仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第九話:震えてる手を握って - 6(完)

   *

 

 細く開けたドアの向こうに、ツーサイドアップをぶら下げた頭頂部が見えた。

「入る?」

「うん」

 一度ドアを閉め、チェーンを外すと、萌黄色のワンピースを着たルビィがはにかんでいた。

「私の部屋、行ってて。なんか入れてくから」

「居間じゃなくて?」

「そうよ。黒服抜きでね」

「あ、うん」

 ルビィが黒服に指示し、自室に向かうのを見ると、キッチンに入って引き戸を閉めた。

「ルビィが来ちゃったかあ」

 コップにイチゴオレを注ぎ、津島善子は一人ごつ。

 襟首のよれた部屋着のTシャツが、いつの間にか汗で湿っている。

 自宅のチャイムが鳴った時、善子は対応すべきか迷った。どうせ難しい顔をした黒澤家の人間か小原家の人間が入ってきて、善子の行動を清算して去っていくに決まっていると思っていたからだ。

 ところが覗き穴の向こうにいたのがルビィ一人なら、招かないわけにもいかない。

(またドアを壊されたくないしね)

 化粧していない顔から目を逸らすように、お団子を作っていない頭に手櫛を入れ、パジャマ代わりのジャージのパンツを簡単にはたく。

 お盆を手に自室のドアを開けると、壁に貼られた諸々の前に立つルビィが目に入った。

「ああ、座る場所なかったわね」

「ううん、お構いなく」

 善子は部屋の中央に準備していた、燭台やお手製の魔法陣スカーフを片付け、畳んであった座卓を広げた。

「配信してたの? ≪堕天使ヨハネのお休みふにゃらはっぱ≫――」

「――≪真夜中フラガラッハ≫。してないわ」

 昨夜配信予定だったのだが、気分が乗らずに寝落ちし、気付けば朝になっていった。だから窓には裏地に紫を配した黒いカーテンがかかったままで、勉強机にはプライバシー保護の布が、壁には“FallenAngel YOHANE IN Midnight Flagarach”とデザインされたタペストリー風ポスターが貼ってあった。衣装として準備した紫ベースのゴシック&ロリータ服も、箪笥の横にかけたままだ。

 だが腰を下ろしたルビィが引き続き見上げているのは、配信用のあれこれではなく。

「すごいね」

 壁に貼られた『太鼓の達人』世界一決定戦、そのエリア大会優勝の賞状だった。

「エリア大会の上って、どこなの?」

「世界」

「ウソ! 世界に行ったの!? 善子ちゃん!」

「二回戦負けよ」

 そうだ、この去年の大会も、敗因は体力不足だった。前日の練習と一回戦でパワーを使い果たし、二回戦の二曲目はボロボロだったのだ。

「『やるからには勝つ』からは程遠いわ」

 ダイヤの発言を引用すると、ルビィは目を伏せてしまう。

 その気まずさを埋めるように、二人はイチゴオレを一口飲んで、息を吐いた。

「あの、ごめんね。来ないでって言われてたのに」

 口火を切ったのはルビィだった。

「テキストでよかったのに」

 善子はわざと感情を殺して、コップの中で揺れる淡い桃色をした乳飲料を見る。

「うん……。善子ちゃん、もの凄く怒ってたから。文字じゃ、上手く伝わらない気がして」

 ルビィは、捕食者を警戒する小動物のように善子の挙動を見てはいるが、顔は直視しない。

「いいよ、私だって言いたいこと言ったんだから。遠慮しないで」

 そう言うと、軽い上目遣いで善子の顔を見たルビィは、唇を舐めた。

 いつものパターンだ、と善子は思う。

 夢中になった時の善子は、相手にどう思われるか考えもせず、正しいと思ったことを行動に移す。

 それが物心ついた頃からのやり方だった。

 浦女の生徒会室でダイヤに啖呵を切った時も、沼津御用邸記念公園で瑠璃に食ってかかった時も、沼津市立総合水泳場の見学席で梨子に怒鳴った時もそうだった。あの三人は、善子がなぜ怒っているのか、三〇パーセントだって分かっていなかっただろう。

