異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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籠の中の鳥

二月十七日()

 

 今日は二日ぶりにアリシアが帰ってくる日だ。

 

「アリシア、おはよう」

 

 寝起きで覚醒しきっていないまま、俺はアリシアに朝の挨拶をした。

 

「……?」

 

 だけど、返事は無くて……また同調ができなくなっているんじゃないかと不安に思い出した頃、

 

『……おはようございます』

 

 ようやくアリシアの声が頭の中に聞こえてきて安堵する。

 だけど、ほっとしていられたのは一瞬の事。

 続けて発せられたアリシアの言葉で、俺の眠気は一気に吹き飛んだ。

 

『イクトさん、何かわたしに言う事がありますよね?』

 

 ……やばい。

 どうしてかは知らないが、アリシアは完全に不機嫌モードだ。

 普段と変わり無い口調のように聞こえるけど、言葉の端々から漏れ出ている怒りの感情が俺には手に取るように解る。

 

「な、何の事かな……?」

 

 アリシアが怒っている理由に心当たりは無い……正確に言うなら心当たりはあるけれど、目覚めたばかりのアリシアはまだ知らない筈だった。

 

『しらばっくれようとしてもダメです! 一昨日に魂に触れてきた不快な感触――あれはエイモックの闇魔法ですよね。いったい何があったんですか!』

 

「あー……気づいてたんだ……」

 

 話すつもりだったとは言え、既にアリシアにバレてしまっていると知り俺は冷や汗を流す。

 

『わかりますよ、そんなの!!』

 

 堪忍袋の緒が切れたらしいアリシアは感情を爆発させて叫んだ。

 

『――っ、思い出すのもおぞましい……いったいどうしてそんな事になったんですか!? イクトさんには納得のいく説明を求めます!』

 

 ここまで怒りの感情をダイレクトにぶつけてくるアリシアは珍しくて俺は動揺を隠せない。

 

「それは、その……アリシアを助けたいと思って、エイモックに魔法を教わったんだ」

 

『だからって、無防備に魂を晒すって何を考えてるんですか!? もし洗脳されていたら、今頃イクトさんはエイモックの言いなり――操り人形になっていたかもしれないんですよ!?』

 

 どうやら、同調が切れた状態で感じた異常な事態に、アリシアはやきもきしていたらしく、感情が抑えられないようだった。

 

『――イクトさん、本当に大丈夫ですか? 洗脳されてませんか?』

 

「大丈夫だよ、俺は何もされてないから」

 

『記憶操作でそう思わされているだけかもしれません……思い出して下さい。エイモックに会っていたときの記憶に整合性はありますか? 不自然な抜けはありませんか?』

 

「無い……と思う。それに、多分だけどエイモックはそんな事はしないんじゃないかな?」

 

『なんでそんな事言えるんですか!? あの人はイクトさんの体を要求していたんですよ。そんな相手に据え膳状態で魂を委ねるなんて……何もされていないと思う方が無理がありますよ!』

 

 俺もそう思ってた。

 だけど、エイモックの反応は違っていたんだ。

 

「それが、その……エイモックが興味を持っていたのは水の巫女っていう器だけみたいで、その……貧相な体には興味が無いって」

 

『ひ、貧相!?』

 

 ピキッ――空気が凍った気がした。

 

「いや、やつが言った事だから!? 俺の言葉じゃ無い」

 

『……そんなのイクトさんを油断させる為の方便に決まってます』

 

 アリシアは恨みがましい口調で言う。

 その気持ちはわからなくも無い。だけど、俺にはエイモックがそんな事をする必要が無かった事を知っている。

 

「それに、わざわざ魔法を使わなくても、やつは俺の事を好きにしようと思えば出来たんだし……あっ」

 

 その失言に気付いたときにはもう遅くて。

 

『へぇ……それってどういう事ですか。そこのところ詳しく教えて貰えませんか? ――イクトさん』

 

 絶対零度にまで落ちたアリシアの声が、俺に突き付けられる。

 

 ……やばい、この状況はやばい。

 

「あ、いや……誤解だよ……必要に迫られてというか、その……」

 

『誤解かどうかは説明を受けてから判断します。イクトさんの主観は結構です。起こった事実だけを順序立てて教えて下さい』

 

「わ、わかった……」

 

