B
「歌を意識して! 歌いながら踊れば動きが変わるから!」
インストゥルメンタルの音楽とウッドデッキを踏むスニーカーの音が、雨そぼ降る夜空に響く。
照明を浴びた二人の少女が、水滴の流れるガラスに反射している。
「拍を意識して! 拍と歌と振りの頂点が合わないとみっともないよ!」
時刻は二〇時を回り、あわしまマリンパークを含む淡島全体は、とっくに店仕舞い済みだ。本土への連絡船もロープウェイも終了している。
それでも二人は、カエル館とファビュラス・ダイバー・ボーイズのある建物の、ガラス張りの外壁に向かって踊り続けている。
音楽が終わり、ダンスが決めポーズで終わり。
ヨハネはすぐに最初のポジションに戻る。
「リリー、もう一回、通しでお願い」
「そろそろ休憩しない? 顔色悪いよ、ヨハネちゃん」
「暗いからよ。いいから、お願い」
「……うん」
松浦果南はその様子を、海沿いの手すりに寄りかかって眺めている。
善子は三曲の振り付けを踊りきれるようになっていた。体力もついたのだろうが、梨子に教わった手の抜き方の効果が大きそうだ。
パフォーマンスの完成度向上に伴い、梨子のアドバイスは抽象的なものになり、大詰めに入ったのが窺える。
「あの子たちのわけないか」
ラギダイズ加工されたOGI製のタブレット端末を手に、果南は口を曲げる。
回収したμ-フォームの数が、記録と一致しない。そう気付いたのは、二週間ほど前だ。
一つのズレだったので、記録間違いの可能性を考慮しつつも隠し場所を変えたのだが、昨日、更に二つが減ったことで確信に変わった。
誰かが盗んでいる。
あの場所の存在を知っているのは、果南を含めて三人だけだというのに。
「……三人もいたんだ」
腰を捻り、振り返える。
雨粒が叩く海面を見下ろす。
島が眠りにつくこの時間、世界は果南のものだった。
本土へ伸びるロープウェイのワイヤーが揺れる音も、年々数を減らしていく生簀の浮いた狭い海の匂いも、手のひらが触れる錆の感触も、海面に映る自分の顔の大きさも、一七年以上続いてきたものだ。
それがここ数日は、まったく違う。
まるで別の世界のように感じられる。
いや、ずっと前から変わっていたのに、私だけが気付いていなかったのか。
「果南ちゃーん!」
顔を戻すと、点々と灯る常夜灯の円の中に、現れたり消えたりする二人の姿が見えた。淡島の外周を巡る散歩道を走ってきた、千歌と曜だ。
「渡辺曜! ただいま戻りました!」
「同じく!」
「お疲れ。中、入ろ?」
敬礼する二人を引き連れ、果南はウッドデッキに上がってダイビングショップのガラス戸を引き開けた。
「こんなに走ったの、何年振りかなあ」
雨風避けのウィンドブレイカーを脱いだ千歌は、店内に置いていたタオルで顔や脚を拭いていく。
「千歌はまだまだ元気そうだね」
「そりゃもう!」
「曜ちゃんは結構応えてますよ」
曜も雨に濡れたウィンドブレイカーの前を開けて、スポーツドリンクを飲んでいる。
「なまってるぞお、曜ちゃん」
「短期決戦型なの」
言い合ってはいるが、一周二キロの淡島を何周もしてきた後だ。基礎体力は遜色ないのはお互い分かっている。
そこに、
「もう上がる?」
店内に三人が入っていったのを見たのだろう、髪を縛った梨子がやってきた。
「いやー、どうしようかな。ヨハネさんはどんな調子?」
「うかうかしてると千歌ちゃんが追い抜かれちゃうレベル、かな」
「ほんとに!?」
千歌と曜が出入口から外を見る。窓際に立っている果南もそれに付き合って外を覗くと、善子はまだ、カエル館の方のガラスに向かって、一部のステップを繰り返し練習していた。揃いで着ているウィンドブレイカーの方々で、反射素材のロゴがキラキラと輝いている。
「私、もう一周してくる!」
「あ、待ってよ千歌ちゃん! 私も!」
二人の幼馴染みが飛び出して行き、
