仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第一一話:失敗する予感は - 5

   *

 

 ファビュラス・ダイバー・ボーイズのガラス張りの外壁に向かって、三人の女子高生が踊っている。

 “チ”の字の『カタT』を着た千歌、白と黄のラインをたすき掛けしたTシャツを着た曜、二段プリーツのミニスカートを慎ましいパニエで広げた善子だ。

 その手前で“生放送中!”の看板を掲げているのは、のっぽパン(みかん)をくわえたまま文庫本を読む花丸、看板と三人の女子高生を指向性マイク付きビデオカメラで捉えるのは、マットの上で立ち膝をとるいつきだ。

 その看板が徐々に斜めになっていき、

「花丸ちゃん、右! 右!」

 いつきの小声で、花丸は看板を垂直に戻す。

 小口田よしみはその状況から視線を外し、隣で電話を触っているむつを見た。

「どんな感じ?」

「上々だね」

 むつがこちらに向けた小さな画面には、ニコニコ動画の生配信が映っていた。看板と踊る三人を斜め後ろから捉えた映像の上に、「誰この子たち」「スポーツウェアのヨハネ様も麗しい」「あれ渡辺曜じゃね?」などとコメントが流れ、「オリンピック選手がなにやってんのw」「選手落ちした」「ロングの子誰?」「ヨハネ様だって」「真ん中のだよ」などと別のコメントと応答している。

「本格的じゃん」

「ほんとにそう思ってる?」

 並んで画面を見ていた考朔のコメントが牧歌的で、よしみは噴き出してしまった。

 PV撮影は、準備の都合で結局、練習風景の生配信に落ち着いた。放送枠は≪堕天使ヨハネの真夜中フラガラッハ≫が普段使っているチャンネルで、配信が滞って焦れていた同番組のファンを取り込む狙いもあった。

 敢えてなにも説明していないのは、善子の作戦だ。ダンスと音楽と見えそうで見えない顔だけを配信すれば、見にくる一〇〇人ほどの視聴者――善子曰く“固定客”――は勝手にコメントでやりとりするだろう、との読みだった。コメントは画面上を流れ、それが多ければ盛り上がっているように見え、違う人やコメントを呼び込むはずだ、と。それは功を奏したようで、現在の来場者数は二五〇人を超えていた。

 こまごましたセッティングや機材の準備も、善子の知識がなければ丸一日格闘しただろう。「やっとお鉢が回ってきたって感じね」と堕天使そっちのけで場を仕切った善子を思い出すと、感謝と含み笑いがこみ上げる。

「ほんと、退院が許されてよかったよ。こんな配信、病院じゃ見られなかったもん」

 考朔は電話の画面と実物を見比べ、ひそひそ声でよしみに言った。

「じゃ、誘って正解だったね」

 内浦を去った考朔との親交を、バイク事故の見舞いの名目でなんとか維持していたよしみは、やはり彼の退院でその繋がりを失った。だから怪人に襲われて再度入院したと曜から知らされた時は、彼には悪いが僥倖だと思ってしまったし、いずれくる退院にむけて別方向での繋がりを作らねばならいと思ったのだ。

 とはいえ、他校のスクールアイドル活動の、それも練習の見学に誘うのは、小さくないジャンプが必要だったのだが。

 考朔と内緒話をしている現状が、ジャンプの成功を物語っていた。

(でも、ここからが本番だよ、よしみ)

 よしみは短いサイドテールを形作るゴムを締め直し、鼻息を勢いよく吐いた。

 配信が始まってから、つまりダンス練習が始まってから一〇分が経過したところで、むつが手を上げた。

「花丸ちゃん、反転!」

 看板がくるりと翻ると、“浦の星女学院スクールアイドル同好会”の文字が動画に登場。

 数秒おいて、「スクドルの宣伝か」「この歌オリジナル?」「歌詞聞き取れないー」などと並んだコメントが画面を支配する。

 その中でも「どこの学校?」系のコメントは多かった。当然だ、ネットを介した配信に地域性はなく、視聴している人々が沼津に住んでいるとは限らない。

 だから、

「お待たせしました! こちら、静岡県は沼津にある、淡島からお送りしています!」

 よしみはカメラの前に躍り出て、背後の三人を手で示した。

「そしてあの子たちは、私立浦の星女学院高校に誕生するスクールアイドル! グループ名はまだ決まっていませんが、明後日の日曜日に控えたファーストライブに向けて、最後の追い込み中です!」

