仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第七話:目指すのはあの太陽 - 1

   AV

 

 『泥のように眠る』という言い回しがある。

 子供の頃、“ように”が指すのが「泥の眠り方」なのか「泥のあり方」なのか、気になって夜も眠れない時期があったが、“(でい)”が中国の妖怪を意味し、水から上がるとぐでんぐでんになってしまう様を示しているのだと知って、スッキリした。

 『眠れない時は羊を数える』という方法がある。

 子供の頃、これを実践して逆に眠れなくなることがあって悩んだことがあったが、英語圏の“眠る(sleep)”と“(sheep)”の類似から生じたものだと知って、英語で数えるようにしたら“シープ”という音韻がまるで寝息で、自分の声を聞いていて寝るという希有な体験ができた。

 『舌で上唇を舐める』という方法がある。

 子供の頃、深夜まで芹沢光治良先生の本を読んでいて――

「――それは眠気覚ましの方ずら」

 布団の中で、国木田花丸は瞼を開く。

 天井の、連続した木目の繰り返しを目で追う。

 昔から、なにかと眠れなくなるタチではあった。

 だがあれから二週間も経ったのに。

「……いつくしみ深き、友なるイエスは……」

 そっと口ずさむ。

 昔、祖母に歌ってもらった子守歌を。

「……罪科憂いを、取り去りたもう……」

 讃美歌。

 神を讃え、祝福を得るための歌。

「……こころの嘆きを、包まず述べて……」

 近所の教会の聖歌隊に入った時は、宗派の違いで悩まされもしたが、いつからか、歌は花丸の心の支えになっていた。

 ゾンビの怪人が出た時も、浦の星女学院のチャペルにいた花丸は、司祭と共に聖歌を歌うことで恐怖に打ち勝ったのだから。

「……などかは下ろさぬ……」

 だがその小さな呟きも、途中で止まる。

 ぼんやりと浮かぶイメージ。

 天使の形。

 その頭が、ばらり、と崩れるイメージ。

 身体が震える。

 あれは花丸たちの前で死んだかに見えた。

 でも、そうじゃなかったら?

 小原家はテレビで、怪人が人間の恐怖心から産まれると発表した。

 であれば、あれと同種の怪人が再び現れないと、誰が言える?

 安心して眠れる夜なんて、来ないではないか。

 口を固く締める。

 布団を頭までかぶり、膝をお腹に寄せる。

 本尊も、祈りも、恐怖を払拭してはくれなかった。

「……負える重荷を……」

 お天道様の光が窓の縁を舐め始める横で、花丸は闇の中で身をよじった。

 

   A

 

「ずら……! ずら……!」

 国木田花丸は走っていた。

 走ることができていた。

 昨夜も怪人のことを考えていたように、いずれ出会う怪人に対する予行練習を、脳内で重ねていたからだ。

 だから少なくとも、なにもかもを投げ出してうずくまってしまわずに済んだのだが……。

「なんなんずらあ……!」

 七つの体節が作り出す、黄金の斑点を帯びた黒光りする装甲。

 アスファルトを叩く音とともにそれを運んでくる、整然と動く七対の足。

 虫のようだが、エビやカニなどの仲間の甲殻類。

「なんで、ダンゴムシさんが……!」

 しかし全長は二メートル近くある。

 朝の勤行を終えた花丸が、黄色いフルジップパーカーにキュロットを着て日課の早朝ランニングを始めたら、いつの間にか後ろにいたのだ。

 幸いにもスピードは花丸のペースと同じ程度だったが、それでも動揺で息が上がれば歩調は乱れ、ペースが落ちれば背後に張り付いてくるのだから、たまったものではない。

「ずら……! ずら……!」

 六時を回ったばかりの街に人影は少ないが、いないわけではない。だが彼らは巨大なダンゴムシに追われる花丸を見かけても、フォーメアと思ってか着ぐるみコスプレと思ってか、電話で写真を撮るだけで去ってしまう。