 俺は戦々恐々としながら、アリシアを救う手段――魂を操作する魔法を得る為にエイモックと接触した経緯を一から順に説明した。

 話の間アリシアが、『……へぇ』とか『……そうですか』と、淡々と相槌を打つだけなのが怖くて、報告も自然に丁寧口調になってしまう。

 

「と、まあ、こんな経緯がありまして……」

 

 話終わってしばし無言になる。

 ……沈黙が痛い。

 

『……イクトさん、姿見の前に正座して下さい』

 

 アリシアから告げられた言葉は想定外のもので、

 

「え……?」

 

 一瞬、聞き違いじゃないかと思った。

 異世界では正座なんて聞いたことは無かったから。

 

『正座! 姿見の前! ――今すぐに!』

 

「は、はいぃっ!?」

 

 俺は慌ててベッドから飛び降りた。あたふたと姿見の正面に移動して、ピシィっと正座する。

 姿見に映っているのは、怯えた小柄な少女(オレ)の姿。

 

『それでは、わたしの目を見て話を聞いて下さい』

 

「……でも、鏡に映ってるのは俺じゃ……」

 

 視覚も同調している以上、アリシアが俺の様子を確認しようとすれば鏡を使うしか無い。だけど、それは俺がアリシアを見る事にはならないと思うのだけど……

 

『――だまらっしゃい!!』

 

 アリシアの聞いたことも無いような剣幕に俺は本気でビクッと体を震わせた。

 俺はアリシアに言われた通りに、鏡に映った俺をアリシアだと思って目を合わる。

 

『イクトさん、わたしが何で怒っているか解りますか?』

 

「……アリシアに黙ってエイモックと接触したから?」

 

『もちろんそれもあります。あの人は闇の神官で、わたし達とは違う常識で生きてきた危険な人物です』

 

 俺が思い浮かべたのは時代劇を観ているエイモックの姿で……正直あまり怖いとは思えなかった。だけど、そんな感想を口に出しても反感を買うだけなので内心に留める。

 

『イクトさんは自分が女性である自覚が足りなさすぎです。男性の前で無防備に隙をみせるような真似をしたら、一生物の傷を負わされるなんて事はざらにあるんですよ?』

 

「……そんな事くらいわかってるさ」

 

 男達がどんな事を考えて俺を見ているのか、元男だった俺は十分良く知っている。

 今の俺が何ともないのだって、たまたまエイモックが俺の体に興味が無かったからってだけの偶然でしかない。

 普通であれば、女性にとって大切なものである処女(はじめて)を失ってしまっていても不思議では無かった。それどころか、もっと酷い目にあっていた可能性も十分考えられた。

 それくらい俺も理解していた。

 

「でも、アリシアが助かるなら、俺はそれでいいって思ったんだ」

 

『そんなの全然良くないです!』

 

 アリシアは悲しそうな声色で叫ぶ。

 

『それに魂操作(ソウル・マニピュレータ)なんて何を考えているんですか!? もし精霊教会に知られたらイクトさんは異端者認定されてお尋ね者になるくらいの忌まわしい禁呪ですよ!?』

 

 やはりアリシアは魂を操作する魔法の存在を知っていたらしい。それがもたらした悲劇の事も。

 俺にその存在を話していなかったのはそれが禁忌(タブー)だったからのようだ。

 

「だけど、この世界に精霊教会なんて無い。だから、この魔法でアリシアが救えるなら俺は――」

 

『駄目です! ……魂操作(ソウル・マニピュレータ)は魂を取り出すだけで、その魂は消滅するそうです。こんな魔法では、私達の現状の解決になんてなりません』

 

「だから、アリシアにも協力して欲しいんだ。魂を移す方法を俺が必ず見つけてみせる……だから、待っていて欲しい」

 

『見つけるってどうするつもりですか……?』

 

「動物で実験を重ねるしか無いだろうな。人を使った実験は気軽にできるものじゃ無いし……」

 

『――止めて下さい』

 

「え……?」

 

魂操作(ソウル・マニピュレータ)が禁呪になったのは人が犠牲になったからだけじゃ無いと思うんです。エイモックに魂を触られたときの悪寒は未だ忘れられません……魂は人が弄んでいいものなんかじゃ無かったんです!』

 

 イクトさんの魂をこんな風にしたわたしが言うなって話ですけどね、とアリシアは自嘲気味に付け加えた。

 

