仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第五話:願いましょう、明日の奇跡を - 2

   *

 

「千歌、お前、化粧したことあるか?」

 一限が始まる一〇分も前に教室に入ってきた信代が、机に突っ伏す千歌の肩を揺すって言った。

「ないけど、なんで?」

 顔を上げた千歌の顔を、担任の女教師はまじまじと観察する。

「あとで教えてやる」

「いいよ、別に。笠木センセだってしてないじゃん」

「ダメだ、そんなにきび跡とほくろでライブに出るつもりか?」

「いいじゃん!」

 千歌は腕枕の中に顔を埋めた。

「ナチュラルメイクくらい覚えておけって。μ'sだってしてたんだから」

「してたの?」

「分からないってことは、してるってことだ」

 そんな担任教師とクラスメイトのやりとりを尻目に、井藤むつはトランプに意識を戻す。

 三人のババ抜きは、最終局面を迎えていた。

 手持ちのカードは、曜が五枚、梨子が一枚、二人の席の間で窓枠に腰を下ろすむつが五枚。

 とんとん拍子でカードを減らしてきた梨子に対し、曜は珍しく不調だ。

 今日こそは勝てるかもしれない。

 むつは、カチューシャで出したおでこを一度拭うと、

「曜、ほんとにやる気? スクドル」

 曜の気を逸らそうと話を振った。

「そのつもりだよ。曲も梨子ちゃんが準備してくれたし」

 曜はむつのカードからハートの六を奪い、クローバーの六とセットで梨子の机に捨てた。

「でも、エントリーしなきゃいけないんでしょ? ≪ラブライブ!≫。あと一箇月だっけ?」

 むつは話を続ける。

「部活じゃなきゃ、エントリーも無理なんだよ。だから始めるとしても、冬までは地道に活動するしかないかな」

「そもそも曜ちゃんと千歌ちゃんは、もっともっと練習が必要です」

 梨子は曜の四枚のカードを順番に指差し、狙いを定めて一枚を引き抜くが、上がれず、溜め息をつく。

「厳しすぎるよ、梨子ちゃんは」

「てか、曜、そんな暇あるわけ? 高飛込だって一日中やってるのにさ」

 むつはノーシンキングで梨子のカードを抜く。四枚を持つむつなら、どちらでも捨てられる可能性が高いと踏んでいた。

 だが、ジョーカー。

 舌打ちをすんでで堪える。

 梨子のさっきの溜め息は、「カードが合わずに上がれなかった」と思わせるブラフだったのか? とんだ策士だ。

 梨子はババを手放して安心したか、曜に問いかける。

「そんなに忙しいの? 練習する日って決まってる?」

「土日は朝から夕方まで。平日は月水金の放課後から九時くらい。一応、調整は効くけどね」

「ほんと頑張るなあ。よく二足のわらじをはく気になるよ」

「オリンピックも卒業も、待っててくれないからね」

 曜がむつのカードに手を伸ばし、むつは焦る。

 なんとかジョーカーを掴ませたいところだが、策はない。

「そういえば今年のオリンピックって、飛込で私たちくらいの子が出るんだよね」

 と、梨子の言葉で、曜の指がとまった。

(チャンス――いや、ヤバい)

 むつはおでこが汗ばむのを感じる。

「世界でその子しかできない技があるんだよね? 曜ちゃんの、えっと、必殺技みたいに」

 曜の指先が、軽く握られる。

(その話題はダメだよ)

 むつは小さく首を振ってみせるが、梨子は不思議そうな顔をしただけで、その意味に気付かない。

 この街の人なら、曜が今年のオリンピックに出られなかった経緯を知っている。

 梨子は誰からも聞いていないのか? いや、曜と仲良くなりすぎて、逆に聞く機会がなかったのかもしれない。

「みんなすごいなあ、同い年なのに、私なんかとは全然違って」

 梨子の羨望の笑みは純粋で、曜は目を伏せると、小さく口を結んだ。

 ここでジョーカーを引かせるか?