 そうこうしているうちに島郷海水浴場に沿った道に入る。

 歯の間から息を吐きながら振り返ると、ダンゴムシはまだ一四本の脚でこつこつと音を立てて一定距離の後ろにいる。

 いっそ、ペースを上げて引き離そうか。

 いや、それで疲れてしまったら元も子もない。

 そんなことを考えていたからか、土手のサイクリングロードに上がろうとした時、階段で足が滑った。

「ず、ずらあ!」

 いつも気を付けていたのに、と思う間もなく、両腕を投げ出して階段の上に倒れた。

 立ち上がろうとすると、膝に痛みが走る。

「いった……痛いずら……」

 階段を泳ぐように振り返ると、一対の複眼と長い一対の触角を備えた頭盾が、花丸を正面に捉えた。

 そして……逆立ちをした。

 長い触角を脚にして胴体を支え、甲殻をこちらに向けて起き上がったのだ。

「ず、ずら?」

 脚を動かしてゆっくりと一八〇度回転すると、七対の足が生えたお腹が花丸の方を向く。そして身体正面を護るように足を折り込み、お尻から三番目の足を腕代わりにして前に垂らした。

 そして、お尻の内側にあった顔らしき部分で、花丸を見下ろす。

「あなた、ダンゴムシ怪人ずら?」

 答えるように、花丸に近付いてくる。まだ慣れていないのか、足取りはぎこちない。

 花丸は血が滲んでいる膝を気にしながら、後ろ手に階段を登ろうとするが、うまくいかない。

「オラを食べても美味しくないずら! どこかに行くずらあ!」

 もちろんそれを聞き入れる怪人もいないだろう。

 それでもなんとか土手に這い上がって下を見ると、集まってきた野次馬が遠巻きに花丸を見ている。

 メディアでは「怪人には近付かないように」と呼びかけているし、助けてほしいとも言えないが、“隔岸観火”という言葉が脳裏によぎるのはとめられない。

 その間にもダンゴムシ怪人は、目と鼻の先まで迫っている。

「やだ、オラ、ルビィちゃん、ダイヤさん!」

 元は足だった腕を伸ばし、花丸のパーカーに触れようとして――

 かん、と。

 ――眩い光が弾け、動きを止めた。

「え?」

 花丸とダンゴムシ怪人は見合い、

「おい、あれ!」

 と誰かが指差す方向に目を向けた。

 雲のたなびく南の空に、横腹を見せたヘリコプターらしきものが見えた。

 丸く突き出した鼻と、テールローターのついたお尻に紫色でプリントされているのは、時計をイメージしたロゴと“OGI”の文字。

 そのヘリは鋭く方向転換すると、グッとノーズを下げてメインローターをこちらに向け、空気を裂く連続音と共に海岸沿いの土手を急接近し、そして花丸たちの頭上を通過する直前、二〇メートルはあろう高さからなにかを落とした。

