ダンジョンへ行かずに恋人と過ごすのは間違っているだろうか? 作:翠星紗
全てのチップを手中に収め、完全勝利を果たしたシル。後ろに控えるようにして立っていたリューは彼女の勝利に軽く頭を下げる。それはまるで女王に使える騎士の様にも見えた。
目の前の二人に怒りを露わにするテリー。それに気づいたシルは優しくテリーに微笑んで口を開く。
「それでは約束通り。主人の願いを聞いていただけますか?」
「……っ」
苦虫を嚙み潰したように顔をさらに顰めるテリー。リューと最初に交わした条件”勝者の願いを一つ叶える”というもの。
たかが口約束。しかし、他のゲストが居る前で交わした約束である為、あの口約を破棄することなんてできない。
テリーはアンナの方を静かに見つめた後、落ち着きを取り戻すために軽く息を整えた。
「……よろしい。彼女にはしばらく暇を出すことにしましょう。思えば異国から来たばかりで疲れているでしょうからな」
「……ッ」
テリーの言葉にアンナは本当に自分は助かったのかと信じられなかった。しかし、テリーは黙り込み。勝負に勝ったマクシミリアン夫妻は自分を静かに見つめていた。自分は助かった、自分を救い出してくれた二人の下へ歩いていく。
それを確認したシルは席を立ち、こちらに歩いてくるアンナを招いて優しく抱き寄せた。彼女の方は不安からか、それとも助けられた安堵からか静かに肩を震わせていた。
その姿を静かにテリーは怒りを抑えながら見ていた。まだ手に入れたばかりで一度も愉しんでいないというのに、手放してしまうとは……
目の前にいるエルフの男。自分に恥をかかせたことを後悔させてやろうと考えながら、とりあえずこの場は終わらせようと話を切り出す。
「これでよろしかったですかな、マクシミリアン殿? それでは…」
「いや、まだだ」
眉がゆがむ、口元が怒りで吊り上がる。
抑えきれない怒りを何とか抑え込む、目の前のエルフはまだ何かを要求するつもりだ。確かに”アンナを連れて帰る”とは言ってはいない。
しかし、ここに来たのは娘が理由であるのは明確。それなのにまだ要求する強欲なエルフに殺意を覚える。なんとか冷静を保ちつつ、目の前の強欲エルフに問いかけた。
「いやはや、マクシミリアン殿はエルフにも関わらず強欲でいらっしゃる。私にどれだけ愛する者達を手放さなければいけないのですかな?」
「……すべてだ」
この場にいるテリーによって攫われてきた女性全員がリューの言葉に驚き彼を見つめた。周りのゲストはあまりに強欲すぎる要求に信じられず固まり、テッドに至っては目の前のエルフが何を言いだしたのか理解できずに耳を疑った。
これで何度目かの静けさが貴賓室を覆う。しかし、そんな中で可笑しそうに笑い声を抑える少女がいた。テリーはその声の主であるマクシミリアンの妻を見た。
「主人はとても欲張りなんです」
「ふざけるなぁッ!! たかが一度ゲームに勝ったぐらいで、何様のつもりだ!!」
ついに怒りを抑えられなくなったテリーは荒々しく立ち上がると椅子は勢いよく倒れ込んだ。
目じりを吊り上げ両眼は血走り、形相が怒りで歪む。それは今まで誰も見たことのない姿。彼から溢れ出る憎悪と殺意に周りにいる人間は恐怖のあまりに身を震わせる。
「この俺を敵に回して生きていけるとでも思っているのか? ギルドが守ってくれるなんて大きな間違いだ!
