仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第三話:今考えても仕方ない - 3(完)

   *

 

「どうなってんの! 千歌!」

「分かんないよ!」

 高海千歌は襲ってくる水死体のような怪人をさばいて、包囲網を切り崩そうとしていた。

 だが立木と垣根の並ぶ中庭の視界はよくなく、生け垣を強行突破しようとして倒れた死体が木陰に見えなくなり、不意に近くから襲いかかってくることもあった。しかも千歌は、生徒会長の妹たるルビィを護らなければならず、両手片足を縛られて戦っているようなものなのだ。

 だから千歌は、中庭の外にいるよしみ、いつき、むつの三人――自称≪よいつむトリオ≫に目を向けた。

「いっちゃん! 理事長に連絡して!」

「理事長!?」

「ブランキア!」

「そ、そっか!」

(シャイニーもだけど!)

 千歌は水死体が振り回した腕を避け、空いた脇腹に中段突きを繰り出した。だが輪切りの天使怪人の時のように身体を打ち抜けないし、ふらついて幹に寄りかからせた以上のダメージもない。

(勝手に変身しないのはありがたいけど!)

 これでは話が進まない。

「むっちゃん! 放送で呼びかけて! 教室から出ないでって!」

「分かった! いつき、行くよ!」

「うん!」

 いつきとむつが中庭から走り去り、

「わ、私どうしよ!」

 渡り廊下まで後退したよしみが声を上げた。

「よっちゃんは、えっと、えっと、あとで『みかんどら焼き』おごって!」

「なにそれー!」

 本当はルビィと避難してもらって自分は変身といきたいのだが、よしみとの距離が縮められそうにない。

 そうこうしている間に、ルビィのボディガードらしき四人組の黒服が走ってきた。黒服は警棒を手に中庭の周囲に広がっていく。

「来ちゃダメ! 黒服さんじゃ怪人に勝てないよ!」

 千歌が叫んで手を振るが、もちろん彼らは中庭に入ってきた。それは職業意識として当然なのだろうが、如何せん相手が悪い。天使の時のような攻撃は食らわないものの、死体を殴り付けては手応えのなさに驚き、保護対象まで近寄れないでいる。

「ルビィちゃん、私がこいつらを引きつけるから、黒服さんか、よっちゃんのところまで走れる?」

「る、ルビィが!? む、む、無理だよう!」

 心底意外そうな顔をされた。

「できるよ! 天使の怪人の時みたいに!」

「あ、あの時はお父さんもお母さんもいたし、怪人は一人で、≪ブランキア≫って人と戦ってたし!」

(じゃあどうすれば!)

 ルビィに正体を晒してでも、変身するべきか。

「あれ、先輩って、もしかして、この前私たちを助けてくれた先輩?」

「今それ言う!?」

「だって、あの後、挨拶できなくて――」

 その時、目の前に迫っていた怪人が地面に倒れた。

 真上から降ってきた緑色のなにかに潰されて。

「仮面ライダー!?」

「ブランキア!」

 黒服の一人とルビィが声を上げた。

 緑色の苔のような装甲をまとった怪人――仮面ライダーブランキアは、怪人を一人ずつ睨んだ。

 そして地面からなにかを引き剥がすように持ち上げる。

 それは水だった。その瞬間は。

 ブランキアの手に引きずられた水は、まるでホースの水を逆再生したように持ち上がりながら、ブランキアの手元で泡立ち、凝縮、緑色のどろどろになる。それが一つの形を成していく。

 二メートルほどの長さを持つ、薙刀に。

「ああやって作るんだ!」

 死体は黒服を引き剥がすと、大声を上げたルビィを無視し、ターゲットをブランキアに向けた。

 五人の死体がタイミングを計るように、一斉に距離を詰めていく。

 だがブランキアは冷静そのものだ。

 左半身で構えた薙刀の、石突きを顔に引き寄せ、刃筋を左脚の前で上に立てて構え――

「フッ!」

 ――死体の脚を一気に切り落とした。

 前のめりに倒れる死体から一歩距離を開け、

「後ろ!」

 ルビィが叫び、ブランキアが肩越しに背後を見る。

 その動きのまま、腰のあたりからなにかを取り出す。

『セディーユ』

 そんな電子音声が場違いに響いたと思いきや、薙刀の石突きから水が迸った。それは湾曲した刃に変化し、背後から襲おうとした死体の頭を当然のように斬り飛ばした。

「あれも、フォーム?」

 石突きと新しい刃の中間に、μ-フォームらしき球体があった。ただし、千歌が持っているものや天使の怪人を生み出したものと違い、金属部品で覆われている。あれが、OGIグループが開発した、ブランキアが変身するためのμ-フォームなのだろうか。

