仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第三話:今考えても仕方ない - 1

   AV

 

 空き地の茂みをかき分ける。

 アスファルトの窪みに目を光らせる。

 錆の浮いたバス停のコンクリートブロックを動かす。

 石造りの波止場の先端で朝の光を飲み込む海の底に目を凝らす。

 転校生は明らかに、なにかを探している。

「ここにいると思った」

 だからだろう、渡辺曜が声をかけた時、彼女は釣り目がちな目を大きく見開いて振り返った。

「わ――たなべさん」

 梨子は教室でしているような顔を作ろうとしたようだが、けっきょくは警戒心を露にした険しい顔になった。たぶんそれが、今の曜の顔でもある。

 曜は軽快車から降り、ぱちん、とスタンドを立てた。

「探しもの?」

「そ……そうなの。ここで、これくらいの丸いもの、落としちゃったみたいで」

 梨子は指で小さな丸を作ってみせた。

「見つからないよ。私だって、落としたビー玉、見つけられたことないもん」

 曜は冗談めかして笑う。

「そ、そうだよね」

 梨子は笑い声を出したが、目は笑っていない。自分の発言がウソだとバレている、と分かっている態度だ。

 それを見ているのは、気持ちのいいことではない。

 だから曜はポケットに手を入れ、出した。

「これ、なに?」

 淡く光る、無色の球体。

「μ――!」

 言いかけ、梨子は口を押さえた。

「隠し事が下手だね、梨子さん」

 それは自分のことでもある。

 駆け引きは嫌いだ。

 相手の懐が空いていれば、そこに飛び込むのみ。

「渡辺さん、あの、私――」

 だが今は、時期が悪かった。

「――おーい!」

 遠くから声がしたからだ。

 声の主は見なくても分かる。スカートがめくれるのも構わず、アンクルソックスから腿までの肌色を無防備に晒して走ってくるであろう、千歌だ。

「なにしてるの? こんなところで」

「千歌ちゃんこそ。走ってきたの?」

「うん。さすがに運動不足だったな、ってね」

「あの、高海さん――」

「――なんでもないよ、私たちは」

 梨子の言葉は、曜が制した。

 こんな問題に、千歌を巻き込みたくはない。だから、

「行こ、二人とも」

 曜は転校生を迎える顔を作った。

 その“仮面”がなぜ必要かは、梨子にも分かるはずだ。

 

   A

 

「みーんなー! Shiny!」

 脳天を貫くような高音にスピーカーがハウリングを起こし、演台の向こうで金髪の上級生が耳を押さえた。

「もう、この程度の音、ちゃんと拾ってよね! あ、あーあー、OK? ……じゃ、みんな、もう一回行くわよォ! Shiny!」

 舞台に立つ少女はアイドルライブのように、体育館に並ぶ全校生徒にマイクを向けた。だがコールに対して戻ってきたレスポンスは、三年生の方からまばらに戻ってくる『シャイニー』だけだ。

「Oh! 私が『Shiny!』って言ったら、『Shiny!』って返してくれなきゃ。次回までに練習しておいてよねェ?」

 少女は口を尖らせて言ってから、わざとらしく咳払いをする。

「じゃ、自己紹介ね。私は今年度から浦女の理事長代理に就任した、三年の小原鞠莉でェス!」

 五〇人に満たない全校生徒が、にわかにざわつく。

 当然だ、一限開始と思ったら臨時の全校集会だと言われ、体育館に来てみれば一在校生がステージ上でコール&レスポンスに理事長代理就任宣言なのだから、なんの冗談かと思うだろう。

 しかし踊るようなステップで演台の前に出てきた金髪の少女は、紛れもなく、私立浦の星女学院高校の理事長であるジョルジョ・ルカーニアの娘、小原鞠莉なのだ。

「本当はOGI Group CEO(OGIグループ社長)のDaddyがここに立つべきなんだけど、まだU.S.だし、先週の対応でてんてこ舞いなの。許してね」

「ほ、本当なのかな」

 黒澤ルビィは、どこまで本気にしていいか分からず、出席番号順で前に並んでいる花丸に声をかける。

「うん……」

 花丸の反応はどこか上の空で、ルビィは心配になって横から顔を覗き込んだ。

「どうしたの? 調子悪い?」

「Hey! 私語禁止よ! ルビィ!」

「ピギィ!」

 ルビィの挙動は舞台の鞠莉に見られていた。当然だ、バスケットコートが二つ並ぶ広さの体育館に、生徒一〇人前後の列が三つしかないのだから、誰かが動けばすぐ分かる。

 ルビィは肩を小さくして定位置に戻り、周りから聞こえるクスクス笑いにますます小さくなる。だが鞠莉がまだルビィの顔と名前を覚えていたのは、ルビィにとっては意外だった。

