異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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デート(その3)

 電車に乗って三十分程のところにある遊園地。

 そこは、俺が住んでいる地方の都市圏にある唯一の遊園地で、家族連れやデートの行先として定番の場所だった。

 もちろん俺にとっても馴染みは深くて、子供の頃から家族や幼馴染達と一緒に何度か来た事がある。

 といっても、ここ数年はすっかりご無沙汰だったけど。

 ……最後に来たのは、まだ俺が小学生の頃だったか。

 

『わぁーー! これが遊園地なんですね。素敵です!』

 

 駅から出て視界に飛び込んで来た光景にアリシアは感動の声を上げる。

 駅の真正面には遊園地入口のゲートがあって、背後には観覧車やジェットコースター等の巨大なアトラクション。そして、周囲には陽気なマーチが流れていた。

 

『賑わってるねー』

 

 ゲートの前に並んでいる人達の後ろについて順番を待つ。

 春休み最中の日曜日ということもあって学生達やカップル、そして親子連れ等、様々な人達が並んでいた。

 その中で傍目に一人で来ているように見える俺は、その容姿も相まって浮いてしまっている気がした。

 

 ……まあ、この姿になってから、周囲に溶け込めた事の方が少ないけど。

 他人からじろじろと見られるのも、もう慣れたものだ。

 

 受付で一日主なアトラクション乗り放題になるワンデーパスと、待ち時間が短くなるファストパスを購入して入場した。

 

 ……ええと、受付のお姉さん。私は高校生ですからね?

 保護者も居ませんから!

 

  ※ ※ ※

 

『それじゃあ、まずはスパイラルハリケーンに乗りましょう!』

 

 うきうきとした口調でアリシアが示したそれは、いわゆる絶叫マシンである。

 その名が示す通り高速でぐるぐると回るアトラクションで、この遊園地の目玉アトラクションの一つだ。

 

『お、おう……』

 

 実のところ、俺は昔からこういう絶叫系が苦手だ。

 ここに来る度に、同行者に連れられて嫌々乗っているけれど、なんでお金を払ってあんな思いをしないといけないのか未だに理解できない。

 それでも、アリシアが楽しみにしている以上、行かないという選択肢は無い。

 覚悟を決めて順番待ちの列に並ぶと、十分程で順番が回って来た。

 バッグと帽子をロッカーに入れてから機械に乗り込む。

 

 ――ガタン

 

 視界が回る。

 

「ひぃやぁぁああああああああああ!!?」

 

 天地が目まぐるしく引っくり返り、脳がシェイクされる。

 俺は本能のままに悲鳴をあげてしまっていた。

 

『すごい迫力でしたね。楽しかったです!』

 

 まだ抜け切らぬ余韻の中、興奮した様子でアリシアは言った。

 

『……そ、それは良かったよ』

 

 フラフラとした足取りでよろめきながら応える。

 俺は足元に地面がある事のありがたさを痛感していた。

 

『イクトさんは楽しめなかったのですか?』

 

『そんなことは無いよ……ただ、ちょっと激しい動きに体がついていけなかったというか……』

 

『以前のイクトさんは、飛行(フライト)で今の機械よりもずっと激しい動きをしてたと思うのですけど……?』

 

 異世界で風の祝福を得た俺は魔法で空を飛ぶ事ができた。

 アリシアの言う通り、大鷲のような魔獣相手に激しい空中戦をしたり、何百メートルもの上空から身一つでスカイダイビングした経験もある。

 だけど……

 

『自分の意思で飛ぶのと、身動きの取れない状態で激しく揺れ動かされるのとでは、全然違うよ』

 

『はぁ……そういうものなんですね……』

 

 俺の話を聞いたアリシアは不思議そうにしていた。

 

  ※ ※ ※

 

 次に乗ったのは回転ブランコだ。

 馬鹿でかい傘のような円形の構造物をぐるりとブランコが吊り下げられているもこで、遊園地の定番の乗り物である。

 

 合図の音が鳴ると、傘が回転し始めて、俺達の乗ったブランコも徐々に勢いがついていく。

 俺の長い銀の髪がたなびいて、風が心地よい。

 遠心力でふんわりと体が浮く感覚がする。

 

『おおー地面が傾いてますーー!』

 

『気持ちいいねーー』

 

 これくらいなら全然平気だ。

 風が少し冷たいけど、耐えられないほどでもないし。

 

 ただ、はためくワンピースがどうしても気になってしまう。

 帽子とバッグを持った両手で膝を抑えていたけれど……下から見えていないよね?

 

  ※ ※ ※

 

 今度の選択はメルヘンカップ。

 これも定番のアトラクションで、カップを模した乗り物がくるくると回りながら舞踏会のように円を描いて動くものだ。

 俺はスカートの後ろを手で抑えながら、ティーカップの座席に腰を下ろす。

 

 ……ものすごく注目されている気がする。

 それどころか、ちらほらスマホをこちらに向けている人も居て……盗撮だよね、それ?