「風邪引かないでね!」
幼馴染みの新しい友達が、ガラス戸の向こうに言った。
「頑張るね、雨なのに」
「ごめんなさい、場所を貸してもらった上に、こんな時間まで」
梨子はガラス戸を閉めながら、申し訳なさそうな顔で果南を見た。
「いいよ、私だって用があるわけじゃないし」
そういう体になっている。
梨子は申し訳なさに笑顔を重ね、ガラス戸の外に顔を向けた。
「雨、ようやく小降りになってきましたね」
「ここで練習しだしてからだっけ? 一週間くらいほとんど雨だったよね」
果南が言うと、梨子は鳥が囁くように笑う。
「ヨハネちゃん、堕天使ですから」
梨子は膝と肘を曲げ伸ばしすると、ウィンドブレイカーのファスナーを首元まで上げた。
「私も、もう少しやってきます」
「桜内さんは頑張らなくていいんじゃない?」
「身体動かしてた方が、考え事しないで済むんで」
梨子が出て行き、入口を撫でた海風が、ひゅう、と音を鳴らし、後輩三人の残り香が夜空に逃げていき――
ばん、と。
――果南の手がドアを掴んだ。
梨子が不思議そうにこちらを振り返る。
果南は無視した。
デッキを駆け降り、手すりに走り寄って海に身を乗り出す。
「ダイヤ?」
その先にはなにもなかった。
海面をうねる暗い波が、岸壁を打っていた。
*
「お姉ちゃん」
ルビィがホワイトソースで煮込まれたマカロニをつつきながら、ダイヤを呼んだ。
だが、呼ばれた当人は気付いていない。黒澤宗家の一家四人が広い食堂に分散した膳の前に正座しているから、でもあるが。
「…………っ」
ダイヤは苦戦しているからだ。高温の耐熱皿を指で押さえようとしては手を離し、なんとかホワイトソースをまとったマカロニをすくい上げるも立ち上る熱気に顔を背け、何度も息を吹きかけて冷ましてからも口に運ぶのを躊躇するほど、集中しているからだ。
「お姉ちゃん?」
膳に乗っている夕食は、珍しく洋食だった。
基本的に膳の和食しか食べない黒澤宗家は、極端に熱いものを食べることが少ない。ダイヤは特にその傾向が強く、最高の完成度で現れたフランス料理と格闘を始めて、かれこれ二〇分は経過していた。
そのメインディッシュは、ルビィがリクエストしたマカロニグラタンだ。
かき混ぜて冷ましながら食べる琳太郎、小食な瑠璃、熱いものが得意なルビィに並んで、料理を崩さずキチンと平らげるダイヤは不利だ。姉に気を遣ってゆっくり食べるルビィにさえ、遠く及ばない。
とはいえ妹のコンタクトを無視させ続けるのもよくない、
「ダイヤ」
黒澤琳太郎は少し大きな声を出してダイヤの注意を引いた。
ダイヤは顔を上げ、ルビィの視線に気付いた。
「ごめんなさい。なんですの、ルビィ」
「う、うん」
ルビィはスプーンを置くと、改めて上目遣いでダイヤを見た。
「今日、なにか見る?」
「ええ。『バニシング・ポイント』か『暴力脱獄』を考えていましたわ」
「バリーとポールのニューマン繋がりか?」
琳太郎がそれぞれの主演の名を言うと、ダイヤは今気付いたというように眉を持ち上げてから、
「そういうつもりではありません」
と口を尖らせた。
「どんな映画?」
「いわゆるアメリカン・ニューシネマですわね」
ルビィが眠くなるジャンルだ。
「見たいものでもあるのか?」
テレビが娯楽室の一台しかない黒澤家では、六〇年代から七〇年代にかけてアメリカで製作された反体制作品が好みなダイヤと、二〇〇〇年代から昨今にかけて製作されるVFXを多用した娯楽作品を好むルビィで、希望がぶつかることがよくあった。
琳太郎が問うと、次女は曖昧に頷きながらグラタンを口に入れた。
熱い料理を熱いまま食べるルビィに、ダイヤが怪物を見るような目を向ける。
「多すぎではありませんの? これもあなたの希望でしょう?」
「最近グラタンを食べてないって言い出したの、お姉ちゃんだよう」