「あーあー。ちょっと出席率低すぎるわよねェ? 昨日は全校で欠席一二人だったのに、今日は一四人でしょ? 出席率六〇パーセント! この調子で減ってったら、浦女は四月末で廃校よ!」

 笑い声が起こる。鞠莉が冗談めかして言っているのもあるが、実際、笑うしかない事実でもある。

「もちろん、理事長代理としては、みんなに楽しい学校生活を送ってほしいと思ってるわァ。というわけで、我が小原家から、OlympianなGuestの紹介よ! Come on!」

 舞台袖から出てきた人影に、体育館は騒然とした。

「か、怪人!?」

 入学式の駐車場に現れた、苔の怪人だったからだ。

 二年生と三年生はその姿を見ようとし、一年生は半数以上が列を離れて逃げようとした。教師でさえ驚いている人がいる。

 ルビィは花丸に駆け寄ろうとしたが、逆にすごい勢いで振り返った花丸に肩を掴まれ、抱き締められる格好になってしまう。

「ま、マルちゃん!? 平気だよ、ルビィ、平気だから!」

「Quiet!」

 鞠莉が甲高い声をマイクに叩き込んだ。

 またもハウリングが起き、違う種類の悲鳴が上がる。

「私のGuestに、ずいぶんな反応じゃない!?」

 鞠莉の言葉に、逃げかけていた一年生も立ち止まる。

「≪Kamen Rider Branchia≫! 私の友人よ!」

 なにを言っているのか、ルビィには分からなかった。

「仮面……ライダー……? ≪ブランキア≫?」

 花丸は浅い息を繰り返して呟き、ステージを見る。

 前半部分は、先週から何度も目にしていた特撮番組のヒーローの名前だ。なら後半部分は、彼の固有名詞ということになるのか?

 一対の赤い大きな目と触角を持つ、全身が濃い緑色のなにかで覆われた人型のなにかが、理事長代理の知合いだとでも言うのか?

「怪人から私たちを護ってくれるって言ってるのよ、この人が! だから心配しないで! ほら、アナタも手ェ振って!」

 鞠莉の言葉に、苔の怪人――仮面ライダーブランキアは、まるで恐縮しているように、おずおずと手を振った。

 その動きが妙に人間的で、体育館のあちこちから控えめな笑い声が上がった。その笑いは生徒たち自身の警戒心を緩め、解き放たれた緊張は興奮に変わる。

「仮面ライダー!」

「ありがとー!」

「また頼むぜー!」

「マスクとって!」

「俺のバイクと勝負しようぜ!」

 喚声に、浅い角度で会釈を繰り返す仮面ライダーを見ると、ルビィの口は綻んでしまう。

「ほら、マルちゃん、平気だから」

 花丸は周囲の反応を見て、舞台に立つ二人を見て、やっとルビィを抱きしめていた腕の力を弱めた。

「護ってくれてた、ずら?」

「うん」

 ルビィが覚えた印象は間違っていなかった。もっとも、文化祭や卒業式に出てくる芸能人のように紹介されるとは、思ってもみなかったが。

「なんで仮面ライダーなの!?」

 どこからか上がった問いに、鞠莉がマイクに言う。

「MaskをかぶったRiderだからよ! もちろん、石森プロには許可を取ったわ!」

 説明になっていない。

 でも生徒は笑っているし、当の本人も手を振ってるし、それでいいのかも。

 花丸も少しは安心できたか、苦笑しているし。

 だがルビィは周囲を見回していて、みんなのノリに取り残された顔を見付けた。

 入学式の時、ルビィたちを助けてくれた小柄な上級生だ。口をヘの字に曲げ、舞台上の存在を上目遣いで睨んでいる。

 どうしてだろう。

 あの人は花丸を助けてピンチに陥った時、仮面ライダーに助けられたはずなのに。

 目線を戻してもその表情が忘れられず、ルビィはモヤモヤを抱えることになった。

 

   *

 

