異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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再会

二月十一日()

 

 朝日に照らされて俺は目を覚ます。

 確信めいた予感がして、俺は彼女に声を掛ける。

 

「おはよう、アリシア」

 

『……おはようございます、イクトさん』

 

 三日ぶりに聞く彼女の声は随分と懐かしく思えて、自然と涙があふれてきて頬を伝った。俺と感覚を共有しているアリシアは、直ぐにその事に気がついたようで。

 

『随分心配をお掛けしました。その……』

 

「父さんから聞いたよ、アリシアの事」

 

 それだけで彼女は全てを理解したようだった。

 

『そう、ですか……ごめんなさい。わたしはイクトさんに隠し事をしていました』

 

「いいよ……理由は優奈から聞いたから」

 

『本当はもっと早く打ち明けるつもりだったんです。ですが、イクトさんと一緒にこの世界で経験する事が本当に――本当に楽しくて……もっと、この時間を長く続けたいって欲が出てきて、つい延び延びになってしまいました……全部わたしのせいなんです、ごめんなさい』

 

 本音を言うと、もっと俺を頼って欲しかったっていう気持ちはある。だけど、幼馴染に自分の事を話すこともできなかった俺が言えた義理ではなかった。

 

「アリシアの体になった自分の事だけで、俺は精一杯になっていたから……その事でアリシアが俺の事を頼れなくても仕方ないって思うよ。実際、俺のせいでアリシアがいなくなってしまうなんて事を知っていたら、アリシアへの罪悪感でこの体を受け入れられなかったかもしれない……」

 

『秘密にしていた事は完全にわたしの我儘です。イクトさんは全く悪くなんてありませんよ!』

 

 アリシアはそう言い切って、頑として俺の責任を認めようとはしなかった。

 

「それは……」

 

 俺の事を買い被りすぎだと思う。

 だけど、これ以上何を言っても、こうなったアリシアは考えを曲げる事は無いだろう。そう思った俺は話題を変える事にした。

 

「前にも聞いたけど、元に戻る魔法はないの?」

 

『ありません。肉体から魂を取り出す魔法は、不老不死の方法として太古から研究されて来ました。ですが、成功は記録されていません』

 

「でも、それじゃあ俺に使った魔法は……?」

 

『わたしがイクトさんに使ったのは世界転移の魔法です。わたしとイクトさんの存在の同一性を利用して、転移の際にわたし達がひとつの存在であると世界に誤認させて、失われようとしていたイクトさんの魂をわたしの体に移しました。正直一か八かの方法で、成功したのは奇跡と言っていいでしょう』

 

 存在の同一性。

 同じ日、同じ時間に、違う世界で産まれた俺達は、魂の有り様が非常に良く似ているそうだ。

 その話を聞いたときは、性別も姿形も全く異なるのにと不思議に思ったものだ。アリシアが俺を召喚できたのも、この性質があったかららしい。

 

『だから、逆は不可能なんです。本来であれば転移したときにわたしの魂は失われていた筈でした。ですから、この世界でのわたしはおまけみたいなものなんです。イクトさんと過ごせたこの世界での時間はミンスティア様がくれたご褒美なんだとわたしは思ってます』

 

「……っ!」

 

 アリシアの達観した言葉に、俺は胸を締め付けられる。

 

 そんなアリシアになんと返せば良いのか言葉を探していると、部屋のドアがノックされて思考が中断された。

 

「……アリス、起きてる?」

 

 優奈だった。

 俺は念話を起動して応える。

 

『起きてるよ、おはよう優奈』

『おはようございます、ユウナ』

 

 同じ声で二回繰り返されたかのようにも聞こえる挨拶だったが、優奈が俺達の声を聞き違える筈も無かった。

 

「……! アリシアっ!」

 

 アリシアの声を聞いた優奈は、即座にドアを勢い良く開けて俺の部屋に飛び込んできた。

 ベッドの上の俺に駆け寄ってきたパジャマ姿の優奈に、俺はぎゅっと包み込むように抱きしめられる。

 

「良かった、また会えた……! お帰りなさいアリシア」

 

 昨日から抱き締められてばかりだな、と俺は思う。

 

『ただいまです……その、ご心配とご迷惑をお掛けしました。本当に、色々と……』

 

「いいの。いいのよ、そんな事……」

 

『ユウナ……ありがとう』

 

 そのまましばらく俺達は再会の余韻に浸る。

 

 くうぅぅぅ

 

 と、静かな朝に俺のお腹が鳴って、空気が一気に弛緩した。

 

「ふふ、お腹空いたよね。ママがご飯作ってくれてるからリビングに行こう?」

 

『はいっ!』

 

 思い返せば昨晩は父さんの残してくれた資料を読みふけっていて、昨晩のご飯は部屋に差し入れてくれたおにぎりだけだった。

 一度意識すると急に空腹を感じるようになるのは不思議なものだ。

 俺達は連れ立って階段を降りてリビングに向かう。

 リビングに入るとお味噌汁のいい匂いが出迎えてくれた。

 キッチンに視線を向けると、いつも通りに台所に立つ母さんが居て。

 

「おはよう」

『おはようございます』

 

 俺達が二人揃って挨拶をすると、母さんの顔が一瞬驚いたものになって、すぐに笑顔になって俺達を迎えてくれる。

 

「おはよう、二人共」

 

「あたしも、いるよー! おはよう、ママ」

 

「優奈も、おはよう。もうすぐ出来上がるから、座って待ってて」

 

