異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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第一章 日常への帰還
◇俺が彼女になった訳


 俺の名前は如月幾人、ごく普通の男子高校生……だった。

 過去形なのは、事情がある。

 それは、入学して間もない高校一年生の春に行われた修学旅行で起こった事故がきっかけだった。

 夜行のフェリーでひとり展望デッキに出て夜風に当たっていた俺は、うっかり柵を乗り越えて海に落ちてしまう。

 夜の海はただひたすらに暗く冷たくて――迫りくる死に対して抗うすべもなく俺は気を失った。

 

 俺が意識を取り戻したのは見知らぬ神殿で。

 

「勇者様、わたし達をお救いください」

 

 状況がまるで分らない俺に声を掛けてきたのは、ゲームに出てくる司祭のような白い衣装を纏った少女だった。

 透き通るような銀髪で幻想的な雰囲気を持つその少女は、おもむろに両膝をつき俺の前にかしずいた。

 

「わたしはアリシア、精霊神ミンスティア様にお仕えする巫女でございます」

 

 その少女――アリシア曰く、溺れて生死の境をさまよっていた俺は、彼女によって異世界に召喚されたらしい。そして、俺が召喚されたこの世界は魔王によって人類滅亡の危機に晒されているとのことだった。

 

 アリシアは俺に魔王の討伐を依頼してきた。報酬は元の世界に帰還させてもらうこと。

 召喚されていなければ溺れ死ぬ以外に選択肢の無かった俺はこの取引を受け入れることにした。

 この世界の人類が持っていない力を俺はもっていた。

 

 ――そして、アリシアと共に旅に出て一年程が経った。

 

 さまざまな苦難の旅を乗り越えて魔王城に辿り着いた俺達は、激戦の末ついに魔王を打ち倒したのだった。

 だが、魔王の最期の反撃によって、俺の腹には馬鹿でかい穴が開いてしまう――相討ちだった。

 

 泣きながら回復魔法を掛けようとするアリシアを俺は止めた。

 回復魔法は万能ではない。

 俺がもう手遅れなのは明らかだった。

 

 無念に思う気持ちはある。

 家族や友人達を置き去りにしてしまう。

 せめて、一言謝りたかった。

 それから――

 

「ごめんなさい、イクトさん。わたしが、わたしのせいで……」

 

 俺の手を両手で掴み抱きながら、目から涙をあふれさせている少女に、謝る必要なんてないんだと伝えたかった。

 だけど、口から出てくるのは乾いた空気だけで、意味のある言葉にならない。

 

「イクトさんはわたしとの約束を守ってくれました……だから、今度はわたしの番です」

 

 暗転していく視界の中に、見たこともない呪文を詠唱するアリシアの姿があった。

 

「必ずあなたを元の世界に帰します。そのためならわたしは……」

 

 アリシアの顔が手の届く距離にある。

 彼女の顔が迫ってきて視界が彼女で一杯になり、柔らかな感触が、唇に、触れた。

 

『……ああ、やっぱりこの娘はかわいいなぁ』

 

 それが、この世界で俺が最期に思ったこと。

 

   ※ ※ ※

 

『――――イ――さ――イク――さん――イクトさん!』

 

 声がする。ここ一年ですっかり耳に馴染んだ声。

 朝が弱い俺は、魔王を倒すための旅の中、度々アリシアにこんなふうに起こされていた。

 自分の名前を呼ぶ彼女の声が心地よくて、わざと微睡(まどろ)んでいるときがあることをアリシアが知ったら怒るだろうか?

 

『イクトさん、起きてください!』

 

「わかったよ、アリシア……」

 

 応えた自分の声に違和感を覚える。

 身体を動かすと節々が痛んだ。

 

 ここ一年で、大分野宿にもなれたつもりだったけど、昨晩はへんな所で寝たんだっけ?

 

 昨日のことを思い出そうと記憶を探る。

 

 ――そして次の瞬間、俺は全てを思い出した。

 

「魔王は!?」

 

 慌てて飛び起きた俺は、周囲を確認する。

 俺が居る場所は砂浜のようで、目の前には海が広がっていた。周りには魔王どころか人や魔物の姿も一切ない。

 

『イクトさん、よかった……』

 

 ()()()でアリシアの声がした。

 慌てて周囲を見回すがやはり誰も居ない。

 

「アリシア……?」

 

 再び違和感。

 俺の声はこんなに高かったか?

