異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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誕生日(その4)

 お風呂から出た俺は自分の部屋に戻った。

 優奈もなんとなく一緒について来て、ベッドに横になって漫画を読んでいる。

 俺は優奈が持ってきてくれた今日の分のノートを書き写しながら、わからない部分を聞いたりして時間を過ごした。

 何かしなければいけないことがあると気が紛れる。

 それに、優奈が居ると心細さを感じる事が無かったのでありがたかった。

 

 晩御飯は母さん手作りのデミグラスソースのハンバーグだった。

 落ち込んでいる俺を好物で励まそうという母さんのやさしさが伝わってきてありがたいと思った。だけど、食欲が湧かなくて半分くらい残してしまった。

 謝る俺に母さんは頭をやさしく撫でて、気にしないでと言ってくれた。残ったハンバーグは父さんが食べてくれた。

 

 食事中に交わされた会話はどこかぎこちないものだった。

 父さん、母さん、優奈、そして俺。四人居るのに全然家族が揃った気にならないのは、それだけアリシアが家族として受け入れられているという事で。

 アリシアが居るときの家族団欒光景を思い出して、寂しい気持ちが込み上げてくる。

 

 そんなときだった。

 下腹部からどろりとこぼれ出る感触がして――生理が始まった。

 俺は、家族に生理の事を告げて、早々にリビングから退出した。寝る準備を終えて、自分の部屋に引き上げる。

 

 お腹が痛くて、体が重い。

 俺は自分の部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。

 キリキリと痛むお腹を両手で抱いて布団の中で丸くなる。

 

 こんな日はすぐに眠ってしまいたかったけど、眠気は一向にやってくる気配がなかった。

 あれだけ昼間寝溜めしていたのだから無理もない。

 だけど、暗闇の中ひとりで横になっていると、いろいろと考えてしまって――体調が良くないからか、悪い考えばかり出てきてしまう。

 

「……アリシアの気に触る事をしたのかな?」

 

 知らないうちにアリシアを傷つけたり、怒らせたりして、アリシアが俺への抗議の為に同調を切っているのだとしたら。

 

 ……たけど、その可能性は正直低いと思う。

 アリシアが怒っていたとしても、他人に心配をかけるこのような手段に出ることは想像し難い。それに、アリシアは今日の誕生日パーティを本当に楽しみにしていたから……

 

 万が一俺に落ち度があってアリシアが出てこないのなら、許して貰えるまで何度でも謝罪しよう。

 

 そんなことよりも。

 

「アリシアに何かあって、今も苦しんでいるんじゃないかな?」

 

 それが一番怖い。

 同調が切れている今の俺には、アリシアの声は聞こえないし、こちらの声も届かない。

 だから、もしアリシアが苦しんでいたとしても、俺には何もできないばかりか、苦しんでいることを知る事すらできないのだ。

 

 俺は目を閉じて自分の中のアリシアの存在を確認する。

 胸の中心あたりにほんのりと暖かく光るものがあるようなイメージ、それがアリシアである事は本能的にわかる。

 ――だけど、それ以上の情報は俺にはわからない。

 

 アリシアは苦しんでいないだろうか?

 辛い思いをしていないだろうか?

 

『アリシア……』

 

 何度念話で呼びかけてみても返事は無い。

 

「もしも、このままアリシアが戻ってこなかったら……」

 

 不吉な考えがこぼれ出てきて、俺は慌ててそれを否定する。

 

「そんなはず、無い……」

 

 もしかして、お風呂場での優奈とのことを怒ってるとか?

 あれは体を洗って貰っただけだから……大丈夫だよね、多分。

 

 それに、アリシアは俺が優奈や翡翠と肌を重ねることには、むしろ積極的だった。

 

「……あれ?」

 

 自分の考えに、ふと違和感を覚えた。

 アリシアとの旅の途中、勇者である俺を歓待したり、血の繋がりを求めたりとかで、そういった誘惑は多かった。それらを全部断ることができたのは、ひとえにアリシアがいたからだ。

 アリシアは俺の行動を咎めるようなことは基本的にしなかったけど、俺が他の女の子と親しくしてると機嫌が悪くなってすぐ拗ねる。そんな性格だったように思う。

 

 だから、妹である優奈はともかく翡翠とも肌を重ねる事を容認している今のアリシアの姿勢には違和感がある。

 俺がアリシアと一緒になって、触れ合う事が出来なくなった事への代償行為なのかと今まで思ってた。

 

 ……だけど。

 

 もし、自分が居なくなる事を知っていたから、他の女の子との関係を認めるようになったのだとしたら……

 

「……そんな馬鹿な」

 

 俺は首を振って自分の考えを打ち消した。

 その考えにはどこか納得できる理由があって……だけど、俺は絶対にそれを認める訳にはいかなかった。

 

 頭の芯がズキズキと痛む。

 この頭痛は生理が原因なのか、不安からくるものか、あるいは両方なのか。

 

「こんな形でお別れなんて嫌だよ、アリシア……」

 

 体が寒い。今晩は特に冷え込む気がする。

 俺は、自分自身を抱きしめた。

 

   ※ ※ ※

 

二月十日(金)

 

「――っ!!?」

 

