仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第一〇話:傷付けたって構わない - 6(完)

   *

 

 変身したルビィを操るストーカー・フォーメアは、右腕の鎖を解き、赤黒い骨をぶら下げた右手を伸ばした。

 同じくラズリ・フォーメアの右手指が、それぞれろくろ首のように伸び、五本の先端から爪が連射される。

 二本の指は伸ばした右手で掴んで射線を逸らし、一本の爪は左手の鎖で弾き、

「ぐっ……!」

 捌き損ねた二本の爪が胸に食い込む。

 ストーカーを狙ったラズリの隙を、海底を蹴ったブランキアが背後からつく。

 だがぐるりと背中側に向けられたラズリの左手指が、三本の爪を同時に発射。

 散弾のように広がりながら迫る爪の二本が、ブランキアの顔面と右肩に命中。

 二人ともラズリから吹き飛ばされ、海中に没した。

「無様ね、ストーカー」

 ストーカーが水面に顔を出すの待ち、ラズリが嘲った。

 掴んだはずのラズリの指の感触は、とうにない。ラズリ側に千切られ、文字通り泡のように消えてしまった。

 その指は波打つ海水を浴びたラズリの手から再生し、撃ち出された爪も瞬く間に補充されていく。

 四肢満足に戻ったラズリは両腕を広げ、その首元にじわじわと、失われたケープを修復する。

 完璧なシステムだ。

「戦う覚悟のないルビィを乗っ取ったって、なんの役にも立たないわ」

「かもな」

 変身したルビィは黒鉄色の鎧をまとってはいるが、それは背中一面と左肩を護る役割で、胸から腹にかけてはなぜか、呼吸で上下する程度の柔らかな赤い部位が露出していた。脚も同様で、鎖によって脛は両脚共に全面が護られているものの、膝から腰にかけては左脚の側面に鎧がつくに留まっている。

 伸びる右腕はアドバンテージと思えたが、射程距離はせいぜい七メートル前後と中距離攻撃レベル、同じく中距離攻撃だがより射程の長い指と併せて遠距離攻撃の爪を持つラズリに勝てる要素がない。しかも鎖を伸ばしていると拳に重さが乗らず、かといって腕を戻すと鎖が手のひらに巻き付いて拳も握れない。

 左腕に至っては、自由な手のひらの代わりか、鎖が知恵の輪のように手首に絡み付いて可動範囲を極端に制限されている有様だ。

 挙げ句の果てに、脛に巻き付いた鎖はダンベルのように重く、足を一つ持ち上げることにさえ体力を消耗してしまう。

 射程も、手数も、パワーも、スピードも、持久力もない。

 そして鎧も鎖もルビィが産み出した形状であるゆえ、ストーカーにはこの矛盾の塊を逸脱できないのだ。

「あなたはそのまま沈んでなさい。さ、ルビィ。今その鎖を解放して――」

 海面から光が飛び出し。

「――む」

 ノースリーブのアッパッパから伸びた左腕が、肘から切断された。

 海面に落ちた腕と入れ替わるように現れたのは、ナイフのように分厚い一対の角を生やした、緑色の頭。

 ガラ空きになったラズリの左脇に突き刺さったのは、その人物が握る片刃の薙刀。

(ブランキア!)