 レンズの中央に光る赤い反射光を相手の顔だと意識しながらも、その向こうで意外そうな顔をしている考朔に視線がくすぐったい。

「ですが、彼女たちスクールアイドルはまだ同好会、部として承認されていません! そのために学校から提示された条件は、ファーストライブを成功させること! 会場となる体育館を満杯にするために、皆さん! 皆さんの力が必要なんです!」

 カメラを指差して強く宣言するが、しかし、余計なことが気になってくる。

 立ち位置は打ち合わせ通りか、看板と三人は見えているか、左手はどの位置におくか、頭をどの程度動かすか、マイクがあれば左手は遊ばずに済んだのに、なんでマイクを準備しなかったんだ、中学校の時のむつってどんな風にMCをしてたっけ?

 その間に台詞が飛んだ。

(やばい、次。次なんだっけ)

 ネットの海に通じる物言わぬカメラが、よしみを捉えて放さない。

 いつきが手を口の前に持ってきてパクパクと動かすが、そんなことで台詞が出てくれば苦労はしない。日曜日はカメラどころではない、何百人もの人の前でこれをしなければならないのに。

(カンペ準備しておくべきだった! 放送事故になる!)

 と――

「待たせたわね! たぁッ!」

 ――デッキの手すりを蹴って飛んだ善子が、よしみの前に着地した。

 下着をガードするパニエがふんわりと太腿を覆い、追ってミニスカートが形を取り戻す。

「ラストオラクルから幾星霜、私がついに昇天したと思ってたかしら? 甘いわ! 迷えるリトルデーモンに新たな託宣を授けるべく、数多の神々との戦いを経て復活を果たした堕天使ヨハネ! ここに堕天!」

 善子は左手で顔を軽く隠し、右手を斜め中空に伸ばすポーズを「ギラン!」と決めた。

 よしみが完全に固まっている中、

「コメントすごいよ! えっと、『ギラン』『ギラン』『ヨハネ様!!!!!!』『ギラン』『うおおおおおお!』『ギラン』『ギラン』『久しぶりの打点んんんん!』――変換ミスってる」

 考朔が真っ白になった画面をこちらに向けて報告してくる。

 だが善子は反応しなかった。その程度の反応は当然ということか。

「ヨハネちゃん! 練習!」

「もう、目立ちたがりなんだから」

 千歌と曜も、結局カメラの前に集まってきてしまった。段取りなどあったものではない。

「全国の我がリトルデーモンに紹介するわ。この堕天使と肩を並べ、魔都≪EASTERN PIT≫(東京)から這い出るスクールアイドルたちを打ち倒すべく集まった、悪魔の精鋭たちを!」

「悪魔あ?」

「曜ちゃんはヨーソローなだけなんだけど」

「隠さなくていいわ、このヨハネの≪ウジャトの目≫から逃れられるものはいないのだから――」

 自分の役割を取られてしまった、とよしみは思ったが、これこそが善子の役割なんだろうな、と考え直し、逃げるようにフレームアウトして考朔たちの元に走った。

「ごめん、全然ダメだった」

 よしみは汗ばんだ顔をハンカチで拭い、笑っている考朔を見ないようにする。

「いや、面白かったよ。よしみってこんなこともするんだ」

「しないしない! ああ、なんでMC(司会)やるなんて言っちゃったんだろ」

「いいじゃん、やんなよ。俺、絶対行くから」

「ウソ、いや、来ないで、ほんと来ないで」

 軽口を叩きながら、これが本番の二日前でよかったと思う。レンズ越しとはいえ、明日のゲネプロでも感じられないだろう視線の力を体感できたのは大きかった。

「でも、なんでむつじゃないの? 社会経験を積ませたかったの?」

 考朔の半笑いの問いに、むつは答えなかった。

 カチューシャで出したおでこを、よしみと同じかそれ以上に汗まみれにして、小刻みに首を振っていた。

 