 両刃の薙刀を持ったブランキアは、前後左右に目があるかのように、最小の動きで着実に死体を始末していく。脚を切られて倒れた死体も、小さな隙の間に下段に構えた薙刀で頭を切り刻まれ、水に還った。

 派手さはないが、長物のリーチに寄りかかった闇雲さもない。

 この前の合気道といい、薙刀術といい、訓練を受けているのは確実だ。

 九体の死体が芝生に消えていったのは、わずか数秒後だった。

「すごい!」

 ルビィの言葉に答えるようにブランキアが千歌たちを見て、体育館の方を指差した。逃げろと言っているようだ。

「ルビィちゃん、行こう!」

 だが、

「先輩、前!」

 とまらざるを得なかった。

 ぼこぼこ、と。

 芝生から九体の死体が立ち上がったのだ。

「なんでよ! 今死んだのに!」

「死体は死なないですよ!」

「理屈が聞きたいんじゃないの!」

「死ぬなら『みかんスイートポテト』を食べてからがいいよう!」

 ブランキアの方を振り返ると、そこには四体の死体がいた。単純に数が増えているのだ。

 そこに校内放送のチャイムが流れる。

『学校に残ってるみなさん! ただいま怪人が出現中です! 水死体のような見た目で、確認されているだけで二〇体近く! 急いで校庭に避難してください!』

「校庭!? むっちゃん、違うよ言うこと!」

「校庭でいいの!」

 千歌を制したのは、聞き覚えのある声だった。

 息を詰めて、発言者を見つめる。

「まさか」

 死体の首に薙刀を引っかけ、地面に引き倒す怪人の姿を。

「ルビィちゃん、ちょっとごめん」

「え、え、ピッ!?」

 千歌はルビィを抱きかかえ、今まさに地面に倒れこもうとしている水死体に向かって走る。

「ブランキア!」

 ブランキアが振り返り、千歌に向かって薙刀を下段に構える。

「先輩!?」

「大丈夫!」

 言うが早いが千歌は、薙刀の下を向いた刃の根元を踏みつけ――

「だあッ!」

 ――振り上げられた薙刀の勢いで跳躍した。

「ピギイイイイ!!」

 放物線を描いて射出された千歌は、炎のように髪をたなびかせ、中庭の立木の葉っぱを突き破り、渡り廊下の屋根を踏み、わずかな浮遊感ののち、コンクリートの駐車場に着地した。

「す、すごい体幹力……体操の選手みたい……!」

「どうなってんの千歌!」

 ルビィを下ろしたところに、よしみが駆け寄ってきた。その向こうからは黒服の四人も来る。

「ルビィちゃんを避難させて! 急いで!」

「千歌は!?」

「追いつくから!」

 六人が走り出したのを見届け、中庭へと走り出す。

 ポケットから橙色のμ-フォームを取り出す。

「いこう」

 応えるように、細かな振動がハミングを奏でた。

「ブランキア!」

 緑色の怪人が顔だけで振り返り、首を振る。

「私も戦う! 戦うよ!」

 短い跳躍、低い垣根を跳び越え、

「三戦!」

 目の前の怪人に飛び上段突きを叩き込んだ。

 抽象化された死体の頭を右腕が貫通し、死体が水に分解される。

 その人型の水に飛び込んだ千歌は、芝生に着地した時すでに、白い装甲に橙色の目を持つ戦士に変身していた。

「まさか、高海さん!?」

「≪仮面ライダーワンダ≫。そう呼んでいいよ。ね、梨子ちゃん」

 その名前に、ブランキアの顎が上がった。

「声が同じなんだもん、分かるよ」

 ブランキア――変身した梨子は怒らせていた肩を下ろした。脇腹の鰓から空気が漏れた。

「こいつらのμ-フォーム、どこにあるの?」

「なんでその名前を――理事長ね?」

「うん」

「あの人は……」

 雑談を続けている間にも、復活したゾンビと渡り廊下の方からくるゾンビが合流し、二〇体近い集団ができていた。

「フォームはたぶん、ゾンビの中にはないわ。プールの中だと思うけど、どういう状態か分からない」

「水を吹っ飛ばして、回収してあげればいいんだよね? 楽勝だよ」

 と、流れていた校内放送が、唐突に途切れた。

 二人は仮面に覆われた顔を見合わせ、頷くと、ゾンビの集団に向かって走っていった。

 