 ストーカーは海中に沈めていた右腕を、一気に持ち上げた。

 ストーカーとラズリを結ぶラインに砂と水が飛び散り、ラズリの股下を鎖が舞う。

 赤黒い前腕が宙で反転し、背中からラズリを狙い――

「間に合わせにしてはいい連携だったけど」

 ――伝わってきたのは、握手の感触だった。

 ラズリの右腕があり得ない方向に捻れ、ストーカーの手を握ったのだ。

 そしてブランキアの薙刀は、五〇センチほどの反った刃は、ラズリの身体に半分ほど潜り込んでいた。左脇腹から入り、ヘソのすぐ右に出るまで。

「二メートル一〇センチ。競技用の薙刀よね。あなたの攻撃手段はとっくにチェック済みよ」

 それ以上は動かなかった。

 ブランキアの脚から生えたラズリの左腕が、薙刀の柄を掴んでいたからだ。

「奇襲は誰も知らない手でいかなきゃ。今はインターネットっていう便利なものがあるんだから――ね!」

 そしてお返しとばかりに、その爪でブランキアの左腕を切断してしまった。

「ぐ……!」

 ブランキアが苦悶の声と共に薙刀を手放し、ラズリは身体をずらして刃を抜いた。そして回収した左手で薙刀を掴むと、握手したままだったストーカーの右腕の橈骨と尺骨の間に刃を滑り込ませ、鎖で縛り上げてしまった。

(無理だ)

 ストーカーは鎖の巻き付いた脚の重さで踏ん張るも、唯一の攻撃手段である右腕を抑えられてしまってはどうしようもない。

 エンジェルやゾンビを葬ってきたブランキアの手を借りても、たった数メートルの距離も縮められないのか。

「そろそろお開きにしない? 悪いけど、私、あなたたちには興味ないのよ」

 ラズリはうんざりしたように、首を傾げた。

 だが隻腕になったブランキアは、改めて、顔面を護るような高い構えをみせる。

(勝つ気なのか?)

 ラズリのヘソに並んだ傷跡を見ながら、ストーカーは思考を再度巡らす。

 ルビィの知識に寄れば、ストーカーを含む今までのフォーメアは「泡立った水によって形作られた恐怖心」で人を襲っていた。だがラズリは、「液体を泡立てて形を作る」というフォーメアの性質そのものを使っているように観察できる。その差は歴然で、戦闘速度の中で自由に変形できる腕と指は、その力が強くなくても、爪の発射がなくても、二人を手玉にとるには十分だった。

 だが、それはどこまでに適応できる性質だ?

 津島家宅でルビィをわざと取り込ませた時、腕以外の変形はゆっくりだった。砂浜で失ったケープを復活させたのも戦闘が一段落したタイミングだし、今もヘソの横の開いた穴を修復せずにいる。

 そこに、付け入る瑕疵があるかもしれない。

 頭や胴体を破壊して、隙を作れば。

(だがどうやって、“隙を作るための隙”を作る?)

 自分は右腕を封じられ、ブランキアは左腕を失ったのに。

 ストーカーの思考を露知らずブランキアは、腰を洗う波や肘や鰓から垂れる水滴にも動かされず、構えを解かない。

「あなた、ルビィと同じなのね。自分が中途半端な存在だって、分かってる?」

 ブランキアは反応しない。

 緊張感のある構えのまま、じりじりと、ストーカーとは逆の方へ自分の位置をずらしていく。

 挟み撃ちを狙っているのか、と思ったが、ストーカーへの目配せなどはない。

「まあ、あなたの夜は、私には解放できそうにないけど」

 ブランキアが足を止めた。

「あなたの正体も目的も、興味ないわ」

 会話を拒絶する女声の返答に、ラズリは切りそろえた前髪をかき上げた。ノースリーブの脇は、きちんと処理されている。

 ストーカーは、それに眉をひそめる。

 

   *

 

 ブランキアが動いた。

 これで決めるつもりだ。

 迷いなく水深一メートルの海水を裂いて接近する姿に、ラズリ・フォーメアはそう察した。

 小柄なブランキアのリーチは、腕が約七〇センチ、脚が約九〇センチといったところ。その距離まで潜り込んでラズリをフォーマライズさせているμ-フォームを抜き出せば、ブランキアの勝ちだ。