 いや、こんな弱味に付け込むなんて、心苦しすぎる。

「そうなんだよ! その子に負けちゃったから、今年はオリンピックには出らんなかったんだよ!」

 だから、あっけらかんとした曜が笑顔でカードを一枚抜いていった時、なにがなくなったのか分からなかった。

「あ」

「中国の合宿で会ったんだけど、いい子だったよお。ちっちゃくてね」

「知り合いなの? オリンピック選手と。やっぱりすごいなあ」

 そして曜は、スペードの四とクローバーの四と一緒に捨てた。

「え、ちょっと、曜!」

「あと二枚ー!」

 オリンピックの件で曜が動揺すると思って、自分が動揺してしまった。なにをやっているんだ。

 というか、出場できなかった件、曜はもう受け入れていたのか。ちょっと意外だった。

「追い上げてきたね、曜ちゃん」

「負けないよお!」

 曜と梨子はカードを見せ合い、ジョーカーを含め四枚のカードを手にしたむつは額に汗を感じる。

 これでは今回も曜に勝てない、それどころか、初戦の梨子にさえ負けてしまう。

 流れを呼び戻さなくては。

(こうなったら……)

 切り札(ジョーカー)を切るしかない。

「やっぱ強いなあ、曜。でも、これくらいじゃなきゃ、千歌の旦那さんは任せられないしなあ」

「だ、旦那さん? 旦那さん!?」

 梨子が立ち上がり、狙い通り、とむつはほくそ笑む。

 一度しか使えない手だが、この話は強力だ。聞けば、だいたいが面白がって曜を弄り出す――

「曜ちゃん、もしかして、結婚するの!?」

 ――んだけど、ちょっとオーバーリアクションすぎない?

「しないって! ちょっと、むっちゃん!」

 しかも想定外に曜まで慌てだした。

「そっか、そうだったんだ。そっかあ……」

「なに!? なに納得してるの、梨子ちゃん!」

 梨子は一枚のカードで顔を隠し、顔を赤らめた曜と、担任と話す千歌を見比べている。なんか嬉しそうだな。

「ううん、分かるよ、私、うん」

「分かんないでよ!」

 梨子は無造作に曜のカードを抜いたが、情勢は動かない。

 なんかよく分からない状況だが、むつの想定よりいい方に転がっている。

 梨子だけを引きずり下ろそうと思っていたが、この際だ、曜にも勝ってやる!

「言ったんでしょ? 曜。『金メダル持って帰ったら結婚しよう!』って」

「小学生の時だよ!」

「それなら頑張るよね……!」

「梨子ちゃん!」

 むつは顔が緩んでいる梨子からそっとカードを抜き、ハートのジャックとクローバーのジャックを捨てた。

 手持ちは、スペードのエースとハートのキング、そしてジョーカーのみ。

 流れがきた。

 曜にジョーカーを奪わせれば、ワンチャンある。もう一押しだ。

「千歌だって、満更でもないんじゃない? 最近生き生きしてるしさ」

「ま、まあ、そりゃ、スクールアイドルやりたかったらしいし」

「曜と一緒に、じゃない?」

 曜は顔を上げて、むつを見た。

 次いで、隣の席で信代と話す幼馴染みを横目で見る。

「曜だって、千歌となにかしたかったんでしょ」

 それは、クラスメイトとよく話していたことだ。

 曜がオリンピックを目指して頑張り、千歌が机の上で潰れていた一年間を見てきたのだから。

「そう……なのかな」

 曜の手が、気もそぞろなままこちらに伸びる。

 むつはその指の先に、そっと、ジョーカーを差し向ける。

 曜の指が、カードに触れた。

 勝った。

 むつの顔が綻び、

「ほらね」

 不意に、曜がこちらを見た。

「え?」

 抜かれたのは、スペードのエース。

「はい、上がりー!」

 それはハートのエースと共に、梨子の机に叩き付けられた。

「え、ええー! なんでよお!」

「そんなバレバレのジョーカー、誰が取ってあげますか」

 梨子を見ると、安心したガッカリしたか、頬を膨らませてむつを睨んでいる。

 そして、シャッフルすることも忘れたむつのカードから、サッとハートのキングを抜き去り、

「二番!」

 クローバーのキングと合せて上がってしまった。

「ウッソぉ……」

 まさかのビリ。

「小細工に走るからだよ!」

 曜は満面の笑みでガッツポーズを取った。

「この勢いで同窓会結成!」

「成功させよう! スクールアイドル!」

 曜と梨子は机越しにハイタッチを交わし、

「なにやってんだ、お前ら」

「むっちゃん、また負けたの?」

 こちらに問うてくる担任と千歌に、むつに返答できる余裕などない。

 

   *

 

 窓の外に見える桜は、もうほとんどが雨で散ってしまった。

 入学式の日にはあれだけ大勢の人の視線を集めていた花びらも、今は清掃業者が手にした送風機で、地面にこびりついたゴミとして処理されている。

 咲いている様も、散りゆく様も、人は美しいと讃えてくれる。

 だがその短い期間が終わり、地面に落ちれば、ただの汚れだ。

 なら、それは、最初から存在しない方がいい?