「人のせいにしないでいただきたいですわ」
「ダイヤ」
話が進まない、琳太郎はダイヤを制す。
「で、なにが見たい――いや待て。この前言ってたのは、あれだな、『アルマゲドン』。『ジョン・カーター』もだ」
「どちらも刺激が強すぎますわ。最近のSFでしたら、わたくしの見たところ、『アナザー・プラネット』、『月に囚われた男』あたりではないですか?」
「ドラキュラさん……」
「え?」
「ドラキュラさんが見たいの」
控えめに、だが大きな声で発された名前は、琳太郎の予想ともダイヤの提案とも違うものだった。
二人が目を合せていると、
「やめなさい、ルビィ」
食事が始まって初めて、瑠璃が口を開いた。
「人を恐怖に陥れる映画など、あなたが見るべきものではありませんわ」
「……そうですわ。お母様が正しいです」
長女の同意を得て、瑠璃は食事に戻る。
ルビィは上唇と歯茎の間に空気を入れて膨らまし、ダイヤはそんな妹を不憫に思ったか、食べられるものがないのを誤魔化すためか、口を開く。
「一応確認しますが、何年版です?」
「ベラ・ルゴシさんのヤツ」
「『魔人ドラキュラ』か。一九三一年、アメリカはユニバーサル映画がトッド・ブラウニング監督で製作したホラー映画の栄えある第一号だな。ベラ・ルゴシのドラキュラもエポックメイキングだが、脚本の整理により役どころを増したレンフィールドを――」
「――お父様。それですの? ルビィ」
二人の確認に答えるように、ルビィは耐熱皿をスプーンでこする。
「その作品、何度か見ましたわね。最初はたしか、わたくしが小学校低学年の頃でしたか」
「俺のコレクションを毎晩こっそり見てた頃か」
「誘惑の多い家で困っていた頃ですわ。でも――」
と、長女は次女を見やる。
「――ルビィ、あなたが小学生の時、きちんと見たいと言ったことを覚えていますか? その時はたしか、レンフィールドが村を起つところで、見るのをやめてしまいましたわ」
「う、うん……」
「始まって五分くらいじゃないか? そこ」
「その次はもう少し進みましたが、それでもドラキュラ城に入る前にはやめています」
「まさかルビィ、ドラキュラを見てないんじゃ」
「厳密には――」
「――もういいよう」
ルビィは唇をヘの字にして、グラタンをもりもり口に運びだしてしまった。
「ドラキュラが見たいなら、レスリー・ニールセンのアレはどうだ? あれはマイルドだぞ」
「またお父様は刺激の強いものを。『モンスター・ホテル』は如何でしょう」
「アニメだろ?」
「ドラキュラには違いありませんわ」
だん、と。
ジャガイモのコンソメスープを飲み干したルビィが、カップを無造作に膳に置いた。そして、
「ご馳走様でした」
座を離れ、大股で歩き出した。
「ルビィ! お待ちなさい!」
ダイヤもそれに続こうとするが、グラタンもスープもまだ熱く、立ち上がれない。
そうこうしているうちに、ふすまが開けられ、そして閉められ、板張りの廊下をドスドスと歩く音が遠ざかり、
「ルビィが……」
「怒った……?」
ダイヤと琳太郎は、思わぬ展開に目を見合わせるだけになってしまった。
瑠璃だけが、無表情でスープに口を付けている。
琳太郎は給仕に手を上げ、食事を終えた膳を下げさせると、
「最近どうなんだ? ルビィは」
真面目な口調を意識して妻に問う。
「どう、とは?」
「色々だよ。高校に入ってからこっち、立て続けに襲われてるって聞いてるが」
「問題ありませんわ。わたくしたちのボディガードと小原さんの仮面ライダーで、大事には至っておりません」
「報告書は読んでる。家族としての所感が聞きたいんだ」
この問いかけ自体、“家族として”ではないな、と琳太郎は思う。
瑠璃は品良くナプキンで口を拭くが、答えない。
「特にラズリ・フォーメアは、誕生から消滅まで、ルビィの目の前だったらしいじゃないか。君の顔をした怪人が倒されるのを見て、普通でいられるとは思えない」