「貴方はサントリオ・ベガから来た人間でも……そもそもテリー・セルバンティスなどという名前ですらない。貴様の名前は
テッド」
「ッ!?」
テッド。
目の前のテリーに告げられた聞き覚えのない名前に周囲はどよめきだす。しかし、当の本人は先ほどの怒りが消えうせ目は動揺で揺らいだ
「何を根拠にそんな戯言を…」
「…自身が潔白であると言うのなら、コレを使えばいい」
「ッ!(
懐から出された一つの小瓶。それは神が眷属に刻んだ恩恵を暴くアイテム。どこかのマッド・アルケミストが趣味で作り上げた代物。
もし、テリーが神の眷属であるのならば、このアイテムにより神の名と共に刻まれた本当の名前が明かされる。マクシミリアン夫妻と名乗る二人とテリー以外の周りの人間は、彼等が何を言っているのかが分からなかった。
もしかして、このエルフの若者が言っていることが本当なら……
「ふふふ…これはとんだ言いがかりをつけられたものだ。くだらないでまかせに耳を貸すつもりなど毛頭ないが―――」
テリーは静かに手を上げる。すると、テリーを守るようにマクシミリアン夫妻を取り囲むように護衛の私兵が詰め寄ってくる。
「この俺。ひいては店の沽券に関わる戯言を吹聴して回る輩を生きて返すわけには行かん」
「お、オーナー。どういうことですか…」
「……」
事の異変に気づき始めたゲストや店のディーラー達。テリーに声を掛けるも、彼は返事を返すことなく静かに目の前の二人を見つめるだけ。
ここに居たら自分たちも巻き込まれてしまう。みの危険を感じ始めたゲストたちは椅子から立ち上がり周りにいる女性たちを払いのけ距離を取り始めた。
周りがざわめき始めるもテリーの耳には届いていなかった。考えるのは、何故目の前のエルフが自分のことを知っているのかということ。
「一応……そう一応、殺す前に聞いておいてやろう。貴様、何者だ」
「………借ります」
手にあるアイテムを胸ポケットにしまい。シルの身に付けている薄紫色の半透明のショールを借り、ふわりと頭に巻き付けた。
ショールによって顔のほとんどが覆われ、見えるのは眼帯をしていない右目のみ。
「私に覚えはないか?」
「……?」
テッドは目の前のエルフが何を言ってるのか分からなかった。ショールにより隠された顔を見るが判断できない。
見えるのは右目の空色のひと、み……
「ぁ……」
テッドは気づいた。自分を見下ろすようなあの空色の瞳を思い出してしまった。それは過去の記憶、記憶の片隅にあった過去の恐怖はフラッシュバックされ身を震わせる。
「ま、まさか…」
常に覆面で顔を隠し、当時から素性が不明であった名うての第二級冒険者。
「リオン……」
彼の剣姫と事あるごとに比べられていた実力者であり、同時にアストレア・ファミリアのもと数多くの悪を断罪してきた正義の執行者。
「疾風のリオン! 貴様、生きていたのかッ!!」
「……」
アストレア・ファミリアが敵対する敵の罠に嵌められ、彼女以外の団員は全滅。さらに愛していた恋人は一生消えることのない傷を負い絶命寸前。
復讐者としてリューは激情のままに、正義とは言えない方法ですべての者に報復し力尽きていた。そこからは生きる希望を失った彼女をシルに助け、ギルドのブラックリストに載っている自分自身を”豊穣の女主人”で匿ってもらえるようにとりなしてくれた。
さらにファミリアを捨てでまで自分を探し続けてくれたカイトまでをもミア母さんは店に迎え入れ、おかげで二人は今の自分たちがある。
だからテッドには敵のファミリアと”疾風”は相打ち、それを知ったカイトは絶望して姿を晦まし無残に死に絶えたという噂を信じていたのだろう。
二人の亡骸が無くても”疾風”と”夜叉”の噂がオラリオから途絶えたから。
「噂、か……。テリー、いやテッド。名を偽ったお前の所業は噂で聞いていた」
「ッ!」
「大賭博場区域に出没する悪党の特徴や情報。灰色の行いの手口。それは私たちの良く知っている者だったからだ。そして、今日お前を見たときに確信した」
「…なんだと…」
完璧だと思われた偽装は全て目の前のリューに暴かれていた。次々に暴かれる彼の素性に息を呑む。