 理事長権限で半分になってしまった一限が終わり、高海千歌は教室を飛び出した。

 修理中のウォータークーラーの横を通りすぎて管理棟へ、三階へ上り、長らく無人だった理事長室のドアを叩き開けると、

「理事長!」

「ダ・イ・リ。ずいぶん早かったわね!」

 柔らかそうな椅子にふんぞり返った鞠莉の前まで行き、幅の広い机を叩いた。

「どういうことですか! 私、聞いてないです!」

「在校生が理事長代理になっちゃいけない、なんて規則はどこにもないわ」

「そうじゃなくて!」

「怒んないの。Branchiaのことでしょォ?」

 笑い袋を飲み込んでいるんじゃないかと思うくらい楽しそうに喋る鞠莉に、千歌はイライラする。

「あれはなんなんですか」

「企業秘密でェス!」

「ふざけないでください!」

「ふざけてないわ、この学校の警備システムのことだって企業秘密なのよ?」

「理屈が聞きたいんじゃないんです!」

「じゃ、なァに?」

 千歌は逸る気持ちを抑えて、鞠莉を睨む。

「この前、あれは来てくれなかった」

 握っていた拳を、意識して開く。

「もし私が空手を習ってなくて、あの怪人を倒せなかったら! そんなあやふやものに、学校を任せられません!」

「だから私がいたんじゃない」

「え?」

 当然と言わんばかりの口調に、千歌は威勢を殺がれる。

「忘れたの? 私のBrillなSuit! 人類の敵たる≪Foamare≫と戦うために、我がOGI Groupの粋を結集して完成させた、言うなれば……」

 鞠莉は椅子から立ち上がると、くるりと一回転して片手を斜め上に掲げた。

「≪Kamen Rider Shiny≫!」

「しゃ、≪シャイニー≫――って、また仮面ライダー?」

「まだ発表してないから、Leakしちゃダメよ」

「しませんよ! てか、だから、フォーメアってなんなんですか!」

「理屈を聞きたいんじゃないんでしょ?」

「だからって――」

 だが千歌が言葉を続ける前に、鞠莉が目の前にきた。そして歌うような調子で言葉を紡ぐ。

「――『二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は星を見た』」

 先週も言われた言葉。

「アナタは力を手に入れた。選ばなきゃいけないのよ。護られるか、護るか」

 そして唇の形だけで、

 「ワ・ン・ダ」

 と。

 千歌は俯く。

 握っている自分の拳が見える。

 力。

「いい加減にしてください!」

 その声に、鞠莉が弾けるように千歌から離れた。

「千歌ちゃん、こんな人の言うこと、真に受けちゃだめ!」

 理事長室に乗り込んできたのは曜だった。ドアの向こうには梨子もいて、「失礼します」と入ってくる。

「ビックリした! いつから!?」

「ごめん、なんか千歌ちゃん怖くて、入りにくくてさ」

 曜は千歌をチラリと見てから、鞠莉に向き直る。

「こんな人とは失礼ねェ」

「理事長!」

「ダ・イ・リ」

「理事会が戦う人を出してくれるなら、千歌ちゃんは戦わせません」

「曜ちゃん、なんで」

「ちゃんとした練習をしてないアマチュアが、プロの真似をするべきじゃないからだよ」

「曜……そっか、アナタが内浦から彗星のごとく現れた、オリンピック候補の渡辺曜ね!」

「話を逸らさないでください!」

 曜は顔を赤くして言う。

「とにかく、生徒を、しかも女の子を戦わせるなんて、絶対ダメです! ヒーローって言うなら、あのブランキアみたいに男の人でやってください!」

「“Hero”は女の子にも使えるんだけど――」

 ――言いかけた鞠莉は、曜の顔を見て肩を竦めた。

「とにかく、千歌ちゃんは戦わない。戦わせません」

「でも曜ちゃん、私、先週戦えたんだし――」

「――倒れたんだよ! 千歌ちゃんは! 丸一日!」

 千歌は戦いが終わったあとに曜の前で倒れ、そのまま翌土曜日の朝まで目覚めなかった。気絶ではなく睡眠状態だったので命に別状はなかったが、それでも曜が泊まり込みで付き添ってくれたのだ。