 そんな状態で怒りの表出を見せれば、当人が困惑するのも、その周囲が“キレた”善子への攻撃を始めるのも、当然だ。

 そうなれば、善子は自分の出番の終わりを選ばざるを得ない。

 だから、ルビィがツーサイドアップを荷車の車輪のように回して、

「ごめんね! 善子ちゃん!」

 と頭を下げた時には、唖然としてしまった。

「え……え? なに、なんでルビィが謝るの?」

「だって、うちのお母さんが、幸子さんと善子ちゃんに酷いこと言ったし」

「いや、そりゃ、あんなこと言われたら怒るけどさ、え、待って待って」

 善子は混乱した。これは想定していた会話ではない。

「でも、余所のお母さんにアレはないでしょ。てか、だとしてもルビィが謝る必要なくない?」

「ううん、ルビィはお母さんを注意しなきゃいけなかったんだもん。なのに、なにも言えなくて」

 ここに来てようやく善子は、ルビィが謝りに来たのだと理解した。

「ルビィ、怒ってないの?」

「なんで?」

「いや、だから――」

 力が抜けて箪笥に寄りかかる。

「――ううん、なんでもない」

 吹き込んできた風で、部屋着のTシャツがびっしょりと汗で濡れているのに気付いた。

 ルビィは不思議そうな顔で善子を見ていたが、やがて目をパチクリさせた。

「ルビィが善子ちゃんのこと、嫌いになったって思ったの?」

 そう言われてしまえば、なんとバカバカしい理由だ。

 肯定するのが恥ずかしくて、お団子のない頭をかき回してしまう

「わけ分かんないヤツでしょ。私って」

「最初からわけ分かんない人だったよ、善子ちゃんは。カメラ持って走ってきた時から」

 噴き出し、ルビィも笑った。

 そしてふと気付く。

「なんでさっきから、“善子”って呼んでるの?」

「え、真面目な空気だったから……ダメ?」

「ダメってわけじゃないけど、最近みんな“ヨハネ”呼びだからさ。ムズムズしちゃって」

「そうよ、この子は黒澤家のお姫様なんだから。ちゃんとヨハネって呼んであげなきゃ」

「そっか、ごめんね――」

 善子がその発言の第三者性に気付く前に、ルビィが声を上げた。

「――お母さん!?」

「昨日振り、ルビィ」

 黒いカーテンを前に正座する女性は、瑠璃の顔で艶美に笑っていた。

 

   *

 

「瑠璃さん? え、いつウチに!?」

「違うよ、善子ちゃん! この人は――」

「――≪ラズリ・フォーメア≫。ラズリって呼んでね」

「ら、ラズリ? ラピスラズリの?」

「そうよ」

「じゃ、やっぱルビィのお母さんじゃん!」

「そうだけど、違うの!」

「初めまして、ルビィの母です」

 真珠のような光沢のある白いアッパッパに、同じ素材の腰丈のケープを羽織り、瑠璃と呼ぶには空色すぎる装飾的なファスナーテープ。

 大正時代のモガを思わせる洋装の女性は、自身をそう紹介した。

「どうやって――まさか」

 立ち上がった黒澤ルビィは、畳にお尻を預けたままの善子を見た。

 母の顔をした怪人は、善子の瑠璃に対する敵愾心から産まれたのか?

 だが、当のラズリは首を傾げた。

「ヨハネさんは、黒澤家のボディガードを詳しく知っているかしら?」

 それもそうだ、善子は辰本迅を含む二人の黒服の名前は聞いたが、その過去については知らないはずだ。

 では?

「ま、待って、ほんとに? 瑠璃さんじゃないの?」

 善子はやっと状況を把握したか、這いずるように立ち上がった。

 ラズリは楽しそうに笑うと、ケープを払うように持ち上げた右手を――

「うわっ!」

 ――ぐしゃり、と白く泡立った不定形に崩した。

「私たちは泡だからね。この程度のスペースがあればどこにでも入れるの」

 背後の分厚いカーテンが僅かに揺れている。あそこから入ったに違いない。

「下がって、善子ちゃん。今――」

 ルビィはボディガードを呼ぶべく、ショルダーバッグの中に手を入れて電話を取り出そうとした。

 だが出てきたのは、手の中に収まる柔らかな球体――手作りのコウモリのぬいぐるみだった。

「――あ、あれ?」

「あら、可愛いじゃない。そんな特技があったのね」

「ルビィ! あんた、時と場合をねえ!」

「ち、違うの、そんなつもりじゃ」

 いや。

 手の中のぬいぐるみが、微かに振動しているのを感じる。

 綿の代わりに入っているμ-フォームが――≪ストーカー・フォーメア≫が、ルビィに掴ませたのか。

 ラズリを殺させるために。

(でも)