 ほんのりと赤みを帯びた葉桜でさえ、見上げてくれる人は少ないのに。

 昼休みの生徒会室。

 内山いつきは漠然とそんなことを考えながら、集まった五人の女の子に目を戻した。

「最低人数は満たした、ということですわね」

 長机に置かれた、スクールアイドル同好会新設に関する申請用紙に書かれた五人の名前を見て、生徒会長のダイヤは深い息を吐いた。

「はい! 二年一組:高海千歌、渡辺曜、桜内梨子。三年一組:松浦果南。一年一組:津島善子の五人です!」

 いつきは発起人の千歌の声を聞きながら、生徒会室に並んだ五人の顔を順に眺めた。

 頭数は揃っている。

 チラッと見えた申請用紙の顧問の欄には、水泳部顧問でもある笠木信代の名前が入っていた。同部所属の曜が頼んだのだろう。

「それと、これ! 作り途中ですが、曲と衣装のデザインです!」

 千歌はノートPCをダイヤに向けた。筐体のスピーカーからはシンセサイザーの演奏と、梨子の声と思われる曲が流れ、画面にはゲームのキャラクターのようなタッチの三面図が表示されている。

「どれもまだ未完成ですし、振り付けは手付かずです。でも、必ず形にしてライブをしたいと思ってます!」

 それを見て、ダイヤは鼻から息を漏らした。

「認められませんわ」

 空気がざわめく。

「いつきさん、申し訳ありませんが、席を外していただけますか?」

「は、はい……」

 有無を言わさぬ口調に、いつきは慌ててパソコンをスリープすると、「失礼しました」と生徒会室の扉を閉める。

 その向こうから、

「なんでですか!」

 千歌が張り上げた声が聞こえてきた。

 後ろ髪を引かれながらも、いつきは廊下を歩き出す。せめて穏便に終わってください、と祈りながら。

 

   *

 

 黒澤ダイヤはスクールバッグから三つしかボタンのない端末を取り出すと、一番上のボタンを押した。二度目の発信音で通話が繋がった。

「生徒会室に来てください」

 一方的に言葉を送り、終話した。

 そして千歌の顔に視線を戻す。

「あなた方がスクールアイドルを始めても、長続きするとは思えないからです」

 千歌は驚きと怒りでだろう、犬のように歯をむき出す。

 ダイヤはその顔を受け止める。切れ長の目がさらに鋭く見えるよう、尼削ぎのように切り揃えた前髪の下で。

「以上ですわ。わたくし、執務がありますので」

「納得できません」

 申請用紙を却下のトレイに移そうとした時、誰かが言った。

「部活設立は、生徒会と職員会の会議で決めると聞いてます。生徒会長に、認めるかどうか振るいをかける権限なんてないはずです。私たちのしたいことに、口を出してほしくありません」

 発言の主は曜だった。

「いいですわ。ではきちんと理由を説明致しましょう」

 ダイヤはパイプ椅子から立ち上がると、曜に目を向けた。

「渡辺曜さん、あなたは幼稚園から飛込競技の世界に入り、昨年度はJOCのジュニアオリンピックカップの春季水泳競技大会にて優勝しましたね。現在は強化指定選手として、週七日のうち五日間は四年後の東京オリンピック出場に向けた練習をしているはずです。……なにを驚いているのです? 始業式で賞状とトロフィーを授与したのは、わたくしですわよ? 次に――」

 果南を見る。

「――松浦果南さん、あなたはご両親が亡くなって以降、祖父の経営するダイビングショップ≪ファビュラス・ダイバー・ボーイズ≫を切り盛りしていると聞いています。卒業後は閉店、東京の大学に進学することも」

