アサルトリリィ異聞:弾薬箱に愛を詰め込んで 作:gromwell
「これ以上はわたくし、耐えられませんわ!」
事の発端は、楓・J・ヌーベルのこんな言葉だった。
ヒュージとの戦いの狭間の穏やかなひとときを過ごす椿組の教室で、梨璃の頬をひと撫でした楓が驚愕の表情を浮かべつつも舐めるように梨璃の肌に視線を這わせたと思えば、この発言である。
いったい何事かと二川二水が問い掛けてみれば瞳孔ガン開きの楓が梨璃の柔らかな頬っぺたをツンツンすべく突き出した指先を震わせながら応えた。
「梨璃さんのすべすべお肌が荒れていましてよ!?」
「え?」
きょとんとする梨璃。そんな梨璃の頬っぺたに二水が鼻先が触れそうなほど顔を近づけてみると、確かに僅かではあるもののお肌がかさついているように見えた。
「こんなのよく気がつきましたね~」
「ふふ、わたくしの梨璃さんへの愛の成せる業ですわ」
呆れた様子の二水の言葉がまるで自身を褒め称えるかのように聞こえたのか、気をよくした楓が得意げに胸を張った。
「うぅ……、ここ最近おそくまで自主訓練してたからなのかなぁ」
ぴたぴたと頬に触れながらしょんぼりとした梨璃が呟いた。
「梨璃さんの努力する姿勢はとてもそそる──もとい尊いですけれど、体調を崩してしまっては元も子もありませんわ。もちろん体調を崩してしまわれたとしても安心なさってくださいまし。この楓・J・ヌーベルがおはようからおやすみまで付きっきりで完ッ璧に看病して差し上げますから!」
「楓さん、鼻血が……」
梨璃を看病する光景を妄想したのか楓が俯いて小鼻を抑えている。ほんのちょっと赤いものが見えた気がしたが気にしてはいけない。
「確かに楓さんの言うことも一理ありますね。それにですよ?不調でヒュージとの戦闘に支障が出ることも問題ですけど、あんまり夜遅くにお部屋に戻るのもルームメイトの方の迷惑になりますから。なにより、見回り中の教導官に見つかってしまったらお説教ですよ!」
二水がピッと人差し指を立てて梨璃の瞳を見つめながら言った。その真剣な様子に梨璃はこくりと頷き返す。
「でも、少しでも訓練しないと不安で……」
入学時に比べればだいぶ戦えるようになったとはいえ、実力者の集まる一柳隊のなかでは梨璃が二水と並んでヒュージの撃破数が少ない。それは他のレギオンメンバーとの実力の差を嫌でも見せつけてくるのだった。
二水のように戦術面でレギオンを支えられれば良かったのだろうが、梨璃はわりと頭脳労働が苦手である。
「そんなわけで、あざみちゃんに協力をお願いしたくて……」
いろいろと考えた結果、教導官でもある明野あざみを頼ることにした梨璃は、ひとりで職員室の片隅にあるあざみのデスクを訪ねたのだった。
「……なるほど。そういう事情であれば協力は惜しみません」
「わあ、ありがとう。あざみちゃん」
喜ぶ梨璃から視線を外したあざみが傍らに座っていた弾薬箱さんの蓋を開けて書類ケースを取り出した。
「いえ、これも職務ですので」
あざみの事務的な淡々とした口調に梨璃があれ?と首をかしげた。なんだろう、違和感を感じる。
「ところで、夜間の自主訓練はどのくらいの頻度で行っているのですか?」
その瞬間、梨璃はきゅぴーんとあざみの瞳が光ったのをみた。
「ここ最近、授業に集中できていませんでしたね」
「あ、うん……。ごめんなさい」
素直に頭を下げる梨璃の姿にため息をひとつ溢して、あざみは彼女に夜間の自主訓練の禁止を言い渡すのだった。
「ふああぁ……」
翌日、まだ陽も上りきっていない早朝に百合ヶ丘女学院指定の体操着を着用した梨璃とあざみの姿があった。
