ダンジョンへ行かずに恋人と過ごすのは間違っているだろうか?   作:翠星紗

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落ち込む彼女を抱きしめるのは間違いだろうか?

クレーズ夫妻が帰り、豊穣の女主人は普段通りの仕事に戻る。ただ、リュー・リオンだけは淡々と仕事をこなしていた。

仕事も終わり掃除、明日の仕込みを各自が行うなかリューがミア母さんのもとに近づいていた。仕込みの準備をしていたカイトは静かにそれを眺める。

リューはミア母さんに頭を下げ自室に戻って行った。それをミア母さんはため息を漏らす。

 

 

「ねぇ、カイト。リューのそばにいてあげないの?」

 

 

いつのまにかシルが近づいており、ひょこっと彼に顔を見せた。気配もなく現れたシルにカイトは少し驚いた表情を見せたが、彼女の問いに答えるかのように苦笑いを見せてシルの頭を軽く撫でて仕事に戻った。

そんな彼をシルは不満げに見つめ口を尖らせたあと、そのまま厨房を出て行った。

 

数分後……

 

 

「カイト! あんたも今日はあがんな」

 

「…?」

 

 

仕込みの途中にミア母さんから声がかかり近寄ると、さっさとあがれと言われた。なぜ、そんなことを急に言ってくるのかと首を傾げたカイトだったが、ミア母さんの後ろでシルがいたずらっ子のようにペロッと舌を出している。

どうしてもリューの所に彼を行かせたいようだったのだろう。だから、自分からミア母さんを説得したとしか考えられない。

ミア母さんも面倒だと言わんばかりにため息も漏らして少し苛立ちを押さえているように見えた。

ここまでされてはしょうがないと、カイトは深々とミア母さんに頭を下げると軽いゲンコツが後頭部に当たった。

 

 

「ったく。面倒なことは起こすんじゃないよ」

 

 

それだけ言うと、ミア母さんはシルを連れて明日の準備に取り掛かった。シルがすれ違いざまに「お願いします♪」とお願いしてきたが……お願いされるようなことではない。

こっちはシルとミア母さんに感謝したいぐらいだと思っても顔には出さず部屋に戻るカイトであった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ミア母さんに無理を言って早めにあがらせてもらったリューは、部屋に戻っても電気もつけずベットに座り込み自分の手のを眺めていた。

 

 

――アストレア・ファミリアがいてくれたら…

 

――アストレア様がいてくれたら…

 

――どうして優しいファミリアばかりがなくなっちまうんだ…

 

 

夫妻の言葉によって思い出されるのは過去の記憶。仲間の記憶、仲間を失い捨て去ったもの……

 

 

「(…やめた筈だ。何も知らない他者の救済など。見返りも求めない無償の人助けなど―――

 

自分の手の届くのは身の周りの者達だけ、それ以上でもそれ以下でもない――

 

復讐という名の炎に身を投じてしまった自分に。冒険者の地位と名誉をはく奪された自分に――

 

正義を背負う資格はないのだから…)」

 

 

ギュッ…

 

「ッ!? いつの間に来ていたのですか?」

 

 

前から抱きしめられた感覚に驚きを見せるリューだったが、それがカイトだ気づいた瞬間に体から力が抜けた。

彼女の返答に彼は応えない。ただただ、優しく目の前の恋人を抱き寄せた。

リューは彼の胸に手を添えて頬を寄せた。血塗られた自分がこのような幸せを手にしてはいけない。そんな資格なんてない…

 

エルフ特有の長い耳から聞こえる彼の穏やかな鼓動が自分を落ちるかせる。カイトを求めるかのようにリューは瞼を閉じ、彼の背中に手を回した。

いつも凛々しいエルフの彼女。時たま見せる彼女の小さな陰に飲み込まれないようにカイトは優しく支えていた。

 

 

 

数分後…

 

「先ほどはすみませんでした///」

 

「♪」ニコニコッ

 

 

落ち着きを取り戻したリュー。頬を赤くして小さくなっていた。

そんな彼女を嬉しそうに見るカイトは、彼女の頭を優しく撫でてご機嫌な様子を見せている。

このまま彼女を愛でていたかったカイトだが、本題に話を戻すため彼女の肩を触り自分の方を向かせる。少し頬を赤くして視線を逸らすリューにドキッとしたカイトだったが、指で文字を書いていった。

 

 

『リューは考えすぎ。自分のしたいようにすればいいよ』

 

「…っ。あなたは彼女たちと同じことを言いますね」

 

 

彼女たちとはアストレア・ファミリアの仲間たちの事だろう。カイト自身、ガネーシャ・ファミリアに所属しながら二つのファミリアを行き来していたためよく知っている。

真似る気はなかったんだけどな、と思いながら頬をかくカイト。そんな彼を見て、リューは何かを決意したのか立ち上がる。

 

 

「少し出ていきますがカイトはここに居てください」

 

 

給仕服から白のワンピースと深緑色のマントを取り出す。カチューシャを外して、エプロンの結び目を解く。皴にならない様に綺麗にたたんでから、彼女は背中にあるファスナーへ――

 

 

「あの…見られていると、気持ちが落ち着きません///」

 

「♪」ニコニコ

 

 

自分の身体を隠すように抱きしめるリュー。注意されたカイトだったが、特に気にせず笑顔のままだった。

この辱めは何ですか/// と、心の中で悪態をつく彼女であったが、彼を無理やり部屋から追い出すことはせずにできるだけ彼に見られない様に着替えようとするリュー。

しかし、意識しすぎて頬を火照り自らの肢体を隠しながら着替えようとするリューの姿はあまりにも煽情的に映っていたことはカイト以外知らなかった。


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