   *

 

 井藤むつが職員室で校内放送をしていた時、窓の外が真っ暗になった。

 それが、水が日光を遮っているからだと理解するまで、それがプールに収まっていた水が立ち上がった姿だと理解するまで、一〇秒ほどかかった。それくらい日常と乖離した光景だった。

「すごい、これも怪人なの!?」

 むつは興奮しながら電話を取り出し、外廊下へのガラス戸を開けた。

 管理棟と水の隙間で流れる風にカチューシャを押さえ、むつは電話のレンズを向ける。これは私史上最高のスピードで拡散されるに違いない。

 ぱし、と電子音ともにフラッシュが光った時、

「ん?」

 水の中になにかが見えた。

 不定形の透明な膜の表面に浮かぶ、一〇センチほどの泡。

 さらにその中央に、淡い輝きを放つ小さな球体が鎮座しているのだ。

「目みたい」

 と連想した時、泡が変化を始める。

 不定形だった膜が、見る間に巨大な球形に整っていく。

「え? なになに?」

 変形は数秒で完了した。

 むつが目を連想した小さな二重の球は、巨大な球の瞳に当たる部分に収まった。

 巨大な目の中に小さな目を持つフラクタルな球体が、学校の二階を優に超すサイズで宙に浮いている。

「井藤! なにしてんだ! 避難しろ!」

 誰かがむつに怒鳴った。むつが校内放送をしている間、校舎を走り回っていた教師だ。

 だがむつは動けない。

 ヘビに睨まれたカエルのように。

 三重の“眼”に睨まれて。

 正四面体の虹彩を持つ眼球に捕われて。

 瞳が広がり、光が強まる。

「ハアッ!」

 その状況は、唐突に終わりを告げた。

 緑色の怪人が、膜を切り裂いて水の中に飛び込んだのだ。

 その裂け目は水の自重に負けて大きく広がり、塩素くさい水が管理棟の外壁と地面にぶちまかれ、

「ぶぶゃああああ!!」

 むつは頭からもろに被ってしまった。

「ちょ、ちょっ! なにこれ! 最ッ悪!」

「早く来いって!」

 我に返ったむつは、カチューシャを流され、前髪で前が見えない。それでも教師に引っ張られて職員室に連れ戻されると、髪をどかし、教師が閉めたガラス戸の向こうに目を戻す。

 正四面体の虹彩を持つ小さな目を中心に、一回り小さな“眼”が再構築される。

 ブランキアはといえば、その球の中に取り込まれてしまった。

「先生、あれ!」

 ブランキアは水を蹴って透明な膜に殴りかかるが、弾力があるのか届かないのが、今度は破れない。

 形勢逆転、と言わんばかりに、正四面体の虹彩が緑色の怪人を捉える。その周りに、数十個の空気の泡が整然と並ぶ。親指大のそれは、まるでピストルの弾のようで――

「やばいぞ!」

 ――“眼”の眼底のブランキアに向けて発射された。

「ブランキア!」

 むつが予想したようなことは起きなかった。

 ブランキアの手に細長いものが現れたと思いきや、それは高速で回転を始め、泡をすべて打ち壊してしまったのだ。

「やった!」

「やっぱり薙刀か!」

 手を叩いて喜ぶ二人は、しかし、ヒーローの動きを見て訝しむ。

 攻撃手段を失った球体に向けて、ブランキアは槍投げの姿勢をとった。

「おい、こっち狙ってるぞ!」

「待って待ってなんでなんで!」

 むつは教師に背中を押され、転びかけながら廊下へと走り――

「え?」

 ――呼ばれたような気がして、振り返る。

 “眼”の中で淡く輝く球体が、こちらを見ている。

 その小さな球体が、こちらに近付いてくる。

「え!?」

 いや、物理的に、こちらに飛んでくるのだ。

「ウッソォ!?」

「あいつ! なに考えてんだ!」

 ブランキアの投擲した薙刀によって膜から弾き出された、輝く球体を収めた一〇センチほどの泡は、窓ガラスを割って職員室に飛び込み、等速直線運動でむつと教師の間を通りすぎ、まっすぐ職員室を横断して石膏ボードと断熱材を突き破って廊下に出て、廊下の窓ガラスを割って中庭へ飛び出し、そこに――