「ずら?」

 花丸はそれを、タンポポの綿毛だと思った。

 上部に細長い冠毛をこんもりと付け、子房のような下部をぶら下げて落ちてくるからだ。

 だがすぐに、ずんぐりした吹矢だと思った。

 軽い綿毛にしては海風の影響をまったく受けず、一直線にこちらへと落ちてくるからだ。

 だがすぐに――

「Shinyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!」

 ――ダンゴムシ怪人の背中を踏みつけて着地したのが、人間だと分かった。

「ず……ずら?」

 サイクリングロードに尻餅をついた花丸は、口を開けたまま見上げる。

 倒れたダンゴムシの甲殻の上に立っていたのは、頭から蓑をかぶったような人物だ。

 いや、光沢のない藤色のワイヤーで頭の上から太腿までを覆った、銃身の長い小銃を持った人物だ。

「ちょォっとBoisterous Landing(乱暴な着地)だったかしらァ?」

 その人物が小銃を操作すると、『ウムラウト』の電子音声と共に、藤色のワイヤーが消失する。

 代わりに金属光沢を放つ紫色の装甲が生成され、銀色のアンダースーツに配されていく。

 高級車のようななめらかな曲線を描くシルエットと、ベルトからぶら下がる平たいパーツが作るスカート、そして大きな丸い二つの複眼とそれを結ぶU字型の口。

 その姿に、見覚えのない沼津市民はいないはずだ。

「みんなァ! Shiny!」

 だからだろう、早朝の街に響く甲高い声に、

「小原さんだ!」

「仮面ライダー!」

「鞠莉ちゃーん!」

「シャイニー!」

 集まっていた野次馬は思い思いのレスポンスを返すことができた。

 シャイニーは全身で朝日を反射させながら、右手に持った金剛杵(こんごうしょ)のようなものを振って声援に答える。さきほど持っていた小銃はどこにもない。

「り、理事長……ずら?」

「ダ・イ・リ、よ!」

 シャイニーが首に手を当てると、マスクの前面が頭頂部に向かってずれ、鞠莉の顔が現れた。

 途端、土手の下に集まっていた人たちの声のニュアンスが変わった。

「やっぱ本物だ!」

「すげえ!」

「マリー!」

 鞠莉は観客に手を振って応えてから、足元で黒光りする装甲を身動ぎしているダンゴムシ怪人を見る。

 ダンゴムシ怪人は鍋をこすり合せたような声を発するが、起き上がることも丸まることもできないようで、七対の足でカサカサとコンクリートをこすっていた。

「まったく、≪Roly-Poly Foamare≫だなんて、趣味の悪いヤツを産み出す人もいたものねェ」

「ろ、ロリポリ?」

 ≪ロリポリ・フォーメア≫と名付けられてしまったダンゴムシ怪人から飛び降りると、シャイニーは粒状の光弾を連続で発射した。そこで彼女が持っている物体が、銃身の短い拳銃だと分かった。

Oh, Golly(あらら)

 だが光弾は全弾、甲殻に弾かれてしまった。着弾点は熱で赤みを帯びたが、さすがダンゴムシ怪人、なんともない。さらにモゾモゾと直径二メートルばかりの“ダンゴ”に丸まってしまう。