 別にいちいち目くじらを立てるつもりはないけど。

 

『一人で乗ってるのが珍しいのでしょうか?』

 

 ヒソヒソとこちらを見てざわめく周囲の人達を不可思議に思ったアリシアが呟く。

 確かに周りはカップルや家族連ればかりで、見渡す限り一人で乗っているのは俺達だけだ。

 

『それもあるだろうけど……多分もっと別の理由だと思う』

 

『場違い……だとか?』

 

『逆だと思う。似合い過ぎているというか……』

 

 今の俺は銀髪で日本人離れした少女の姿をしている。

 そんな俺が一人でメルヘンカップに乗っている絵面は、非常にメルヘンチックになっているのだろう。

 周りはそれほど気にはならないけれど、少女趣味の極まりない状況を自分が作り出しているという事実は何とも受け入れがたいものがある。

 音楽が鳴りカップが動き始めても、気恥ずかしさは抜けなくて。

 俺は手元のハンドルでカップを回す事で視界をぼかして、気分をごまかすのだった。

 

 くるくる、くるくる。

 

『……これ、身体能力向上使って全力で回したらどうなるかな?』

 

『やめてくださいね?』

 

 アリシアに怒られてしまった。

 

  ※ ※ ※

 

 次に俺達が選んだのはゴーカートだ。

 

『車の運転が体験できるんですね!』

 

『……ちっちゃいやつだけどね』

 

 と言ってもここのカートは結構スピードの出る本格的なものだ。それに普通の車と違って地面が近いので結構迫力がある。

 

 だけど……

 

『スカートだと乗れないのか……』

 

 うーん、服のチョイスをミスったかもしれない。

 男の頃は服装なんて気にした事もなかったからなぁ。

 でも、この服はデートに着て来たかったし……

 女の子のお洒落って難しい。

 

『あ、貸出用のスパッツがあるみたいですよ?』

 

 良かった、だったら問題は解決だ。

 ホッと安心した俺は早速受付に申し込む。

 

『わひゃーー! はーやーいーでーすーー!』

 

 初めてカートを体験したアリシアは、目まぐるしく動く視界に歓声を上げていた。

 俺は記憶を総動員してコースを思い出しながら、カートを操りコーナーを攻めていく。

 以前、蒼汰と夢中になってタイムを競い合った事を思い出して、懐かしい気分になった。

 

「ふぅ……まあ、こんなものかな」

 

 ヘルメットを取り電光掲示板に表示されたタイムを確認する。

 ブランクがあるにしてはまずまずのタイムで、デイリーランキングの下の方に乗る事が出来た。

 順番待ちをしている男の子達から受ける尊敬の視線が心地良い。

 

 ……ふふん、君達とは年季が違うのだよ。

 

  ※ ※ ※

 

 そして、ついにやって来た絶叫系アトラクションの花形。

 この遊園地の一番の目玉でもある急転直下のジェットコースターだ。

 

『……別に無理して乗らなくても良いですよ?』

 

『大丈夫。これくらいどうってこと無いさ!』

 

 遊園地に来たら毎回優奈に連れ回されて絶叫系アトラクションをコンプリートしていたのだ。

 慣れ……はしないけど、我慢は出来るさ。

 ……多分。

 

『あ……』

 

 アトラクションの注意事項を見たアリシアが小さく声をあげる。

 

『身長140センチ以上ないと乗れないみたいです……』

 

 アリシアは自分が身長制限に引っ掛かっていると思ったようだ。

 ――だけど、問題は無い。

 

『大丈夫、今の私はこの基準をクリアしてるからね!』

 

 この前の身体測定で、私の身長は140センチ台に突入していたのだ。ビバ成長期!

 

『……成長、してるんですね』

 

『へっへー』

 

 俺は得意げに胸を張る。

 ……こっちの方は以前と変わってなかったのは黙っていよう。

 

『それじゃあ、何も問題無いとわかった事ですし、張り切って行きましょうか!』

 

『え……あ、うん……』

 

 俺は一瞬で意気消沈した。

 

 シートベルトが降ろされて、スタッフの人が固定されているか確認をしていく。

 ……以前乗ったときと比べてやけに隙間が空いているような気がするんだけど、大丈夫だよな?