「みんながどれだけ心配したか、分かってる!?」

「ご、ごめん。あんまり……」

 その返答に、曜は緊張を緩め、「だと思った」と笑った。

「ごめんなさい、高海さん。私が気を失っちゃったりしなければ」

「え? あ、あれは梨子ちゃんのせいじゃないよ!」

「そうだよ、練習サボってなければ、おんぶと数分の実戦でくらいダウンしないんだから」

 曜は千歌を一瞥して言った。梨子に心配かけさせまいとしているのだろうが、その指摘も的外れでないのが千歌の痛いところだ。

「でも、女の子でも、ちゃんと訓練してれば戦ってもいいんじゃないかな」

「梨子さん!?」

 梨子に背中から刺された曜が、引っ繰り返った声を発した。

「ほら、これで三対一よォ?」

「せっかく千歌ちゃんを引き留めようとしてるのに! 男女平等しなくても!」

「ごめんなさい、でも一応」

「千歌ちゃんが危ないっていうのに!」

「ありがと、曜ちゃん。でも私、決めたんだ。」

 千歌は曜に頷きかけると、鞠莉の前に進み出る。

「理事長代理、私!」

 鞠莉が不敵な笑みを浮かべる。

 曜と梨子が固唾を飲んで見る。

 そして千歌は大声で宣言した。

「スクールアイドルを始めます!」

 

   *

 

What(なにを)……?」

 鞠莉の目が点になった。

What(なにを)……!?」

 鞠莉の眉が八の字になった。

What are you saying in this situation(なにを言ってんのこの展開でェ)!?!?」

 鞠莉の顔が鬼の形相になった。

「あっはははは!!」

 曜が笑い出した。

「なんで今の流れで! School Idol!? 今そんな話してなかったじゃないのォ!」

「だよね、だよね、言ってたよね! 千歌ちゃん、そうだよね!」

 頭を抱える理事長代理を前に、曜はお腹を抱えて大笑いをしている。

「あー、はー、いや、うん……。ありがとう、千歌ちゃん! ありがとう!」

「な、なによう、曜ちゃん、そんな笑わなくたっていいじゃん」

 曜はポンポンと千歌の肩を叩くが、千歌はピンときていない顔をしている。突拍子もないことを言ったつもりがない顔だ。

「ううん、千歌ちゃんはやっぱり千歌ちゃんだよ。安心したわ」

 そして絨毯に崩れ落ちた鞠莉を放置して、

「あ、次、体育だっけ?」

「やっばい、着替えなきゃ」

 などと二人はいきなり現実に戻った。

「梨子ちゃん、更衣室、初めてでしょ。場所教えてあげる」

「え? あ、うん」

「じゃ、理事長、失礼します」

「失礼しまーす」

 千歌と曜は理事長室を飛び出して行ってしまった。

 鞠莉は「ダ・イ・リ」と付け加える気力もない様子だったが、立ち上がると、

「あんなHeavyな子だと思わなかったわァ。でもまあ、Planに支障はないでしょ」

 引き出しから出した球体をアンダースローで投げた。

 それは正六面体――正方形の結晶が入った、周囲を薄い皮膜と金属部品でシーリングされた球体だった。

「お願いね」

 桜内梨子は受け取ったそれをポケットにしまい、頷いた。

 

   *

 

「人類の自由と平和を護るヒーロー?」

 松浦果南は屋上で一人弁当を食べ終えたあと、聞き覚えがある単語だった≪仮面ライダー≫のことを調べていた。

 それは一九七一年にテレビ放映された、特撮番組とそのヒーローの名前だった。一九八九年に『仮面ライダーBLACK RX』が放送されてから原作者である漫画家の石ノ森章太郎が亡くなり、以降一〇年以上新作が作られていない。果南も小耳に挟んだことがある『スーパー戦隊』や『平成メタルヒーロー』と違い、完全に死んだシリーズのようだ。

 だがSNSを覗いてみれば、『浦女の理事長代理、仮面ライダーを発表!』と完全に“祭り”状態だった。さらに遡ってみると、入学式の翌日には既にネットニュースを席巻していたと分かった。≪堕天使ヨハネ≫を名乗る人物がアップした生配信動画に、誰かが名前を紐付けて拡散したことで、急速に浸透していったようだ。

 淡島の居住区で祖父と二人暮らしの果南は、基本的には世間に疎い人間だから、その動向には気付いていなかった。

 だが、状況は明白だ。

 小原家はそんな流行を利用して、OGIグループ傘下と思われるどこかが開発した装置を売り出そうとしているのだ。

「ふざけてるの?」

 問い質してやりたい。

 人の命を護る力に、どんな気持ちでその名前を付けたのか、と。

「だから父さんだって――」

 言いかけた言葉を、鋭い息で殺す。

 今まさに果南が使っている電話に刻まれた、OGIのロゴを見る。

 OGIグループを、町工場から世界規模のIT企業まで幅広い分野で活躍するコングロマリットに成長させたのは、まさにその、無邪気とも無節操とも評価できる手の広げ方だ。

 それは事実上、世界を牛耳っている。

 松浦家の、果南の感情とは関係なく。

 電話を無造作にスカートのポケットに押し込み、一呼吸。

 果南の顔は元に戻っていた。

「あの二人はなにしてるのかな」

 意識の切り替えだけは、ずいぶん早くなったと思う。

 この二年の間に。

 

