異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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デート(その4)

 午後一の乗り物は足こぎボートにした。

 食事の後なのでおとなしめの乗り物で、腹ごなしの軽い運動ができるのでちょうど良いと思ったからだ。

 湖にひよこ形のボートが点々と浮かんでいる様子は、なんとも牧歌的な光景である。

 

「……ボートを進めるのは割りと大変だけどね」

 

 キコキコとペダルを漕ぎながら俺は愚痴をこぼす。

 軽い運動と思ったけど……意外に重労働だな、これ。

 優雅に泳ぐ水鳥も水面下では必死に足を動かしている様を再現したかったのだろうか。

 ……そもそも、ひよこって泳げるのか?

 

『大変なのでしたら、魔法を使えばいいのではないでしょうか?』

 

『……それもそうだね』

 

 軽い運動はおしまいっと。

 俺はペダルから足を離して魔法を起動する。水の巫女であるアリシアの素養を引き継いだ俺にとって、このくらいの水流操作はお手の物だ。

 よちよち泳いでいたひよこのボートは、緩やかに速度を上げて水面を滑っていく。

 周りに他のボートが居ない所まで進ませて、俺は魔法を切ってボートを波間に漂わせる。

 それから、俺はお尻をずらして浅く座り直すと、全身の力を抜いた。

 

「……ふぃー」

 

 俺は気の抜けた声をこぼす。

 だらしのない格好だけど、人目のない所だからいいよね。

 今日はいつにも増して注目されたから、緊張が抜けなくて少し疲れた。

 俺はおなかの上に両手を重ねて目を閉じる。

 

『やっぱり、水に囲まれてると落ち着きますねぇ……』

 

 遊園地の喧騒が遠くに聞こえる。

 常に音楽が流れている園内と違って湖の上は静かだった。

 ボートの底に波が当たってトプントプンと音を立てた。

 

 ふたりとも無言――だけど、気まずさなんてものはない。

 まるで寄り添っているように思える程、アリシアを近くに感じる。

 そんな風に、俺達は心地よい午睡(シエスタ)をして過ごした。

 

 ――さあ、昼からは何をして遊ぼうか。

 

  ※ ※ ※

 

 海賊船というアトラクションは、船を模した大きな乗り物を振り子の要領で繰り返し弧状に揺さぶって、中に乗った人を恐怖に陥れるという拷問である。

 

「ぎにゃぁぁあああああ!」

 

 地面に向けて、勢いを増した船が落ちていく。

 地上スレスレまで落ちた後、その勢いのまま、今度は角度を付けて登っていく。

 船体は高さと引き換えに徐々に速度を失っていって、やがてぴたっと動きを止める。

 乗客である俺の体はほぼ真横になっていて。

 

「ぴにゃぁぁぁあああああああ!!」

 

 今度は背中から落ちていく。

 心臓が抜け落ちてしまいそうな錯覚に襲われる。

 ひたすら責め苦に耐える殉教者の気分だ。

 

 ――そんな中で、至極どうでもいい発見もあった。

 船が静止して浮遊感を覚える瞬間、以前は股間が縮み上がってきゅーっとなっていたけれど、今の体ではそれが無くなっている事に気がついた。

 縮み上がる物が無くなっているのだから、当然と言えば当然なのかもしれないけど……どうせなら、恐怖心の方を無くして欲しかった。

 

  ※ ※ ※

 

 遊園地と聞いたら、まずこれをイメージする人も多いくらいに定番の乗り物、それがメリーゴーランドだ。

 今、俺はその順番待ちの列に並んでいる。

 

『とっても素敵な乗り物ですね!』

 

 いかにもメルヘンな雰囲気のその乗り物は、高校生男子だった俺にとってアウェイ感が半端ない。

 例え、今の俺の外見との違和感がなかったとしても。

 午前中に乗ったメルヘンカップと違って一人乗りの席も多いので、変に悪目立ちはしないだろうというのが唯一の救いだ。

 

 順番が来て係員さんに誘導されたのは大きな作り物の白馬だった。

 俺はスカートに気遣いながら座席を乗り越えて横座りに座ると、手摺代わりの金属のバーを両手でギュッと握りしめた。

 白馬の上から周囲を見回してみる。

 普段より高い目線が何だかとても新鮮だ。

 

 ……いつも見下ろされている私だけど、今は見下ろす側なんだよ、ふふん。

 

『ふふっ、皆さんとても良い笑顔ですね』

 

