仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第八話:Dance with me! Dance with you! - 5

   *

 

 来た。

 来てくれると信じていた。

「ポリちゃん!」

 国木田花丸は、金色の斑点を帯びた黒光りする甲殻に抱き付いた。

「ちょ、国木田さん!」

「平気ずら!」

 曜に答え、花丸はその背中から離れた。

 逆立ちした怪人の前に回り、本来はお尻だったはずの顔を見上げる。

 一つ目の眼球に収まった、黄色に淡く輝く妙法寺の本尊を見上げる。

「オラを護ってくれる、ずら?」

 富士市でパイルアップ・フォーメアに追いかけられた時も、妙法寺で一緒に踊った時も、花丸を傷付けるようなことはしなかった。最初のランニングの時だって、ずっと追いかけてきただけだった。

 だが、ロリポリ・フォーメアは身体を左右に振った。

 胴体に折り畳んだ足を一本伸ばし、花丸の喉元に当ててくる。

「オラが護る、ずら?」

 ロリポリ・フォーメアは身体を前傾する。

 そうか。

 そうだったんだ。

「ルビィちゃん! ここは任せて!」

「平気なの!?」

灼然炳乎(しゃくぜんへいこ)ずら!」

「行こう、ルビィちゃん!」

 何人かの足音がプールサイドから消え、反応するように体勢を立て直したパイルアップがアクセルを開いた。

 後輪で走りながら前輪が持ち上がる。誰もいないハンドルがねじれ、前輪が傾く。

 そのままロリポリに殴りかかる気だ。

 だが――

「――ずらッ!」

 気合一閃。

 ロリポリの腕が前輪の軌道を逸らし、プールサイドにバイクを叩き付けた。

 だが後輪だけで飛び跳ねるように起き上がったパイルアップは、今度は花丸にターゲットを移して前輪を振り下ろしてくる。

「ムダずらッ!」

 花丸が指を差すと共に、ロリポリはまたしても前輪を受け止め、今度は節のある腕でフロントフォークをへし折ってしまった。

「すごい、ロリポリさん!」

 控え室に避難したルビィが、ガラス越しに歓声を上げた。

 すごいのは、咄嗟に二十四式太極拳の単鞭(ダンビェン)をイメージした花丸なのだが、ロリポリ(ご本尊)が褒められるのも悪い気はしない。

 水の泡でできたバイクは、火花を散らすこともなくプールサイドを転がっていった。

 もうタイヤは後輪しか残っていない。周囲の水を集めて復元しようとしている今がチャンスだ。

「シャイニーさん! 必殺技を!」

「そうしたいのは山々なんだけどォ!」

 シャイニーが金剛杵のような道具から連発する光弾は、一発もパイルアップ・フォーメアに命中しない。

「左腕にSighting Systemが乗ってないのよォ!」

「下手な鉄砲――」

「――一発でEurysが溶けちゃうのォ!」

エウリュス(ウミサソリ)? じゃあマルが――」

「――アナタが溶けちゃうってばァ!」

 そうこうしているうちに、前輪を作り直したパイルアップが立ち上がってしまった。

 だが叶わないと思ったか、バイクは花丸たちから距離をとって、競泳プールの方へ走って行く。

「に……逃げちゃったずら」

「もう、Planが滅茶苦茶よォ! あんな強いなんて思ってなかったわァ!」

 鞠莉はプールサイドに腰を下ろし、マスクを開くと襟元に声をかけた。

「セブ、Mark IIの予備パーツ、どれくらいで持ってこれる?」

 音漏れするドラムの音とともに男性の声が聞こえるが、会話の内容までは分からない。

 悠長な、と花丸は思いかけたが、先ほど鞠莉が言った通り、怪人ではあるがバイクでもあるパイルアップ・フォーメアに、この水泳場から逃げる方法はない。スピードも、産みの親らしき考朔が気を失ったからか、一昨日やさっきまでより格段に落ちている。あとは時間をかけてでも倒せばいいのだ。

「花丸ちゃーん、終わった?」

 ルビィが控え室から顔を出したので、「まだだよ」と返す。

「まあ、Trashedout Armor(ぶっ壊れた装甲)のDataもとれたし、結果All Rightかしらァ? ≪Umlaüt≫から≪Çedilla≫へのFoam Changeも滑らかだったしね」