「そうなの!?」

「まあね」

 割り込んだ千歌に、果南は軽く答える。

「伝えていなかったのですか?」

「卒業後の話なんて部活には関係ないでしょ、ダイヤ」

「……そうですわね。次に、津島ヨハネ――」

 善子がピクリと反応し、こちらを見た。

「――もとい、津島善子さん。新入生のあなたに関しては、当然ですが生徒会にはデータがありません。ですが、あなたは≪堕天使ヨハネの真夜中フラガラッハ≫なる破廉恥な活動で、一定の評価を得ているそうですね。その一因に、先週我が不肖の妹にカメラを突き付けた挙げ句、わたくしの顔をもWebに晒した一件にあることは確かでしょうが、その私怨は不問と致しましょう」

 もう一度、ダイヤは三人の顔を見回す。

「あなた方三人は、すでに自分たちの目標、希望、願いを持っています。にもかかわらず、新たに立ち上げた部活動に精を入れると言うのですか? 私にはそうは思えません。それが理由の一つです」

「だとしても」

 曜が抑えた声で言う。

「今、生徒会が却下していい理由にはなりません。生徒会と職員会は、原則三箇月以上の活動実績で判断するんですよね? 特別扱いしてとは言いません、浦女生としての権利を使わせてほしいんです」

 やはり反論したのは曜で、ダイヤは僅かに目を細める。

 事前にいつきが用意した資料に目を通した時、自分の目標に最も近い曜が一番乗り気ではないだろう、とダイヤは予測していた。他から伝わってきた情報でも、先週は千歌の行動を鎮める立場だったはずだ。この短い間になにかあったのだろうか。

 とはいえ。

「ではもう一つの理由ですわ」

 ダイヤは、音ノ木坂女学院の制服を着た少女を注視した。

「桜内梨子さん、詳細は個人情報なので伏せますが、あなたは書類上は現在も音ノ木坂女学院の生徒であり、本校での扱いも不定期限の体験入学生です」

「そうだったの!?」

「転校生だって!」

 千歌と曜が声を上げ、

「お静かに!」

 ダイヤが小さいが強い声で制する。

「本校は体験入学生を、学内活動に含みません。ゆえに、桜内さんは規定の五人の部員には含まれません」

 ダイヤの言葉を、梨子は聞いていないようだった。ただ一人着ているブレザーの裾を握る手が震えている。

「父はそんなこと、一言も」

「笠木先生も事情は知っています。こんなことがなければ、私も明かすつもりはありませんでしたわ」

 ダイヤはそう言って、千歌の顔を見る。

「そもそも高海さん、桜内さんがなぜこの街に引っ越してきたのか。その理由を存じておりますの? それを知っていれば、スクールアイドル活動の要に桜内さんを置くなどと、考えないはずですが」