 

 ブザー音の後、車両がカタカタと音を立てて動き出す。

 急な角度がついたレールをゆっくりと登っていく。

 

『わくわくしますねーイクトさん。あっ、景色が綺麗ですよ!』

 

 パンフレットによると観覧車の次に見晴らしが良いらしい。

 この高さからだと園内を一望出来る。

 それどころか、園の周囲を取り巻く雄大な山々まで見通せた。

 

 ――ああ、俺は何でまたこれに乗っているのだろう。

 

 思い出した。

 前に乗ったときも、同じように後悔して、もう絶対に二度と乗らないって心に誓ったんだった。

 今度こそ誓おう。もう俺は二度と――

 

「ぴぃゃゃあああああああーーーー!!!!」

 

 俺が覚えていたのはそこまでだった。

 後はひたすらされるがままに、スピードの暴力に耐えるだけ。

 とにかく、早く終わってくれと祈っていた。

 

  ※ ※ ※

 

 時間的に丁度よい頃合いになったのと、絶叫マシンの後で休憩したかった事もあり、俺達はレストランに入る事にした。

 

『実は、一度食べてみたいメニューがあるのですがいいですか……?』

 

 アリシアが見えるように、メニューを捲りながら眺めていると、アリシアがそう尋ねてきた。

 

『もちろんだよ』

 

 最初っから、アリシアの食べたいものを頼むつもりだった俺は一も二も無く答えた。

 だけど、アリシアから聞いたのはメニューは想定外のもので。

 

「お、お子様ランチをお願いします……」

 

「は、はい。お子様ランチですね……注文は以上でよろしかったでしょうか?」

 

「は、はい」

 

 ウェイトレスの若いお姉さんはプロフェッショナルで、顔色も変えず応対してくれた。

 

『すみません、いろんな創作物に出て来るもので、どうしても気になってしまって……』

 

 ウェイトレスさんが立ち去った後も固まったままの俺の様子をみて、申し訳なさそうにアリシアが言う。

 

『だ、大丈夫だから……! 久しぶりだったから、その、ちょっと緊張しただけだよ!』

 

 高校生にもなって、お子様ランチを頼む事になるとは思わなかった。

 最後に食べたのっていつ以来だろう……これって年齢制限とか無かったっけ?

 それとも、注文してもおかしくない年齢に思われたとか……?

 

「お子様ランチご注文のお客様ー。こちかから、おもちゃをおひとつどうぞ」

 

「は、はひっ!?」

 

 不意に声を掛けられて変な声が出た。

 そんな俺にお姉さんは微笑んで、おもちゃが入った箱を置いて立ち去ってくれた。

 俺は取り敢えず、持ってきてくれた大きな箱を覗き込んで気分を誤魔化す事にした。

 

『アリシアはどれがいい……?』

 

 無心で箱からおもちゃを取り出していく。

 車や飛行機のおもちゃは男の子向け。

 ビーズ細工や装飾品やお人形が女の子向けなのだろう。

 

『イクトさん、そのティアラがいいです』

 

 アリシアに言われて一瞬どれか迷ったが、底の方にある髪飾りに気がついてそれを手に取った。

 

『これ……?』

 

『はいっ!』

 

 ティアラを取り出した俺は、まずは残りのおもちゃを片付けた。

 そして、ティアラをじーっと見る。

 いかにも安っぽい銀メッキが施されたプラスチック製のおもちゃ。袋を閉じてある厚紙には『今日からお姫様! プリンセス・ティアラ』と書いてある。

 アリシアがどうしてこんなものを欲しがったのかはわからないけど……まあいいか。

 俺はビニール袋に入ったティアラを取り出して、頭に着けてみた。 

 ……なんとなくアリシアがそうする事を望んでるように思えたからだ。

 

 スマホを取り出してインカメラで自分の顔を写し出す。

 

『ふふっ、かわいい……ありがとうございます。イクトさん』

 

 アリシアの反応に俺は満足した。

 せっかくなので撮影しておこうかな。

 

 ――カシャリ

 

「お子様ランチのお客様ー」

 

「は、はいぃぃ!?」

 

 動転する俺に構わず、ウェイトレスのお姉さんが料理を置いていく。

 冷静になれ、冷静になるんだ、俺……!

 

「……お似合いですよ、それ」

 

「……あ、ありがとうございまひゅ」

 

 ぎゃー

 

「それでは、残りのおもちゃは片付けますね。ごゆっくりどうぞ」

 

 ウェイトレスのお姉さんが去った後も俺はダメージが抜けずしばらく固まっていた。

 

『うわーー! かわいいですっ!』

 

 ファンシーな容器に、これまた色鮮やかに盛り付けられたメニュー。一口唐揚げ、ハンバーグ、タコさんウィンナー、ゼリー、そして、ケチャップたっぷりのオムライスには英国の旗(ユニオンジャック)が翻っている。コップにはオレンジジュース。

 まごうこと無くお子様ランチだ。

 俺はファンシーなフォークとスプーンを手に取って食べ始める。

 

『美味しいですね、イクトさん!』

 

 アリシアが嬉しそうに言う。

 その声を聞いたら、もう他の事なんて気にならなくなった。

 

 ――久しぶりに食べたお子様ランチは、なんだかとても懐かしい味がした。


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