「だったらァ――」

 とシャイニーは軽いステップで距離を縮め、

「――How's This(これでどう)!」

 上段回し蹴りを繰り出した。

 いかに甲殻が固くとも、形状に由来する弱点はいかんともしがたい、ロリポリは衝撃で土手を転がり、島郷海水浴場へゴロゴロと落ちていってしまった。

「理事長代理! 逃げられちゃいますよ!」

「慌てないの。ちゃァんと見せてあげるから!」

 なにを、と問う間もなく鞠莉はマスクを閉じ、砂浜に飛び降りた。

 拳銃を持っているのに近付くのか、と思う花丸の前で、シャイニーはベルトの横からなにかを抜き出す。

「ずらっ!?」

 花丸の視力にはそれが、淡く輝く球体だと分かった。

「マルちゃん、怪我は?」

 野次馬がゾロゾロと土手に上がってきて、電話のカメラを向ける中、土手に上がってきた中年の女性が花丸に問うた。

 だが、花丸はシャイニーが持つ球体から目が離せない。

 シャイニーはその球体を、拳銃の銃身の上にはめた。

 同時に、『アイコサヘドロン』の電子音声。

 さらにもう一つ、ベルトの横から抜き出した機械の球体も、銃身の上に並べてはめる。

 今度は『ウムラウト』の電子音声。

「さァて、私の必殺技:初! 受けてもらいまァス!」

 シャイニーはロリポリ・フォーメアから五メートルも離れていない位置まで近付くと、両脚を開いて砂を踏みしめ、両手で構えた武器をターゲットに向ける。

「Lock-on!」

 三番目、『ラブライブ』の電子音声。

 その銃口の先で、ロリポリ・フォーメアが二足歩行状態で立ち上がった。

 足を折り畳んだ胴体を、無防備にさらして。

「≪Eurys=Umlaüt Scream≫! Now!」

 シャイニーが叫んだ直後、空間がゆがむほどの光が迸る。

 砂浜の砂が円錐状にえぐれ、波が穴状に消し飛んだところまで見たところで、強烈な光度に顔を逸らして腕でかばう。

 それでも地上に現れた太陽とでも言うべき光は、悠々と花丸の瞼を貫通し、網膜に神経や血管の像を焼付けていく。

 そんな永遠とも思える一瞬の光が通り過ぎた時。

 どん、と腹に響く轟音がした。

 何人かが叫び、花丸は顔を上げる。

「怪人は?」

「どこいった?」

「倒したの?」

 口々に疑問が飛ぶ。

 それくらい、島郷海水浴場は日常の光景に戻っていた。

Phew(ふう)!」

 唯一の非日常であるシャイニーは、紫色に輝く両腕を軽く振ると、砂浜から二つの球体を拾い上げた。そして砂浜が不自然にえぐれたあたりで、波に洗われる三つ目の球体を拾った。

「ずら……?」

 その球体に、花丸は改めて見覚えを認める。

「いいわよ、回収して!」

 そこにヘリコプターがやってきた。シャイニーは下ろされた縄ばしごに捕まると、花丸たちに手を振った。

「Foamareは倒したわよォ! ご協力に感謝しまァス!」

 それに、思い出したかのように野次馬たちが声援を送った。

「応援ありがとォ! Toodles(じゃあねェ)!」

 裏返りそうなほどの高音を引きずって、ヘリコプターはシャイニーを回収し、南の方へと海を飛び去った。

 野次馬も、状況は終わったと言わんばかりに三々五々に離れていく。

 花丸はその流れに紛れて、土手のサイクリングロードを走り出した。

 時間を食ってしまった。右手後方から登ってくる太陽の位置は、いつもより高い。花丸はそれに追いつかれないよう、少しだけペースを速める。

 膝はすりむいていたが、大した怪我ではないし、その痛みを感じるような心の余裕もなかった。

「なんで……理事長代理がご本尊を?」

 その疑問は、歯の間から朝の海風に流れ、消えていった。

 

   *

 

「この腕の角度からこの脚の動き、逆に器用じゃない?」

「これにヨーソローは出せないな、私」

 各々自分の電話を見ながら、善子と曜が話している。

「ポーズそのものは、アイドルっぽいと思うけど」

「うーん、なにが悪いんだろ」

 昼休み、スクールアイドル準備中の二年生二人は善子を呼び出し、部室のすぐ外にある体育館横のベンチでお弁当を食べながら、曜のダンスをチェックしていた。

 二人に挟まれた高海千歌は、右手で海苔弁のごはんを口に放り込み、左手で曜がダンスのポーズを描いたスケッチブックをめくり、しかし目と意識は、隣接する中庭を囲う工事用のフェンスに向いている。その中では、対ゾンビ・フォーメアで千歌が起こした爆発に端を発するリニューアル工事が進んでおり、今も出入りの業者がフェンスの内外を行き来していた。

「動きが鋭すぎるのかな……。そういえば、あの笠木って先生は? なんか言ってた?」

「ダメダメ、四〇年前から時間がとまってたよ。プレイバック! って感じ」

「一世代以上前じゃん」

「そういや、梨子先輩は? てか、お昼っていつも一緒じゃないの?」

「検査云々で、お昼は食べられないんだって」

「昼抜き? めっちゃきつそう……」

 自分を挟んで話を続ける二人の間で、千歌はお弁当に最後に残った厚焼き玉子を口に持っていく。

 そしてまた、中庭を出入りする人々の姿を見る。

 彼らの服やトラックには、≪黒澤土木工業≫の文字が渋いフォントで書かれており、一目で黒澤系の会社と分かる。だが中庭を囲うフェンスに貼られた工事許可証には、矢に射貫かれた時計のOGIグループのロゴと、≪OGIプラットフォーム≫の文字が入っていた。