「なん、なの? 梨子ちゃん」

 梨子はダイヤと千歌の顔を見比べてから、小さく口を開いた。

「今年の最初に船の事故に遭って、ここには検査に来てるの。お父さんと一緒に。お母さんは東京で入院してるから、そう長くはいられなくて」

「それって、一月の? 東京湾の、あのクルーズ事故?」

 曜の問いに、梨子が頷く。

「そんな、話してくれればよかったのに!」

 千歌が梨子の手を握った。

「ごめんなさい、まさかこんな、足を引っ張るなんて思わなくて」

「ダイヤ、体験入学生だって部活に参加できるはずだよ」

 口を挟んだのは果南だ。

「そんな細則はなかった。もしあったなら、二年前――」

「――追加したのですわ、わたくしが。生徒会長に就任して最初の仕事でしたのよ」

 果南の目が見開かれた。信じられないものを見るかのように。

「いつまでいるか分からない生徒を部活動を参加させる危険は、あなたも理解しているのではなくて?」

「ダイヤ、あんた……」

 果南はみるみる赤くなっていく顔に不釣合いな、絞った声で呻いた。

「桜内さんには申し訳ないけれど、ね」

「ごめんね、千歌ちゃん、私のせいで」

 と、果南の憤りや梨子の自己否定を遮るように、生徒会室の扉がノックされた。

「どうぞ」

 ダイヤが声をかけると、おずおずと扉が開かれた、その向こうにいたのは。

「お、お姉ちゃん」

「失礼します」

 ダイヤの妹であるルビィ、そしてその幼馴染みの花丸だった。

 二人を前に、善子が顔を背けた。その動きが不自然すぎて、疑惑は確信に変わる。

「この衣装を着ている人物の描き方、わたくしはよく存じておりますわ。我が不肖の妹、ルビィの作風と同じですから」

「え? だってこれ、ヨハネちゃんが土日で塗った、って」

 千歌に見られ、善子は口をゆがめた。

「あはは、えっと、土日で塗ったのはほんとだけど、線画も一人とは一言も……」

「あ、あの、ルビィは手を動かしただけで、ルビィが考えたわけじゃ……」

「ウソでしょ、ヨハネさん。この前あんなにテキスト送ってきたの、ルビィちゃんがやってたの?」

「そうとも言うし、そうじゃないとも言う……」

「てか、じゃあ梨子ちゃんは、なんでヨハネさんが裁縫できるなんて連れてきたの?」

「あ、あれは、その、理事長代理と色々色々あって……」

「鞠莉と? それは聞き捨てならないよ、梨子さん」

 喧々囂々が始まる。

「お分かりですか、高海さん」

 この程度なのだ。

 たとえ強い結束があっても、ほんの少しの亀裂で崩壊してしまうのに。

 一週間かそこらで集まった彼女らに、学校を代表するスクールアイドルという大役が務まるわけがないではないか。

 だがダイヤは、その感情を腹に沈み込ませた。

「曲を作り、演奏しているのは桜内さんですね。衣装設計と制作は実質ルビィになると言っていいでしょう。スクールアイドルの三大要素、楽曲、衣装、ダンスのうち、楽曲と衣装を部外の人間が担当するのは、活動不能と同義です」

 残されるのは、“やりたい”という気持ちだけ。

 それで続くほど、スクールアイドルは甘くない。

「あなたはどうお考えですか、高海さん」

 千歌は眉を寄せた顔をダイヤに戻し、口を開いた。

「もう一人集めればいいんですよね?」

 その言葉で、全員がとまる。

「なん……ですって?」

「だから、梨子ちゃんは部員に数えられないから、六人揃えてくればいい、ってことですよね?」

「私を……入れてくれる、の?」

「梨子ちゃんがどんな立場だって関係ないよ、一緒にやるって決めたでしょ?」

 梨子の顔に安堵が浮かぶが、曜はまだ眉間にしわを寄せている。

「でも千歌ちゃん、衣装は?」

「このままヨハネちゃんに任せていいじゃん。ルビィちゃんも手伝ってくれるんだったら、きっといいものができるよ!」

 ルビィは姉の手前、自分より背の低い花丸の後ろに隠れてしまっている。それでも自分の名前が呼ばれたことで、そっと顔を出して千歌を見た。

「じゃ、生徒会長。私たち、また来ますから、その時――」

「――お待ちなさい」

 思わず口走っていた。

 背を向けかけた千歌と梨子が、再びダイヤに向き直る。

「なぜです? 高海さん。なぜ、そこまでして、スクールアイドルを始めたいのです?」

「始めたいから、ですけど」

 あっけらかんとした返答に、ダイヤは長机を叩いた。

「そんな簡単に!」

 制御していない声を出したと自覚する。

 だが、とめられない。

「この学校では過去に二度、スクールアイドルが誕生しています。それらはどちらも、≪ラブライブ!≫に出場することもなく、短期間で消滅しました。それはちょうど先週、説明致しましたよね」

 千歌が曖昧に頷く。

「スクールアイドルは学校の代表です、素人の遊びではないのです! それが二度も潰えた今、三度目の正直で立ち上がったあなた方が、最低限の資質を持った部員も集められないまま、『始めたいから』で始める!? そんな志で、なにが出来るというのです! もう一度言いますわ、甘ちゃんもいいところですわ!」

「なにが悪いの!」

 千歌が叫んだ。ダイヤに負けない声量で。

「資質!? そんなのないよ! 私じゃ力不足だって、そんなの分かってるよ! でも浦の星は、もう時機を逸したんでしょ!? アイドルに相応しい人は、もういないんでしょ!? なら……なら今度は私みたいな、なんにもない人がやる番じゃん!」

 握り締めた拳が震えている。

「私が、戦わなきゃ……」

 その手に梨子と曜が触れる。

「負けると分かっていて?」

 潤んだ目が、ダイヤを見据える。

 先週の彼女とは違う。

 戦う相手を見ている目だ。

 負けるつもりがない目だ。

 ダイヤは千歌から眼を逸らし、自分のスカーフがゆがんでいることに気付いた。

 気を落ち着けるように、赤い梅花がワンポイントのタイピンを直す。

 そして視線を、談判に来た下級生に戻した。

「浦の星女学院の廃校は、確定していますわ」

 ダイヤが告げた言葉に、千歌の喉が上下した。

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