*
手城山と鉛山の山間を縫う道路を、渡辺曜は眺めている。
黒塗りのセダンの後部座席に並んで座る花丸との間には、乗車してから一言も会話がなかった。
ルビィは先を行く黒塗りのリムジンに乗っている。沼津市立総合水泳場への往路では三人がリムジンに乗っていたが、ボディガードの入場を禁止していた水泳場内であんなことがあったために、復路は念のため、一台二人の護衛態勢に変更になってしまったからだ。
今フォーメアの襲撃が起こったら、曜は花丸とロリポリに護られるだろう。黒澤総合警備保障のボディガードも、職業意識と鍛えた技と黒澤家への忠誠心で、ルビィを護って怪人に立ち向かうだろう。どこかに行ってしまった果南も、もしかしたら駆けつけるかもしれない。
自分はどうする?
ルビィと一緒に、クルマの中で震えているしかない。
「はあ……」
溜め息が漏れた。
「どうしました?」
花丸の抑制の利いた声で言った。リムジンと違って、運転席と後部座席を仕切るパーティションがないからだろう。
「ううん、ちょっとさ……」
言いかけて曜は、続ける言葉がないと気付いた。
今の溜め息はなんだ?
仮面ライダーとフォーメアの戦いに自分が役に立たないことは、分かりきっていただろう?
だから少し考えて、
「すごかったよね、さっきの花丸ちゃん。太陽みたいでさ」
花丸のことを口にした。
「太陽?」
「だって、アレって花丸ちゃんが作り出したんでしょ? それがあんな風になっちゃうんだから、それって花丸ちゃんが太陽、ってことじゃん」
「そんな、私がお天道様なんて、おこがましいです」
花丸はうろたえたように俯いたが、まだ“ずら”は出てこない。
「そうかなあ、“曜”なんて付いてる私より、よっぽど太陽っぽかったけど」
曜が言うと、花丸は俯いたまま首を振った。
「あ、でも待てよ。シャイニーが転がす太陽のダンゴムシって構図だと、フンコロガシはシャイニーってことになっちゃうね」
「それで正しいです。フンコロガシは天の道を司る虫で、分類的にもダンゴムシとはだいぶ違いますから」
「そうなの?」
「グソクムシに近い生物です」
「ふうん……」
曜はポケットから出した単語カードに[フンコロガシ]と[グソクムシ]と書き、それぞれの裏に[≠ダンゴムシ][≒ダンゴムシ]と書いた。
「渡辺先輩って、意外と理屈っぽいんですね」
「こう見えても文武両道なんだよ、曜ちゃんは」
気付けばクルマは市街地を走っていた。太陽が右手にあるから、南下しているようだ。
手にしていたままの単語カードを、何気なしに、扇状に開く。
ずいぶん前に書いた、[怪人]と[廃校]のカードが目に入る。
さらに広げると、相対する[ブランキア]と[スクールアイドル]のカードも出てきた。
非日常を象徴する四枚のカード。
鞠莉が≪龍駒≫と名付けた、四人目の仮面ライダーの顔を思い出す。
あれが果南なのは間違いない。
「私はこの契約に乗ったわ」
教室の窓際でそう言った、果南の顔を思い出す。
パイルアップ・フォーメアを考朔から引きずり出したのは、果南だ。
果南は最初から自分が戦うつもりで、そうしたのだろう。
顎を上げ、背もたれに頭を預ける。
それが、なぜあんな風になってしまう?
果南と鞠莉の確執について、幼馴染みである曜はなにも知らない。せいぜいが「一緒にスクールアイドルをしたくない」程度のことだと思っていた。
だが果南が龍駒で鞠莉と共闘しなかったことを思えば、その“程度”を逸脱しているのは明らかだ。
自分はどうすればいいんだろう。
溜め息。
内浦という狭い街で一緒に育った幼馴染み。
その中で千歌と果南は、フォーメアを倒して街を救う仮面ライダーになった。
だが曜は戦う力がないどころか、フォーメアを産み出す側に回ってしまった。
千歌と曜と果南は、廃校を救うためにスクールアイドルになろうとしている。
だが曜はアイドルになる動機もなければ、アイドル活動に役立つ特技もない。
文武両道だって?