 ルビィは右手で握ったコウモリのぬいぐるみを胸に押し付ける。その振動が、心臓の脈動に同期して弾む。

 小さく息を吸い、母の顔をしたラズリを見る。

 善子の手をとって、少しだけ背の高い彼女を自分の背中に隠す。

「出てって、お母さん」

「なぜ? せっかくあなたたちを解放しにきたのに」

「そんなことしてほしくないの! ルビィにも、ルビィの友達にも!」

 あらん限りの大声で、母の顔をした怪人に訴える。

 善子の手に力が入るのが分かり、ルビィも強く握り返す。

 震えているのは、自分の手か、善子の手か。

 だが、怯むわけにはいかない。

 もちろんこれは瑠璃ではない。心無い言葉で善子を傷つけた本人ではない。だからここで勇気を発揮しても、善子の名誉を回復することにはならない。昨日の失敗の代償行動、あるいはいずれくるかもしれない同状況へのリハーサルでしかない。

 それでも。

「お願い、ここからいなくなってよ!」

 ここで逃げたら、ルビィはきっと、なににも立ち向かえなくなってしまう。

「ルビィのお母さんなんでしょ? ルビィの言葉、分かるんでしょ!? なら――」

「――困ったわね」

 ラズリは指先で鼻頭を撫でると、ケープの下から右手を見せた。

 その指先が挟んだ、小さな球体を。

「μ-フォーム」

「無理だよルビィ! どう見ても悪役じゃん!」

 通じないのか。

 右手に握ったぬいぐるみが発する振動が、心臓の鼓動が、高まる。

 戦うしかないのか?

(でも!)

 風を切る音。

 左手を握っていた善子の手から、力が抜けた。

「ヨハネちゃん!?」

 善子の細い首に、細長く伸びたラズリの指が巻きついていた。

「は……かっ……」

 糸のような親指と人差し指が、白い首に血管を浮き上がらせる。

 小指と薬指で摘んだ淡く光る球体が、善子の眉間に差し向けられる。

「あなたの夜を、見せてくれる?」

 善子は、首に巻きついた指を掴み、歯を食いしばり、見開いた目で球体を見ている。

 その瞳が広がり、球体の光が強まる。

「お母さん!!」

 ひゅう、と。

 口笛のような音が響いた。

 直後、ルビィの首に痛みが走る。

 指先の感覚がなくなり、コウモリのぬいぐるみがフローリングに落ちたのを見た時、ルビィの意識も途絶えた。

 

   次回予告

 

千歌「ルビィちゃん回と思ったら、むしろ善子ちゃん回?」

梨子「いつになく長いお話だったのに、出番が叫び声だけ……」

鞠莉「我慢我慢、名前しか出てない私と果南よりましでェス!」

梨子「理事長代理は八話で大活躍したからいいじゃないですかあ!」

千歌「まあまあ。次回、仮面ライダーメルシャウム第一〇話、『傷付けたって構わない』」

梨子「序盤に出番が集中してた分、個人回が始まっちゃうと、私たちの出番、少なくなるよね」

千歌「梨子ちゃんが最後にブランキアに変身したの、五話のアバンタイトルだし」

鞠莉「安心して、九話の裏側を語る一〇話は、全編リリー回だから!」

千歌「ほんと? やったよ、梨子ちゃん!」

梨子「イヤな予感しかしないんだけど……」

 

   C

 

