仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第七話:目指すのはあの太陽 - 4(完)

   *

 

 流れ込んでくる空気が耳元で鋭く鳴り、野尻松之介は辺りを見回した。

「なんです!」

 彼の疑問は、直後に解消した。

「メーデーメーデーメーデー、こちら≪JASP16≫≪JASP16≫≪JASP16≫! 大瀬崎沖三キロの地点で第一、第二エンジン停止!」

 パイロットの声が流れる輸送ヘリの貨物室、その後方上部に日光が見えたからだ。

「現在六〇〇フィートから下降中、不時着水を試みる!」

「お嬢様、再装着をお願いします」

「脱いだばっかりなのにィ!」

「は?」

 出現したフォーメアへの対応を始めていた松之介は、キーボードに指を置いたまま唖然とし、全作業員が動き出した機内を見ていた。

「パイン!」

「野尻さん!」

「え? あ、は、はい!」

 すでにシャイニー着脱システムに座っていた鞠莉と、コクピットに向かうセブに両側から言われ、松之介は慌ててディスプレイに目を戻す。

 他の作業員が物資や装置をベルトで固定し直すのを横目に、現実感のない指でシャイニー着脱システムを起動。

「何回も着たり脱いだりするの、Commercial Movie(商業映画)だったら絶対ダサいわよねェ」

「なんの話ですか」

 雑な相槌の間に、鞠莉の銀色のアンダースーツの脚、腕、胴、頭へと、銀と黒の装甲が装着され、≪Mark II=プラットフォーム≫が完成した。

 システムから立ち上がった鞠莉は、マスクを開いたままの頭を両手で整えると、ヘリの窓に張り付いた。

 松之介も席を立ち、主人の横の窓を覗き込む。

 編隊を組んでいる同型の輸送ヘリ≪スターフォア一七号≫は、≪一六号≫より若干高い高度を問題なく飛んでいた。

「やられたのはこっちだけっぽいわねェ」

「そんなこと言ってる場合で――」

「――ねェ、あれ」

 呑気な主人の言葉を叩き落とそうとして、しかし鞠莉は機体後部の作業員のところへ走って行った。

 作業員から鞠莉が引ったくったのは、アタッシェケースだ。≪島郷海水浴場≫でロリポリを倒して回収したμ-フォームを入れて、鞠莉が学校から持ってきたものだ。

 だがジュラルミン製のケースは鍵がひしゃげて、ぱっくりと開いていた。片面に開いた大穴は、内側から強い力が加わったらしき痕跡で、つまり――。

「――ロリポリが!?」

 なんらかの方法で発動したμ-フォームが、機体後部の第一エンジンを破壊して、機外に飛び去ったというのか。

 そこにセブが戻ってきた。

「陸地まで泳ぐしかなさそうです」

「セブ、これ!」

 松之介は鞠莉が持つケースを指差したが、セブは目で制した。その話は後だ。

「計測船に引き返せないわけェ?」

「ここからでは無理です。極力陸地に近付くしかありません」

「各員、シートベルトを締めてください! 間もなく着水します!」

 機長の無線で、S-ユニットと作業員が壁際の座席に座る。

 陸地に近付いたとして、あの高度から安全な落下速度まで減速して着水できるとは思えない。ドライブシャフトが動作して前後ローターが同期できているのは不幸中の幸いだが、どちらにせよ、墜落には変わりないのだ。

(ああ、神様、せめて鞠莉さんだけでも……!)

 そう祈って正面のシャイニーを見れば、しかし仮面を開いた鞠莉の顔は、満面の笑みだった。

 松之介は目を疑ったが、ここ数年の経験からそれが、恐怖のあまり引き攣った顔ではなく、初めて直面する“墜落”という状況を楽しんでいる顔だ、と察するしかない。

(その肝、半分くらい僕にくれないかなあ……!)

 シートベルトを握り締め、歯を食い縛る。

 引き延ばされた時間の中、衝撃を待つ。

 数秒か、数分か。

 ふっと窓の外が暗くなり。

 ずん、と突き上げる衝撃に、鉄がこすれる異音が混じった。

(……え?)