「ウムラウト? セディーユ? ……ダイアクリティカルマークずら?」

「What?」

 花丸は立ち上がって、今は後頭部にスライドしているシャイニーの“仮面”に指で触れる。

「丸ポチ二つが目になって、口が“U”、顔全体で“Ü”(U=ウムラウト)。そういうことだったんですね」

 さきほどのセディーユの顔も、“Ç”(C=セディーユ)が背中合わせになった形だったのだと思い至った。

「分かるゥ!? よかったァ、Webじゃ誰も、顔が文字だって言ってくれなくて、もうウズウズしてたのよォ!」

「フォームの名前を載せないと、誰も気付かないと思います」

「載ってなかったっけ? ……あ、そっか、≪Hacěk≫ってまだ公開してないんだった」

 一昨日の遠距離攻撃の“(フォーム)”のことか。

「でも、そっか、Diacritical Markか……。Foam Changeっていうより、≪Diacritical Change≫? ふふふ……あ、Sorry About That(ごめんごめん)、セブ。それで腕の交換だけど――」

「――まったりしてる場合じゃないよ!」

 控え室から飛び出してきた曜が、彼方を指差して叫んだ。

「あいつ逃げちゃう!」

「え?」

 曜が指差す先に目を向けた鞠莉の目が丸くなり、立ち上がる。

What the fudge(マジ)?」

 ドームの反対側で外壁に突き当たったパイルアップは、二つしかないタイヤを壁に押し付けて、真上に向かって走り始めていたのだ。

「そんなこともできるずら!?」

 だとしたら、曜の言う通りだ。

 ドームの天頂にある、十字架の型に開いた天井板の穴に辿り着いてしまえば、パイルアップの勝ちだ。

「天井を閉じなさい! Now(今すぐ)! てか、なんで修理が中途半端なのよォ!」

「理事長代理! パイルアップがあそこから出たら、なにが起こるんです!?」

 曜がシャイニーの肩を掴んで叫んだ。

「分かんないわよォ! アイツらがなに考えてんのか、さっぱりなんだもん!」

「お、OGIグループも分かってないずら!?」

 だとしたら、事態はより深刻だ。

 ロリポリに押さえつけさせて必殺技を当てる? いや、ロリポリが強いのは背中側の殻だ、腹側の腕で押さえつけたら意味がない。

「ど、どうすればいいずら」

「くそう、この曜ちゃんを差し置いて、あいつ太陽みたいなことを……!」

 曜の言う通り、ヘッドライトを灯してドームの内側を螺旋に走るバイクは、太陽を押して天球を走る神話の甲虫にも見える。

「太陽……?」「太陽……?」

 花丸と曜は顔を見合わせ、

「そうずら!」「そうだよ!」

 手を叩き合わせた。

「シャイニーさん、必殺技の準備をするずら!」

「だから、Lock-onできないって言ってるでしょォ!?」

「しなくていいんです!」

 その間にも、曜はエウリュスという名前らしき拳銃をシャイニーに渡し、花丸はロリポリに手招きしている。

「急いでください!」

「もォ! 分かったわよォ!」

 鞠莉はシャイニーのマスクを閉じ、ベルトの腰のホルダーから球体を二つ取り出した。

 それをエウリュスの銃身にはめ込むごとに、『アイコサヘドロン』『ウムラウト』の電子音声が流れる。

 パイルアップ・フォーメアはドームの内側を、もう真っ逆様状態で走っている。

「下がって、マル! 曜! ……Oops(おっと)、必殺技の名前は!?」

「そんな急に思い浮かばないずら! 渡辺先輩! 名付けてください!」

「私!? え、じゃあシャイニー=フンコロガシ・アタックで!」

 曜の提案に、花丸とシャイニーが噴き出す。

「ふ、糞ずら!?」

「Dung Beetleはないんじゃないィ!?」

「ああほら、逃げちゃう! 発射用意!」

Great Scott(まったくもォ)!」

 必殺技の発動を意味するらしき、『ラブライブ』の電子音声。

 無造作に発射された輝きの奔流に――

「ポリちゃん! Take a Leap of Faith(飛び込め)!」

 ――球体と化したロリポリ・フォーメアが飛び込んだ。

 必殺技はエウリュスを消失させたが、ロリポリは違った。

 黒かった装甲は赤熱し、それを通り越して青みがかった白光の輝きを放ち。

「全速前進! ヨーソロー!」

 弾丸のように射出され、花丸の目に残像を描いて飛んでいった。

「そういうことォ!?」

「そういうことずら!」「そういうことです!」

 ドームという天球を、ロリポリは頂点に向かって飛ぶ。

 真正面から走ってくる、パイルアップを迎え撃つために。

「ゲーテさんは言いました。『太陽が素晴らしいのは、塵さえも輝かせることだ』って」

 パイルアップ・フォーメアは天頂に辿り着けなかった。

「人の恐怖も照らせないあなたに、太陽の資格はないずら!」

 ロリポリ・フォーメアの体当たりをくらい、爆発した。

 

