異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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幻夢の夜

 夢を見た。

 

 学校の教室の俺の席、いつも通りの視界。

 優奈や幼馴染、クラスメイト達の姿も確認できる。

 そして、隣の席には男の姿をした(イクトさん)が座っていた。

 (イクトさん)は、笑顔で(アリシア)に話し掛けている。

 話の内容はわからない。

 それどころか、何も聞こえないし、視線を動かすことも出来ない。

 だから、これは夢なのだろう。

 同調の影響からか、これまでも何度かこんな風にアリシアが見ているらしい夢を見た事がある。

 

 放課後だろうか?

 俺達はとても楽しそうに話をしていた。

 (アリシア)が笑うと、(イクトさん)が笑い、時間は緩やかに流れていく。

 それは、なんの変哲もないありふれた光景で……

 

 ――とても悲しい夢だった。

 

   ※ ※ ※

 

二月二十五日()

 

「……っ!!!!」

 

 俺は声にならない悲鳴をあげて飛び起きる。

 様々な感情が怒涛のように押し寄せてきて、頭の中が焼き切れそうだ。

 

「……ぅぁ……っ」

 

 胸の中心を両腕で掻きむしるように抱いて、体を丸めてベッドに上半身を投げ出した。

 そのまま俺は感情の波が鎮まるのをひたすら待つ。

 

「っ……くぅ……」

 

 さっき見た夢は、アリシアが望んだ光景であると直感的に解った。

 それは、俺達が当たり前に享受している日常。

 

 ――だけど、アリシアにとっては手の届かない憧憬。

 

「うう……」

 

 次から次へとボロボロと涙があふれて、嗚咽が止まらない。

 寝る間際、同調を切る前に言われたアリシアの言葉が思い出される。

 

『次の同調は明々後日(しあさって)になります』

 

 容赦無く突き付けられた現実。

 アリシアの魂の状況は日々悪化していて一日毎の同調すら難しくなっていた。

 

 闇魔法を禁じられて一週間ほど。

 あの日から、俺は常に行動を監視されるようになった。

 俺が早まった行動に出ないようにと、他ならぬアリシアが望み、俺がそれを受け入れたからだ。

 同調している間はアリシアが一緒なので、これまでと変わりは無い。同調していないときは主に優奈が俺の監視をするようになる。

 学校に行っている間は勿論のこと、帰宅したらそのまま俺の部屋にやってきて一緒に過ごす。お風呂も一人で入る事は許されずに、トイレですらゆっくりしていると様子を見に来られるような状態だ。

 夜は来客用の布団を持ち込んで俺の部屋で寝ている。同調している日でも、夜は同調を切るので、夜は毎日優奈と一緒だった。

 優奈がここまで頑なになってしまったのは、もう一度俺を失ってしまうかもしれないという状況が、彼女のトラウマを呼び起こしてしまったからで、完全に俺の自業自得だった。

 

 それでも、俺はアリシアを諦めるつもりは無かった。

 アリシアと同調していないときは、図書館で魂に関する情報を探す日々を過ごす。

 付き添っている優奈はそんな俺の行動を咎めたり、アリシアに告げ口したりする事はなかった。

 むしろ優奈が自分で調べた事を俺に教えてくれて、この辺りは既に優奈が調べ尽くした後なんだと実感し落胆させられる。

 どこまで探しても、魂に関する情報は絵空事の話でしかなかった。

 あるかどうかもわからない手掛かりを探し求める、それは、まるで先の見えない泥の中を掻き分けて歩くような感覚で。

 闇魔法の使用を禁じられた事でぽっかりと空いた俺の心の空白は、焦燥と絶望で埋まっていった。

 

 それでも、全てをなげうって魂操作を使えばアリシアを生かす事ができる。俺にとってその事実は救いであり、唯一の光明だった。

 

 ――例えその光が身を焼く誘蛾灯のものだとしても。

 

「……アリス?」

 

 不意に声がした。

 どうやら、優奈を起こしてしまったらしい。

 

「泣いている声がしたような気がしたから……大丈夫?」

 

 俺はなんとか声を絞り出して優奈に返答をした。

 

「……うん……大丈夫。おこして、ごめん……」

 

 先程の夢の影響で、まだ頭の中は混乱している。

 心臓の動悸も激しいままで落ち着かない。

 体中から吹き出した嫌な汗で、体の熱が奪われて俺は小さく震える。

 

 丸まったままじっとしていると、優奈がベッドにやってくる気配がした。

 背中に手が触れて、俺の背を撫でてくれる。

 

「……怖い夢でも見たの?」

 

 上下する手の感触から俺を気遣う優奈の気持ちが伝わってきて安心した。

 

「怖くない。ただ、悲しい夢……」

 

「……そっか」

 

