ダンジョンへ行かずに恋人と過ごすのは間違っているだろうか? 作:翠星紗
広大な地下迷宮――ダンジョン――を中心に栄える迷宮都市――オラリオ――
唯一の地下迷宮を保有し、世界の中心として繁栄してきた都市のオラリオでは毎晩冒険者たちでにぎわう酒場…「豊穣の女主人」があった。
さすが冒険者たちを相手に店を構えていることもあってか、そこで働く店員も強者ばかり。料理長としてミアに認められたこの男性――カイト――も同じである。
そんな彼の日課は同僚であり、彼の恋人であるエルフ―-リュー・リオン――の日課になっている朝稽古の付き添いである。
近くにある木箱に座りながら彼は目の前で鍛錬を行う彼女の姿を楽しそうに見ていた。
彼女、リューこそカイトが自分の稽古を見るようになった初めは気恥ずかしくて集中できなかったが、今となっては慣れたもの。
そこそこに稽古を終えて一息入れると、目の前に手ぬぐいが差し出される。
「いつもありがとうございます」
差し出された手ぬぐいをとり額に少し見える汗を軽くふき取る。その姿を静かに見つめるカイトはニコニコと笑みを見せていた。
「いつもカイトは見ているだけですが、たまには私と一緒にどうですか?」
そんなリューの申し出に一瞬だけキョトンとした表情を見せるカイトだったが、そのあと苦笑いを見せて首を横に振り…
『僕じゃ、リューの邪魔になるだけだよ』
と、空中を指でなぞるとそこには光の線でなぞられた文字が映し出されていた。
よくそんなことを言うもんだ、とリューは目の前で困ったように笑うカイトに思ったが口には出さなかった。
彼の力量は自分自身よく知っている。昔、地下迷宮で見た……
「そうですか。でも、気が向いたらよろしくお願いします」
一瞬、呼び起こされた記憶を振り払い彼女はそういってカイトに手ぬぐいを渡す。
手ぬぐいを受け取りながらも、困ったように頬を描いて笑みを見せていたカイトであった。
リューは、自分の横を静かに歩く彼を見ていた。
カイト。酒場の店員であり、ガネーシャファミリア所属の元冒険者で魔法使い。人間で17歳。自分より少し背が高い。青色の髪に空を思わせる瞳、どこか幼さが抜けない顔立ちをしており、クロエにお尻を時々触られて困っている。それを目撃したときは、いつの間にか手にナイフを持ってクロエに襲い掛かってしまったことを思い出してしまう。
余計なことを思い出して少し気恥ずかしくなるリューだったが、隣で歩く彼は特に気にする様子もなくまだ活気を見せない静かな街を眺めながら歩いていた。
そんな彼の喉元は酷い傷跡が残されている。彼がまだ冒険者だった時に負ったもので、命は取り留めたものの代償として声を失った。それが原因でファミリアを脱退後、豊穣の女主人で働いている。
「?」
「いえ。なんでもありません」
彼をずっと見つめていたようで、カイトが少し首を傾げてきた。
これ以上は勘の良い彼のことだから気づいてしまうだろうと、少し早歩きで彼より先に歩き出す。
それを見て少し不思議そうにしていた彼だったが、これ以上の詮索は意味がないだろうと判断して彼女に追いつき、並んで歩き出すのであった。