 対するラズリは、今この瞬間にもフォーマライズを解いてμ-フォームを海に落とせば、それで勝ちではある。

 だが――

「仕方ないわね」

 ――受けて立つことにした。

 仮面ライダーとはよく言ったものだ、とラズリ・フォーメアは思う。

 巨大な一対の複眼に、触覚というには接触を拒むナイフの角を持つその仮面は、顔を完全に隠している。

 だが、顔を隠せば心が隠せると思っているなら、大間違いだ。

(待ってるわね、誰かを)

 打ち上げられたゴミが堆積するグラウンドまでは約八〇メートル、防潮堤まででも一〇〇メートル強、距離からしてライフルの類だろう。

 ブランキアとの再戦があるかは分からない。だが手の内を隠しているなら、確認してから撤収しても損はない。弾体の飛翔であれ衝撃波であれ、認識も回避も可能なのだから。

 そして想定通り、光の瞬きを捉えた。

 避けるまでもない。

 高速回転する針状の弾丸を、左肩で受ける。

 身体が揺れ、左腕が海に落ちる。

 泡が飛び散り、水に還る。

 それだけだ。

(じゃ、私の勝ちね)

 ラズリ・フォーメアは笑った。

 それは油断だった。

 かすかな音楽を知覚した直後、ラズリは視聴感覚を消失した。

 

   *

 

 大きな耳垢がとれたようだった。

 トンネルから抜けたようだった。

 ぼうっとした音が輪郭を取り戻すと共に、右肘に痛みが登ってきた。

 なにをしていたのか。

 顔が濡れているのを感じ、慌てて目と口を閉じる。

 曜先輩に「水面に顔をつけたら、絶対に口を開かないこと」と言われていたからだ。

 プールで泳ぐ練習をしていたんだっけ?

 だが両膝と両手は、水の中で波に移ろう砂に触れている感触がある。髪もツーサイドアップに結ばれたままだ。プールではない。

 口を膨らませたまま、顔を上げる。

 目を開けると、待ち針の先端のように小さな点から、光が広がった。

 青々とした空の下に広がる穏やかな海、右手から左手に向けて伸びる波止場、その向こうにある沼津港の入口。

「え?」

 視界の中央に、母の姿があった。

 白いアッパッパに、腰丈のケープを羽織った母が。

 左半身を失い、右半身の断面を白い泡が覆っている母が。

 喉のえぐれた頭が、首の座っていない赤ん坊のように背中側に垂らした母が。

「お母さん?」

 その声を耳にしてようやく、自分が黒澤ルビィだと思い出した。

 

   *

 

「な」

 三日月のように残された顔の一部が、空気を空に漏らした。

 人間的な形状を保ったラズリ・フォーメアの右半身を残して、牡丹雪のような泡が海に落ちていく。

 シャイニーの攻撃が成功したのだ。

 あとは、私の番。

 水を裂いて走る桜内梨子は、ブランキアの右腕を伸ばす。

 不規則にささくれ立った断面を覆う泡の奥に覗く、折れた肋骨が作る胸郭。

 その奥に、直径一〇センチの透明な泡が見えた。

(コア・ビード!)