「ですから今日は、ルビィのリクエストに応えたのですわ」
会話が噛み合っているのかいないのか。
「ダイヤは? どうだ?」
同じ学校に通う長女に問うてみるが、彼女はスプーンを手にしたまま眼を伏せた。
「ごめんなさい。わたくしはここのところ、ルビィに気をかけられていませんでした」
「ライブか」
あの学校に誕生する三組目のアイドルグループが、次の日曜日にライブを行うのだ。琳太郎在校中と同じなら、その手のイベントの調整は生徒会の役割だ。
「ルビィは順調なのか? 衣装だろ?」
「追い込みのようです。土日はホテルオハラに宿泊したいとも言っていました」
「僕も小原家経由で鞠莉さんから相談されてるけど、難しいな。スイートの宿泊費を黒澤家が出す、って話になると、生徒会的にはアウトだろう?」
「もちろんです、わたくしたちの財力を基盤とされては、部活動とは言えませんから」
すっかり生徒会長としての黒澤ダイヤになった長女は、ようやく湯気がまばらになってきたグラタン皿を前で姿勢を正した。
「ご馳走様でした」
瑠璃が辞儀をして立ち上がった。
「わたくしたちも観覧いたします。浦の星女学院の代表として恥ずかしくない公演を、期待しておりますわ」
「承知しております」
ダイヤは母に頭を下げた。自分がパフォーマンスに参加せずとも、生徒が生徒会の傘下にある以上、生徒会長には一定の責任が伴う。それが黒澤宗家の長女とあれば、なおさらだ。
ルビィもダイヤも揺れている。
だが琳太郎には、宗家当主としても男親としても、できることが少ない。
だから、ようやくグラタンを食べられるようになったダイヤに近付くと、小声で言った。
「ライブが終わったら、ルビィと一緒に『キャプテン・アメリカ』の新作でも見に行くか?」
返答は「『アイアムアヒーロー』に付き合っていただけるのでしたら」だった。
映画でまでゾンビを見なくても……。
*
「ほら、あれ、少し前に始まったユーフォの映画、面白いって話だよ」
「そうなんだ」
「吹奏楽部の話だけど、内容はほとんどスポ根ものでね」
「へえ」
「あの手の萌えアニメが苦手な人も楽しいって――」
「――私がスクドルやるって言ったら、どう?」
「え?」
小太りの男性店員にまじまじと見つめられて、津島善子は意識して微笑んだ。
「ヨハネちゃんが? 冗談でしょ?」
「なんで?」
「だって、ネットアイドル≪堕天使ヨハネ≫が、人間とグループ組んで歌って踊るの? キャラ違いだよ」
「あれ、アイドルじゃないんだけど」
思わず地声で言うと、店員は慌てて手を振る。
「ごめんごめん。でも、そっか、それでここ最近、全然来てなかったんだ。そっか」
安心したように言う店員を見て、善子は内心で鼻息を漏らした。
スーパーマーケット付属のゲームセンターにやってきた善子は、『太鼓の達人』の筐体には立ち寄らなかった。特訓で身体がボロボロなのもあるが、今日の来店には明確な目的があったからだ。
男性店員は、喜色を隠さず善子を歓迎し、閉店作業を放り出して格闘ゲームコーナーの低い椅子を並べて、文字通り腰を据えて会話に臨んだ。
それが善子の目的だった。
「じゃあ、浦女の子が貼らせてって来たアレ、お団子頭はヨハネちゃんだったんだ」
店員は門構えの柱に下がった掲示板を指差した。本来はゲーム対戦イベントや大会の予選情報が貼られるべき場所には、曜が描いたパステル調のポスターが偉そうに貼られていた。
「そそ。よかったら見に来ない? ヨハネの初生堕天なのに、
「もちろん、元々行こうと思ってたよ」
「ほんと!?」
大声を上げてしまい、口を押さえて周囲を見る。
もちろん誰もいない。
