓の望みを阻止することである。

 そんなわけで一柳隊のドッジボール対決は始まった。

 チームメンバーの攻撃力の高さを生かして攻める梨璃のチームと戦術を駆使してそれに対抗する二水のチームはなかなかに見応えのある試合を展開していく。

 しかし、である。主に小学生の行う球技と侮るなかれ。マギでもって身体能力を強化したリリィが行うとなればそれはもう別次元のトンデモ球技と化していた。

「のっ……じゃあぁぁぁ!!」

 フェイズトランセンデンスを発動したミリアムがボールを全力全開でぶん投げる。

 文字通り、音速を超えて目にも止まらぬ速さでかっ飛ぶかにみえたボールは、ミリアムの手を離れるやいなや、空気抵抗という壁に押し潰されて破裂した。

「ふにぁあ……」

 へろへろと倒れ込んだミリアムは結局、スペアのボールをぶつけられてアウトとなった。

 これで梨璃たちのチームは楓ひとりとなった。対する二水のチームも二水と鶴紗とおまけの弾薬箱さんが残るだけであった。

 

 

 

 そうして話は冒頭へと戻る。

 地面に轍を残しつつ吹っ飛んでいった弾薬箱さんをあえて無視して二水は前を向く。

(ここまでは作戦どおり……!)

 アタッカーである鶴紗は見るからに疲労困憊の状態である以上、次の楓の狙いは二水だろう。いや、二水でなければ困る。

 鶴紗を残す為に二水は全力を注いできたのだから。

 チームの戦力で夢結や梅、神琳をアウトに出来るのは鶴紗しかいないために、二水は自身を囮にする作戦を立てた。

 作戦どおりに他のメンバーが二水を庇ってアウトになってくれた為に、梨璃たちは最優先で二水を標的としたのだ。

(おかげで鶴紗さんがここまで残った。あとは……)

 それとなくわざとコーナーへ追い詰められてみせたものの、二水の身体が緊張で強張る。あと楓の気迫が恐ろしい。

 しかし、そんなことで負けるわけにはいかないのだ。

(ここが勝負どころです!)

 自身がここでアウトになるのは想定内だが、そのあとのボールの行方が勝負の分かれ目だ。

「さぁ、いきますわよ!」

 楓の手からボールが離れる瞬間、二水は前へと踏み出す。

 少し高めのコースで向かってきたボールは懸命にキャッチしようとする二水の肩にあたると、勢いよく楓の方へ跳ねた。

(勢いも方向も良しッ!)

 ボールにあたった弾みで盛大に尻餅をついてしまったことも二水にとっては幸運だった。

 おかげで相手チームの意識は完全に鶴紗から外れた。

 勝利を確信した楓が戻ってきたボールに悠々と手を伸ばした。

 直後、ボールは突然勢いを増すと同時にその軌道を変えた。そうして楓の手を弾いて地面に落ちた。

「え……!?」

「油断したわね」

 唖然とする楓の目の前には右腕を振り抜いた鶴紗の姿があった。ボールの軌道を変えたのは他ならぬ彼女だったのだ。

「くっ……。ファンタズムですわね」

「ええ。だけどこれは二水さんとみんなが導いてくれた勝利でもあるわ」

 二水たちのチームは初めから鶴紗に勝利させる方針で動いていたのだ。すべては楓の魔の手から梨璃を守らんがためである。

「参りましたわ。残念ですが、梨璃さんにラムネジュースを口移しするのは別の機会になりますわね」

 心底悔しそうに楓が呟く。

 それを耳にした者はもれなくこう思ったという──

 

(鶴紗さんが勝ってくれて、本当によかった)


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