仮面ライダーメルシャウム   作:fuki

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第四話:始めたいマイストーリー - 2

   B

 

 雨夜の影が重く垂れ込める、三〇畳一間の狭い本堂。

 光輪を背負った毘沙門天の像が室中を睨み付けるように仏間に鎮座し、目前の須弥壇(しゅみだん)を護っている。

 無垢ケヤキの須弥壇は本漆塗りだが、押彫も金箔もない質素なものだ。だが室中に足を踏み入れた者は誰もがそこに目を奪われるだろう。

 壇の上に敷かれた黄色の布団に。

 太陽のように淡く光る、直径三センチほどの球体に。

 それは国木田家が代々祀ってきた、≪妙法寺≫の本尊だ。

「ご本尊様、オラを助けてほしいずら」

 国木田花丸は合掌すると、目を閉じた。

 いつものように、じんわりと、暖かな光が瞼の下に満ちてくる。

 年に一度開帳される本尊は、苦しみや不安を取り除き、自身に眠る≪輝き≫を照らしてくれるという御利益があるとして、近隣の住人には有名だった。縁起は不明だが、少なくとも二〇〇年前には存在してたようで、大正二年の沼津の大火で市内の焼け落ちた妙法寺が、ここ下香貫に移転して以来、ここにあるそうだ。

 そんな知識を得るずっと前、四歳の時にその御利益を体験した花丸は、以後、寺の娘という特権でこっそり本尊を拝んでいた。運動会、体育祭、学芸会、定期考査、入試といった行事の前には、ルビィと一緒に忍び込んでは祖父や父に怒られたものだ。

 こうして拝んでいれば、不安は晴れる。

 不安?

 不安だ。

 また凍り付いてしまうかもしれない。

 入学式のエンジェル・フォーメア、全校集会のブランキア。

 『三度目の正直?』?

 『二度あることは三度ある』?

「……ずら」

 不安は晴れない。

 心の底に溜まっていた澱が、動き出しただけだ。

 花丸は顔を上げ、光の差し込まない本堂なお、淡く光る本尊に手を伸ばす。

 雲間から覗く太陽のような、穏やかな快さを、手のひらに感じる。

 だが、なにも変わらない。

「花丸」

 聞き慣れた声に振り返ると、入口の腰付格子戸、その磨りガラスの向こうに人影が見えた。

「お祖父ちゃん」

 花丸の祖父にして妙法寺の住職、国木田十全だ。

「ごめんなさい、また勝手に入っちゃって、オラ――」

「――傘を置いておくぞ」

 叱られるとばかり思っていた花丸は、硬く低い声で言われた言葉の吟味に静止する。

「花丸?」

「は、はい! ありがとずら!」

 花丸が慌てて声を上げると、野良着を着た祖父のシルエットの微か揺れた。

「曇鸞は言った、『名の法に即する有り。名の法に異する有り。名の法に即するとは、諸仏菩薩の名号、般若波羅蜜、及び陀羅尼の章旬、禁呪の音辞等是なり』」

 そして踵を返した。

「え?」

「それに頼るな」

 階を下りながら傘を広げる十全の影が、磨りガラスから消える。

 振り返り、須弥壇の上の本尊を見る。

「今夜も眠れそうにないずら」

 心が晴れないままに本堂をあとにするのは、これが初めてだった。

 

   *

 

「お父さん」

「ん?」

 味噌汁を啜っていた父が鼻で返事をした。

 だが声をかけた妹は、ご飯茶碗を持ったまま口を開かない。

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

「早く食べなさい。またダイヤを待たせないように」

「は、はい」

 母に言われ、妹はご飯をたくあんと一緒に口に入れる。

 ぽりぽり、と。

 俯いた妹から響く音。

 黒澤ダイヤは三人の挙動を横目で見つつ、鰺の干物を口に入れる。

 四つ葉のカタバミの家紋に見下ろされた食堂に並ぶ、四つの膳。

 その前に正座するのは、現当主の黒澤琳太郎、その妻の瑠璃。そして長女のダイヤ、次女のルビィ。

 声は届くが表情は不明瞭な距離感の四人が、≪沼津御用邸記念公園≫の管理を任される黒澤宗家である。

 一家が住むのは、昭和二〇年の沼津大空襲にて消失した本邸跡地に建てられた、管理事務所だ。明治時代に作られ現存する東西の附属邸と違い、比較的新しい建物ではあるが、苑地内の景観を統一するために外観は附属邸と統一されていた。