 最悪な夢を見て、俺はベッドから飛び起きた。

 鼓動が激しく波打ち、体中が嫌な汗でじっとりと湿っている。

 

「アリシアっ……」

 

 両手を胸元に押し当てて崩れるようにベッドに体を横たえる。

 

「アリシアはここに居る……」

 

 先程の悪夢が現実ではなかったことに安堵し、だけど、次の瞬間まだアリシアが戻ってきていない事に落胆する。

 

「また、か……」

 

 もう何度目だろう。

 アリシアが戻れるように寝ようとしても、生理痛と不安から来る焦燥でなかなか眠りにつけず、それでも、いつの間にか力尽きるように眠りに落ちていて――そして、また悪夢に起こされる。

 先程からこんな事の繰り返しだった。

 

「うぁ……最悪……」

 

 下半身に湿り気を感じて、見るとパジャマの股の部分が汚れてしまっていた。生理の血が漏れてしまっている。

 体を起こして確認すると、不幸中の幸いで布団に被害は出ていないようだった。

 

「処理しないと……」

 

 鉛のように重い体を起こしてベッドから降りた。朦朧としながら着替えを準備して、重い体を引きずって洗面所に向かう。

 

 浴室で血で汚れたパジャマを脱いだ。

 ショーツも血で汚れてしまっている。許容量を超えたナプキンがぐっしょり湿っていて気持ち悪い。

 ショーツに指を引っ掛けて一気に下ろした。

 

「うわぁ……」

 

 赤黒く染まった惨状に思わず声が出てしまう。

 ポタポタと床のタイルに紅い華が咲いて、独特のにおいが鼻をつく。

 

 その状態で途方に暮れていると、洗面所のドアがノックされた。

 

「……大丈夫?」

 

 声をかけてきたのは優奈だった。

 心配そうに廊下から顔を覗かせている。

 

「えっと……」

 

 優奈と視線が合う。

 洗面所から浴室のドアは開けっ放していた。

 

「ああ、汚しちゃったのね」

 

 俺の状態を確認した優奈が洗面所の中に入ってきてドアを閉めた。

 固まったままの俺を放置して、テキパキと片づけようとする。

 

「じ、自分でできるから……」

 

 汚れものを優奈と言えども他人に始末させるのは抵抗がある。何より申し訳ない。

 

「そんな倒れそうな顔して言われても心配にしかならないわよ……ほら、これは片付けとくからシャワーで洗い流しちゃいな?」

 

「う、うん……」

 

 優奈の勢いに俺は思わず頷いた。

 それに、優奈の申し出は正直ありがたかった。

 服を脱いで髪を後頭部で纏めて、シャワーで下半身を洗い流す。汚れが落ちて少し気持ちが落ち着いた。

 

 シャワーを止めると洗面所のドアが開いて優奈がバスタオルを渡してくれた。体を拭き終わると夜用のナプキンとショーツが渡された。次はキャミソール、最後にパジャマ替わりのジャージが渡される。

 汚れた衣服は優奈が洗って洗濯機に入れてくれた。

 

「この体になって優奈に頼ってばかりだね、私……」

 

 優奈に助けられて後始末を終えた俺は自嘲気味にそう言った。

 優奈は俺の頭にぽんっと手を置いて優しく笑う。

 

「そんなこと気にしないの。女の子に関してはあたしの方が大先輩なんだから、アリスはあたしを頼ってくれていいんだよ」

 

 情けなさや、心細さや、ありがたさとか、いろいろごちゃまぜになった感情があふれてきて、涙がこぼれてきてしまう。

 

「うゔ……」

 

 優奈が俺を抱きしめてくれた。

 しばらくそのままで感情のままに俺は優奈にしがみついて泣いた。

 

「お誕生日おめでとう、アリス」

 

 やがて、落ち着いてきた俺を抱きしめたまま優奈が言った。

 

「ああ……ありがとう優奈」

 

 いつの間にか零時を過ぎていたようで、誕生日になっていたらしい。

 それは、俺がアリスとして迎える初めての誕生日で。今日から俺は世間的には16歳になる。

 そして、幾人《俺》とアリシアにとっては17回目の誕生日だった。

 でも、一緒に誕生日を迎えるはずだったはずのアリシアはいない。

 

「……その、アリシアは、まだ……?」

 

「……うん」

 

「そう……」

 

 優奈は慰めるように背中をポンポンとしてくれる。

 

「……ありがとう」

 

 アリシアの不在を心配する優奈が一緒に居ることで、少しだけ気持ちが落ち着いて。

 もう、この際だから今日は徹底的に甘えてしまおうか。

 

「優奈……一緒に寝てもらってもいい?」

 

 俺から出た言葉に優奈は一瞬驚いた後に笑顔で承諾してくれた。

 

「それじゃあ、アリスの部屋に行くね」

 

 部屋に戻った俺達は二人でベッドに入る。捲ったままの布団は夜気に晒されてすっかり冷えてしまっていた。

 

「おお、寒い寒い……ほらアリス」

 

 先に布団に入り込んだ優奈が俺を抱きしめてくる。体温が暖かくて、冷えた体を温めるように互いの体を重ね合わせた。

 優奈の柔らかい胸に埋もれながら、俺は安心感に包まれた。

 

 ……これなら悪夢を見ずに寝られそうだ。

 

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