   *

 

「学校はどうしたの? ダイヤ」

 反響する声に、人影が動いた。

「ここを知ってるのは私たち三人だけ。でも、まさかあんたの方なんてね」

 直径四メートルほどの半球の岩窟に、天使の輪のように岩肌に打ち込まれたLED電球が光を投げかけ、そこに床の三分の一を占める水面の反射が水影を揺らす。

 日光のない空間にあって、その横顔は黄昏時のように判然としない。

 ただ、身を屈めてこちらに向けた長い黒髪と、腰丈のケープだけが見える。

「学校サボって正解だったわ」

 光と光の隙間に落ちた壁際の闇から、松浦果南は姿を現した。

 上半身をはだけたウェットスーツも、むき出しにしたトライウェアも、すっかり乾いている。当然だ、スキンダイビングで十数メートルの横穴を抜け、水面から顔を出したのは、六時間も前なのだから。

 立ち上がり、頭をこちらに向けた人物は、目の上で切り揃えた髪から海水をこぼした。当然だ、外に繋がる水面からこのドームに現れ、窃盗を働こうと木箱に近寄ったのは、わずか三〇秒前なのだから。

「結構あるでしょ。二~三個持っていってもバレないと思った?」

 水路に繋がる水面の反対側のドア、その脇に置かれた木箱の中で光っているのは、直径三センチほどの球体。

 μ-フォームと呼ばれる、力の結晶。

「さ、持ってったヤツ、返して。それもね」

 だがその人物は、左手でいくつかの球体を抱えたまま、水面の方へ歩を進める。

 果南はその進行方向を遮るべく、水面の縁に沿って岩肌の地面を歩く

「三つ、あなたは間違いをしてるわ」

 その声に、果南は首を引いた。

「一つ、ここを知っているのは、あなたたち三人だけじゃない」

「一つ、私がこのμ-フォームに手を出すのは、これが初めて」

「一つ、私はあなたの友人、黒澤ダイヤじゃない」

 やがて、その人物がライトに下に入った。

 真珠のように白く光沢のあるノースリーブの服に、装飾的に入ったジッパーテープだけが青い。

「瑠璃……さん?」

 思いもしなかった顔だった。

「果南ちゃんか。大っきくなったね。何年振り?」

「……二年前には、よくお邪魔してましたが」

 答えたが、違和感に眉を寄せる。

「瑠璃さん。悪いけど、私は黒澤家を信じてません。それを置いてください」

「返してもらいにきたの」

「私が引き揚げたんです」

「だからよ」

 含み笑いと足音が、ドーム状の空間に響く。

 その足音に、違和感。

「あんた、誰?」

 手のひらを水面に向ける。

 さっと走った波紋が、天井の水影を大きく揺らす。

「よく気付いたわね。ルビィなんて、名乗っても納得しなかったのに。納得したくなかっただけかしら」

 果南は答えない。

 ダイヤが影響された「ですわ」喋りではないことも、ダイヤの面影のあるその顔が記憶の中の黒澤瑠璃とは違うことも、今は主題ではない。

「そこでとまらなきゃ、腕の一本じゃすまないよ」

「へえ」

 球体を抱えていない右腕が、身体の横に水平に持ち上がる。

「もう一つ、間違いを指摘しましょうか」

 その右腕から、水が落ちない。

 たった一分ほど前に海から上がった身体から、海水が消えている。

「この島には昔、≪海軍音響兵器研究所≫があったのよ」

「は?」

 しゅ、と右手の指先が動いた。

 そう知覚した時には鼻に激痛が走り、果南は背後の海中に没していた。

 

   *

 

