ダンジョンへ行かずに恋人と過ごすのは間違っているだろうか? 作:翠星紗
戸を開けて中に入ると、そこには多くの冒険者たちが酒を煽り外からも聞こえていた笑い声が酒場を埋め尽くす。
賭博をしていたり、女を抱き寄せては下賤に笑う彼らを見て、客の質が低いと一瞬で確認したカイトだったが、ミア母さんがそうした客は追い出していたことを思い出していた。
しかし、リューはそんな彼らなど見向きもせずただ一つの卓に向かって歩き始める。ウエイターが彼女を止めようとしたが、カイトがそれを手で制して彼女の後ろを歩く。
彼女が向かうのは酒場の奥。取り巻きたちと女を侍らせている男のもとだった。
卓にはお金と酒にカード。おそらくポーカーでもしていたのだろう三人の男とそれを見守る二人の女たち。リューが近くに来たことで五人は彼女と彼の存在に気づいた。
「…見かけねぇ顔だな。こんな場所になんの様だい? エルフの嬢ちゃん」
両側に二人の女性を侍らせていた男がリューを見る。カイトの存在に気付いているだろうが、興味が無いのか男はリューにだけ返事を求めた。
遠回しな質問や回りくどいことが嫌いな彼女は素直に返答する。
「アンナ・クレーズという名前に心当たりはありませんか?」
「……なんだ? あの女の知り合いか」
アンナ・クレーズ。その名前が出てきた瞬間に店の空気が変わった。入口の近くに居た男たちは戸を固め始める。
どうやら、ここに居る全員が今回の件に関係しているようだ。
目の前の男の言葉からもどうやら当たりであることは確認できた。
「……彼女がどこにいるのか、教えて欲しい」
「教えて欲しいって言われても、ただではなぁ?」
その言葉を合図に周りにいた男たちは立ち上がり二人に詰め寄ってきた。別に襲おうとしているだけではない。
逃げ場を無くし、リューとカイトに恐怖を与えようとしているだけ。いわば威嚇。
二人は心の中でため息を漏らしながら、相手の動きを注視する。
「ここに二人で来たってことは相当腕に自信があるようだが、俺は暴力は好かねぇ。だからちょっとしたゲームをしないか?」
「…ゲーム?」
「あぁ、俺は嬢ちゃんの欲しい情報を賭ける。そっちはチップか、嬢ちゃんを掛金にしてもいいんだぜ?」
ヒューズも同じような状態にはめられたんだろう。周りに逃げ場はない。ここから出るためには、男が提示した彼の有利な戦場――フィールド――を受けるしかなかったんだろう。
周りからはリューを舐めまわすような視線で見ては、笑みを覗かせる。
「…あの時も、冴えねぇ親父とこうして賭けをしてな?
譲ってもらったんだよ。親父の娘を、な」
これは挑発。こちらを怒りを覚えさせ、自分の領域に誘い込むためのもの。
こうした相手はさらに追い打ちをかけてくる。
「さっきから、そっちの兄ちゃんは黙ってるが? もしかして喋れ―――」
「彼のことは関係ない。あなたの勝負は私が受けよう」
カイトの方を見て男はバカにしたような笑みを見せ、自分の喉に指をあてながら話しているとリューが彼の言葉を遮り、
マントの内側からお金の入った袋を取り出し、机に叩き付けた。
感情には出ていないが、その姿から怒りを感じられたことに男は小さな笑みを零す。
「じゃ、嬢ちゃんが勝ったら俺の知っている情報でいいな?」
「全てです。貴方のしっている情報、全て話してもらいます。それと、
彼を罵った件について、謝罪をしてもらいます」
「…分かったよ。ただ、そっちが負けてチップが足りなかったときは分かってるよな? 自分の身体で何とかするしかないだろ?」
挑発からの脅しの誘発。この男の心理戦はすでに始まっていた。
男は卓に散らばるカードを集めシャッフルを行う。
「ゲームはポーカーでどうだい?」
「良いでしょう」
ポーカー。
手札のカードから役をつくる単純なゲーム。しかし、これは手札の役を作る以上に騙欺―ブラフ―が重要となってくる。最弱手がハッタリで、相手を殺す最強手に進化することがある。
それゆえ、相手の心を揺さぶることが出来ればそれは勝利したも同じだ。
カードを組み終わった男が手札を配り始める。それを静かに見つめていた二人だったが…
「言い忘れていましたが…」
「あ?」
さっきまで黙っていたリューがぽつりと喋り始めて、男は間の抜けた返事を返してカードを配っていた手が止まる。
その瞬間…カードを持っていた男の指と指の隙間に短刀が突き刺さった。
一瞬の出来事、男は指の間に刺さった短刀を見つめ生唾を呑んだ。額からは一筋の汗が流れ卓に落ちる。
周りは何が起きたか理解できずに目の前の出来事をただ眺めていた。
「私たちは不正は許さない」
男は意識を目の前のリューに向けるが彼女は何もしていない。次に後ろで佇んでいたカイトに慌てて視線を向ける。
すると、何処か楽しそうにクスクスと笑みを浮かべる姿があった。
この場にいる者はエルフの女と無口の男に恐怖を覚え、彼等から離れるように後ずさりする者もいた。
リューは静かに卓に刺さった短刀を引き抜くと、カイトに渡した。
ただ、彼らが動くだけで周りは少し恐怖を感じて軽く身構える。これもまたハッタリ、この場を支配するにはまさに有効。
「気を付けることだ。私たちはいつも
やり過ぎてしまう」
「…ッ」
リューにおびえる姿を見せた男には先ほどまでの威勢は消え去っていた。彼女の一挙手一投足にただただ怯えるだけになる。
こうしてポーカーは始められた。