   *

 

 爆発の中心を起点に二つの円弧が描かれ、μ-フォームが飛び出した。

 それらは軽く掲げた少女の手の中に収まった。

「やった……やったよ花丸ちゃん!」

「ポリちゃんがずら! すごいずら!」

 二人の後輩が抱き合って喜ぶ様を、小原鞠莉は腕を腿に乗せて眺めている。

「Mark II、右前腕以外の機能は正常です」

「お変わりありませんか、お嬢様」

「まァね」

 水泳場の別室でモニターしているS-ユニットの声に、小原鞠莉は笑いながら答えた。

 右腕は前腕から先が動かなかった。アンダースーツに強力なアシスト機能が搭載されている反面、機能がダウンすれば逆に動かなくなってしまう。バッテリー切れ以外の、シャイニーの根本的な弱点が判明した格好だった。

「意外と打たれ弱いのね、この子」

「これから対応していけばいいんですって!」

 松之介が大声で言えば、

「想定のスペックを超えた怪人を撃破できたのです。見事な勝利ですよ」

 とセブも同意した。

「もちろん……。ほんと、Shinyな子たちだわァ」

 シャイニーを着る鞠莉が聞いている音は、スーツのマイクが拾った音をSユニットのサーバーが調音し、イヤーモニターに返しているものだ。

 だから、

「あー!! 上! 上!」

 曜が叫んだ声があまりに大きくて、鞠莉は思わずシャイニーのマスクを開けた。

「どうしたのよォ!」

 言いながら、曜が指差す頭上を見、揺らぐ光に気付いた。

Oops(あらら)……」

 ドームの天井板は惨憺たる状態だった。

 補修を待っていた十字架のすぐ横に、ぽっかりと丸い穴が開いていた。怪人の爆発で吹き飛んだようで、穴の周辺は黒く焦げ、今も炎が燃えている。いや、二人の怪人がそこに到った道筋も、タイヤ跡と焦げ跡が描いた黄道として残っていた。

「これ、重傷だよね?」

 OGIグループの修理スタッフが、慌ただしく動き始めた。ドームの外側のハシゴで、消火に向かうのだろう。

「私が練習するところ、どんどんなくなっていっちゃう……。まずいなあ」

「平気よォ、これくらい。Foamの実験で割りとやらかしてるからね」

「え? ここで実験してるんです?」

「当たり前じゃない、こんな大量の水があるところなんて、飛込プール以外ありませェン」

「じゃあ先週のも?」

「そ、Shinyの開発Teamがちょォっと焦っちゃってね。だから心配しないで、今週末までには直すわ」

「いいのかなあ……」

 首を傾げる曜の横から、花丸が歩いてきた。

「小原先輩、これ、お渡しします」

 それはパイルアップ・フォーメアを産み出していたμ-フォームだった。

「円柱結晶、≪シリンダー≫ですね」

 松之介がイヤーモニターに言ってきた通り、フォームは再結晶化されていた。もう怪人を産み出す危険はない。シャイニーのベルトのホルダーに、機械でシーリングされた≪アイコサヘドロン≫のフォームと一緒に納める。