「≪ジャンピングライダーみかんパーンチ≫!!」

 ――初めて見る仮面の戦士が、橙色に燃える火球をまとった拳を叩き込んだ。

 爆轟の衝撃波と光と熱が迸り、むつは意識を失った。

 

   *

 

「むっちゃん、怪我しなかったみたいだね」

「ほんとだ、よかったあ!」

 学校が配信したテキストで、今回の戦闘で怪我人は出なかったと知り、どすん、と高海千歌は砂浜に腰を下ろした。

「でもメーリングリストの方さ、中庭の木はけっこうやばいかもって書いてあるよ」

「ええー!? あんなに爆発するなんて思ってなかったんだよう!」

「私も、あの規模の爆発は初めて見たかも」

「梨子ちゃんまでえ!」

 三人は千歌の実家の前、三津海水浴場の浜辺にいた。

 梨子命名の怪人≪ゾンビ・フォーメア≫は、千歌命名の必殺技≪ライダーみかんパンチ≫で倒れたが、被害はなかなかに大きなものになった。管理棟の中庭側の窓ガラスは全壊、中庭の植物は爆風で大半がダメになってしまったらしい。“らしい”というのは、現場は早々に封鎖され、戦闘に参加した千歌と梨子は、鞠莉から「Go Home NOW!(早く帰って!)」と言われて解散したからだ。

「ごめんね、爆発の強さと方向はコントロールできるって、先に言えばよかった」

 千歌は続く不満を表明する機会を失った。

「どう?」

 梨子は背を向けて、後ろ髪を見せた。そこには今までなかった、桜色の簡素なヘアブローチがあった。

「お、いいよいいよ!」

「おっさんくさいぞ、千歌ちゃん」

 梨子は口を開けずに上品に笑った。だが口を押さえはしなかった。

 前髪をサークレットとして後頭部でまとめたことで、横髪がすっきりし、美人に小顔が追加された気がする。

「でもいいの? これ、もらっちゃって」

「いいのいいの、私と曜ちゃんからのプレゼント」

「そんな大したものじゃないよ、そこのセブンで買ったヤツだもん。ちゃんとしたの買ったらポイでいいから」

「梨子ちゃんの髪、綺麗だけど、あれだとここじゃ乱れちゃうもんね」

 梨子は自分では見えないブローチを、指でなぞった。その不慣れな仕草は、色っぽいようで、純朴そうであり、でも上品だった。

「怪我、治ってるね」

「変身すると治るみたいなの」

 曜に額の当たりに触れられ、梨子はくすぐったそうに笑う。

「いいなあ、私のにきびも治してくれればいいのに」

「あ、千歌ちゃん! また潰してる!」

「気になって触っちゃうんだもん」

 曜は今度は千歌の顔を触ってきて、それを見た梨子がまた笑う。

「千歌ちゃんも、髪まとめればいいのに」

「切ればいいんだよ、短い方が絶対似合うって、いつも言ってるのに」

「いいじゃん、伸したい年頃なの」

 三人はスカートを畳んで砂浜に腰を下ろした。

 曜が梨子に伝えた天気予報の通り、雨は降ってきた。ただ、降っているのかいないのか程度の雨量で、傘を差すまでもない。珍しく天気予報が外れて恥ずかしそうな曜を見るのは、千歌には楽しかった。

 笑い声が少しずつ収まっていき、穏やかに打ち寄せる波の音だけが残る。

「ねえ、梨子ちゃん、違ってても笑わないでよ」

 曜が声のトーンを変えて言った。

「あのゾンビ、私から出てきたんだよね?」

 その言葉は確信に満ちていて、梨子はためらいながらも頷くしかないようだった。

「μ-フォームは――あの球体は、人の強い気持ちで発動するの。それが自分の中のイヤな気持ち、拒絶したい気持ちなら、フォームが単体で水をまとってフォーメアに――怪人になる」

「やっぱり。だから怖いものはなにって聞いたんだ」

「お尻は関係なかったけどね」

 梨子は曜と小さく笑い合ったあと、ポケットからμ-フォームを取り出した。

 曇りの光に透かすと、正四面体だったはずの結晶が、二つの円で内接した円柱に変化しているのが分かった。

「≪プリズム≫――正多面体を含んだフォームは怪人を産み出しちゃうけど、この≪シリンダー≫の状態になれば、もう心配いらないから」

「え? じゃあ私のは?」

 千歌もポケットからμ-フォームを取り出した。橙色に染まった正八面体を含むフォームを。

「怪人を産み出すこともあるよ。でも、自分の中の正しい気持ちで発動すれば、自分の力になる」

「それが仮面ライダーなの?」

 曜が問う。

「うん。今のところ、μ-フォームを再結晶化――無効化できる、唯一の存在。OGIの研究者は私のことを≪G≫とか≪ガイア≫って呼んでたけど、理事長は自分たちが開発してる強化スーツも含めて、≪仮面ライダー≫って名付けたみたい」