 指先が、その表面に触れた。

 これを割れば、勝ちだ。

 淡く輝くμ-フォームを掴めば。

 だが――

「一手……遅かった……わね」

 ――割れない。

 ラズリの身体が、重力とは違う力で倒れ始めた。

 ラズリの右手指のうち三本が海に伸び、おそらくは砂を貫通して岩盤を掴み、ラズリを海へと引っ張り込んでいるのだ。

 指が空をかく。

 ラズリの残り二本の指が、ブランキアの右手首を掴んだ。

 離れていく。

 一〇センチ。

 ダメなのか。

 二〇センチ。

 いや。

 三〇センチ。

 みんなの居場所をおびやかすものは、私が排除する。

 四〇センチ。

 そのためなら、一人のフォーメアも逃がさない。

 五〇センチ。

 絶対に――

 六〇センチ。

「――逃がさない!」

 右手を開く。

 顎門(アギト)が開く。

 左肩に違和感。

 肩の装甲に生じた、腕を三倍する広さの黒い影。

 それが蛇腹を伸ばすように左上腕を走り、切断された肘を通り過ぎ――

 ぱちん、と。

 ――ラズリの身体が海に落ちた。

 白い泡が右半身の形に広がり、その中心を駆け抜ける。

 空を切った右手をそのままに、立ち止まる。

「……間に合わなかった」

 俯き――奇妙な左腕が目に入った。

 欠損したはずの前腕が修復されている。

 いや、奇妙なのはそこではない。肩から手の甲まで、いや、手の甲からさらに先にまで、昆虫の外骨格のように黒光りする装甲がついているのだ。黒く、ところどころに金色の斑点がある装甲がなにかは、思い出すまでもない。

「ロリポリ?」

 応えるように、右腕に対して長すぎる左腕が、梨子の意思を無視してこちらを向いた。

 そこで、修復された左手に、なにかを握っている感触があると気付いた。

 正四面体から円柱形に再結晶していく、海の色を反射して淡く光るμ-フォーム。

 ベルトが瞬く。

 波に洗われる桜色のフォームの左隣で輝いたのは、黄色のフォーム。

 それを見下ろす仮面の目も、赤から黄に変化している。

「届いた」

 届かせてくれたんだ。

 花丸ちゃんが。

 そこで、花丸からなにを頼まれていたのかを思い出し、振り返った。

「ルビィさん、怪我はない?」

 顔を上げたのは、黒鉄色の鎧をまとったストーカー・フォーメアではなく、ツーサイドアップから萌葱色のワンピースまで海水でしとどにしたルビィだった。腰まで海に浸かり、寒そうに肩を抱いている。

「遅くなってごめんね、すぐ浜に――」

「――ピギィ!」

 ルビィは梨子を見ると、奇声を上げて気を失ってしまった。

「ちょ、ちょっと!」

 海面に仰向けになったルビィを、リーチの伸びた左腕で抱きかかえ、首を傾げる。

「ブランキアのこと、怖がってたっけ?」

 だがルビィをお姫様抱っこする左腕の内側を見て、梨子は笑った。

 ダンゴムシの脚のような、わしわし動く何対もの細かな指が、腕一面に蠢いていたからだ。

「うん、これは私もイヤかな」

 ロリポリはショックを受けたようで、大きく指を広げて表明した。

 

   *

 

「なにが起こったんです? 今の」

「さっき義森が説明した通りでしょォ? 怪人を音楽でぶっ壊すって」

 それは聞いていた。ハーチェクで撃ち込んだ弾丸で、指向性スピーカーで照射した音楽を増幅させる、と。

「じゃあ、フォーメアを崩壊させる量子信号パターンが本当に存在したんですか? 本当に?」

「私だって分かんないわよォ!」

「す、すいません……」

 シャイニーのマスクを展開した鞠莉に声を荒げられ、野尻松之介は質問をやめた。

 眼前では≪OGIスクード≫の黒服数人が、ゴミまみれのグラウンドを我入道海水浴場へと走っていた。人間の状態に戻った黒澤家の息女を保護するためだ。

 松之介は双眼鏡を掴んだまま、背後に立っている黒服を一瞥する。鞠莉の専属ボディガードであるセブが松之介の視線を受け止めたかは、サングラスで分からなかった。

 鞠莉の首元から漏れるメロウかつラウドな音楽を耳に、松之介は考える。

 特定の量子信号パターンを与えることで、液体の“(Foam)”を“(Form)”にする。μ-フォーム関連技術の根幹である≪フォーマライズ≫という概念は、義森に嫌味を言われる自分でも共通認識の範囲だ。フォーメア(怪人)スランバラー(本体)がなんらかの信号でやりとりしているのも、それが“μ(ミュー)”が表わす通り音楽(Music)と関係している件と合わせて、社内では機密でもなんでもない。