 デニムのオーバーオールをはいた脚をソファの肘掛けに乗せ、さっきまでルビィが座っていた凹みに頭を収め、小原鞠莉は壁に掛けたテレビを見ている。

 五〇インチの画面にタイル状に表示されているのは――

 左上:浦の星女学院でエンジェル・フォーメアの身体からμ-フォームを摘出するブランキア。

 中上:長井崎岬の海岸でエンジェル・フォーメアの身体からμ-フォームを摘出するワンダ。

 右上:再び浦の星女学院でゾンビ・フォーメアが変化した目玉を叩き出すブランキア。

 左中:同じく浦の星女学院で目玉を割ってμ-フォームを爆破するワンダ。

 中央:伊豆三津シーパラダイスでシェル・フォーメアを爆破するワンダ。

 右中:沼津市立総合水泳場でパイルアップ・フォーメアを追撃するロリポリ・フォーメア。

 左下:同じく沼津市立総合水泳場でシャイニーと戦う龍駒。

 中下:我入道海水浴場でラズリ・フォーメアの身体からμ-フォームを摘出するブランキア。

 ――だ。

 各々の肝のクリップを繰り返すそれは、S-ユニット宛に届いた『ラギダイザー計画 試作μ-6型 1号機および2号機の運用に関する短期評価報告書』、そこに添付されていた『非OGI製仮面ライダーの実態』と題された動画だった。

「どうしてこう、この街にはHeroが多いのかしらァ」

 プレジデンシャル・スイートの居間に、独り言が転がる。

「ほんとですね」

 S-ユニットの整備班代表である松之介が同意を示し、

「よろしいのではないでしょうか」

 S-ユニットのオーナーであるセブが反意を示した。

「それどういう意味よォ、セブゥ」

「お嬢様が戦う必要はありません、という意味です。音楽再生専用のスーツを準備しましょう」

 表情の読めない笑顔でゆっくりと喋る鞠莉専属ボディガードに、しかし“Paranoïd”と書かれた黒Tシャツを見下ろす鞠莉は反論しない。

「あんなに訓練したのにさァ」

 「ブランキアの機能を部分的に再現したエウリュスを含めたPRX-M6_1、PRX-M6_2は、μ-フォームの実体であるメルシャウム群に及ばない。よって、PRX-M6_3の開発は無期延期とする」

 それが、もっぱら“仮面ライダーシャイニー”の名称で呼ばれるようになった≪人体ラギダイズシステム≫に対し、CEOたるジョルジョ・ルカーニアを筆頭としたOGIグループ役員会が出した結論だった。

 基礎研究を含めて一〇年二〇〇〇億円をかけて完成させたシャイニーは、物理的な機械だ。壊れれば動かなくなるし、スペック以上の力は出せない。対してフォーメアでありながらフォーメアと戦うロリポリ・フォーメアとそれを使役する国木田花丸、≪園田流≫合気道と薙刀術で戦うブランキアこと桜内梨子、≪飾流≫空手で戦うワンダこと高海千歌、映像は不鮮明だが松浦果南が変身したと思われる龍駒は、スタイルこそ三者三様だが、μ-フォームの力を直接使用する点でフォーメアと同等の存在――≪メルシャウム群≫である。その自己修復機能による安全性、燃料を必要としない可用性は、機械であるシャイニーにはない。

 とはいえそれは、龍駒との戦闘でMark IIが大破した時に分かっていたことだ。

 致命傷は、拡張性だった。研究の初期から議論されていたμ-フォームによる装甲と武器の生成は、外部刺激を機械部品のシーリングで遮断したμ-フォームに限定し、“フォームチェンジ”機能としてシャイニーに実装された。それは多様なフォーメアに瞬時に対応できるシャイニーの優位となるはずだった。

 しかしラズリ・フォーメアを倒したブランキアを“フォームチェンジ”させたのは、プレーンなμ-フォームだった。これについて、暫定的にμ-フォーム関連事業を任されている桜内桑介は、ブランキアでの実験データと、五年前に依田義森が書いた論文の仮説を引用し、あらゆるフォーメアは理論的に、別のフォーメアの能力を組み合わせることが可能だと示した。≪ウムラウト≫、≪セディーユ≫、≪ハーチェク≫、そして開発中の≪ストローク≫と、既定の機能しか組み合わせられないシャイニーの優位は、失われたのだ。