 だが関係者しか住んでいない内側から見れば、一般的な日本建築と大差はない。この食堂も、なんの変哲もない畳敷きの和室だ。

(三〇畳給仕付き、ですが)

 ダイヤは(ぬる)めた味噌汁を口にする。

 消失した伝統を偽装する古風な外観の建物は、そのまま、一家の在り方を表わしているように思えた。

「なにか言いたいんじゃないのか」

 膳に箸を置いた琳太郎が問うと、ルビィは顔を僅かに上げた。

「門限、伸ばしてほしいんだけど、ダメ?」

「ダメですわ」

「おい、瑠璃」

 答えたのは瑠璃だった。

「だってそうでしょう。あなたの門限を一時間伸ばすだけで、ボディガードの経費がいくら発生すると思っていますの? フォーメアとやらの出現で特別手当も多く、そうでなくとも我が黒総警は、小原家のスクードに押されているいうのに」

「じゃあ、お姉ちゃんみたいにボディガードを減らして――」

「――ダイヤくらい自分の身を護れるようになってから、言ってください」

 そう言われれば、ルビィはまた俯くしかない。

「ルビィ、正当な理由があれば考えないでもないぞ?」

「琳太郎さん」

「瑠璃、今が難しい時期なのは分かるが、せっかくルビィが言い出したんだぞ? どうだ、ルビィ」

 だがルビィは、黙って首を振った。

 思えば、昨日帰宅してからルビィの様子はおかしかった。

 買ってきた雑誌を膝に縁側に座ってほうけていたり、引きつけを起こしたように身体を揺すっては縮こまったり。

 ボディガードにもそれとなく話を聞いてみたが、本屋で男性に話しかけられて叫んだ以上の情報を得られず、ダイヤももどかしい思いをしていた。

「なにかしたいことがあるのです?」

 だからダイヤは、ロールスロイスで花丸を迎えに行く道中、さりげなく問うてみた。

 心ここにあらずで電話の画面を撫でていたルビィは、ゆるりと顔を上げた。

「え?」

「門限の件、ですわ」

「あ、うん……」

 リムジンは学校と反対方向に向かい、山裾の住宅地に向かう。妙法寺までは一〇分ほどしかかからない。

 ルビィはスモークガラスで遮光された窓の外に目を向ける。

 その横顔は、か弱い動物のようで、ダイヤは庇護欲を刺激される。

 抱き締め、押し止め、この世のあらゆる脅威から護りたいと思う。

 だが口には出さない。

 行動してもいけない。

 黒澤家の人間として、生徒会長として、人の上に立つダイヤは、ルビィ一人にかまけているように見えてはいけないのだ。

 だから、妹の動向をボディガードに聞いている自分の動向も、本来は褒められたものではないのだが。

「ルビィ?」

 これでなにも言わないなら、忘れよう、と思った。

 だがルビィは、上目遣いでダイヤを見てきた。

「ルビィが『部活したい』って言ったら、お父さん、許してくれるかな」

 意外な問いだが、同時に納得した。

「なにを始めたいのです?」

「具体的な話じゃ、ないんだけど」

 ルビィの幼馴染みである花丸が聖歌隊に入り、活動再開に向けて動き出したのは聞いている。それに誘われたか、触発されたか、したのかもしれない。

 ダイヤは、ルビィの背後にある運転席とのパーティションを見た。

 この会話は二人だけしか聞いていない。多少踏み込んでも問題はない。

「率直に言いますと……ルビィ。過去の遍歴から、あなたが芸事を続けられるとは思えませんわ」