 なぜならシャイニーのフォームチェンジも、フォーメアと同じ理屈だからだ。μ-フォームを介して水を泡に成形する理論を静岡OGIが実用レベルに発展させ、μ-フォームを覆う量子信号発信器として実装、プラットフォーム状態のシャイニーに装甲や機能をフォーマライズする技術としたのであって、そこには大量の従業員が関わっているからだ。

 だからこそ、そのフォーマライズを無効化する方法の存在は――

「――もの凄く重要な発見、ですよね?」

 仮面ライダー事業の主任が、今まさに防潮堤の上を喚声を上げて走る気持ちは、松之介にも理解できた。

「重要、よねえ」

 反面、鞠莉は気怠げに膝射の姿勢から身体を起こし、エウリュス=ハーチェクを操作した。エウリュスに生成されていたスナイパーライフル部分と、頭の上についていた一眼の観測装置、そしてシャイニーからギリースーツのようにぶら下がっていたワイヤー型の装甲が消える。

「やっぱ肩こるわァ、≪Hacěk≫は」

 アンダースーツ姿に戻ったシャイニーは、鉄の階段を鳴らして防潮堤に下りた。

 松之介はシャイニーと入れ替わるように階段を上がり、玩具の残骸を拾い上げた。

 “もの凄く重要な発見”が具体化した玩具の拡声器は、シャイニー主導の一撃で溶解したプラスティックの塊と化してしまった。配線や基盤が埋もれて残った辺り、発生するエネルギー量はエウリュスの必殺技に比べれば微々たるものだが、二度目の使用は不可能だ。

「主任が設計するシャイニーの武装って、なんで一発限りなんでしょう」

「そうねェ……」

 身の入っていない受け答えに、松之介は鞠莉を振り返る。

「鞠莉さん、S-ユニット(僕ら)の存在意義は薄れませんよ。ただ音楽を聞かせれば、怪人が崩れるわけじゃないんですから」

「そうじゃなくてェ」

「エウリュスと同じく一撃限定の武器だとしても、今回みたいに仮面ライダーと協力すれば問題ないですって」

「だァかァらァ……まあいいわ」

 銀色のシャイニーをまとった主人の顔は、いつになく冴えない。

 いや、そういえば墜落する前のスターフォア一六号でも、義森が最近変だと気にして――

「――見ましたか!? さっきの!」

 どこで折り返してきたのか、戻ってきた義森が声を上げた。

「あっ……はい、すごい必殺技でしたよね」

「≪G=ロリポリフォーム≫ですよ!」

 シャイニーのマスクに半分顔を埋めた鞠莉の横目と、松之介の目が合う。

「ブランキアにロリポリのフォームを内部から埋め込んで、二つのフォームの力を乗算させた、つまり、フォームチェンジというよりフォームロードです! シャイニーや≪G=セディーユフォーム≫とは違うんです! しかも発動者がいなくてもロリポリがロリポリの形を――いや、ロリポリをベースにした追加武装を産み出したとなれば、フォーム内部にその情報を保持しているか、なんらかのプロトコルで発動者と通信しているか、これは新発見で――いや、セディーユと薙刀でも同様の事象が起こっていたのかもしれません!」