「そっちは?」

 鞠莉は、花丸が持っているもう一つのフォームを指差す。

「これは……」

 若干の抵抗のあと、花丸はそれも渡した。

 こちらは、正八面体を有する球体だ。シャイニー初お披露目の時に、砂浜でロリポリを撃破して入手したものと同じ――に見える。

「セブ、これ、なんだと思う?」

「スターフォア一六号を墜としたフォーム、でしょうね」

 フォームがわずかに黄色味がかっているのが、光の加減か、今は見て取れた。つまり、すでに誰かと紐付いており、それは目の前の少女以外にはいないはずだ。

 だから、

「アナタがもってなさい」

 と花丸に返した。

「いいんですか?」

「いいけど、ちゃんと使いこなしなさいよォ? ちゃんと意識してないと、ソイツ、色んなところを壊して飛び出しちゃうんだからァ」

「仰る通りです」

 花丸の苦笑を見れば、この対応で問題ないと確信できる。

「じゃ、悪いけど、今日は解散ね。水も抜かなきゃいけないし――」

 ――と、目を向けた飛込プールの水面が揺らぐ。

 直後。

 水柱が上がった。

「うわあ!」

「な、なんずらあ!」

「ピギィ!」

 曜と花丸が足を滑らせて尻餅をつき、ルビィが控え室の入口で縮こまる。

 どばどばと落ちてくる水が治まった時――

「ふぉ、フォーメア!? にしては」

「大きすぎずら」

 ――全高一〇メートルの、金属製のタツノオトシゴとしか言いようのないものがそこにあった。

「ピギィ!」

 改めて、ルビィが奇声を上げる。

 その体積を産み出した分だけ減ってしまった飛込プールの水面に立ち、巨大な怪物はプールサイドに目を向けている。

「こいつ、もしかして、あの時の!?」

「我々の命の恩人、ですね」

 松之介とセブが、各々イヤーモニター越しに言う。

 鞠莉はすでに、それを見ていない。

 怪物の隣、やはり水面に立つ人物を見ている。

 黒いアンダースーツの上に、シャイニーと同じような装甲をまとった人物だ。鎧として上半身に、ブーツとして爪先と踵から向こう脛にかけて、グローブとして手の甲から前腕の外側にまとっている配置も近い。

 だが素材はだいぶ違う。アンダースーツはウェットスーツやスポーツウェアのように、マットな質感だ。鱗の形の鉄板を何枚も溶接して作った装甲は対照的に、長時間かけて酸化した金属のような、あるいは深海のような、青から緑を複雑に行き来する光沢を放っている。

 そして、頭には仮面。

「あれもタツノオトシゴ?」

 花丸が声を上げた。

 たしかにその頭は、額から鼻にかけて伸びる顔のような模様と、頭の天辺に立つヒレ、後頭部から突き出して渦を巻くポニーテールのような尻尾のせいで、頭全体でお腹の膨れた緑色のタツノオトシゴを表わしているようにも見える。

 その人物は、補充されていく飛込プールの水面を歩き、プールサイドに上がった。足の裏の水は動かない。ナイロンの床に付いている水にすら触れていない。

「アナタが≪Cavalluccier Foamare≫の主なのね。一昨日のChopperの件、ほんと助かったわァ」

 鞠莉の言葉には耳も傾けず、その人物は道を空けた曜と花丸の横を通りすぎる。

「……果南ちゃん?」

 曜が呟き、その人物は彼女を一瞥した。

「果南ちゃんだよね? 果南ちゃんも変身したの?」

「違うみたいよォ?」

 鞠莉は曜の背後を指差した。控え室の窓ガラスの向こうには、ルビィと並んだ果南が見えたからだ。

「久々の≪Groups of Meerschaum(メルシャウム群)≫Riderだし、私がGod Mother(名付け親)になってあげる。リュウノコマ――≪Kamen Rider Ryuma(龍駒)≫はどうかしらァ?」

 龍駒と名付けられた仮面ライダーは、わずかに頭を傾げた。

「仮面ライダー? だって、目が」

 曜が指差す仮面に、ブランキアやワンダ、そしてシャイニーに共通している大きな目はない。月の満ち欠けを思わせる弓字型のスリットの奥で、左右非対称の細い目の連なりが、エメラルドグリーンに輝いているだけだ。