まだ眠たそうに目蓋をこすりながら欠伸をする梨璃を放置して弾薬箱さんが頭の蓋を開けると、器用に使い古したラジオを取り出した。
あざみがラジオのスイッチをポチリと押すと、軽快な音楽とともにどこか調子の外れた夏休み朝6時のお馴染みの歌が流れはじめる。それは博士の研究室の片隅にある専用ブースからお届けする個人的なラジオ放送だった。
博士が熱唱する生歌を華麗にスルーして柔軟体操をはじめたあざみを梨璃が不思議そうに見つめていた。
「えっと……、今から何をするのかな?」
おおよそ見当はついているものの、あえて訊いてみた梨璃だった。
「ラジオ体操を第二まで行います」
「うん、だよね」
この音楽ときたらラジオ体操以外あり得ないというシチュエーションに梨璃は頷いた。
「その後、お勉強をしましょう」
「え?訓練じゃないの!?」
まさかのお勉強発言に驚く梨璃。じゃあラジオ体操の為だけに体操着を着たのだろうか。
明らかに落胆する梨璃をズビシィと指差してあざみが言った。
「いまの梨璃さんに絶望的に足りないものがあります」
「ふえ?」
いきなりそんなことを言われてもわけがわからない梨璃が、頭上にでっかいクエスチョンマークを出現させてこてりと首をかしげた。
「それは筆記試験の点数です。このままでは赤点をとる可能性すらあり得ます」
「ええええぇぇぇ!?」
指差したままのあざみの人差し指の先が梨璃の鼻先にぴとりと触れた。
そもそものはじまりは夜間の自主訓練で寝不足な梨璃は座学の授業は集中しきれてなかったようで、抜き打ちの小テストの結果はどれも散々なものだったこと。流石に見過ごせないので椿組の担任である吉坂教導官が同級生でもあるあざみに対処を丸投げした結果が今回のコレである。
対処を任されたあざみは、まず梨璃に危機感を抱かせるよう仕向けることにしたのだ。
「夏期休暇は補習で消費される可能性があります。もちろん梨璃さんは補習優先ですから一柳隊の出撃にも同行出来ません。するとどうなるでしょう?」
あざみの言葉に衝撃を受けた梨璃が自身が抜けた一柳隊の状況をほわんほわんと想像してみる。
「あれ?意外と大丈夫なような……」
指揮官をそつなくこなせる郭神琳や楓・J・ヌーベル、経験豊富な白井夢結と吉村・Thi・梅の二年生組、一柳隊の頭脳といえる二川二水に実力者の安藤鶴紗と粒揃いのレギオンである一柳隊。ちょっとくらい梨璃が抜けても大丈夫な気がする。
しかし、あざみ的にはそんな安心感はいらないので全力で不安を煽ることにした。
「果たしてそうでしょうか」
「ふぎゅ」
呑気な梨璃の鼻をあざみの人差し指が押した。
「楓さん、鶴紗さん、夢結さまは確実に梨璃成分欠乏症状で実力を発揮できないでしょうし、そんな有り様では梅さまはもろもろ面倒臭がってサボりますよ」
梨璃は再びほわんほわんと想像してみた。
「──そう言われるとそんな気がしてきたよ。怒れる神琳さんが降臨しそうだよ……」
「はい。そうならないためにお勉強をしましょう」
「うん。私、頑張る!」
ふんすとやる気をみなぎらせる梨璃の見えないところで小さくグッとガッツポーズをするあざみ。
「やりました」
梨璃が期末試験で赤点をとる可能性は確かにあるが、一柳隊云々は完全にあざみの捏造である。二水や楓は梨璃の補習に付き合うくらいはするだろうけれど。
しかし、梨璃のモチベーションを上げるにはレギオンの隊長としての責任感を刺激するのがベストであるとの判断したのだ。
そうして、あざみの目論見どおりに一週間ほど早寝早起きラジオ体操とその後の勉強に全力で取り組んだ梨璃の成績はちょっぴりあがるのであった。