異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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誕生日(その5)

 わたしはアリシア!

 

 わたしのまわりにはいつもエガオがいっぱい

 

 だけど、そうじゃないトキもあるの

 

「かあさまどうしたの……?」

 

 かあさまがシクシクとないていて

 

「いたいの? つらいの? だいじょうぶ、かあさま……?」

 

 かあさまがないてると、わたしもカナしくてなきそうになる

 

「ごめんなさい、アリシア。私は大丈夫よ……少し、昔の事を思い出していただけ」

 

「かあさま……つらいことあったの?」

 

「……ううん、今思い出せるのは楽しかった事ばかりね」

 

「たのしかったことなのにナミダがでるの……?」

 

「そうね……アリシアがもっと大人になったら判ると思うわ」

 

 わたしにはよくわからない。オトナってむずかしい……

 

「なかないで、かあさま……」

 

 わたしはかあさまをギュッとだきしめる

 

 それは、かあさまゆずりのシアワセのまほう

 

「もう泣いてないわ……ありがとう、アリシア」

 

 かあさまがギュッとだきかえしてくれて

 

 わたしはアンシンするにおいにつつまれる

 

 かなしいときはいつだってわたしがソバにいてぎゅっとするから

 

 だから、ナかないでかあさま……

 

   ※ ※ ※

 

 ――夢を、見ていた気がする。

 

 内容は覚えてない。ここ最近は悪夢で飛び起きてばかりだったので、少なくとも悪夢ではなかったのだろう。

 

「ん……」

 

 薄ぼんやりとした状態で目を開いた。

 ふんわりと甘い優奈の匂いがして、昨晩優奈と抱きあって眠った事を思い出す。

 優奈の姿は無い。どうやら既に起きて出ていったらしい。ベッドサイドの時計には、もうとっくに学校が始まっている時間が表示されていた。

 一瞬だけ学校の事が頭に過ぎったが、行く気にはなれなかった。狂った生活リズムに心労、そして生理二日目も重なって体調は最悪だった。それに――

 

「……アリシア」

 

 もう何度繰り返したかも判らない呼びかけ。けれど、返ってくる声は無くて俺は落胆する。

 一昨日のお休みの日から数えて三日目となる、アリシアの居ない朝。

 

「今日は誕生日だってのに……」

 

 いったいアリシアに何があったのだろうか……

 

 俺は目をつむって自分自身をぎゅっと抱きしめる。自分の中にアリシアの存在がある、それだけが心の拠り所だった。

 

 何もする気が起きずベッドで横になっていると、控えめにドアがノックされた。返事する気力も無くてぼーっとしていると、静かにドアが開いた。

 

「アリス、起きてる……?」

 

 部屋に入って来たのは、この時間は学校に行っているはずの優奈だった。その声は震えていて、何かを堪えているような緊張感があった。

 

「ん……」

 

 そんな様子を訝しみながら、俺は体を優奈の方に向けて一言返事を返す。これだけで優奈は目を覚ましてはいるけど起き上がる気力は無いという俺の現状を理解してくれるはずだ。

 

 だけど、不安そうに胸元に手をやる優奈は部屋を出て行く様子はなかった。どうやら何か用事があるらしい。

 

「あ、アリシアは……?」

 

 恐る恐る発せられた問いに、俺は小さく首を振って答えた。優奈は俺を見て、思い詰めたようにきゅっと目をつむる。

 

 そんな優奈に俺は違和感を覚えた。

 もちろん、優奈もアリシアの事を心から心配している事は知っている。だけど、今まで優奈は俺の前では極力明るく振る舞うようにしていた。俺が不安にならないようにという優奈なりの気遣いだと思う。

 

「……どうしたの? 優奈」

 

 だけど、今目の前で小さく震える優奈は、そういった態度を取り繕う余裕も無くなっているようで、俺は心配になった。

 

「パパがお兄ちゃんに話があるって。だから、起きて来られるならリビングに降りてきて欲しいんだ……」

 

 正直なところ、体を起こすのはしんどいけど。

 こんな表情をした妹の頼みを無碍になんてできなくて。

 だから俺は優奈に頷いて答えた。

 

 優奈には先に行ってもらって、俺はトイレに行ってからリビングに行く。今日も一日寝て過ごすつもりだから服装はパジャマのままだった。

 リビングについた俺を待っていたのは父さんだけじゃなくて、母さんと優奈も揃ってリビングテーブルに座っていた。

 

「……いったい、どうしたの?」

 

 俺はリビングの椅子に座って聞く。

 みんな思い詰めた表情をしていて、ピリピリとした雰囲気に俺は息を呑んだ。

 

「アリス、あなたに話しておかないといけない事があるの」

 

 母さんがそう前置きして、父さんがそれに続けて重々しく口を開いた。

 

「……アリシアはもう戻って来ないかもしれない」

 

 昨日まで、きっとアリシアは帰ってくると元気づけられていたというのに、今日父さんから出てきたのは全く正反対の言葉で。

 

「アリシアの魂は失われる運命(さだめ)にあるんだ」

 

 続けて告げられた内容に、俺は頭が真っ白になる。

 

 アリシアの魂が……失われる?