唯一自信がある水泳で花丸を部活に引き込めそうではあるが、自信の源である高飛込は果南に「イップス?」と言われる始末だ。
各々が好き勝手に踊るダンスに振り回されて、なんとなく踊れている気がしているだけ。
いや、もう振り落とされるところかもしれない。
「私はヒマワリだと思います」
唐突に、花丸が言った。
「ヒマワリ?」
文脈が分からず、曜は問う。
「もし私が、さっきの戦いで役に立てたように見えたなら、それは周りにたくさんの太陽があったからです。ご本尊に、ルビィちゃんに、シャイニーさんに、高海先輩に渡辺先輩。みんなが輝かせてくれたから、私は役に立てたんです」
「私も? 私、なんにもしてないよ?」
花丸は目を丸くした。
「今日、私たち全員を引っ張ってくれたのは、渡辺先輩ですよ」
「いやだって、私、振り回されっぱなしで――」
「――そもそも」
花丸が強く言い、曜を遮った。そして、
「最初にエンジェル・フォーメアに遭遇した時、私を助けてくれたのは、先輩たち二人です」
曜を真っ直ぐ見て、笑った。
「私が“フォーメアという恐怖”と戦おうと思えたのは、あの力を得たからじゃないです。二人が、私とルビィちゃんを助けてくれたからです。本当にすごいのは、先輩たちなんです」
その言葉に、曜は心臓を鷲掴みにされたような気分になる。
「だから私は、ヒマワリでいいんです。雲の上の太陽に憧れて、少しでもその輝きを見たいと思っている、ヒマワリで」
そう言って、花丸は車窓に目を向けると、窓ガラスに手を触れた。
空の果てにある太陽に、手を伸ばすように。
そして、
「そっか、みんなもきっと、そうやって恐怖に折り合いをつけてるずら」
一人納得したように呟いた。
「そう……なんだ」
曜は曖昧に笑って、反対の窓を見る。
そんなつもりなんてなかった。
いや、梨子が戦った時のことを覚えていなかったように、曜も無我夢中で、自分がなにを考えていたか覚えていない。
あの時の話の中心は、逃げ遅れていた生徒二人、そして戦うブランキアとエンジェル・フォーメアだったのだから。
なのに?
*
「あ、着いたみたいです」
花丸に言われ、渡辺曜はクルマが停車したことに気付いた。
「ここ、どこ?」
開けてもらったドアの先に広がっていたのは、ただの住宅地だった。沼津なのは間違いないが、来た覚えのない場所だ。
「ごめんなさい、狭い方に押し込んじゃって!」
ルビィがリムジンから駆け寄ってきた。
「それはいいけど――」
「――遅ーい! 早く上がってきてよ! ……あ、曜先輩!」
声の方を見上げると、アパート二階の共用廊下から善子が手を振っている。
「ヨハネさんのウチ?」
「そうです」
黒服に挟まれる形で階段を登った三人は、流れるように津島家宅の居間に通された。
「あれ、これ」
そこに散らばっていたのは、水色と白色のバラバラの布地。
「よーし、来たわね。じゃ、私のリトルデーモン一号二号三号四号、頼むわよ」
その単語が指す対象がルビィのボディガードだと気付いた時には、彼らは散らばった布に取り付き、ペンのようなものを手になにかを始めている。
「なんなの?」
ルビィに問うが、答えが返ってくる前に善子がベージュの布の塊を突き出してきた。
「これに着替えて」
「私が? なんで?」
「ブラとパンツは着てていいから。早く! ルビィの門限も近いし!」
「え、う、うん」
勢いに負けて廊下を挟んだダイニングルームに押し込まれた曜は、布の塊を広げてみる。
「ペチワンピ? なんで?」
疑問に思うも制服を脱ぎ、ワンピースタイプのペチコートを着た。下着が透けない厚さだが、丈はかなり短く、むき出しの腕や脚が心許ないことに変わりはない。
「脇の処理、面倒がらなくてよかったあ」
曜はふすまを開けて、もじもじと居間に入る。
「これでいいの?」
「よし、リトルデーモンたち! 今こそリトルデーモン五号を産み出す時よ! さあ――変! 身!」
「え? ええ!? ちょっと、ちょっと待――うひゃああ!!」
善子に引っ張られて部屋の中央に引っ立てられた曜は、何故か善子の指揮下に入っているルビィのボディガードの手で揉みくちゃにされ――
「うん、いいわね」
――黒服がいなくなった時、三人の下級生の視線に囲まれていた。
「うわああ! すごい! すごいよヨハネちゃん!! こんな風になったんだ!」
「『Dancing stars on me!』の難易度“鬼”の全良達成よりは苦労したわよね」
「これで踊るんだよね!! 三色揃って! うわああ!」
得意げに言う善子を放置し、ルビィは曜の周囲をグルグル周って写真を撮り始めた。