 つまり、手を動かしているのは黒澤家だが、それを統括するのは小原家、ということ。

 小原家がこの学校の主導権を握っている、というダイヤの発言は正しいのだろう。スクールアイドルとして廃校を阻止するとなったら、目の前のこの構造を破壊しなければならないことも。

 そんなことができるのだろうか。

「食べないの? 食べてあげようか?」

「へ?」

 物思いに耽っていた千歌は、真横から接近していた曜に気付かなかった。

 その口が大きく開けられ、千歌がくわえたままの厚焼き玉子に食い付こうとしていることに。

「うわ! 食べるよ! 食べる!」

 慌てて厚焼き玉子を口の中に収めながら顔を逸らすと、反対にいた善子の真ん丸い目が合う。

「いつもこんなところでイチャイチャしてるの?」

「してないよ!」

 と口を押さえて大声を上げた時、渡り廊下に見知った顔を見つけた。

「あ、梨子ちゃーん! こっちこっち!」

 渡りに船とばかりに大きく手を振ると、今学期からの転入生はこちらに気付き、そそくさと近付いてきた。

「まあ、とにかくやってみるよ。今日は私、飛込だから、移動時間もあるし」

「なにを?」

「振り付けの直しよ。聞いてなかったの?」

 善子に呆れられ、それが議題だった、と千歌は苦笑しながら弁当箱を片付ける。

 その間に善子はスケッチブックをペラペラとめくり、ふと手をとめた。

「ねえ、曜先輩。飛込ってなにが楽しいの?」

 その画用紙には、飛込台から落ちる競泳水着姿の人物が、パステルカラーで描かれていた。パースが効いたダイナミックな構図で、姿勢のチェックで使うイラストではなさそうだ。

「なにがって……楽しそうに見えない?」

「見えないわよ。自分から堕天するなんて、怖すぎるわ」

「たかだか一〇メートルじゃん」

 曜は人差し指を上に向けたが、善子は「無理無理無理」と小刻みに首を振った。

「千歌先輩、やれる?」

「無理だよ、三階建てのビルから飛び降りるようなもんだもん」

「お待たせ。外で食べてたんだ」

 そこに梨子がやってきた。

「あ、リリー」

「だから、リリーはやめてって」

 警戒するような善子の呟きに、梨子が呆れたように指摘する。

「ねえ梨子ちゃん、三階建ての屋上から飛び降りるって、怖い?」

「そこから? 説明が必要だよ、千歌ちゃん」

 だが梨子が微かな上目遣いとともに、

「怖い……かな?」

 と曖昧に笑うのを見て、千歌は曜と目を合わせた。ゾンビ・フォーメアと戦うためにブランキアに変身した梨子が、まさに三階建ての教室棟の屋上から中庭へと飛び降りたのを思い出したからだ。

 だが千歌は合わせて、午前中に曜が見つけてきた動画で見た、仮面ライダーシャイニーをも思い出していた。

 エンジェル・フォーメアを倒した千歌の前に現れ、仮面ライダーという括りを教え、ワンダという名を与えた存在は、早朝、派手にヘリから飛び降りて初お披露目となった。その高さは一〇メートルではきかなかったはずだが、変身者である鞠莉はなんのためらいもなく、ダンゴムシのロリポリ・フォーメアの上に着地したのだ。

 戦闘も圧倒的だった。遠距離からの狙撃、近距離での牽制射撃、そして必殺光線と、現れたばかりのロリポリ・フォーメアをろくな駆け引きも起こさせずに撃破してしまった。ネットでは姿の変化(フォームチェンジ)による攻撃距離の変化が話題だが、千歌個人としては上段回し蹴りに注目せざるを得なかった。砂浜で必殺技を放つための繋ぎの技でしかないのだろうが、あの近接戦闘は一朝一夕でできるものではなかったからだ。

 スーツのサポートがどれだけのものかは不明だが、少なくとも、鞠莉はシャイニーの能力を使いこなしているのだろう。梨子がブランキアを使いこなしているように。

 この学校を小原家から解放するために、もし、他の仮面ライダーと戦わなければいけないとしたら。

 私は勝てるのか?