   *

 

「Wow! ダイヤァ!」

 日本の学校には異質な黒服の男たちの隙間から、やはり異質な金髪の少女が飛び出した。

「お久しぶりですわ」

 浦の星女学院生徒会長たる黒澤ダイヤは切れ長の双眸を細め、浦の星女学院理事長代理たる鞠莉の満面の笑みに応えた。

「もう、怖い顔しちゃってェ」

 鞠莉は歩を緩めてイタズラっぽく笑うと、黒服たちを背後に従え、立ち止まる。

 教室棟の廊下で、二人は睨み合う。

「ね、私の部屋に来ない? せっかくの再会なんだから」

「どこにも行きませんわ。あなたと、わたくしは」

「あら残念。この学校の行く末を占う、NiceなPlanがあるのに」

 声を聞きつけた生徒が、教室から顔を出してくる。

 昼食を食べ終えた生徒たちが、視線を向けてくる。

 こういう立場なのだ。

 いや、こういう立場になってしまったのだ。

「あなたが――小原家がなにを考えているかは関係ありません。浦の星はこのわたくし、黒澤ダイヤが護りますわ」

 ダイヤは唇に力をこめる。

「今度こそ」

 鞠莉は口元を斜めにして、近付いてくる。

「構わないわァ。それでアナタの星が動きだすなら」

 そしてダイヤの長い黒髪に触れ、耳元に囁く。

「果南には内緒よ」

 離れていく鞠莉と黒服を背中で見送ると、ダイヤは歩き出す。

 他人を拒絶する凛とした冷たさを背負う彼女は、しかし、生徒会室に入ると、一人、肩を振わせるのだった。

 

   *

 

「部活を作るのって、けっこう面倒なんだね」

 昼休み、渡辺曜は生徒手帳をめくりながら、机につっぷしてスパゲティの塊のようになっている千歌に言う。

「『五名以上の在校生と一名以上の顧問からなる同好会として発足ののち、原則三年間以上の活動を継続して行っていること』

 ――ふんふん――

 『ただし三箇月以上の活動と、部活動に相応しい実績をあげた場合、その限りではない』

 ――だって。相応しい実績って、なに? 大会に出るとか?」

「え!? じゃあラブライブ!に出たら『私たち、浦の星女学院アイドル同好会です!』って言わなきゃいけないの!?」

「出られるの?」

「そんなのカッコ悪すぎる! 音ノ木坂のアイドル研究部は最初から部活だったのに!」

「そうなの?」

 一人で話を進める千歌を横に、曜は生徒手帳を置き、電話を操作する。

「三箇月は活動しなきゃ、ってことは――夏のラブライブ!って、八月だっけ?」

「千歌ちゃんが部活、始めるんでしょ? 自分で調べなさい」

「ふえーい」

 グチャグチャになった髪の毛の隙間から目を出し、千歌も電話を操作し始める。

「千歌ちゃん、髪切らないの?」

「お母さんみたい」

「せめてちゃんと揃えたら?」

「むーん」

「でも部員五人なんて、集められるかな」

「私と曜ちゃんと果南ちゃんと梨子ちゃんで、一人足りないんだよね」

「ちょっと、だから私と梨子さんを勝手に入れるな」

「あ、あった」

 曜の突っ込みをスルーし、千歌が電話を叩いた。

「夏の第七回ラブライブ!は、静岡の県大会が八月六日、東海大会が一三日と一四日、全国大会が一週空いて八月二六、二七日だって」

「じゃあ同好会を今立ち上げて、最短の三箇月で部活に昇格したとしても、大会まで一箇月しかないんだ。大忙しだなあ」

「最短でもギリギリ――ん? エントリー? エントリー期間が五月九日から一六日? 五月!? あと一箇月しかないじゃん!」

「条件は?」

 曜は電話を眺めながら言う。

「えっとね、学校から部活動として承認されていることと、エントリー期間中にパフォーマンスを収録した動画を……提出できること!? えー!? 厳しすぎるよう、曜ちゃん!!」