「おっす、ヨハネ」

「おはよ」

 廊下の窓に寄りかかって中庭を見ていた津島善子は、階段から登ってきたクラスメイトに手を上げた。

「なにそれ、カッコいいじゃん」

 クラスメイトが指差したのは、善子の首だった。善子は黒地に銀の十字架があしらわれたチョーカーを巻いていたのだ。

「天界を追放されし堕天使たるもの、制服にもワンポイント欲しいからね」

「そう聞くとカッコ悪いな」

「うっさいわね」

「よ、朝っぱらからなにしてんの?」

 別のクラスメイトが電話を手にやってきて、話に加わる。

「ヨハネのチョーカーが堕天的だって」

「別にいいでしょ」

「褒めてるんだよ」

 ゴールデンウィーク開け、金曜日の浦の星女学院の空気は、前後の土日が構成する飛石連休も相まって気だるげだ。それでも生徒たちが登校してくれば、遠洋の風浪が打ち寄せるように、徐々に喧騒が立ち上がってくる。

 頼むから今日は、昨日みたいなことは起りませんように。

 そんなことを思っていると、

「――はい、こちら現場の佐里(さざと)です!」

 クラスメイトの電話が甲高い声を立た。

「こちらが昨日、仮面ライダーブランキアによってフォーメアが倒されたとOGIより発表のあった、我入道海水浴場の海岸です!」

 善子たちが覗き込んだ画面では、八時のワイドショウのタイムシフトが再生されていた。地元の佐里(さざと)里恵(りえ)リポーターが、いつかの台風で打ち上げられたままの竹や木の枝を乗り越えながら、カメラに向かってテンション高く叫んでいる。

「これ、昨日の?」

「そうそう」

「現れた怪人は、目下話題のラズリ・フォーメアです! 海の中、ちょうどあの辺りでブランキアに倒されました!」

 海風を受けて荒ぶる髪の毛を押さえて理恵が指差す海面には、なんの痕跡もない。

「なにこれ、ただの海じゃん」

「場所間違ってない?」

 クラスメイトが口々に突っ込み、

「まあほら、海だしさ」

 と善子が無意味なフォローする。

「現場に人影はなく、怪我人はありませんでした! 以上、現場の佐里がお伝えしました!」

「終わった!?」

「はあ!? これだけ!?」

「しょうがないって、情報がないんだから」

 またもフォローするが、クラスメイトの勢いは収まらない。

「こんなんなら、わざわざ現場いく意味ないっしょ」

「なんで今回は映像がないの? ≪シェル≫の時はあったのに」

「ちょっと、落ち着いてって――」

「――一人くらい撮ってた人だっているっしょ、探してみる」

「てか、ブランキアがカメラと一緒に移動すりゃいいじゃん」

「そうだよ、それこそ生中継で戦わせれば――」

「――そんなことできるわけないでしょ!」

 善子が思わず声を荒げると、クラスメイトたちは目を瞬かせた。

「ライダーにだって事情があるの! 流せない情報だってあるに決まってるじゃん! それを……寄ってたかって……そんな風に言わなくたっていいじゃない!」

「ヨハネ? ど、どうした?」

 ヨハネはこみ上げてきた涙を隠すように、背を向けて走り出した。

「おい、授業始まるよ!」

 廊下を駆け抜け、階段を下りる。

 中庭に出たところで予鈴が鳴り、ようやく上った血が落ちてくるのを感じた。

「あんな言い方……」

 上気した顔で、太陽に蓋をしたような曇天の空を見上げる。

 首を圧迫するチョーカーを意識する。

 工事が終わり、樹木が減って見通しのよい広場になった中庭にしゃがみ込む。

「私こそ、あんな言い方……」

 昨日の戦いは野次馬がゼロだったので、ネットでも話題にならなかったし、映像も出てこなかった。OGIが撮影していたとしても、相手が黒澤家のご寮人の顔をした怪人なのだから、映像が提供されるわけがない。テレビ番組ではそれだとニュースバリューが低いから、と現場の絵を出したのだろう。それは想像できる。