 俺達はいつも通りにテーブルの定位置に座る。

 しばらく優奈と話していると母さんが朝食を並べてくれた。

 それは、ご飯にベーコンエッグと味噌汁といった代わり映えしないものだ。

 母さんがテーブルについて準備が整う。父さんは昨日俺が帰宅したときにはもう海外に出張に出ていなくなっていたので、今日はこれで家族全員が揃った事になる。

 

 いただきますと皆で挨拶して食事が始まった。

 

『美味しいです……本当に』

 

 しみじみとアリシアが感想を口にする。

 ここ八ヶ月ですっかりアリシアは我が家の味に慣れたようだった。

 母さんと優奈は共にうっすら涙を浮かべてそんな(アリシア)の様子を見守っている。

 俺はいつもよりも気持ち味わいながら、静かに箸を動かしてご飯を食べ終えた。

 

 今日は土曜日なので学校は休みだ。

 みんな一緒にリビングでゆっくりしようという優奈の提案を了承する。

 母さんにパジャマを洗濯するからと言われて、一旦部屋に戻って着替える。ゆったりしたピンクワンピースに白のカーディガン、それから下は黒い裏起毛のレギンスといったラフな格好に着替える。

 脱いだパジャマを洗濯機に入れて、リビングに戻ると、ソファーのローテーブルには母さんが紅茶を入れてくれていた。

 同じくテーブルに用意されていた個包装のチョコレートを摘みながらティータイムにする。

 

『はぅ……』

 

 チョコレートの甘さに溜息のような声がアリシアからこぼれる。昨日までの焦燥が嘘のような、ゆったりした時間の流れだった。

 

「……それで、アリシアは今、どれくらい同調していられそうなの?」

 

 同じく着替えてリビングに戻って来た優奈が発した問いで俺は現実に引き戻される。

 

『一日おきにお休みがあれば大丈夫だと思います。今のところは、ですが……』

 

 アリシアの言葉に俺は思わず顔をしかめる。

 今までの半分以下の時間しか同調していられないのか……翡翠の言う通りアリシアは随分と無理をしていたらしい。

 

『大丈夫ですよ! ちゃんとお休みさえしてたら今回みたいに突然同調が切れてしまうなんてことはありませんから……まだまだ、皆さんと一緒に居られます』

 

 重くなってしまった空気を払うように、ことさら明るい声でアリシアは言った。

 だけど、そんな様子がまた痛ましく思えてしまって、彼女の望んだ効果は得られなかった。

 

「アリシア……」

 

 優奈も辛そうにしていて。

 

「アリシア、俺が君を助けるよ」

 

 俺はアリシアに宣言する。

 

「アリシアの魂を救う方法を絶対に見つける……だから、俺の事を信じて待っていて欲しい」

 

『……ありがとうございます、イクトさん』

 

 そう応えたアリシアは、少し困ったような表情をしているような気がした。気持ちは嬉しいけど、現実問題としては難しい、そういった事を考えている雰囲気だ。

 

「あ、あたしも協力するからっ!」

 

 優奈が手を上げてそう主張する。

 

「もちろん、私も協力は惜しまないわ。アリシアは大事な家族ですもの」

 

『……みなさん』

 

 と、いつの間にかリビングに戻っていた母さんも加わる。

 父さんの作ったレポートには母さんの記述もあった。

 後で母さんにも詳しい話を聞くとしよう。

 

「……でもね。とりあえず、今日は誕生日パーティをしましょう」

 

「っ! ……そうだね!」

 

『誕生日パーティ、やりたいです!』

 

 母さんの言葉に優奈とアリシアが同意する。

 

「……うん、わかった」

 

 正直なところ、少しでも早くアリシアを救う為に行動したかったのが本音だけど、誕生日パーティは以前からアリシアも楽しみにしていた事だったし反対する気にはなれなかった。

 焦ったところで仕方ないと自分を言い聞かせ、ぎゅっと逸る気持ちを抑える。

 

「今日は休日だから、パーティはお昼から開始にしましょうか?」

 

「そうだね、あたしみんなに予定を聞いてみる!」

 

 元々は一昨日の夜に予定していたパーティだった。

 それが、アリシアの件で先送りになっていたのだ。

 

「準備はあたし達でしておくから、アリスはアリシアと話をしてて」

 

「……いいの?」

 

「アリシアを救う方法を考えるんでしょ?」

 

「ありがとう」

 

 俺は礼を言って、部屋に戻りアリシアと話し合う。

 と言っても、あらかた父さんのレポートで現状と考えられる手段は網羅されていたので、その確認が殆どとなる。

 父さんのレポートで抜けていた魔法を使える視点からの質問を幾つか補足で聞いて書き加えていった。

 

 優奈からメッセージが入る。

 パーティに誘っていた蒼汰、翡翠、涼花の三人共今日の昼から来られるとの事だった。

 少しして、蒼汰と翡翠の二人がやってきた。

 二人はアリシアの事を心配して、様子見に少し早めに来てくれたらしい。

 翡翠も魂の概念の確認で父さんにいろいろ協力していたみたいで、リビングのソファーでそのあたりを聞いた。

 そうしているうちに涼花もやって来て、誕生日パーティが始まった。

 みんなからプレゼントを貰い、優奈が買ってきたケーキのロウソクを俺と優奈(と気持ちだけアリシア)で吹き消して、母さん手作りのご馳走を食べて、みんなでウィソで対戦したり、人生ゲームを遊んだりして――笑顔の絶えない時間を過ごした。

 

 アリシアの事が解決していない現状では、俺は心の底から楽しむ事はできなかった。

 だけど、俺はその事を一切表に出す事無く笑顔で隠し通した。

 アリシアには笑顔でいて欲しかったから。

 

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