「怪人と戦うよりは簡単だと思うけど」

 千歌にとっては、空手で怪人を殴る方が簡単なんだろうか。

「てか、エントリーする時に部活じゃなきゃいけないんだから、そもそも夏の参加は無理だね」

「そんなあ!」

 容赦のない現実に打ちのめされた千歌を横目に、曜も目的の情報を見付けた。

「音ノ木坂のアイドル研究部って、二〇一一年からあったらしいよ。デビューまで二年も下積みしてたんじゃん」

「そうなの!?」

「知らなかったの?」

 幼馴染みの意外な反応に顔を上げると、

「だって、曲ばっかり聞いてたし……」

 千歌は恥ずかしそうに髪の間に戻っていった。

「完全にただのファンだね。……まあみんなそうやって頑張ってたんだから、千歌ちゃんも――」

「――そっか! この学校にアイドル部が元々あればいいんだ!」

「ん? 変な方向だぞ千歌ちゃん。そっちにヨーソローは出せないぞ」

「もしアイドル部があれば、そこに乗っからせてもらう! そしたら曲を準備してラブライブ!だ!」

 立ち上がった千歌は、弁当箱をぐちゃぐちゃとしまい始めた。

 その小回りのよさに笑いながらも、いいアイディアかもしれない、と曜も思う。

「部活動の情報って、誰がまとめてるんだろ。笠木先生に聞いてみる?」

「生徒会がまとめてるよ」

「うひゃあ!」

 真後ろから声がして、曜は飛び上がってしまった。

「か、果南ちゃん!」

「や」

 幼馴染みは曜の後ろ――梨子の机に腰掛け、片手を広げた。

「いつからいたの?」

「一分くらい前から。二人とも気付かないから、楽しくなっちゃったよ」

 果南は教室を眺める。

「転校生は? まだ入院?」

「来てるよ。お昼はどこか行っちゃったけど」

「ふうん」

 幼馴染みたちの会話の通り、先週末に学校で倒れた梨子は、週末一杯病院に入院していたそうだ。

 しかし、と曜はポケットの膨らみを意識する。

 梨子が持っていた球体から、怪人が産まれたのは間違いない。千歌は梨子をしつこくスクールアイドル活動に誘っているが、その件について納得できる話が聞けない限り、曜は承諾できない。

 たとえブランキアと呼ばれる存在が学校を護ると宣言し、曜がこの妙な球体を確保しているとしても。

「ねーねー果南ちゃん、生徒会にあるの?」

 千歌の言葉で曜は意識を現実に戻す。そうだ、部活の記録の話だ。

「たぶんね。部活設立には生徒会と職員会で会議が必要で、その議事録は生徒会が持ってるから」

「詳しいね」

 淀みなく出てきた情報に、曜は目を丸くする。

「ちょっと行ってくる!」

「え?」

 と言う間もなく、千歌は教室から飛び出していった。

「相変わらず忙しい子だなあ」

「でも、ちょっと懐かしいかも」

 曜の言葉に、果南が首を傾げた。

「だってさ、高一の時の千歌って、机で潰れてるか、音楽聞いてるか、どっちかだったでしょ」

「そうかもね」

「入学した頃は違ったと思うんだけど。私の春の地区予選が終わった頃には、もう、かな」

 思い出そうとしても、高校一年生の時の、千歌との記憶が出てこない。

 幼馴染みだった千歌がいつの間にか、学校だけの関係になっていた。それに今気付いた。先週のように一緒に船に乗ったのも、ダイビングをしたのも、千歌の家に遊びに行ったのも、中学校以来だったのだ。

「私が忙しかったから、なのかな」

「そんなこと言ったら、お店が潰れそうなくらい暇だったのになにもしなかった、私の立場がなくなっちゃうな」

 果南はおどけた口調で言う。

「いいんじゃない? 動いたら騒がしいけど、動かない時はテコでも動かないのが千歌なんだから」

「果南ちゃん、スクールアイドル、なんでOKしたの?」

 果南は口元に微笑みを浮かべて、曜を見る。

「本気になったあの子が、どこまで潜れるか見たい。それじゃダメ?」

 その口調は、千歌を信頼しているようでもあり、試しているようでもある。

「この街の、最後の思い出になるかもしれないしさ」

「大学は東京なんだっけ」

「まあね」

 さっぱりした幼馴染みの顔を見ていられず、曜は窓際から教室に目を向ける。

 クラスメイトは銘々好きなことをして昼休みを過ごしている。それだけなら、昨日一昨日と似たような風景だ。

 だが集会で見せられた全校生徒の現状は、曜に目に見えた危機感を植え付けた。

 過疎化が進む街の日常は、毎年のように統廃合だ廃校だと噂されても、なんだかんだで緩やかに続いていた。続くものだと思っていた。

 それが謎の怪人がたった二日間出現しただけで、あっさりと瓦解しつつある。このままでは理事長代理の言う通り、四月末には誰も登校しなくなるかもしれない。

 曜は単語カードを開き、二枚のカードに文字を書き込んだ。

「今、内浦には、二つの≪非日常≫があるんだよね」

 それを机に並べる。

 [廃校]