「この玩具の件で興奮してたんじゃなかったんですか?」

「そうみたいねェ」

 松之介と鞠莉は小声で言い合う。

「梨子さんは、いつ東京に戻るんですか!?」

「さあァ、私は知らないわよ」

「引き留めてください! 私は大諏訪に戻ります!」

「主任、これはどうします?」

 基盤が埋もれた元玩具のプラ塊を見せると、義森は目を何度か瞬かせたのち、首を振った。

「処分してください」

「いらないんですか?」

「ええ。フォーメアへの効果は想定内でしたので」

 打って変わって無感情にそう言うと、義森は防潮堤の階段を駆け下り、スクーターに乗って行ってしまった。

「僕らも撤収しますか」

 義森が放置していったアタッシェケースを手に取り、鞠莉に言う。

 だが返答がない。

「鞠莉さん?」

 松之介が顔を向けると、鞠莉はシャイニーの内部から音漏れしている音楽を気にもせず、口を小さく動かしている。

「主任が変なのなんて、いつものことじゃないですか。また変な道具を作って、ひょっこり来ますって」

「撤収するわよ。今日の件は報告に上げないで」

「え?」

 鞠莉は松之介の発言を無視して階段を下り――

「相談があります、理事長代理」

 ――振り返った。

 逆光の階段の上に立って海水を滴らせる、苔のような装甲をまとった仮面ライダーに。

 

   次回予告

 

曜 「……ねえ、グループ名ってどうなったの?」

千歌「九話の冒頭から一〇万文字以上使って、結局決まらなかったね」

鞠莉「さらに一〇万文字使っても、決まらなかったりしてェ」

曜 「まっさかあ……。え、まさか、だよね?」

千歌「次回、仮面ライダーメルシャウム第一一話、『失敗する予感は』!」

曜 「え、ほんとに決まらないの?」

千歌「一クールラストのライブ回に向けて、よいつむトリオが忙しくなるよ!」

曜 「グループ名、決まってないのにライブするの!?」

鞠莉「You'll be OK(へーきへーき)! 結成して一年以上Group名がなかったAfter SchoolなTea Timeパイセンもいるんだしィ!」

曜 「それ、ロックバンドじゃないですかあ!」

 

   C

 

 お弁当を食べ終わった渡辺曜が千歌とルビィと話をしていると、梨子と善子が階段を上がって屋上に出てきた。

「だから、その……悪かったって」

「気にしないで。私だってお陰でお父さんに、わがまま言ってこれたんだから」

「じゃあ、このまま?」

「もう少しね」

 その後ろを黙ってついてくる人影を見て、

「理事長!? どうしたんです?」

 曜は思わずパックジュースを持つ手に力を入れてしまった。

「濡れちゃいます!」

「あ、っとっと」

 こぼれるジュースを脚を開いて避け、短パン必須のミニスカートだったことに安堵する。

「ダ・イ・リ、って言うのも久しぶりねェ」

 そうしている間にも、鞠莉、梨子、善子の三人は、曜たちのところへやってきた。

 屋上の縁に腰掛けていた三人は、増えたメンバーに合わせてコンクリートの屋根に下り、車座を作った。ルビィは丁寧にハンカチを敷いているが、曜と千歌は胡坐だ。鞠莉は小さな折り畳み椅子を広げて腰を下ろした。

「で、なんの話?」

 曜が問うと、梨子は困ったように含み笑いをし、善子は軽く曲げた指で顔を覆った。

「新たに我が傘下に加わったリトルデーモン一〇号の手により、我が肉体を包む≪ヘパイストス≫の暗き炎を、≪テテュス≫の見えざる海で鍛え上げる――って話よ」

「私が善子ちゃんを徹底的にしごいてあげるって話」

「だから、ヨハネだってば!」

「はいはい、ヨハネちゃん」

「むうー!」

 善子と梨子は軽口を叩き合い、ルビィと千歌はクスクス笑う。

「じゃあ梨子ちゃんが、ヨハネちゃんのダンス、見てくれるの?」

「うん、ライブに向けて詰めなきゃいけないのは、もうそこだけだから」

「責任重大よねえ」

「頑張ってね」

「はーい」

 そんな二人のやりとりに、曜は疑問を覚える。

(梨子ちゃんとヨハネさんって、こんな仲良かったんだっけ?)