「Mark IIIまで中止されちゃうとはねェ」

「先週主任が提案した、≪μ-フォームによる泡形成に対する音圧変化パターンの妨害、およびその過程おける制御奪取の可能性について≫が示す機能が実現すれば、シャイニーを用いた近接戦は不要になります」

 あの名前を覚えたのか、と鞠莉はセブに笑みを返す。

 初老の専属ボディガードは、鞠莉のリアクションを皮肉だと誤解したようだ。

「たしかに現時点では一射限定の特殊武器でしかありませんし、音波を増幅する石を撃ち込む方法は別途考えなければなりません。しかしミリ波レーダーによるμ-フォーム位置の特定が可能になれば、我々OGIスクードの人員で十分となるでしょう」

「黒澤家との提携は不要、ってこと?」

 セブは口を開きかけ、閉じた。その青い目はサングラスに隠れて見えない。

「アナタが自分の家をどう思ってるかは知らないけど――」

「――もう私の家ではありません」

「口を挟まないの。ご主人様に向かって」

「ちょっと、落ち着いてくださいよ、鞠莉さん!」

 松之介が割って入り、

「申し訳ありません」

 セブは身を引く。

「あの提案を表に出すつもりはないわ。Foamを再結晶化できないなら、アレの影響を受けるのはむしろ――」

 と、ドアが開く音がした。

「――のんびりだったじゃない、ルビィ。No.2(“大”)だったの?」

 だがテラス窓に反射した戸口に見えたのは、スクールアイドル同好会の後輩ではなかった。

「果南?」

 身体を起こした鞠莉が改めて見たのは、ウェットスーツ姿の果南だった。

「果南! やっと来てくれたのねェ!」

 鞠莉はソファを飛び越え、果南に抱き付いた。

「もォ! 帰ってきてからこっち、いけずな態度ばっかりとるんだからァ!」

「松浦様。来る時は一言いただかないと困ります。セキュリティブリーチ扱いで私が始末書を――」

「――いいじゃない、セブゥ、私たちだけの抜け道なんだから。ね、果南」

 果南はなにも言わない。

「果南?」

 鞠莉は身体を離す。

「アナタ、誰?」

 抱き締めた感触が違う。

 顔も、髪型も。

 二年前の彼女と違う。

 答えは投擲だった。

 下投げで放られた球体が、鞠莉の頭のすぐ横――輪にした髪を通り抜けたのだ。

Hey(ちょっと)! So close(危なかったわよォ)!」

「果南さん、なにを!」

 鞠莉は自分の髪に目を向け、松之介は窓ガラスでバウンドした物体を目で追う。

「戦え」

 その声に目を戻した時、手を拭きながらルビィが部屋に入ってきた。

「ごめんなさい、遅くな――どうしたんですか?」

 黒総警の四人の黒服が所定の位置に進み、ルビィが歩を進め、

「果南!」

 鞠莉は入れ替わるように廊下に飛び出した。

 スイートの中央を貫く廊下には、誰もいなかった。

「来てたんです? 果南さん」

 ドア枠の向こうから言ったルビィに、鞠莉はエレベーターを見ながら頷く。

 そこでようやく、自分のTシャツが濡れていないことに気付いた。

 あの道を通ってきたなら、ウェットスーツが濡れないはずがない。

 直後、八人の電話がサイレンを鳴らした。

「フォーメア通報です! 龍駒とカヴァルッチャー・フォーメアと――ラズリ・フォーメア!? ≪海軍桟橋≫に!」

 松之介の報告に、部屋に戻った鞠莉は言葉を失う。

「龍駒が?」

 自身を守るべく動き出した四人の黒服の間で、ルビィは松之介を見ている。

 いや、彼が注意深く拾い上げた、直径三センチほどの球体を見ている。

 その中で揺れるのは、正六面体の結晶。

「果南さん、もしかして、『戦え』って?」

 鞠莉は思わずルビィを見たが、ややあって、ゆるゆると首を振った。

「あれは果南じゃないわ」

 端的な主張の声も、記憶のそれとは違った。

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