 違和感。

 着水による減速のGがない。

 波に揺れる感触がしない。

 水に当たる音がしない。

 さざ波のように、貨物室にざわめきが広がる。

「機長、なにが起こりましたか」

 セブが無線に問うた。

「ふ……不明です。前後ローター破損、ですが、高度は一五フィートから変化なし、進路も変化なし……陸地に向かって進んでいます」

「Cavalluccio Marino……?」

 呟いたのは鞠莉だ。

 彼女の視線は、丸い窓に向いている。

 いや、窓を覆うなにかに。

 それは滑らかな金属質の、節くれ立った指のように見えた。

 誰かがヘリを掴んでいる?

 何十メートルの誰かが?

 やがて、機体が減速するのが感じられた。

 そして機体は右に傾き――

 ずん、と。

 ――横倒しで停止した。

「なに?」

 作業員の誰かが呟いた。

「ここ、どこです?」

「伊豆半島の北西端……ですね」

 別の作業員が、九〇度傾いて固定されたディスプレイを見て言った。

(止まった、のか?)

 機体の左側面を見上げる格好の松之介は、その事実を飲み込み、心臓の高鳴りを思い出した。

 後部ハッチが開き、真っ暗な貨物室に光が差し込んでくる。

 と同時に、現在地が辺鄙な地点だと分かり、安堵した。

「怪我はないですか? 鞠莉さ――」

 正面で真下を向いて固定された銀色の鞠莉は、いつの間にシートベルトを外したのか、松之介の頭の上に着地した。

「――ま、鞠莉さん!? 待ってください!」

 鞠莉が後部ハッチに向かうのを見て、松之介もその後を追う。

 飛び出したブーツが踏んだのは礫浜で、目の前には着水する予定だった海、そして――

「なんだ、あれ」

 ――駿河湾を富士山に向かって北上する、巨大な尻尾のような物体が見えた。

 その節くれ立った物体は、指を握るように先端から丸まっていき……海中に姿を消した。

「あれもフォーメア……なんですか?」

「不明です」

 松之介が口にし、電話を片手にやってきたセブが応えた。

「本社と連絡がつきました。陸路で回収車両が向かっているそうです」

 鞠莉の専属ボディガード兼S-ユニットのオーナーは、ヘリの墜落現場とも爽やかな空と海と礫浜とも合わないゴシック調の黒服の燕尾を翻し、電話をしまった。

「じゃあバンに積み直しですか。あ、≪一七号≫は?」

「深海作業器材を搬出しなければ、装着システムは載せられません」

 もう一機のヘリも、一旦内浦まで戻らないといけないのか。

「ああ、こんな時、シャイニーが単独で富士に飛べれば――」

 ――と振り返り、松之介は見てしまった。

 腹を見せて礫浜に横倒しになったOGIグループの≪スターフォア一六号≫の向こうで、大勢の人々がこちらに電話を向けていたのだ。

「あれ? セブ、ここって……」

「大瀬崎の礫嘴(さし)、ですね」

 大瀬崎。地理的には辺鄙だが、ダイバーにはダイビングの名所として知られており、大瀬明神や神池と呼ばれる淡水池などの観光地がる、年中人が絶えない場所だ。砂でなく礫の浜を踏んだ時に、気付いているべきだった。

「どうするんです? これ」

「回収作業後のアクシデント、と発表するしかないでしょうね」

「フォーメアと戦った、ってことにします?」

「負けた、と?」

 結局はセブの提案通り、この件は夜の記者会見で事故として発表された。その影響は、シャイニーの有用性の証明により翌日に上がるはずだったOGIの株価を、概ね帳消しにしてしまう勢いだった。

 それはともかく。

「鞠莉さんは?」

 シャイニーをまとったままの鞠莉は、正体不明の存在が消えた残滓が浜に届けた波を、銀色の足で受けていた。

 楽しみにしていた海面への墜落が、フォーメアの手で助けられてしまったことに、思うところがあるのだろうか。

 ややあって、こちらを向いた鞠莉は、電話を向けるギャラリーに気付いた。

 だが「Shiny!」とは言わず、小さく手を振っただけで、ヘリに戻っていった。

 

   *

 

 国木田花丸と幼馴染みは、富士山に向かって富士総合運動公園内の林を駆け上がり、吹き抜きの建物に辿り着いた。

 それは相撲場だった。鉄柱が支える木製の屋根の下に、水捌けをよくした地面に盛られた土俵場があり、脇には平屋の更衣室もある。

 登ってきた南側を見ると、なだらかに傾斜しながら駿河湾の海岸線へと続く街が、新緑の芽吹く木立の間から垣間見えた。こんな素晴らしい景色を見ながら相撲が取れるのか、と思うと、少しだけ興味が湧く。