 [ワギリ怪人]

 非日常を象徴する、二つの危機。

「そこに、仮面ライダーブランキアが出てきた」

 [ワギリ怪人]のカードの上に、[コケ怪人]と書いた三枚目のカードを置く。

 ≪非日常≫対≪非日常≫。

 二人の怪人の戦いという非日常により、“私たち”の日常は侵食された。

 曜は[コケ怪人]をひっくり返す。

 現れたのは、[ブランキア]の文字。

 苔の怪人が≪仮面ライダー≫と名付けられ、体育館に現れた時、それは≪日常≫に転がった。

 一定期間耐え抜いた非日常は、日常と化す。

 日常であれば、“私たち”は立ち向かえる。

 その点で、理事長代理の行動は正しいのだろう。

「[廃校]に対応するのは……」

 曜は四枚目のカードにシャーペンを走らせ、リングから抜く。

 だが机の上に置く前に、躊躇する。

 この希望も、飲み込まれるのか?

 怪人か、もしくは、誰かによって。

「私、行くよ」

 果南が立ち上がり、曜に手を見せた。

「曜はどうする?」

「千歌ちゃんが戻ってきたら、とりあえず作戦会議かな」

「そうじゃなくて」

「え?」

「私はこの契約に乗ったわ」

 果南は曜の手から、弱々しい文字の書かれたカードを抜き取り、机の上に置いた。

 [廃校]のカードの上に。

「じゃね」

 果南は涼しげな顔をして教室を出て行った。揺れる高いポニーテールは自信に満ちていた。

 曜は机の上に目を落とす。

 それからもう一枚カードを抜き、四枚目と同じ文字を力強く書いて机に叩き付けた。

 [スクールアイドル]のカードを。

 

   *

 

「やっぱりアイドル関連の部活はないですね」

 内山いつきがパソコンの画面から顔を離すと、生徒会長のダイヤと千歌が折り畳みの長机を挟んで睨み合っていた。

「あの、ダイヤさん、一応遡りましょうか?」

「必要ありませんわ」

「お願い、いっちゃん!」

 同時に言われて、いつきは目で二人を見比べる。

「仕方ありませんわね」

 ダイヤの許可に頷いて、いつきは「眠そうな顔ですわ」と評価されがちな目をしょぼつかせながら、マウスを操作し始めた。

(なにがどうなってるのやら)

 千歌が突然「スクールアイドル部、始めます!」と飛び込んできた時は驚いたが、ダイヤが打ち返す気満々の態度だったのにも驚いた。千歌がそのような動きをしていると、ダイヤは何故知っていたのだろう。

「あ、二件あります」

 画面に出てきた検索結果は意外なものだった。

「一九九〇年の≪アイドル研究同好会≫と、二〇一一年の≪スクールアイドル同好会≫です。へー、あったんだ」

 前者はいつきたちが産まれるより前の時代で、文字通り≪光GENJI≫やアイドル四天王あたりを“研究”する会だろう。だが、つい五年前にスクールアイドルに関係する部活があったとは思わなかった。

「アイドル研究同好会は浦星高校時代なので男女合わせて五人、スクールアイドル同好会は女子生徒五人で設立されてます。ですがどちらも部に昇格せず、半年ほどで消滅してますね。全国大会エントリーの記録もありません」

「ありがとうございます、いつきさん」

 後輩にも丁寧な言葉のダイヤに、いつきは小さくお辞儀を返す。

「納得していただけましたか? 高海さん」

 長机から動かないダイヤに、千歌は、

「はい! これから五人集めればいいってことですね!」

 と大きく頷いた。

「そうではありません」

「え!?」

 顔色をころころ変える千歌に、ダイヤは平静を保ったまま言う。

「いつ統廃合や廃校の決断が下されるか分からない現状、存続実績のない同好会の設立は認められません、と言っているのですわ」

「実績はこれから作ります! 私たちならできます!」

「あなた方が、他の方々と違う理由が、なにかあるのですか?」

「え……っと、それは……」

 千歌は半笑いで口籠もってしまった。いつものように、勢いだけで行動していたようだ。

 だが、ダイヤはそんな千歌に、にっこりと笑いかけた。

「高海さんの考えは分かりますわ。スクールアイドル活動で母校の廃校を阻止したμ's、その音ノ木坂から桜内さんがやってきたことで、我が校にもスクールアイドルを、と考えたのでしょう」