「……でも、ヨハネちゃんと千歌先輩の髪に合わせるなら、リボンはもう少し下がいいかな?」
背中の方が引っ張られる感触がして振り返ると、ルビィが水色の布をつまんでいた。
「気を付けてよ、ルビィ。まだ仮止めしてるだけなんだから」
「三面図ではいいと思ったんだけど、曜先輩、スタイルがよすぎてバランスが悪いかも。おっぱい周りは調整しなきゃだし、スカートの後ろ身頃はもっと上げて――」
「――ひゃあ! ちょっとルビィさん!?」
遠慮なくスカートをめくられ、曜は悲鳴を上げた。
「動かないでください、見せパンじゃないんですから」
だったら無造作に触らないでほしいが、ルビィの目は据わっていて、反論できる状態ではなさそうだ。
「あ、事後報告になっちゃったけど、頭回りは実作中に変えたわ。あのリボン、実際に付けるとけっこうデカいサイズだったから。うん、いい感じじゃない? あとは、グローブの手の甲が意外とのっぺりしちゃうから、なにか考えたいんだけど」
「なに? なんの話なの?」
「ヨハネちゃん、渡辺先輩、分かってないよ」
と、花丸が善子のシャツを引っ張った。
「あ、ごめん、ヨハネたちだけ盛り上がってたわ。リトルデーモン二号、それ取って」
と黒服が姿見を持ってきて、
「え……」
覗き込んだ曜は言葉を失う。
ジャケットとシャツが合体した、シンプルだが厚みを感じさせるノースリーブのトップス。
パニエを挟んでふっくらと動きやすい、白から青にグラデーションするミニスカート。
菱形が並ぶサイハイソックスに、脛を覆うミドルブーツでツートンにされた脚。
左右非対称のリボンを右端にぶら下げた、真っ白なカチューシャ。
光り輝く海のような水色で統一された服。
それを着ている、自分。
「なに? これ」
「は? 衣装に決まってんじゃん」
「この色は?」
「前に言ってたでしょ。パーソナルカラーは水色だって」
「誰の?」
「曜先輩の!」
「私の? これ、私のなの!?」
「言ってるじゃん!」
たしかに衣装は、曜の身体にフィットしている。
「すごい、こんなのが作れちゃうんだ」
「他人事みたいずら」
姿見の向こうから顔を出した花丸が、電話の画面を曜に見せた。
表示されていたのは、スケッチブックに描かかれたスクールアイドル。
鏡に映る自分の服は、たしかにその少女のそれに近い。
「私のデザイン?」
花丸はにっこり笑う。
ヒマワリのように。
「まだ気付かないんです? 渡辺先輩は、今、私たちの中心です」
辺りを見回す。
居間の中央に敷かれた円形の絨毯。
その外側に置かれた姿見の横に花丸が立ち。
一回り離れたソファにはスケッチブックと曜を見比べる善子とルビィ。
四人を囲むように四人のボディガードが壁際に並び。
ついでに壁の長押では一二枚の能面が曜を見下ろしている。
私が中心?
「世界は自分を中心に回っている。そう思った方が楽しいずら」
花丸の笑顔は眩しい。
それは、私が照らしたから産まれた輝きなの?
「私が?」
曜は姿見の中の自分を見る。
≪廃校≫という非日常と戦う≪スクールアイドル≫。
それに“変身”した姿だ。
そうだよ。
私はもう、飛び込んだんだ。
選択肢は二つ。
泳ぎ切るか、溺れるか。
「なら、泳ぎ切るしかないよね」
曜は頬を持ち上げ、善子を見た。
「ヨハネちゃん、手の甲にスートを入れよう! トランプの!」
「マーク? 三人だと、一つ余っちゃうわよ」
「ダイヤはほら、アレだから、ハートとクラブとスペードでさ!」
「そうね……。抜いて補強すれば、予算はかからないか」
今度はルビィに向き直る。
「ルビィちゃん、ほんとに泳げるようになりたい!?」
「え、あ! 曜先輩!」
ルビィが首を振る横で、
「ルビィって泳げなかったの?」
と善子が聞き、その向こうで黒服がざわついている。
「渡辺先輩、それ、内緒だったずら……」
「ウソ! ご、ごめん!」
曜は足と手をバタバタさせて謝る。
「でも、泳げるようになりたいんだよね!? 本気で!」
「え、そ、それは、はい……」
「なら、協力するよ! 一緒に泳げるようになろう!」
「教えてくれるずら!?」
反応したのは、花丸だった。
「うん、時間が許す限り、だけどね」
「なんで花丸が喜んでるのよ。ルビィの話でしょ?」
「そうずら! ルビィちゃんは渡辺先輩を目指すずら!」
「え? え、ええええ!? あんな飛込できないよう!」
「できるずら!」
「飛込は教えないって!」
慌てて立ち上がったルビィがソファでバランスを崩して転び、花丸がそれを後ろから支え、善子が自分の作った衣装を護ろうと曜の前に出る。
太陽になれるかもしれない。
この小さな輪の太陽になら。
今はそう思っていても、いいよね?