「ネットからの名前だよね」

「ううん、私がここに来た時にはもう、そう呼ばれてたから――」

 二人の会話の裏で、千歌は考えている。

 仮面ライダーに変身する条件を、梨子は“正しい気持ち”と表現した。

 自分は二度の変身の際、空手の試合でもない相手に攻撃をくわえることを、正しいことだと思ったのだろうか。

 海泡石のような手触りの怪人を、拳が叩いた感触は、今でも忘れられない。

 小さく頭を振る。

 相手は怪人だ。

 ウォータークーラーやプールの水が泡立ってできた物体でしかない。

 空手の練習でミットを突くのと変わりない……はずだ。

「――ううん、いいの、こんな名前とか理屈なんて、覚えなくて。爆発したら安全って思って」

「でも、天使のフォーメア――≪エンジェル・フォーメア≫かな? あれは? 入学式の時は爆発しなかったよね。千歌ちゃんが戦った時も?」

 千歌は頷く。

「私もあれとは三回戦ったけど、μ-フォームはいつも摘出できただけで、再結晶化が起こらなかったの。条件は目下、調査中らしいわ」

「絶対に倒す、って気合いとか?」

「かも――」

 と梨子は思い出したように、千歌を見た。

「――そうだ、ごめんね、千歌ちゃん。先週、私が気を失ってる時、天使と戦ってくれたんだよね」

「平気平気! 私だって空手やってるんだから。白帯だけど」

 梨子に頭を下げられ、千歌は慌てて拳を手のひらに打ち付けて見せる。

「うう、そもそもの話、最初に『“お化け”だ!』とか言ってμ-フォームを見つけたの、私なんだよね。怪人を産んじゃったのも私だし。それを全部棚に上げて、千歌ちゃんに戦わせて、梨子ちゃんに色々ひどいこと言っちゃって……あー、もう! ごめん! ごめんね、梨子ちゃん! 頭からっぽの曜ちゃんでほんとにごめん!」

「そ、そんな、曜ちゃんは悪くないよ。フォームが駿河湾にあることは分析できてたのに、対応が後手後手な私たちのせいだし。恐怖や悪意は誰でも持ってるものでしょ。それに……私が、色々隠してたのは事実だから……」

 曜も梨子も、しょんぼりしてしまった。

「もう、いいじゃん!」

 だから千歌は、大きな声を出した。

「“お化け”の正体は分かったし、怪人もライダーも分かった! 梨子ちゃんのことも! 私たちに必要なもの、他にある!?」

 梨子と曜は目を瞬かせ、目を合わせて笑った。

「でも、そっか、じゃあ計画は完全に崩れたなあ」

 手をついて空を見上げる曜が言った。

「計画って?」

「怪人とはブランキアが戦うから、廃校にはスクールアイドルで対抗、そうすれば浦女も安泰だー、って思ってたのに」

「そんなこと企んでたの?」

「なのに、ブランキアは梨子ちゃんだったし、千歌ちゃんも、ワンダだっけ? ライダーって絶対、男の人だと思ってたのに」

 曜の言葉に、梨子は小さく笑った。

「千歌ちゃん、ライダーはやめないでしょ? だったらこの計画もおしまいだな、って」

 千歌は視線を戻す。

 海でもなく、駿河湾でもなく、内浦湾に。

 砂浜に置かれた曜と梨子の手に触れる。

 曜が息を吐くように笑い、梨子の髪が揺れる音がした。

 内浦。

 普段から猫の額ともウサギ小屋とも言っているほど、この街は狭い。直径一キロ程度の、静岡全図からだって省略されてしまうような、ささいな凹みの周りにある街。

 だが千歌にとっては、これが原風景。

 これが高海千歌を作った世界なのだ。

「私、どうすればいいか分からなかったんだ。果南ちゃんみたいに船の操縦もダイビングのインストラクターもできないし、曜ちゃんみたいにオリンピックに行けそうにもない。私だってなにかしたいのに、特技なんてなにもなくて、ただ……待ってるしかなくて」