 直接的な物言いに、ルビィは膝の上の手に視線を落とした。

「華道、茶道、書道、剣道、柔道、どれもごく短期間でやめてしましましたね。日舞だけは一昨年まで続きましたが」

「うん……」

「弓道を続けられているのは、相手がいない以上に、≪紅谷流≫の師範が女性だからでしょう?」

「ゆ、弓は、それだけじゃない、もん……」

 浦の星女学院には、四人しかおらずに大会に参加できない弓道部がある。そこに勧誘されたのだろうか。

「とにかく。部活に入れば、当然、男性との接触が発生します。黒澤家たるもの、『やるからには勝つ』。高校生にもなって失敗と挫折を繰り返す様を、大衆に見せるわけにはいきません。ルビィも聞いたでしょう、花丸さんの“ノブレス・オブリージュ”を。だからお母様も、ルビィの部活を禁止しているのだと思いますわ」

「うん……そうだよね……」

 そう呟いて、ルビィは小さくなってしまった。

 ダイヤは鼻息を漏らす。

 またやってしまった。

 ルビィのためを思ってする会話が、いちいちお説教のようになってしまう。これでは母と同じだ。

 自分の鼻息さえ、ルビィにとっては「呆れられている」と思われるに違いない。

「鎖、か……」

 ルビィが呟いた時、リムジンがゆるりと停車した。

 ボディガードが外に出てドアを開けると、

「うぉんうぉんうぉん!」

「ピギィ!」

 犬の吠え声が車内に飛び込んできて、ルビィが奇声を発した。

「パフェ! Quiet(静かに)!」

 妙法寺に続く私道の出口には、飼い犬に人差し指を向ける花丸がいた。

 黒々した毛並みのジャーマン・シェパード・ドッグはどうしたわけか、花丸に向かって声を上げている。

「ごめんね、ルビィちゃん。おはようございます、ダイヤさん」

「う、うん、おはよ」

「ごきげんよう」

 制服にクリーム色のカーディガンを羽織った花丸は、飼い犬のパフェを静めようと英語で指示を出している。

「ルビィ、まだ苦手なのですか?」

「ワンコさんが? 前から苦手だよう」

「そんなことありませんわ。昔、我が家で飼っていた犬たちとは、仲良くしていたでしょう」

 その言葉に、ルビィは目を瞬かせる。

「ケイシちゃんたちと? 怖かった覚えしか――」

「――お待たせしました!」

 と、ようやく落ち着いたパフェにお座りをさせた花丸が言った。

「パフェ、オラが帰ってくるまで、大人しくしてるずら」

 しかしパフェはすっくと立ち上がると、花丸のスクールバッグに鼻先を押し付けた。

「ずら?」

 パフェがくわえているのは、ボールの上に乗ったネコのぬいぐるみ。

「あら、あれはルビィの――」

「――ずらああああ!! パフェ! Drop(放すずら)!」

 その指示は聞き入れられなかった。

 パフェは緩やかな坂道を、勢いよく駆け降りていってしまったからだ。

「パフェ! Stop(止まるずら)! パフェ! 止まるずらああああ!!」

 花丸が追いかけ、

「黒服さん、お願い!」

 その後ろをボディガードが続き、指示を出したルビィも車を降りて走っていく。

 サイドブレーキを引いて停まっているリムジンからその様子を見るダイヤは、はたと思った。

「ボディガード相手なら、男性も問題ないのですね……。相変わらず、おかしな遠近感の恐がり方ですわ」

 花丸と犬とルビィと黒服のボディガードは、ぬいぐるみを巡って坂を下っていく。

 

   *

 