 千歌が、我が意を得たり、と頷き――

「甘ちゃんもいいところですわ!」

 ――ダイヤは立ち上がり、ばん、と木目の化粧板を叩いた。

「音ノ木坂女学院はその名が示す通り、元々が音楽を嗜好する生徒の集まる学校です。それがUTX学園の人気によって生徒数が減り、多くの部の活動が阻害された時期だったからこそ、最終的に全校生徒の協力を得て、あれだけの曲を作ることができたのですよ。わたくしたちはどうですか?」

「そ、それは」

「まず、浦の星女学院の生徒数の減少は、競合校が原因ではありません。少子化と再開発計画によって、街そのものが一時的な死に向かっているからです。次に、いつきさん。我が校の音楽系の部活はどのような状況ですか?」

 千歌に口を挟む機会を与えず、ダイヤは言葉を続ける。

「はい、えっと――」

 いつきは、ダイヤからまとめておくよう依頼されていたメモを画面に表示する。

「――吹奏楽部とコーラス部は、二年前――二〇一四年に廃部になっています。軽音楽部も同年に同好会に格下げ、去年、廃部になりました。まあブラバンは何年もC編成でコンクール出場だったので、時間の問題だったでしょうけど」

「ありがとうございます」

 ダイヤはまた、いつきに頭を下げた。

「音楽系の部活に入っていた生徒の大半は卒業し、今は礼拝堂付きの聖歌隊が三年生に一人いるだけです。それも有名無実ですし、あのように怪人が出てきた場所となっては、大きな増員は見込めないでしょう。お分かりですか?」

 ダイヤは椅子に腰を下ろした。

「わたくしたちは時機を逸したのですよ、高海さん」

 感情の籠もらない口調で放たれた結論に、生徒会室に小さな沈黙が落ちる。

 改めて言語化されて、いつきも実感する。

 浦の星女学院は、否応ない流れのただ中にいるのだ、と。

「思い付きの行動で生徒たちを混乱させぬよう、お願い致しますわ」

「……はい」

 千歌は口を尖らせたまま答えた。納得していないようだったが、

「失礼しました」

 と一礼して部屋から出て行った。

 推移を見守っていたいつきは、ゆっくりと息を吐き、ダイヤを見る。

「さあ、わたくしたちも戻りましょう」

 怪人襲撃事件に関する議事録を片付ける生徒会長の表情は、生徒会副会長を半年間務めたいつき程度では読み取れないのだ。

 

   *

 

「曜ちゃーん!! ダメだったよー!!」

 昼休み終了直前、千歌が半泣きで二年生の教室に駆け込んで行った。

 桜内梨子は、そんな千歌を追いかけるように教室に入った。

「おーよしよし、ちっかち、泣かない泣かない」

 千歌に抱き付かれた曜が千歌の背中を叩き、一緒にトランプをやっていたと思しき生徒たちにアイコンタクトを送っている。

「千歌ー、また先輩に苛められたの?」

 オールバックにした髪をカチューシャでとめた少女が、千歌の背中に取り付いた。たしか井藤むつと言う生徒だ。

「むっちゃーん! そうなんだよ! せっかくスクールアイドルやろうと思ったのに!」

 千歌はスッと目を細めて、

「『そんなさっさと潰れそうな部は認められませんわ』。とか言っちゃってもぉー!」

「子供か」

「なんでよー!」

 冷静な曜の突っ込みに悶える千歌を見て、梨子は嬉しい気持ちになる。

 千歌と姉もそうだが、こういった反発と接近を繰り返す磁力にも似た絆を見ると、嬉しくなってしまう。そういう人たちを、端からずっと見ていたい、と思う。

「待って待って、スクドル? 浦女で? やるの!?」

「やりたいんだよ! むっちゃん、やる!?」

 食いついたむつは、だが振られた誘いに両手と首をすごい勢いで振った。

「無理無理無理無理!! 私、人前に出るの無理だから!」

「えー!? 体育祭とかでMC(司会)やってたじゃんー!」

「いやほんと無理だから!」

「じゃあ梨子ちゃん!」

「ごめんなさい」

「だよねー!!」

 やけくその千歌が自分の机に伸びた時、五限の教師が入ってきた。

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