「で……なんでこんな、能面があるの?」
「それ、また説明するの? 察して」
*
ヒノキの一枚板で作られたという急な螺旋階段を上がると、狭い廊下の先に客室がある。
そこは、なんの変哲もない一〇畳の和室だ。西と南に開かれた障子の向こうに続きの広縁があり、外界を隔てる全面窓からは、内浦湾、淡島、三津の街並みが一望できた。鮮やかな夕焼けが照らす雲海の隙間には、富士山も覗いていた。
「太宰さんは言いました、『富士には、月見草がよく似合ふ』って」
そう呟く国木田花丸は、内心で興奮している。ここがいわゆる“聖地”であることを知っており、かつ中高生の小遣いではとても宿泊できない場所でありながら、巡礼できてしまったからだ。
「ありがとうございます。こんな時間に、急なお願いを聞いて下さって」
「構いませんよ。当日キャンセルのお部屋ですから」
頭を下げた花丸に返したのは、十千万の女将であり千歌の母である、高海枝海だ。小豆色の和服は、訪問着や付け下げといった礼装ではなく、波の図が染められた小紋で、彼女の質実さと気品を物語っていた。
畳の間を通り、敷居を跨いで広縁に出る。
自然なようで整えられた枝振りの松の下には、クルマ一台通らない県道一七号線を挟んで、三津海水浴場の海が夕焼けを揺らしている。
「太宰さんの部屋が≪月見草≫なのは、『富嶽百景』と関係があるのですか?」
「はい、先代からはそう聞いています。一九四七年に太宰さんが滞在した時、こちらは≪
“太宰さん”と自然に敬称を付けた枝海に、花丸は親近感を覚える。
「まあ、『富嶽百景』に描かれたのは、≪十千万≫ではなく≪天下茶屋≫の滞在記なんですけどね」
上品な佇まいに茶目っ気をくわえた女将は、年齢よりずっと若く見えた。
浦の星女学院スクールアイドル同好会に入部するにあたり、花丸は発起人の千歌に会いたいと思った。如何なる状況にも対応できるよう、入部届は予め生徒会に提出していたが、直接挨拶をするのは礼儀だと思ったからだ。
だから千歌が、太宰治が『斜陽』を執筆したことで有名な旅館≪十千万≫の三女だとは、想像もしていなかった。
だが、さもあらん、とも思う。
聖地であるこの部屋は、先ほども感じたように、なんの変哲もない和室だ。
ここに比べれば、同じく十千万にある≪伊豆文庫≫と呼ばれる書庫の方が、よほど聖地然としている。太宰治の作品を始めとして、彼の作品への評論、娘である太田治子の作品、伊豆に縁のある作品と、数百冊の書籍が収蔵されているし、彼の写真や自画像の複製もあるのだから。
だが、それは情報だ。客観的に存在する事実が刻印された物質にすぎない。
そうではない。
情報にも物質にもならない領域がある。
この世界のすぐ隣にある、普段は気付けないなにか。
一瞬に折り畳まれた無限のように、雨滴の落ちる間隙を埋める万劫のように存在する、違う時間、違う次元、違う可能性――違う世界。
それが自分と繋がっていると理解すること。
世界観の破壊と再生。
その扉を叩く他者が、芸術であり、表現。
その鍵を探す旅路が、巡礼であり、人生。
誰かと同じ場所に立ち、同じ風景を見て、同じ書物を読み、同じ空気を吸うことに、意味はない。
扉と鍵が揃った時に手に入る、世界を変える力。
その存在を予測すればこそ、意味を与えられる。
まだ見ぬなにかを“待つ”ことにさえ、“待つ”ことを恐れることにさえ。
「ありがとうございました。私はそろそろお暇します」
もう一度、花丸は頭を下げた。
「ごめんなさいね。本当は今頃、帰ってるはずなんですけど」
無垢ニレと思しき外装の電話を手に、枝海は言った。