 が、今はそれどころではない。

「も……もう無理……」

 ツーサイドアップの先端から汗とプールの水を滴らせるルビィは、“南”と貼られた鉄柱にもたれかかり、肩を上下させた。花丸も息を弾ませているものの、毎朝のランニングのおかげで辛くはない。

「休んでて。しばらくは平気だと思うよ」

 気付けばバイクのエンジン音は、ずいぶん遠くになった。だが離れていくでもない。

 ルビィも花丸も、最初の怪人から追いかけられてばかりだ。その条件が分からなければ、安心はできない。

 花丸はグチャグチャになったバッグの中から電話を出し、OGIグループが配信するフォーメア情報収集アプリを立ち上げた。自分が渦中にいるのに電話の向こうの情報を気にするなど、地震の時に見るSNSのようだが、もちろんフォーメアには計測可能な速報情報などない。

 花丸は諦めて、電話をしまった。

 考えてみれば、今まで出現したフォーメアの情報は、仮面ライダーに倒された後でOGIが発表するのが常だ。花丸が通報した形状にさえ、速報で言及していないのだから、OGI発の情報で今役に立つものはない。

「ライダーさん……来れないみたい……」

 役に立つ情報は、ルビィの電話にあった。

 SNSで絶賛拡散中の、横倒しになったOGIのヘリの横で富士山を望むシャイニーの写真がそれだった。

「ずらあ……。シャイニーさん、お疲れ様ずら」

 苦笑しながら、花丸は考える。

 場所は大瀬崎、陸路なら富士まで一時間以上かかるだろう。いずれは他のヘリなどで来るにしても、仮面ライダーを期待するのは危険だ。 フォーメアはまだ、公園内の道路を行き来しているようだ。公道に出ればさらなるスピードで追いかけてくるだろう。ルビィのリムジンに乗せてもらうのも得策とはいえなさそうだ。

(オラがなんとかしなきゃ)

 その発想に飛躍があるのは分かっている。仮面ライダー以外がフォーメアを倒した実績がないのも分かっている。

 でも。

「ルビィちゃん、乗って」

 花丸は屈んで、ルビィに背中を向けた。

 ルビィは一瞬息を詰めたが、すぐに喘ぎながら首を振る。

「そんな、無理だよう……マルちゃんだけ逃げて……」

 どこかで甲高く唸るエンジン音が聞こえてきた。その音は遠いが、相手が諦めていないのは確実だ。

 なら私も、諦めるわけにはいかない。

「トウェインさんは言いました。『勇気は恐怖への抵抗であり、恐怖の克服である』って」

「え……?」

 入学式の日、エンジェル・フォーメアに襲われた花丸たちを助けてくれたのは、仮面ライダーでもなんでもない、ただの上級生だったのだ。

「今度はオラが、ルビィちゃんを助ける番ずら!」

 ルビィはしばし花丸の目を見ていたが、申し訳なさそうに頷くと、背中に乗ってきた。

 幼馴染みの両膝に腕を通し、お尻を支える。見た目よりもふくよかだ。これなら水に浮かないはずがないのに、と思いながら、花丸は相撲場を北側に抜けて――

「マルちゃん! 前!」

 ――宙を舞うバイクの化け物を見た。

「ず、ずらあ!」

 どこをジャンプ台にして跳んできたのか、バイクの化け物は真正面から花丸の元に飛来し、すれ違い、土俵に飛込み――盛大にすっ転んだ。

「ずら?」

 横転して回転して土俵の外に飛び出していったバイクを見送ると、

「しっかり掴まるずら!」

 もうもうと上がる土を尻目に、花丸は丘を駆け降り始めた。スカートかショートパンツか迷ったが、後者を選んで本当によかった。

「ピィィ……!」

 抱き付いてくるルビィの腕は若干苦しいが、それはルビィが無事な証拠、不満は言わない。

 元々が駿河湾から富士山に向かって傾斜した土地に作られた運動公園ゆえ、北側は高低差が少ない。二人はほどなくして二車線の道路に出た。

(でも、どうしよう)