 そして曜は、二人の親密さについて具体的に知らないことに気付いた。梨子は最近まで千歌の編曲の手伝いで、善子は衣装作成とダンスの練習だったから、二人の会話を見ること自体が稀だった。性格的に二人は合わないだろう、とのイメージがあっただけなのだ。

(あれ? でも、そもそも津島さんを私たちに紹介したのって、梨子ちゃんなんだっけ。実は仲良かったのかなあ)

 千歌も気にしていないようだし、そうなのかもしれない。

(ま、いっか)

 だから曜も、頭を空っぽにすることにした。

「でも、衣装はどうするの? まだ曜先輩の分しかできてないよ?」

 ルビィが言うと、善子と梨子が顔を見合わせる。

「そのための、マリー召喚よ」

「理事長代理が協力してくれるんですって」

「ええ!?」「代理が!?」

 思わず声を上げた曜と千歌に、戦国武将のように折り畳み椅子に腰掛ける鞠莉は渋い顔をした。

「私、ものを作るのって苦手なんだけどねェ。壊すのは男、作るのは女、って言うでしょォ?」

「言いませんよ。って、じゃあ代理は作る方じゃないですか!」

「私は壊す側なのォ!」

「こんなものぶら下げといて女なんて、ずるい!」

「ピギ!? ぶ、ぶら下げてる!?」

「陰と陽を重ねし印をその身に秘めたるは、天上におわす我が議長――」

「秘めてるんですか!?」

「秘めてないって! 私は壊す側なのォ!」

 

   *

 

 みんなが談笑する様を微笑ましく見ていた桜内梨子は、バッグの中で震えた電話に首を傾げた。梨子に直接連絡をするのは、父を除けばここにいる友達だけだったからだ。

 だが画面に映された名前を見て、顔を強張らせた。

「どしたの?」

 隣にいた曜が問うたので、画面を見せる。

「お母さんから。やっぱり、もう平気みたい」

「平気? え、どこか悪かったの?」

「事故で入院してたの。私と同じ事故で」

「ごめん、そうだったんだ――え? やっぱりそうなの?」

「やっぱりって?」

 言いながらメールに目を通すと、次第に眉根がよってくる。

 月曜日に受信したメールと、趣旨は同じだった。

 早く戻ってきてほしい。顔を見せてほしい。

「そうだよね……」

 東京を出た娘の状況を、母は知らない。友達を一人も家に連れてこないような一人娘が、父の付き合いと自身の検査のために、田舎で寂しく過ごしていると思っているはずだ。

 だが、そうではない。この街でできた友達のために、ライブの手伝いをしたい。だから可能な限りこの街にいたい。そう父に告げられるくらい、梨子は変わってしまったのだ。

「お母さん、こっちに転院できないのかな……」

「梨子ちゃん。ねえ、ねえ梨子ちゃん」

 物思いに沈んでいた梨子に、曜が電話を突き出してきた。

「この記事の事故って、梨子ちゃんのだよね?」

 [1/15 東京湾 転覆事故]と簡潔なシノプシスが書かれた単語カードの下から、電話の画面が出てきた。そこには今年の一月に起きた、東京湾クルーズの海難事故の記事が表示されていた。

「レストラン船ヴェントゥーノ、乗組員六三名、乗客四一五名、……うん、これだよ。ネットニュースになってたんだ」

「そりゃ、ひと月くらい大騒ぎだったもん、全国区だよ」

 ひと月というと、東京の病院に入院していた期間だ。ちょうど騒ぎが収まった頃に退院したということか。新聞記者も現れなかったし、局所的なものだと思っていた。

「でも、じゃあ、やっぱり誤報だったんだね」

「なにが?」

「ここ」

 と曜が指差す。

 『救助された二名のうち、一名は心肺停止の状態で都内の病院に運ばれたが、15日深夜に』――

「――死亡?」

「この記事、一旦消えて、この部分が削除されてアップされたんだよね。たまたま保存してたから気になってたんだけど、でもよかったよ、お母さんも生きてて!」

 曜は笑っている。

 梨子は電話に目を落とす。

 母から届いたメールに。

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