普段は喧噪に満たされる空間も、ゲームの電源が落ちれば二四時間営業のスーパーの物音しか聞こえない。この寂しさと、プレイする人のいないゲームが元気に発する電子音に囲まれて過ごす寂しさ、どちらが上だろう。
そう思うと、罪悪感が芽生えるのを自覚する。
『太鼓の達人』目当てでこの店の常連になった善子に、彼は最初から好意的だった。当初は、開店休業中のゲームセンターに女子中学生が通い始めたら、若い男性が盛り上がるのは当然だと思ったし、ゲームの大会を勝ち進む自分が界隈で有名な≪堕天使ヨハネ≫とバレてからは、そういう目線だろうと解釈していた。男女の色恋に関心をもつ余裕が善子にはなかったし、好意とその反転の悪意に幾度となく触れてきた自分を好きになる人がいるとも想像していなかったからだ。
だから、彼がすんなりライブに行くと言ってくれたのは、善子を複雑な心境にさせた。
「悪いわね。ここ最近ほとんど来られなかったのに」
「全然。俺はヨハネちゃんのリトルデーモンなんだから」
その認識にも、彼をナンバリングしていない善子の罪悪感は上乗せだ。
それでも善子は笑顔を維持し、椅子から腰を上げた。
「じゃ、その、なんだ、友達家族お誘い合わせのうえ、ご来場下さい。えっと――」
そこで善子は、彼の名前を知らないことに気付いた。
「――なんて読むの?」
ダークブルーの制服にとめられた、名札を指差す。
「これ?
「ツカム? 完全にDQNネームね」
「ヨハネちゃんが言う?」
違いない、と善子は笑った。
「じゃ、掴武さん、絶対来てよね! 約束よ!」
そう言うと、善子はピースを横から右眼にかざす≪堕天使ヨハネ≫の決めポーズを「ギラン!」と決めた。
「分かってるって!」
店員も同じポーズを返してくれた。
敢えて名前呼びで念を押した自分を改めてズルいと思いながら、善子はゲームセンターをあとにした。
自転車で街路に出て、すっかり慣れてしまった夜の暗さの中、駅を目指す。
「嬉しそうだったな……」
高校に入学して一箇月強であそこに行ったのは、ブランキアとワンダの正体を知った後、黒澤宗家の人間関係に直面した時、そして今回の浦女スクドル宣伝のためと、三回だった。
週に三~四回と足繁く通っていた女子中学生が、高校に入学したらパッタリ来なくなったとあれば、彼も不安だっただろう。
その気持ちを利用したのだ。
「はあ……」
狭い道の両脇で点々と灯る窓を見ながら、溜め息をつく。
「私の唯一の宣伝が、騙し討ちとはね……」
ポスターにビラ配りに加えてPVでの宣伝が遡上に登った横で、個々人でもライブをアピールしていこうという話になったのだが。
中学校までの過去を葬り去った善子は、友達がいなかった。浦の星女学院関係者以外で招待できるのは母親しか思い浮かばないが、高校生にもなって学校のイベントに親を呼ぶなど、善子の自意識が許さない。なのに、ただ一人思い付いたあの店員の誘い方さえ、この有様なんて。
やっとダンスが形になってきたのに、次から次へと自分のダメなところを突き付けられる気分だ。
「なんでスクールアイドルになんか、なっちゃったかなあ」
それがなければ、先輩たちに引っ張り回されることも、三月末に引っ越したばかりのアパートが大破することも、OGIが手配してくれた駅前のホテルで生活することも、なかったはずだ。全国大会に向けて太鼓を叩きまくり、夜な夜な占い番組の生配信をして、カメラのレンズに堕天使の笑顔を振りまいていたことだろう。
その方がよかったのか?
「分かんないわよ、そんなの……」
暗い夜道に、自然とネガティブな思考が立ち上がってくることを意識する。
「ああ、もう、太鼓叩く体力はないし、ホテルじゃ≪フラガラッハ≫も配信できないし、どうすりゃいいのよ――」
そこまで独り言を呟いたところで、頭の上に電球が灯った。
「――宣伝? ある、まだあるじゃん!」
そう叫ぶ善子の頭の中からはもう、店員男性の顔も名前も消えていた。