 丘を取り囲むように走るのは舗装された道だ。ここと林を行き来して、時間を稼ぐ? それとも――

「――マルちゃん……あそこ……」

 ルビィは車道の向こうを指差した。

 指の先には、相撲場のあった林の丘とは違って芝生に覆われた斜面が広がり、その上に富士山をバックにぽつんと建つドームがあった。

「プール?」

 花丸は覚えていた。今日のプール遠征でルビィが最初に目を付けた、先ほどの温水プールよりもっと大きくて深いプールのある、静岡県富士水泳場だ。なら。

 その時、バイクの化け物が斜面から飛び出し、歩道の柵に激突して停止した。

「ピギィ!」

 きりきりきり、とスキール音を鳴らしてこちらを向いた化け物バイクを前に、花丸は唇を舐める。

「勝算はあるずら」

 こいつはバイクのように走れるが、バイクのようにタイヤでしか走れない。それは先ほどの土俵で証明済みだ。

 急発進したバイクを柵を乗り越えて避け、車道を横断する。

「ま、マルちゃん」

「舌噛むよ!」

 斜面を水泳場まで上がる階段へ歩道を走る。

 車道に出たエンジン音を背後に、大駐車場への道を通りすぎ、コンクリートで囲まれた階段に駆け込む。

 階段はなだらかだが長い。三〇メートルはあるだろう。

「ふん。オラの足腰、甘く見ないことずら!」

 ルビィのお尻を支え直し、一段ずつ上がっていく。

「マルちゃん、こっちに来るよ……」

 バイクは芝の斜面か階段か迷ったようだが、階段を選んだようだ。四つのタイヤで前転を繰り返し、花丸を追う格好になった。

「好都合ずら」

 階段なら相応の時間がかかる。今は距離をとれるだけとるのだ。

「マルちゃん……!」

「平気ずら、ちゃんと掴まってるずら」

 毎日鍛えているだけあり、スタミナと足腰には自信がある。

 ルビィを背負ったままプールに飛び込めば、泳げるかもしれない。

「ねえ、マルちゃん……!」

「もう、どしたずら」

 肩越しに振り返ると、ルビィは背後を見上げていた。

 バイクじゃない。

「上だよ!」

 その視線を追おうとした時、突風が前髪をかき上げ――

「へ?」

 ――すぐそばのコンクリートが吹き飛んだ。

「うひゃああ!!」

「ピギイィィ!!」

 前のめりにバランスを崩した花丸は、咄嗟にルビィの手足を離して階段に倒れ込んだ。

「いったあ……」

「平気ずら?」

「う、うん」

 顔を上げると、階段を仕切るコンクリートの壁がごっそり砕けていた。

「ずら……?」

 爆発ではなかった。

 光も音もなかったからだ。

 なにかが落ちてきた?

 階段に散らばったコンクリ片に注意しながら、花丸たちは穴の開いた壁から下を覗いた。

 そして息を呑んだ。

 階段の下の道が破壊され、なぎ倒された並木と砕けた瓦礫の中に、なにかがあった。

 直径二メートルほどの、黄金の斑点を帯びた黒光りする球体。

 それが、生卵を割るように、真っ二つに開いた。

「い、隕石ずら……?」

 ≪ロリポリ・フォーメア≫だった。

 

   *

 

 意識を取り戻した考朔が医務室に運ばれたことで、飛込プールを含む静岡県富士水泳場は活動を再開した。

 だがプールサイドの荷物置き場にいる渡辺曜は、まったく気が休まらない。

(考朔くんのアレ、フォーメアが産まれた……ってことだよね?)

 思い出すのは、自分がゾンビ・フォーメアを産み出した学校の屋上でのことだ。

 μ-フォームを手に持った状態で梨子と話していた曜は、頭に血が上ったと自覚した瞬間に意識が遠ざかった。気付いた時には梨子に抱きかかえられていたが、フォームはすでに学校のプールに落ち、フォーメアが動き出していたのだが。

(一〇分は経ったぞ……)

 その状況と照らし合わせれば、≪ほにゃらら・フォーメア≫が今頃どこかで悪事を働いていても、おかしくないのだが。

 曜がいくら見回しても、水泳場の中に不審者はいなかった。

(貧血かなあ。怪我から復帰して間もないみたいだし)