「お待たヨーソロー!」

 外階段から上がってきたのは、水泳部の朝練習上がりの曜だった。

「そのヨーソロー、苦しくない?」

 スクールアイドル雑誌≪クロキュス≫の最新号を読んでいた千歌が突っ込むと、

「タイミング的に、おはヨーソローは違うかな、って」

 曜は誤魔化すように、濡れた髪をバスタオルでかきまわした。

「無理に言わなくてもいいのに。はい、祖父ちゃんからお土産」

 果南は曜になにかを投げた。魚の干物のようだが、種類までは分からない。

 曜は屋上の濡れていない部分を探して、スカートのままあぐらをかいた。

「たまには来いってさ。また獅子岩から飛び込むところが見たい、って」

「もうやらないよ。頭ぶつけてえらいことになったんだから」

「曜ちゃん、あの時は大変だったよね。エレベーターまでじいちゃんが背負ってさ」

「私がロープウェイ増発してもらったんだからね、感謝しなよ、曜」

「その話はいいって、もう!」

 幼馴染み三人組が仲良くしているのを、桜内梨子はニコニコと見ている。

 ≪浦の星女学院スクールアイドル同好会(仮)≫は、学校から認可されていないので校内で活動できない。そんな時「校内じゃダメなんでしょ?」と屋上を提案したのは、三年生の果南だった。単なる屁理屈なのだが、千歌が「μ'sと同じ!」と興奮したことで、決定となったのだ。

(潮の匂いも、あんまりしないしね)

 曜は子供時代の話を梨子に聞かれるのが恥ずかしいのか、バスタオルで顔を覆ったが、その隙間から梨子に笑いかけてもいた。

 思えば、曜と友達になったのは、この屋上でだった。

 曜と諍いをし、ゾンビ・フォーメアと遭遇したことで、仮面ライダーであることを明かさざるを得なくなったのだ。

 あの一件がなければ、梨子はここにはいなかったはずだ。そう思うと、フォーメアにも少しは感謝しないといけないのかもしれない。

「曲はどう? 難しそう?」

 雑談をしていた三人の中から、果南がこちらに本題を切り出してきた。

「はい、取り敢えず、二つは準備してきました」

「もう?」

「デモですけど」

 梨子はスクールバッグからノートPCを取り出し、復帰させた。

「曜ちゃん! 聞こ聞こ!」

「ちょっと、千歌ちゃん、水たまり!」

 集まってきた三人にPCを向けて、“kyoku1demo1.mp3”を再生する。

「わあ! これ梨子ちゃんの声!」

「そこに反応しないで!」

「お、盛り上がってきたよ」

 曜の言う通り、シンセサイザーが奏でるアルペジオで入った最初のフレーズが終わり、アップテンポのドラムが合流した。ここから音が厚くなるイメージだ。

「ダンスできる曲ってリクエストだったけど、このくらいのBPMでいい?」

「いいよいいよ! 完璧!」

「ざっくりした発注だなあ」

 果南が梨子に苦笑を見せ、梨子も意識して笑顔を返す。

 梨子はこの松浦果南という人物を、よく知らない。先週、生徒会室の前で会ったのが初めてだが、果南はその時、幼馴染みと仲良く話す顔と、生徒会長のダイヤと言葉少なに話す顔を見せていたからだ。

 どちらが本当の顔なのだろう。

 私には、どちらを向けてくる?

 そんな不安がある。

「これいいじゃん! やっぱ梨子ちゃんを見初めたちかっちの目に狂いはなかったよ!」

「“見初めた”って恋仲に使う言葉だよ。やっぱり一目惚れじゃん」

「違うって!」

 二年生組はなにを話しているんだ。

「オリジナルでいくんだ。≪ラブライブ!≫って、パフォーマンス動画があれば、今は既存曲でもいいはずだけど」

「千歌ちゃんが『やるからにはオリジナルだよ!』ってさ」

「千歌らしいなあ」

 果南と曜が話していると、

「次のも聞く!」

 千歌がノートPCのトラックパッドを叩いた。

 ピアノアルペジオで始まるロックバラードが流れ、今度は千歌だけじゃなく曜も声を上げる。

「綺麗なピアノ!」

「ごめんね、こっちは歌を入れる余裕がなくて」

「いいよいいよ! 全然いい!」

 興奮する二人を余所に、梨子は気恥ずかしさを覚えた。昨夜遅くにギリギリで書いた曲なので、ピアノの手癖がもろに出ている、と気付いてしまったからだ。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、