 背中から覆い被さるように抱き締められた。

 優奈の体温と柔らかさが心地良く感じる。

 

「アリシアの夢……?」

 

 それは優奈にしてはデリカシーに欠ける問いのように思えた。優奈の意図が掴めなくて、俺は返答を躊躇う。

 

「……アリシアから聞いたの。アリシアが起きていられる時間が短くなってきてるって」

 

 優奈の俺を抱き締める力が強くなる。

 

「……もしかして、自分を犠牲にしてアリシアを助けようって考えてる?」

 

「それは――」

 

 俺がそうする事ができるのは、アリシアによってみんなに知らされていた。

 俺は優奈の問に即答する事ができなかった。

 

「アリシアが居なくなるのが辛いのはわかるよ。あたしでも辛いもん……だけど、アリシアを助ける為にお兄ちゃんが自分を犠牲にするのは止めて」

 

「……優奈」

 

「アリシアには悪いって思ってる。だけど、あたしお兄ちゃんがまた居なくなるのは耐えられない!」

 

 優奈は背後から俺を縋るように抱き締めながらそう告白した。

 

 ああ……俺はまた優奈を傷つけてしまった。

 一年間、俺が居なかった事で優奈は心に深い傷を負った。

 俺の安易な行動はそんな優奈の癒えきらない傷を開いてしまった。

 

「あたしはアリシアにはなれないけど、あたしにできる事なら何でもする。お兄ちゃんのしたい事何だってしていい……だから、お願いお兄ちゃん。あたし達家族を、捨てないで……」

 

 必死になって説得する優奈(いもうと)の一言一言が痛々しく胸に刺さる。 

 

 俺は……

 

「俺は自分自身を犠牲にしてアリシアを助ける事はしない。優奈の前から勝手に居なくなったりなんかしないから、大丈夫だ」

 

「……本当?」

 

「本当だ。誓うよ」

 

 ごめん、アリシア……

 こんな優奈を遺して逝く事は俺にはできない。

 

 俺は自分を犠牲にアリシアに体を明け渡す選択肢を諦めた。

 アリシア自身は逆に安心するであろう事だけが救いだった。

 

「お兄ちゃん、ありがとう……」

 

 もぞもぞと動く音がして。

 どうやら、優奈が布団に入ってきているようだった。

 俺は体を起こして優奈の様子をぼんやりと伺っていると、優奈は両手を広げて胸の中に俺を誘ってきた。

 俺は導かれるままに優奈の両腕の中に収まる。

 柔らかい優奈の体に包まれて、俺は張り詰めていた心が落ち着きを取り戻していくのを感じる。

 

「あたしが一緒だから……」

 

 優奈の手が俺の髪を撫でている。

 もう一方の手は背中を撫でていて、まるで子供をあやされているみたいだ。

 髪を触っていた手が、頬に触れてきてくすぐったい。

 何度か形を確かめるように動いて、やがて首筋に指先が移動する。

 背中を撫でていた手が下がっているような気がして――

 ここに至ってなんだか違和感を覚えた。

 首筋から鎖骨に指が這わされて、思わず体が震えてしまい声をあげる。

 

「ちょ……優奈……!?」

 

 優奈がしようとしている事に気がついて、俺は焦って優奈を制止する。

 

「不安や心配でいっぱいだと眠れないよね……大丈夫、あたしが何も考えられないようにしてあげるから」

 

「す、ストップ! ごめん、優奈。今はそんな気分じゃ――」

 

 こんな気持ちのときにどんな事をされても、そんな気にはなれない……

 優奈から逃げて拒絶の意思を示そうとしたが、両腕でがっちり絡め取られていて身動きがとれない。

 

「お願いお兄ちゃん……居なくなっちゃやだよぉ……あたし、お兄ちゃんが居なくなったらって思うと怖くて、怖くて、怖くて……怖いよ、お兄ちゃん……」

 

 泣きながらそんな風に求めてくる優奈をもう拒絶する事はできなくて――俺は体の力を抜いて優奈のなすがままに身を任せた。

 

 心が冷めてしまっている今の俺は何をされても反応しない。

 優奈には悪いけど、それがわかれば優奈も諦めるだろう。

 

 俺はそう思い優奈のしたいようにさせる事にした。

 

 ……だけど、俺は知らなかった。

 

 優奈は俺自身も知らない()をオンにするスイッチの在り処を知っていて。

 一度そうなってしまえば私の意思なんて関係無く体が反応してしまう状態にさせられてしまうって事を。

 

 ……いや、多分それも違っていて。

 私自身、無意識に逃避したかったのだと思う。

 

 そうされている間は何も考えることはなかったし、疲れ果てて泥のように眠ってしまえば、夢を見る事もなかったから。

 

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