 それに、プールサイドで会った時、考朔はμ-フォームを持っていたようには見えなかった。曜とは条件が違う。

(いやいや、フォームに触れてなきゃ発動しない、って法はないよね。飲み込んでたかもしれないし。それでお腹の中で≪バクテリア・フォーメア≫が暴れてるかもしれないし、あ、水着の中に隠してたら? 三センチくらいなんだから、海パンに隠してもまあサイズ的に――)

 ――なにを考えているんだ。

 煩悩を振り払い、バッグから電話を取り出す。アプリでフォーメア情報を確認しておきたかったからだ。

「曜、ちゃんと休んでおけよ」

「分かってますって……あれ?」

 顧問の信代に生返事をしながら、ロック画面にデカデカと表示されたそれに気付いた。

「フォーメア通報! やっぱり!」

 思わず声を上げ、電話を操作する。

「さっきのか? どうせ内浦でだろ?」

 信代は呑気な口調で言った。たしかに、速報に場所は記されていない。だが発報は数分前、考朔が意識を失ったタイミングに近い。

(……ん? じゃあエンジェル・フォーメアって、梨子ちゃんが産んだの? いやいや、入学式でエンジェルが暴れ出したのは、梨子ちゃんはブランキアになって来るより前だったじゃん。次の日だって、エンジェルが出た後、土日ぶっ続けで気を失ってたって言ってたし……?)

 答えのない疑問に曜の頭が空転していると、ぶるっと電話が振動した。

「あ、ヨハネさんだ」

 もはや本名を覚えていない後輩からのテキストだった。

「えっと? 『ギャラルホルンが鳴り響き、太陽と月は呑まれ、地は震え、命は失われ、虹は砕け、九つの世界は海に没することよ』……?」

 大量の絵文字でデコられた意味不明の文章を音読しながら、曜は眉間にしわを寄せた。

(ヨハネさん、†とかつけまくるタイプじゃないんだ)