「でも、それじゃあ……!」

 

 アリシアを救う事ができない。

 そう続けようとする俺を遮ってアリシアは宣言する。

 

『わたしの為に生きる道を探してくれるのが嬉しくて、わたしはイクトさんやご家族の好意に甘えていました……でも、本来わたしの生命は世界転移のときに終わっている物なんです』

 

 その口調は優しくて。

 告げられる内容は哀しくて。

 

『……だから、もう止めにしましょう』

 

「アリシア? 何を……」

 

 ――アリシアの寂しげな笑顔が脳裏に視えた気がした。

 

『わたしは自分が消える運命を受け入れます。だから、イクトさんもわたしを助ける方法を探す事はもうしないで下さい』

 

「い、嫌だ……」

 

 俺は反射的に拒絶の言葉をこぼす。

 

「嫌だよ、そんなの……」

 

 だって、それって……そんなのって……

 それを認めたら、俺はもうアリシアと一緒に居られなくなる。

 

『……ごめんなさい。中途半端にしてきたわたしの責任です』

 

 そんな罪を告白するような口調で言わないで欲しい。

 アリシアは何も悪くなんて無いのに。

 

「だったら! ――俺は、自分の魂を取り出してアリシアに体を返すよ!」

 

『それこそ、馬鹿な事を言わないで下さい。イクトさんの家族はどうするんですか』

 

「家族はきっと解ってくれる……と思う」

 

『それに、イクトさんの家族の中に遺されたわたしはどんな顔をして生きて行けばいいのですか……?』

 

「そ、それは……」

 

 アリシアに指摘された事実に、俺は思わず言葉に詰まる。

 

『ごめんなさい、嫌な言い方してますよね、わたし。でも、これは本心です。この世界にはわたしの事を知る人なんて居ません。だから、お願いです……わたしを遺して逝くだなんて考えは捨てて下さい』

 

 アリシアは俺の家族以外に頼る相手を知らない。

 今は家族として受け入れられていると思う。

 ……でも、アリシアが俺の代わりに生きる事になったなら、そのときも同じように家族として居られるだろうか?

 

「だけど、この体は――」

 

『イクトさんの体ですよ。イクトさん自身もそう思うようになってきているんじゃないですか?』

 

「そ、それは……」

 

 俺はアリシアの言葉を否定できなかった。

 以前とは何もかもが異なる小さく華奢なこの体に違和感を覚えなくなったのはいつからか。

 身長の低さから来る、視線の低さや不便さにも慣れた。

 ちぐはぐな行動で悪目立ちする事は少なくなってきた。この容姿なので常に注目されて視線を集めるのはもう仕方ない事で、その事にももう慣れた。

 仕草は……母さんに言わせれば、まだまだ男っぽさが残ってて雑だと言われるけど、それでも大分女性っぽくなったと思う。

 女性として必要な体の手入れ――身だしなみも、当たり前にこなせるようになった。

 

『とにかく、魂の操作に関してはわたしは一切協力しません』

 

 俺が迷っている間にアリシアは俺に結論を告げる。

 

「もし俺がアリシアの言う事を聞かなかったら……?」

 

『わたしが原因で無辜の魂を冒涜してしまう……それは即ちわたし自身の罪。そうなったら、わたしはそれを償う為この命を絶ちます』

 

「……そんな!?」

 

『わたしはミンスティア様の巫女です。巫女が禁忌を破るというのはそういう事なのです』

 

 アリシアはそう言って

 

『……もし、どうしても魂の操作をするというのなら、まず最初にわたしの魂を使って下さい。わたしだったらイクトさんに何をされても構いませんから――それ以外の魂に使うのは、例え虫や動物であっても一切禁止します』

 

 その後、アリシアは家族や友人達の前で、俺がしでかした事を説明した。

 俺の行為がどれだけリスクが高い事だったか強調して話し、俺がアリシアを助ける事を諦めさせる事に同意せざるを得ない状況に話を持っていく。

 さらに、スマホのGPSによる位置確認に加えて、外出のときは事情を知る人間が同行するというルールを作り、俺の監視体制をあれよあれよという間に整えたアリシアの手腕は見事と言うしか無い。

 やり過ぎだという意見は俺以外には出てこなかった。

 

 ――かくして俺は籠の中の鳥となった。

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