ふと、リューは部屋の隅に視線を向けた。テッドは何があるのかと同じように彼女の視線の先を見る。そこには関係者用の入口があるだけだった。何かあるのかと疑い始めたテッドだったが、リューの喋り出したことでその考えは消え去った。
「なぜ、私達がお前の悪行を見逃してきたのか……分るかテッド?」
「……ッ」
「理由は二つある。一つは私達にもう正義を語る資格がないから……そして、もう一つ―――
ひれ伏して懺悔するお前をアストレア様がお許しになる機会を与えたからだ」
彼女の言葉にテッドの脳裏にあの時の光景が呼び起こされる。
――――――――――
あれは悪事に手を染めた違法者たちと若かりしテッドをアストレア・ファミリアと共闘していたガネーシャ・ファミリアのカイトが一網打尽にした。
最初は抵抗したが圧倒的な力を前にテッドは怯え恐怖し、震えながら膝間づき泣きながら懺悔をした。
【助けてください! たすけてくださいいいぃぃぃッ!!】
【もう二度とこんなことはしませんから! どうか! どうかぁ……】
地面に何度も頭を打ち付けて許しを請うテッドの姿にアストレアは慈悲をもってテッドの言葉を聞き入れた。あるいは、信じたかったのかもしれない。子供たちの改心と更生、不変ではない下界の住人が変わることが―――
―――――――
「しかし、お前はアストレア様の厚情を無下にした。私欲を止めず、貪りつづけた。だから―――
お前にはもう免罪の余地はない」
「や、やれぇ!! お前らぁ!!」
テッドを射殺すかのように瞳を鋭く光らせるリュー。その姿にテッドは怯え、自分と彼女たちを取り囲むように控える私兵に命令を出す。
テッドの命令通り私兵たちはリュー達に襲い掛かる。アンナは怯えてシルに抱き付く、シルは抱き付いてきた彼女を優しく抱きしめ小声で話しかける。
「大丈夫。リュー達が助けてくれるから」
「…え?」
優しく声音で囁いてくれるシルの声。しかし、アンナはふと疑問を感じた。
リュー”達”が助けてくれる?
その間にも襲いかかってくる私兵たち、しかしリューは動こうとはしなかった。ただ静かにテッドを見つめ―――
「私はなにも二人でここに来ていない」
「――――――ッ!?」
自分を見据える目の前のエルフにさらなる恐怖を感じた。
いつも疾風の横には必ず夜叉がいた。彼女と同じ空色の瞳を持つ男。聞いたことのない術を用いてはアストレア・ファミリアと共に共闘をしていたガネーシャ・ファミリアの元団長。疾風のあとを追うように姿を晦ませ死んだと噂が流れていた。
しかし、目の前には死んだと思われていた疾風がいる。疾風が生きているならあの男が死んでいるという噂も―――
「があッ!?」
「ひっ!」
そう考えた瞬間、テッドの目の前に数多くの光の柱が降り注ぎ私兵たちを貫き地面に抑え込む。苦しみもがく目の前の兵たち。しかし、死んではいない。押さえつけられた痛みに声が出ていない。
テッドは昔に味わった痛みが蘇る。怯えて声が出てしまう。恐怖が押し寄せる。息ができない。
周りにいた女性やゲストたちも急に現れた光の柱に戸惑う。
「来てくれると思っていました」
リューは静かに話しかける。しかし、それは誰に向けて言われた言葉なのだろうとアンナは不思議そうに見つめる。
周りも何が起きたのか、彼女は誰に話しかけているのか分からずただ静かに見つめた。ただ、テッドだけはこの光の正体も誰が使用したのかを知っている。
コツ、コツ………
静まり返るなか、足音だけが聞こえてくる。ゆっくりと確実に近寄ってくる足音にテッドは思いえぬ恐怖を感じ、リューの表情が和らいだ。それを見たシルは何処か可笑しそうにクスクスと笑みを見せる。
訳が分からないと、シルに抱き付くアンナは混乱していくだけ。
自分たちの近くまで聞こえてきた足音は不意に止まり、何も聞こえなくなる。すると、急に目の前から一人の青年が現れた。アンナを含め周りも驚き目を見開く。蒼い髪にリューと同じ空色の瞳。喉元は切り裂かれたような大きな傷跡。彼の右手の中には黒いヘルムが握られていた。
リューの横に現れた青年は彼女と視線を交わし、優しそうに微笑んだ。そして、目の前にいるテッド睨みつける。
テッドは彼の姿を見た瞬間、疑惑から確信に変わった。
「あの方に代わって、私達がお前を裁く!!」