 次のテキストが届いた。指マークとURLらしき文字列だ。

「こっちだけでよくない?」

 URLに触れると、ニコニコ動画のページが開き、ロードが始まった。

 タイトルには『【テラ】僕らは今のなかで を太極拳風に踊ってみた【ステラ】』とある。いわゆる「踊ってみた動画」だ。

「待って待って、こんなの見てる場合じゃないんだけど。ヨハネさんの電話、通報届いて――」

 ばあん、と。

「――ないの?」

 顔を上げる。

「なんの音だ?」

 紙の束をめくる信代が言う。

 曜は口を開いたまま固まる。

 プールサイドの喧噪が一瞬抜け、泳ぐ人たちの水を叩く音だけが響く。

「事故?」

「こんなとこで?」

 近くで他校の生徒が騒ぎ出す。

 なんだろう。

 閉まったシャッターに、思い切りサッカーボールをぶつけたような音か。

 いや、もっと大きなものが激突したような? たとえば――

「――バイク?」

 ばあん。

 同じ音。

 二度、三度、四度。

 少しずつ強くなっていく。

 五〇メートルの競泳プールの向こうにいる人たちが、壁を見ながら後退りする。

 泳いでいた人たちも、プールから上がろうとしている。

「センセ、今日は帰りません?」

「だな」

 曜はバッグに電話を放り込み、だが、走り出せなかった。

 ばりばりばり、と水泳場の壁が外側から破壊され。

 閉鎖された薄暗いドームに、強い風と鋭い日光が入り込んできたからだ。

 いや、そこに投げ込まれたなにかを見て――橙と緑と青と銀の色が混じった、なんだかよく分からないものを見て、自分の予想が正しかったことを認識したからだ。

「≪バイク・フォーメア≫」

 七五メートル先のプールサイドで、巨大なバイクの形をした物体が、横腹を見せて立ち上がったからだ。

「フォーメア? あのグッチャグチャなのが怪人だってのか!?」

 信代が叫び、ドームがそれを反響させた。

「センセ、考朔くんは!?」

「誰だよ、それ!」

「さっき医務室に――」

 曜が言い終わる前に、もう一つの闖入者が現れた。

「――まさか!」

「ダンゴムシもかよ!?」

 OGIによってロリポリ・フォーメアと命名されたそれは、プールサイドをゴロゴロと転がって、不意に丸まっていた身体を展開、二足歩行状態になった。

「曜、あっちだ!」

 信代が飛込プールの近くの非常口を指差した。

 気付けば飛込プールのそばにいた他校の生徒や顧問は、我先にと更衣室の方へと走っている。

 曜も早歩きで信代の方に歩き出し――バッグの中で鳴り始めた場違いな音楽に泡を食ってしまった。

「ちょっと、ほんと、ほんとこんな時に!」

「おい、曜!」

 電話を取り出し、ロードが終わった動画を停止させようとして、

「あれ?」

 思わず足を止める。

 肩幅まで足を開き、タイトルの通り太極拳の型ようなゆったりとしたダンスを踊る少女。

 緩やかにウェーブした髪の少女と、ツーサイドアップの少女。

「あれ?」

 小さな画面の中の二人に、曜は見覚えがあったからだ。

「これって……?」

 ばあん、と音がして振り返る。

 ロリポリ・フォーメアが細い腕でバイクを掴み、プールサイドに叩き付けたところだった。

 バイクは火花を散らしてタイルを滑ったが、六つあるタイヤの二つを地面にこすりつけ、走り出した。

「あいつら、仲間割れしてる?」

「あれも仮面ライダーなのか?」

 ロリポリはダンゴ状態になり、軽くバウンドしてその後を追う。

 二体のフォーメアは競泳プールの角を併走してカーブし――

 ――更衣室を目指して走る水着姿の人たちと、同じレーンに入った。

「後ろ後ろ!」

「避けろ!」

 国際大会にも使われる水泳場だから、プールサイドは余裕を持って七~八メートルの幅がある。

 だがバイクは蛇行運転で、ロリポリは直径一メートル以上もあるのだ。

 何人かが競泳プールに飛び込み、何人かが観客席の下の壁際に飛び――何人かが足を滑らせて転んだ。

 そこにバイクとロリポリダンゴが突っ込み――

「ダメずらあ!」

 ――ダンゴが壁に激突した。

「え?」

 バイクが競泳プールの中に落ちた。

「なに?」

 なにが起こった?

 接触して弾かれたのか?

「危ないよ! マルちゃん!」

 声に目を向けると、場違いな少女が二人、プールサイドにいた。

 プールサイドを走る少女と、外壁のコンクリ片や曲がった鉄骨を乗り越えている少女。どちらも水着ではない。

「あれ?」

 曜はその二人に見覚えを感じる。

 その間にも、状況は動く。

 プールに落ちた人はプールサイドに上がり、転んでいた人は立ち上がり、全員が更衣室へ避難した。

 バイクは気泡を発しながらプールの底に沈んでいき――揺らめいて見えなくなった。

「消えた!? おい、どうなってんだ?」

 気付けば隣にいた信代が問うた。

 「弱ったバイク・フォーメアが泡を割って水に戻った」と予想したが、もちろん口にはできない。

 ロリポリ・フォーメアはプールサイドを這って、プールの縁にやってきた。立ち上がった時には足だった触角を漂わせ、プールの水に触れた。

 そこに、水着ではない少女が、恐る恐る歩いていく。

 緩やかにウェーブした髪の少女と、その後ろに隠れたツーサイドアップの少女が。

「あれ?」

 思い出した。

 あれは、浦の星女学院の生徒会室で生徒会長のダイヤと話した時に、ダイヤに呼び出された後からやってきた二人の下級生だ。

 ダイヤの妹のルビィと、名前を知らないもう一人。

「あれ?」

 思い出した。

 それは、今まさに曜の電話が再生する動画に出ている二人だった。

「じゃあ、もしかして、ヨハネさん」

 曜の足が、水に濡れたタイル敷きの床を踏む。

 あの二人を、私に紹介してくれたの?

「曜!? おい!」

 やがて、曜は走り出した。

 

   次回予告

 

花丸 「ロリポリとバイク? 二体も怪人が出てきちゃったね」

ルビィ「しかもどっちもやられてないし。どうなっちゃうんだろ」

曜  「怪人よりスクールアイドルだよ。私の振り付け話、全然進んでないじゃん」

鞠莉 「そんなことより私のShinyよォ! 見た見たァ!?」

花丸 「フォームチェンジで狙撃も体術もできるなんて、他のライダーさん必要ないずら」

ルビィ「でも一五分で動けなくなっちゃうんでしょ?」

鞠莉 「うるさいわねェ。Agile Developmentなのよォ」

曜  「はいはい。次回、仮面ライダーメルシャウム第八話、『Dance with me! Dance with you!』」

花丸 「ロリポリ回の後編ずら、お楽しみに!」

ルビィ「次は溺れないで泳げるかなあ」

鞠莉 「じゃあFoamareに追っかけさせる?」

曜  「いいけど、プールは壊さないでよ?」

ルビィ「よくないよう……」

 