 それに……

 

 顔を下げて自分の手を見る。

 それは、一年間剣を握り続けたことで節だらけになった俺の手ではなくて、華奢で白い小さな手。

 頭に纏わりつく重さを感じて手をやると、あるはずのない大量の髪が手に触れた。

 繊細な手触りのそれをひと摘みして、俺は目の前にかざす。

 

 透き通るような銀色の髪の毛。

 それは、まるで彼女のような――

 

『落ち着いて聞いてください。イクトさんの魂はわたしの体の中にあります』

 

「ええと……? アリシア何を言って……」

 

 口から出た声音は俺のものではなく。

 

『他に手段がありませんでした。イクトさんを救うには、世界転移の際に発じる歪を利用して、魂をわたしの体に移すしか……』

 

 あまりにも衝撃的な事実を告げられて、俺はただ呆然とアリシアの言葉を聞くしかできなかった。

 

『……ごめんなさい』

 

 アリシアの謝罪の言葉で、俺はようやく我を取り戻す。

 

「こっちこそごめん……びっくりしすぎて、ぼーっとしてた」

 

 兎にも角にもお礼を言わないと。

 

「ありがとうアリシア。死にかけていた俺を助けてくれて」

 

『すみません。こんな方法でしかイクトさんを助けることができませんでした……』

 

「謝らないでアリシア……ええと、ちなみに元に戻る方法は?」

 

『ありません。イクトさんの元の体は既に生命活動を停止していました。たとえ傷を塞ぐことができたとしても、魂をその体に戻す方法もありません……それに、イクトさんの体が残された魔王城は、世界を隔ててしまいました』

 

「それって――」

 

 俺は改めて周囲を見回した。

 

 人や魔物の気配は無い。

 海に見えるのは釣船に内航船。背後には護岸コンクリート。浜辺には見慣れたスナック菓子の空袋やビニール袋などのゴミが打ち上げられている。

 どうみても、ここは日本の浜辺だった。

 それに俺はこの場所に見覚えがある。

 自宅から歩いて一時間程の距離にある海水浴場だ。

 まだ少し風が冷たい……異世界と時間の流れが一緒なら、経過したのは大体1年で季節は春頃のはずだ。

 

「俺は帰ってきたのか……」

 

 生きて日本に帰る。

 それは、この1年間がひたすら求めつづけてきた願いだった。それがいつの間にか果たされていたと知って、なんとも拍子抜けした気分になってしまう。

 そもそも、魔王との決戦が終わった実感もまだないのだ。

 

『ごめんなさい。イクトさんとの約束をこんな風にしか果たせなくて……』

 

「だから、謝らないでってば……それより、アリシアは元に戻れるの?」

 

『……少し強引に魂を移しました。だから、この体からわたしの魂だけ取り出すのは不可能です』

 

「そんな!? それじゃあアリシアは一生こんな状態ってこと? なんでそんなこと……」

 

『イクトさんを無事に日本に帰すことは、わたしの誓いです。イクトさんは魔王を打ち倒すというわたしとの誓いを果たしてくれました。だからわたしも誓いを果たしたのです』

 

「だからって……」

 

 アリシアは異世界の神に仕える巫女として、生まれて16年間ずっと神殿で育てられてきた。

 異世界から来た勇者と共に旅に立ち魔王を打ち倒すという使命を与えられて、それを果たすために幼い頃から修行に明け暮れる日々を過ごしてきたというアリシア。

 戦いが終わって使命がなくなったら、やってみたいこともあると言っていた。それなのに……

 

『わたしのことはいいんです。それよりも、これからどうするか決めませんか? わたしにイクトさんの世界のことを教えて下さい』

 

 いまだに納得はできていないが、アリシアの言うことはもっともだった。彼女とはもっと落ち着いてから、ゆっくり話せばいいだろう。

 

「……とりあえず、俺の家に行こう。ここから一時間くらい歩いたところにあるから」

 

『わかりました!』

 

 この姿で家族に俺が幾人だと信じてもらえるか不安はある。

 俺はクラスでも一番身長が高い男子高校生だった。それが、今は小学生と言われても通じるような小柄な銀髪の少女であるアリシアの姿になっているのだ。

 アリシアは異世界で俺と同じ生年月日に生まれたらしいのだが、とうてい同い年には見えないほどに幼い。「巫女のわたしは神様との契約で体の成長が止まっているのです」と本人は言っていたが、本当かどうかはわからない。

 

「……まあ、なんとかなるか」

 

 家族として積み上げてきた年月は伊達じゃない。

 俺しか知らない家族との思い出なんていくらでもある。他の人にどう説明をするのかとか、戸籍をどうするのかとか、一瞬頭の中に思い浮かんだが、とりあえずは考えないことにした。

 

「みんな元気にしてるかな……?」

 

 まずは、家族に会いたい。

 俺は脳裏に両親と妹の顔を想い浮かべる。

 

 そして、俺は帰るべき我が家へ向けて歩き始めた。

 ――約一年にも渡る異世界への旅を終えて。

 

 

【挿絵表示】

 

 

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