「せっかくですし、宿泊していかれたら? キャンセル料は全額いただくので、一名様なら無料でかまいませんよ」
「そ、そんな! オラには恐れ多いずら!」
思わず“オラ”と“ずら”が出てしまい、花丸は口を押さえたが、枝海は微笑んだだけだった。
「では、お玄関までご案内します」
「あ、はい!」
花丸は枝海について畳の間を通り。
退室のきわ、窓に目を向ける。
六九年前、自らの実家である津島家をモデルとした旧家の没落を描いた時、彼はこの部屋で、この“斜陽”を見たのだろうか。
手の中に、微かな熱を覚える。
今日、曜はみんなの中心だった。
だが、そこに居続けることはできない。
天の道を歩む以上、太陽は必ず沈む。
その時、ヒマワリでありたいと願う自分に、なにができるのか。
あの優しい幼馴染みに。
次回予告
千歌 「出番がなーいー!」
梨子 「私だって、名前しか出てないわよ」
ルビィ「スクールアイドルの中心人物がいなくても、意外とお話、回りましたね」
梨子 「実質、仮面ライダー回だったもんね」
千歌 「ポリちゃん回じゃーん!」
梨子 「あれって結局、マルちゃんのフォーメアってことでいいの?」
千歌 「違うの?」
ルビィ「次回、仮面ライダーメルシャウム第九話、『震えてる手を握って』。ルビィ回前編です」
千歌 「ちかっちの出番はー!?」
ルビィ「あ、あります、ありますから……」
梨子 「私も、少しは活躍したいなあ」
C
シャイニーと龍駒が戦っている。
黒澤ルビィは、控え室からそれを見ている。
怪人からルビィたちを護ってくれるはずの、仮面ライダー同士の戦い。
ガラス越しの光景は異常で、握り締めた指先が痺れてきたことにも気付いていない。
そんな戦いも、やがて曜が介入して終わった。
「終わりましたね、果南さん」
ほっと息を吐いたルビィは、滑り止めのついたテーブルにお尻を乗せ、姉の友人を振り返った。
スポーツ選手のような服を着た果南は、無表情のまま、右手の拳を差し出した。
「なんです?」
ルビィは首を傾げる。
果南が手のひらを開くと、そこには淡く光る透明な球体が乗っている。
揺らめく液体の中で、クリスタルのような正八面体が回る。
「ご本尊?」
花丸の実家、妙法寺の本堂に安置されている、あの太陽のような球体に似ている。
「なんで果南さんが――」
――顔を上げ、ルビィは息を呑んだ。
おかしい。
「果南さん?」
強烈な違和感。
瞼を閉じ、開ける。
眉を寄せる。
なにかおかしい。
果南が別人に思える。
こんな間近にいるのに。
瞼を強く閉じる。
気のせいだ。
今日だって、二年振りに再会したんだ。
記憶の中の顔と違っていて当然じゃないか。
「戦え」
声に目を開けた時、果南は背を向けていた。
ルビィが口を開ける前に、高いポニーテールを揺らした彼女は、更衣室に繋がる廊下へのドアをくぐる。
そして開いた手のひらを見せ、視界から消えた。
「果南さん……?」
残されたのは、テーブルの上の球体。
朧な照明を浴びて回る正多面体が、七色に分散した光を投げかける。
その光の揺らめきに、ルビィはなぜか、見とれてしまう。
「ルビィちゃーん!」
肩が震える。
顔を上げると、プールサイドを花丸が手を振りながら歩いてきた。
ルビィは咄嗟に球体を掴むと、両手で覆い――
「ピギ!」
――手のひらに痛みが走った。
「どうしたの?」
入口から覗き込んできた幼馴染みが、ルビィを不思議そうに見ていた。
「う、ううん、なんでもないよ」
ルビィは球体を包んだ手を、スクール水着のお尻に押し当てる。
なぜ隠したのか、自分でも分からなかった。
「果南さん? 今、帰っちゃったよ」
ただ、手のひらの中に隠した球体が、その中の結晶が、ルビィをつついていた。