   C

 

 プールサイドで逆立ちする巨大なダンゴムシに、国木田花丸は恐る恐る近付いていく。

「逃げられちゃったずら?」

 ロリポリ・フォーメアと名付けられた怪人は、今は頭になっているお尻の部分を前傾させた。それが申し訳なさに頭を下げた仕草に見え、花丸は警戒心を緩める。

 その時、顔に当たる場所に直径一〇センチほどの泡が、一つ目の眼球のように埋め込まれていることに気付いた。

 泡の中で淡く輝くのは、六点で内接する正八面体を包み込んだ、ほのかに黄色味がかった球体。

「ご本尊……?」

 ロリポリを倒した理事長代理が持っていた本尊が、なぜここに?

 いや、こんな球体がたくさんあるのか?

 それらが、ロリポリを始めとするフォーメアを形作っているのか?

 そんなことを考えていたから、

「マルちゃん! 近付いちゃダメ!」

「え? ちょ、ちょっと危な――」

 追い付いてきたルビィに手を引かれて簡単にバランスを崩し、濡れたタイルに尻餅をついてしまった。

「――いったあ……」

「あ、あ、ごめん!」

 ショートパンツから染み込んだ水が、じわりと下着に達したのを感じる。バイクに追いかけまわされた件と比べれば、なんと気の抜けたダメージだろう。

「怖がらないで、ルビィちゃん。ロリポリさん、落ち着いてるよ」

 と花丸は顔を上げ、しかし、そこにロリポリはいなかった。

 ロリポリは花丸の横を迂回し、身体の前面に畳んだ七対の足を展開させてルビィに覆い被さろうとしていたのだ。

「ピギィ!」

 今度はルビィが尻餅をついてしまった。

「もう!」

 花丸は黒い甲殻の縁を掴み、叫ぶ。

「ロリポリさん! オラは足を滑らせただけずら! ルビィちゃんはマルの命の恩人ずら!」

 ロリポリはあっさり動きをとめた。

「ピ……?」

 唖然たるルビィを前に、一四本の足を畳み直し、直立状態に戻る。

「ま、マルちゃんの言うことが、分かるの?」

 ルビィの疑問に答えず、花丸は徐ろに手を伸ばし、ロリポリの一つ目のような泡に触れる。

 ご本尊を安置した球体の表面は、滑らかで、明け方の川のように、冷たく、流れていた。

「やっぱり、オラを護ってくれてたずら……?」

 僅かな間ののち、ロリポリは左右に身体を振った。首を振る仕草に見えた。

(違う? なら――)

「――ルビィさーん! と……えっと、テラさんかステラさーん!」

「ずら!?」

「ピギ!?」

 びくり、と二人の肩が揺れた。

 声の方向を見ると、競泳水着姿の少女がこちらに手を振りながら、プールサイドを走っていた。

 花丸はその顔に見覚えがある。

「あれ、渡辺先輩だよ」

「オリンピック候補の? え? なんでこんなところに?」

 いや、それより不思議なのは、なぜオリンピック候補の先輩が、

「ルビィさーん! テラさんかステラさーん!」

 電子の海に沈んだあの名前で、花丸たちを呼んでいるんだ?

「や、やばいよ、ルビィがここにいるって知られたら!」

「同感ずら!」

 ルビィに手を引かれ、花丸はプールサイドを走り出す。

「あ、待ってよ! なんで逃げるのー! ルビィさーん! テラさんかステラさーん!」

「大声で連呼しないでほしいずらー!」

「走らないでください!」

「おい、ロリポリが動き出したぞ!」

「え? なんで私を追ってくるの!? もうバイクは倒したでしょ!?」

「なにやってんだ曜! お前も避難しろ!」

「ダンゴに言ってくださいよー!」

「放っておいてほしいずらー!」

「うう、お姉ちゃーん!」

 先輩と後輩の追いかけっこは、ロリポリが曜をプールに落とすまで続いた。

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