「千歌ちゃん……」

「でも、二人が持ってきてくれたんだよ!」

 千歌は砂を撒き散らして立ち上がり、橙色のμ-フォームを空にかざした。

 千歌の色に染まった、淡く光る球体。

「梨子ちゃんがスクールアイドルを、曜ちゃんが仮面ライダーを、持ってきてくれた! 私の可能性! なら私、選びたくない! どっちもやる! スクールアイドルでみんなを笑顔にして、仮面ライダーでみんなの笑顔を護る! μ'sが音ノ木坂を笑顔にしたみたいに!」

 大声で宣言してやっと、自分が決まった気がした。

 そうだ、迷ってなんていられない。

 この街が私を作ったなら、その恩を全力で返すだけだ。

「私たちが、でしょ」

 曜が立ち上がり、千歌の手をとる。

「でも曜ちゃん、飛込は」

「母校を見捨てて金メダルとってもね。千歌ちゃんがアイドルとライダーのわらじをはけるなら、私にはけないはずないよ」

「ほんと? やったあ!」

「私も、できる範囲でお手伝いするわ」

 梨子も二人に並び、千歌と曜の手をとった。

「梨子ちゃん! じゃあ一緒にアイドルに――」

「――それはごめんなさい」

 梨子が笑顔で断り、曜が口を開けて笑った。

 千歌も自然と笑みがこぼれる。

 これが始まりだ。

 私たちの時代が、今、ゼロから始まるんだ。

「そうと決まったら、準備だよ! 曲、詞、衣装、ダンス、なんにもないんだから!」

 曜が手を叩いて言った。

「えっ」

「ライブをするなら、舞台と観客も必要ね。衣装は省いてもいいんじゃない?」

 梨子も指折り数えて言う。

「ダメダメ、こういうのは見た目も大事なんだから」

「欲張ると大変よ? 最初からフルスペックを目指して挫折しちゃう人は多いんだから」

「さすが音女で本物を見てきただけある発言、じゃあ……」

「「どうする? リーダー!」」

「えっ? リーダー!? ええっ!?」

 千歌が自分の発言を十分に理解するのは、もう少し先のことになる。

 

   次回予告

 

花丸 「二年生編は一段落かな? そろそろオラにもまとまった出番がほしいです」

ルビィ「ルビィ、出番多いのはいいけど、そろそろ狙われる役以外がいいなあ」

梨子 「じゃあ今度、代わる?」

ルビィ「あ、ブランキア先輩!」

梨子 「ちょっと」

花丸 「梨子先輩は、一番護られる必然性がないと思います」

梨子 「必然性がなくたって、希望してもいいでしょ?」

ルビィ「五一話くらいでそんな展開が来るって噂ですよ」

梨子 「ごじゅ――え?」

ルビィ「それはともかく、次回、仮面ライダーメルシャウム第四話、『始めたいマイストーリー』」

花丸 「強さは相対的なもの、いずれ護られる時がくるずら」

梨子 「私の強さがそこまで揺るがないってことなら、うん、まあ……」

 

   C

 

 怪人は消えたらしかった。

 津島善子はその爆発を、管理棟の外廊下にもたれて体験した。

 ビデオカメラを持って。

「超ラッキー?」

 電話のカメラでは、小さな画面の生放送はできても、高画質の動画を長時間記録することは難しかった。

 だから母にお願いして、学校に持ち出す許可をもらったのだ。

 休み時間にはクラスメイトとわちゃわちゃと試し撮りをして入学式からの「黒澤家にケンカを売った妙なヤツ」感を払拭し(?)、放課後は校内で先輩の部活動や色々な施設を撮影して回っていた。

 そんな中での、三度目の怪人出現の報だった。

 中庭に面する外廊下からは、現場がいい具合に俯瞰できて、木々が邪魔されながらも戦いはうまく撮れた。

 だが二年生の先輩が乱入してきた時、善子は予想もしないものを収めてしまった。

 その映像が、今も液晶モニタに映されている。

『まさか、高海さん!?』

『≪仮面ライダーワンダ≫。そう呼んでいいよ。ね、梨子ちゃん』

 善子は信じられなかった。

 名前自体に聞き覚えはなかったが、声の幼さからして、二〇代ということはないだろう。

 その衝撃は、中庭の植物の半分を吹き飛ばす爆発よりも、強力で。

 だが秘密を抱えるだけの器も、スクープを公開して栄光を得る器も、善子にはなかった。

「超アンラッキーよねえ……」

 だから頭を抱えるしかないのだ。

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