 死なずに負けられる?

「高飛込ってなにが楽しいのかな、って話してたの。梨子先輩はどう思う?」

 善子が改めて聞くと、梨子は小さく首を傾げた。

「ジェットコースター的な楽しさ? 高いところから一気に飛び降りて、クルクルって回るの、気持ちよさそうだよね」

「あ、それっぽい。そういうこと?」

 梨子の意見に善子は手を叩いたが、曜は首を振る。

「なんだろ、飛び込むまでの技も楽しいんだけど、むしろ、水面をぶつかる瞬間、かな」

 そう言って、指を絡ませて組んだ手のひらを、ぐっと前に突き出した。

「そこが? 痛くないの?」

 梨子が顔をしかめて問う。

「それがいいんだよ」

「痛いのが?」

「痛いのがいいの?」

 二人のリアクションに、曜は肩に頭がつくくらいに首を傾げた。

「うーん、そんな改まって考えたことないんだけど……。水と泡と自分が一体化する感じ、かな?」

「水と泡と、自分が?」

 梨子が顔を近付けた。

「うん、落ちた時は自分が泡になって消えちゃったみたいな気がするんだけど、だんだん身体の感覚が戻ってきて、で、水面に出ると、『The New 曜ちゃん!』みたいな」

「死と再生?」

「人魚姫?」

「姫ぇ!? ええ、なんだろ、よく分かんない!」

 恥ずかしいのか大声を上げた曜は、逃げるようにこちらに顔を向けた――千歌は思わず目を逸らした。

「千歌ちゃん? どうしたの?」

 梨子と善子に攻められた曜がひねり出した言葉は、千歌が聞いたことのない類のものだった。幼馴染がこの一年夢中になっていたものについて、自分がなにも知らなかったことが、千歌にはショックだったのだ。

 だが、千歌は笑顔を作って、すぐに顔を戻した。

「ううん、なんでも。それよりせっかく四人集まったんだし、なにかしようよ」

「あ、じゃあ七並べ!」

「そんな暇ないわよ、曜先輩。型紙切ってきたから、チェックさせて」

「よーし、じゃあさっさと済ませて七並べしよう!」

「しません」

 三人は各々の荷物を手に、中庭に面する部室入口に向かう。

 千歌はその後ろ姿に、言いようのない不安を覚える。

 晴天に浮かんだひとかけらの雲のように、夕焼けに伸びる自分の影のように、不安の種があちこちにまかれているのを感じる。

 それはいつか大きく育ち、やがて、太陽を覆い隠してしまうのかもしれない。

「千歌ちゃん?」

 サッシ戸を開けるのに苦戦する善子と曜の手前で、梨子がこちらを見ていた。

 その顔からは、新しい友人を思いやる気持ちが容易に見て取れ、千歌は自然とこわばった顔を弛緩させた。

「……私、太ったと思う?」

「え? うーん、そんなことないと思うけど?」

「お腹にね、肉が乗ってきた気がするの」

「ちょっとちょっと、採寸した後に体型変えないでよ」

「んー、そんなもんじゃない? 太すぎず細すぎず」

「曜先輩はいつも見てるから当てにならないわよ」

「そうかなあ……っと、開いた開いた、お待たせ」

 ようやく開いたドアをくぐり、三人は部室に入っていった。

「……大丈夫」

 自分に言い聞かせる。

 まだその時ではない、はずだ。

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