「ずいぶん手が早いんだね」

 と果南が落ち着いた口調で言った。

「音女――音ノ木坂でも、色々書いてたので」

「スクールアイドルの曲?」

「はい」

「そんな活動的なグループ、音女にあった? 去年だよね?」

 その疑問を果南が発したことに、梨子は驚いた。ダイビングをする人と聞いていたが、スクールアイドルシーンにも詳しいらしい。

「えっと、特定のグループじゃないんです。今の音女って、μ'sの影響でできたグループがたくさんあるんですけど、作曲できる子は多くなくて。だから色んなグループから頼まれちゃって」

「当方ボーカル! ギターベースドラム募集! ……みたいな感じか」

 果南の例えは的確だった。

 全国的なアイドルグループの群雄割拠にあって、一番苦しんでいるのは、μ'sの母校である音ノ木坂女学院かもしれない。廃校を救った大量の入学生がそのままアイドル研究部に流れたことで、生徒活動としてはむしろ拡散、停滞してしまったように感じられる。

 もっとも、そんなことは周りからは分からないだろう。梨子だって入学するまで分からなかったのだから。

「私も、人のこと言えないかな」

 だから、梨子は苦笑した。

「桜内さんも? アイドル志望だったの?」

「私は――」

 開きっぱなしの雑誌に目を向ける。

 特集ページのμ'sの姿に、中学生時代に初めて見た動画を思い出す。

 四〇〇メートルトラックの中央、人工芝で舗装されたグラウンドでパフォーマンスをする、九人の学生。

 一番美人なメンバーであっても、一番華があるメンバーであっても、商業的にプロデュースされたアイドルとは決定的に違う、普通の人たち。

 その九人のケミストリーが、私の世界観を変えた。

 こんな地味な私でも、輝ける場所があるかもしれない。

 でも。

 梨子は果南に目を戻し、首を振った。

「――私の居場所じゃないって、気付きましたから」

 あれは、特別な人たちの、特別な物語だった。

 ≪輝き≫を掴んだ人たちの。

 二曲目が出し抜けに終わり、ギターリフのアウトロの残響が青空に消えた。

「ああああ、よかったよお、梨子ちゃん!」

 デモを聞き終えた千歌は、作詞者ということもあってか、恥ずかしそうに言った。

「エロ親父千歌ちゃん」

「え? なにが?」

「なんでもない」

「ちかっちはエロくないよ!」

「でも私、二曲目の方が好きかな。なんか、寂しいんだけど元気っていうか、元気だけど寂しいっていうか」

「同じこと言ってるじゃん、曜ちゃん!」

「同じじゃないって! 同じっぽいけど!」

「語彙力!」

 言い合う千歌と曜を見て、梨子は顔を綻ばせた。やはり仲良し同士の気兼ねないやりとりは、心が和む。

 ふと果南を見ると、目が合った。その表情で、果南も梨子と同じようなことを考えているのが感じられた。

 果南とダイヤとの間に、なにがあるのかは分からない。でも、この三人に関しては、梨子が心配することはないのだろう。

 そう納得すると、梨子はスクールバッグを引き寄せた。

「じゃあ、譜面、配るね。音源は後でメールするから、練習してみてくれる?」

「するする! やったあ! やったよ果南ちゃん!」

「喜ぶのは、歌えるようになってからだよ。曜、平気そう?」

「土日もらえれば……覚えられるであります!」

 曜は単語カードになにかを書いて、果南に敬礼した。

「じゃあまず、月曜日をターゲットに練習しようか。桜内さんもそれでいい?」

 梨子は頷く。

 この幼馴染み三人組がユニットとなれば、きっと、ケミストリーが産まれる。

 私は、その後押しを出来るのかもしれない。

 私の居場所は、そこにあるのかもしれない。

 その予測は、泡のように曖昧な自分の境界に、少しの明瞭さを与えてくれるのだ。

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