 だが戦いの傍観者たる普通の人は、これでは満足しない。

 善子だって、一箇月前なら絶対に文句を言っていた側だった。

 そんなこと、分かっているつもりなのに。

「普通の人……か」

 善子は無意識に、黒いチョーカーをさする。

 自分はもう、「傍観者たる普通の人」ではないのだろうか。

 一箇月前、この中庭で、仮面ライダーの正体を撮影してしまったばっかりに。

 私たちを護った人たちが、どんな気持ちだったか知ってしまったばっかりに。

「善子ちゃん!」

 背中から声をかけられて、振り返る。

 廊下の暗がりに、見覚えのあるツーサイドアップが見えた。

 善子の元に走ってきたのは、ルビィと花丸だった。

「なにしてるの? もう授業始まるよ」

「分かってる」

 立ち上がった善子は、花丸の後ろで小さくなっているルビィが気になる。

「もう平気なの? 昨日、あんた……」

「あ、うん、ルビィは平気……。ごめんね。首、痛くない?」

「これ? 全然平気。むしろアクセサリのいい言い訳になったわ」

 とチョーカーを指差して笑う。本当は首吊り自殺を試みたような痣が残っているし、時々鈍痛が登ってくるが、そんなことは言っても仕方ない。

「むしろ部屋がぶっ壊れたのが、痛いっちゃ痛いわね」

「そ、そうだった。ごめんね、うちでリフォームを手配したから、ほんとにごめんね」

「てか、手配してくれたホテルがもう『一泊いくらよ』ってレベルで、堕天使的には昨日のアンラッキー全部帳消し? みたいな?」

「そう? なら、いいんだけど」

 ルビィは言葉とは裏腹に、顔を陰らせてしまった。

 善子はそれが気になるが、あと数分で一限が始まるなら、後回しにせざるを得ない。

「上、行こ」

 二人に言って、善子は階段を登る。

 そして二階に上がった時、

「そうだ、これ……」

 思い出し、ポケットをまさぐる。

「ルビィのでしょ」

 取り出したのは、直径四センチほどの、丸っこいコウモリのぬいぐるみだった。

「あ! それ!」

 花丸が声を上げ、ルビィは逆に言葉を失っている。

「ウチに落ちてたよ」

 ルビィは手を伸ばし――

「あげる」

 ――善子の手を握らせた。

「え? ……え? なんで?」

「友達の証、ずら」

 花丸が指差すスクールバッグには、ボールに乗ったネコのぬいぐるみがついている。以前、善子が「ルビィが作ったのだろう」と推測したものだ。

「これ、なくしちゃったと思ってたんだ。でもよかった、持ち主のところに行ってて」

 ルビィはさきほどの陰りなどウソのように、笑っていた。

 善子へのプレゼントを作っていたのか?

 衣装制作を手伝うかたわら?

「でも、だって、コウモリっていったらルビィでしょ?」

「コウモリは善子ちゃんだよ。堕天使で、黒いんだもん」

 とルビィは自分のスクールバッグについたクマの頭のぬいぐるみを見せて笑う。

「ルビィの力がコウモリなら、それは、善子ちゃんが貸してくれた勇気だってこと!」

 そうか。

 そうかもしれない。

 なんの悩みもなさそうな、コウモリのぬいぐるみを見る。

「ありがと」

「どういたしまして! じゃ、行こ!」

 ルビィは花丸と一緒に、笑顔で階段を上がり出す。

 だが、善子の足は動かない。

 まだだ。

 もう一言、言うことがあるだろ。

 友達になるなら。

「あのさ」

 階段を上りかけた二人が振り返る。

 なのに、出てこない。

 目が合せられない。

 手が震えてしまう。

 小動物のようだと思ってたルビィだって、私をかばう勇気を見せたのに。

 その時、右手と左手を、暖かい感触が包んだ。

 顔を上げると、いつの間にか、二人の顔が近くにあった。

 涙がこみ上げてきた。

「ごめんね。その……初めて会った時から、今まで」

 ルビィと花丸は横目で見交わし――笑い出した。

「もう、そんなの気にしてなかったよ! 善子ちゃん!」

「え? ……え!? そうなの!?」

「そうずら! 善子ちゃんは色々気にしすぎずら!」

「てか、待って、なんでまた善子なのよ!」

 涙を流して笑う二人に戸惑っていると、そこで誰かが走ってくる足音が聞こえ、本鈴が響いた。

「先生来ちゃうよ、善子ちゃん!」

「急ご! 善子ちゃん!」

「だ、だから! 善子じゃなくてヨハネだってば!」

 階段を駆け上がった二人は振り返ると、目元を拭って声を揃え、

「ヨハネちゃん!」

「……まったくもう!」

 善子も涙を払うと、二人を追いかけた。

 さっきのクラスメイトたちにも、ちゃんと謝れそうだと思った。

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