 だが仮面ライダーか否かは、目の有無では決まらない。

 OGIグループが“仮面ライダー”と名付けたものが、仮面ライダーなのだ。

Well(さて)、私たちはそろそろ撤収――」

 カヴァルッチャーが尻尾を一振りした。

 いや、尻尾を切り離した。

 それを龍駒がキャッチし、

「――シッ!」

 ムチのようにしならせ、床を叩いた。

「Ooh!」

「果南ちゃん!」

「龍駒さん!?」

 鞠莉、曜、花丸が同時に声を上げる。

 尻尾ムチは鞠莉の足元、ほんの一〇センチ手前に当たり、水を飛び散らした。

「アンタ、何者なの?」

 鞠莉は問うが、返答はない。

 ただムチをクルクルと巻き取り、左手の人差し指で「こっちへ来い」のジェスチャーをする。

 その仕草に、鞠莉の背筋に冷たいものが流れる。

「いいわよ、なんだかよく分かんないけど――」

 襟元を操作し、シャイニーのマスクを閉じる。

「――やってやろうじゃないのォ!」

 飛び出し、自由な左手で龍駒に殴りかかった。

 だが拳が届く前に、身体が右に引っ張られる。

「あ、このォ!」

 龍駒のムチが、シャイニーの右腕を拘束していたのだ。

 バランスを崩されたシャイニーは数歩つんのめり。

 龍駒の左パンチを腹部に食らった。

Ow(いッたァ)!」

 胃液がこみあげる衝撃。

 ヘッドアップディスプレイに赤いワーニングが閃き、ダメージログが高速で流れる。

「腰部バッテリー損傷! 想定の……一四〇パーセント!? パイルアップの倍ですよ、鞠莉さん!」

「お嬢様、エウリュスを!」

 イヤーモニターから聞こえる松之介とセブの声を、ブリンク(まばたき)操作でミュート。

 控え室から出てきたスタッフが投げたハンドガン型リーダーを、プールサイドに蹴って返す。

 離れようとした龍駒を、右腕のムチを引っ張って遮る。

Eat This(食らいなさいィ)!」

 カウンター気味に入ったシャイニーの左パンチで、龍駒の胸の装甲が凹んだ。

「まだまだァ!」

 こちらも左拳の装甲が破損するが、攻撃を緩めるつもりはない、緩めたムチを再度引っ張る。

 だが龍駒がムチを手放したことで、シャイニーは一人、バランスを崩した。

 今度は龍駒のカウンターパンチが、ウムラウトの目を叩き割った。

 マスクの中で頭がシェイクされ、顎を思い切りチンガードにぶつける。

「ど、どうすればいいずらあ」

 パイルアップ・フォーメアと正面切って戦っていた花丸が、μ-フォームを手にオロオロしているのがサブウィンドウに表示された。

Don't Do Anything(なにもしないで)!」

 そう叫びながら龍駒の膝を左肘で受ける。

 そして思う。

 なぜ破壊されていない左腕を、ムチで拘束しない?

 右腕を拘束したなら、そこを攻めて完全に破壊しなければ意味がない。

 現状では龍駒は、自分の右腕を拘束したのと同じことだ。

(いや――そうなの?)

 シャイニーが左でパンチを出せば、龍駒は右半身を逸らし、位置がズレる。

 龍駒が右で膝蹴りを出せば、シャイニーは左で膝をいなし、位置がズレる。

 龍駒のムチが近距離戦を強制し、足さばきをリードする。

 付かず離れず、三拍子のボックスステップ。

 決められた殺陣を演じるようなその様は――

(――踊らされてるみたいねェ)

 口の端に笑みが浮かぶ。

 攻撃を捌く余裕はない。

 シャイニーの装甲が火花を散らして弾け。

 龍駒の装甲が水飛沫と泡を散らして弾け。

 シャイニーのバッテリースカートが膨らみ。

 龍駒の頭のタツノオトシゴが水に揺らめく。

 それが、無性に楽しい。

 イヤーモニターの声は耳に入らない。

 もはや、相手が誰かはどうでもいい。

 ただ、踊り通したい。

 クライマックスに向かう、このワルツを。

 だからか。

 気付いた時には、競泳水着姿の少女が二人の間に立っていた。

「ちょっとォ!」

「渡辺先輩!」

 パワーアシスト機能で動くシャイニーに中断命令を打つ。

 その前に、右腕を拘束していたムチが思い切り引っ張られ、

「Ouch!」

 シャイニーはプールサイドに耳から叩き付けられていた。

 ダメージログが流れていくのを待って、顔を上げる。

「なんで見てたの、果南ちゃん」

 タツノオトシゴの尻尾ムチを掴んでいたのは、曜だった。

「理事長一人であんなにピンチで! ロリポリが来てくれなきゃ私たち、どうなってたか分かんないのに! なんで見てたの!」

 筋肉質の腕が、ムチを握り締めて震えている。

「ま、まあ私は別に、一人でも――」

「――理事長もです!」

 怒鳴られ、シャイニーの肩が上下に揺れる。

「そんなボロボロになって! 今フォーメアが出てきたら戦えるんですか!? 仮面ライダーなのに、戦えない人にために戦うのが役目なのに、ライダー同士で戦っててどうするんです!」

 穴が開いたドームに、曜の怒声が響く。

 その残響が消えた頃、龍駒の肩の力が抜けた。

 尻尾型のムチが床に落ち、泡となる。シャイニーの腕を縛り、曜に握られていた部分も、流れて消えた。

「それもそうねェ」

 鞠莉も身体を起こすと、左手で首元を操作し、マスクを開いた。

「楽しかったけど、私、時間切れだし」

 そう言うと同時に全身の関節がロックされ、頭の上から水が流れてきた。

 マスクに乗っていた“顔”と、上半身の円形の装甲が、泡となって消失したのだ。

「ねえセブ、一五分しか戦えないの、ほんと、なんとかしてほしいんだけど」

 そう言って、龍駒にウィンクする。

「現状の技術力では不可能です」

 龍駒は肩を竦め、背を向けると、曜と花丸の方に歩いていく。

「果南ちゃん……なんだよね?」

 曜に片手を広げて見せた、龍駒は控え室を通りすぎた。

 控え室の窓の向こうに、果南の姿はなかった。

 ルビィが誰かを見送ったあとのように、更衣室への扉を見ているだけだった。

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