 そんなこと……

 

「ひとつの体にふたつの魂は存在できない。だから、お前の魂がその体に定着するにつれてアリシアの魂は所在を失い、やがて消滅する」

 

 父さんの話を理解する事を頭が拒絶する。

 そんな事はあり得ない。こんなの受け入れられる筈が無い。

 

「何言ってるんだよ、父さん……やめてよ、そんな冗談は笑えない……」

 

 脳天をハンマーで打ち据えられたかのように、頭がくらくらして視界がおぼつかない。俺は頭を押えた。

 

「すまないが、嘘でも冗談でも無い」

 

 俺は助けを求めるように母さんや優奈を見回すが、彼女達は辛そうに俺の様子を見守っているだけで、父さんの言葉を否定してはくれなかった。

 

「……なんでそんな事わかるんだよ」

 

 それでも俺は抵抗し、父さんの言葉を否定しようとする。

 

「本人から聞いたからだ」

 

 だけど、父さんの返答は明瞭だった。

 

「アリシア、から……? そんな……いつから……」

 

「最初からだ。お前がこの世界に戻って来てアリシアの体の持ち主になったときから彼女はそうなる事を知っていた」

 

「嘘……だ……」

 

 頭がガンガンと早鐘を叩くように痛む。

 

「父さんの言ってる事は本当よ、アリス……」

 

 母さんが父さんの言葉を肯定する。

 母さんもこの事を知っていた? ……優奈も?

 

「そんな……それじゃあ、俺だけ何も知らなかったって事……?」

 

「……そうだ」

 

 そんなの、まるで……道化じゃないか。

 

「なんで……なんで、俺に黙ってたのさ!?」

 

「――っ!?」

 

 優奈が目を見開いて、動いた椅子がガタンと音を鳴らした。

 父さんと母さんは表情を変えずに俺の事を見ていた。

 

「……それが、アリシアの望みだったからな」

 

 父さんは続ける。

 

「彼女は気遣われる立場ではなく一人の女の子として残りの時間をお前と一緒に過ごしたいと願った。そして、俺達はそれに協力する事にしたんだ」

 

「そんな……そんなのって……」

 

 アリシアとの日々が脳裏に思い出される。

 俺を通じて体験したありふれた日常を、アリシアはどんな風な思いで過ごしていたのだろう。

 

 生まれてからずっと神殿で巫女として、親の顔も知らずに、ただ使命に生きてきたアリシア。

 魔王を倒し使命を終えたアリシアに許されたのは、アリシアを知る人の居ないこの世界で、僅かな期間の余生を俺と過ごすだけなんて……

 

「そうだ、俺が居なくなればアリシアは助かるんじゃ……!」

 

 この体はアリシアのものだ。だから、持ち主に返すのが筋だ。

 アリシアを犠牲にして、俺だけが生きるだなんて間違ってる。

 

「それは無理な話だ。体から魂を取り出す方法は未だ見つかっていない」

 

「じゃあ、俺が死ねば……」

 

「バカな事を言うな!」

 

 空気が震えた。

 父さんの本気の叱責に俺は身を竦める。

 

「……魂の消失は肉体の死の後におこる。お前が死んだらアリシアも当時に死んでしまうだけだ」

 

「そんな……」

 

 俺のせいでアリシアが居なくなってしまうのに何もできないなんて……

 

 やるせない気持ちが胸にあふれてきて、俺は父さんに八つ当たりじみた反感を抱いてしまう。

 

「父さんは何でそんなに冷静でいられるんだよ! 父さんはアリシアと一緒にいた時間が少ないからアリシアのことなんてどうでもいいって言うの!?」

 

「アリス、言い過ぎよ!」

 

 俺を諌めようとした母さんを父さんは手で制して話を続ける。

 

「アリシアとお前どちらがより大切かと聞かれたら、お前の方が大切と俺は答える」

 

「――っ! 父さんのバカ!」

 

 俺は椅子から飛び降りてリビングから飛び出した。

 階段を駆け上がって自分の部屋に入ってカギを締める。

 そのままベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「アリシア……」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃで擦り切れそうだった。

 目をつむると自分の中にアリシアの存在は確かに感じられるのに……だけど、もう話すことも叶わないかもしれない。

 そう考えると涙があふれてきて。

 

「うう……くぅ……」

 

 この世界に一人取り残されたような孤独に押し潰されそうになる。

 誰にも会いたくない……もう、何も信じられない。

 

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