 俺が後ろ暗い想いを抱いているときに、アリシアは全く違った感想を持ったようだった。

 アリシアに言われて改めて見ると、確かにみんな楽しそうに笑っている。遊園地という非日常の空間は、普段の悩みを忘れさせてくれる効果があるのだろう。

 

 合図のブザーが鳴って、ゆったりとした曲調の音楽が流れると同時にメリーゴーランドが動き出した。

 電飾がキラキラ輝いて、俺を乗せた白馬はリズムに合わせて上下に動きながら、ゆっくりと円を描いて進んでいく。

 

『素敵……まるでお姫様になったみたいです……』

 

 夢見心地な様子でアリシアが言う。

 

『だったら、俺は王子様とか?』

 

『……王子、ですか。わたしは王族に憧れはないといいますか……むしろ、若干苦手意識がありまして』

 

 王政の国にいたアリシアにとって、王子は夢物語の存在ではないようだ。

 かつてのアリシアは巫女であり教会の代表だった。

 象徴的な存在であり実務は他の人がしていたとはいえ、王族との折衝の場に出席する事も多かったらしい。

 王族との関係は概ね良好だったようだが、国内にあって独自の法を布く教会の立場は複雑で、いろいろと気苦労が絶えなかったと聞いたことがある。

 

『だから、イクトさんは勇者様のままでお願いします!』

 

 有無を言わさない様子でアリシアは言い切った。

 

『巫女になる啓示を受けた日から、わたしは勇者様にお会いできる日を心待ちにしていたんですよ』

 

『……そんな勇者が俺みたいなので失望させなかったかな?』

 

『そりゃ、イクトさんは想像してたよりもずーーっとエッチで、旅の間わたしの事をしょっちゅういやらしい視線で見てましたし、それなのに、他の女性に言い寄られたら、すぐにデレデレして鼻の下を伸ばすような人でしたけど……』

 

 アリシアの散々な評価に俺は苦笑いするしかない。

 というか、アリシアは俺のそういう視線に気づいていたんだね。

 ……そりゃそうか。今の俺だって、そういう風に見られるのわかるもんな。

 

『だけど、イクトさんは、まっすぐで、優しくて、真面目で、一所懸命で――想像してたよりもずっと素敵な人でした。だから、わたしはイクトさんに失望なんてしませんでした。イクトさんが勇者様で良かったです』

 

『お、おう……』

 

 だからって、そんな風に真っ直ぐに言われるのも照れる。

 ……褒められる事にはあまり慣れてない。

 

『お、俺も、その……アリシアが巫女で良かったよ……』

 

『え……あ、はいっ……』

 

 それから、お互い恥ずかしくなってしまって、メリーゴーランドが終わるまでお互い無言になってしまった。

 

『……えへへ』

 

 照れ笑いのような声を漏らすアリシアは可愛かった。

 

  ※ ※ ※

 

『――いっぱい遊びましたね!』

 

『これで、アトラクションも大体乗ったかな。後は……』

 

 パンフレットの地図に指を走らせて確認する。

 メリーゴーランドの後も園内のアトラクションを制覇していった結果、残っているアトラクションは後一つだけだった。

 

『……観覧車ですね』

 

『ど、どうしようか? もう一度乗ってみたいものがあるならそれでも――』

 

 俺は慌てて提案する。

 観覧車に乗ったらアリシアとのデートが終わってしまうような、そんな予感がしていたから。

 まだまだ日も高くて、心の準備もできてないと言うのに。

 

 だけど――

 

『いいえ、観覧車に乗りましょう』

 

 アリシアの言葉に俺は一瞬言葉を失う。

 

『この後イクトさんと一緒に行きたいところがあるんです。だから、観覧車に乗って遊園地はおしまいにしてもいいですか?』

 

 アリシアが続けた言葉に安堵した俺は観覧車の順番待ちの列に並んだ。

 

 ――まだ、デートが終わる訳じゃないんだ。

 

  ※ ※ ※

 

『イクトさん、今日はありがとうございました……遊園地楽しかったです』

 

 観覧車が動き出してアリシアは言った。

 

「ああ、俺も楽しかったよ」

 

 ――本当に。

 

 視界に遊園地の全景が入ってくる。

 ゴンドラの中は静かで、先程まで二人ではしゃぎ回っていた眼下の遊園地はまるで別世界のようだった。

 

『先程の話の続きですけど……』

 

 そう前置きをしてから、アリシアは静かな口調で語り始める。

 

『イクトさんのおかげで、わたしは世界の広さを知る事ができたんです』

 

 物心がついてからしばらく、アリシアは孤児院と神殿と往復するだけの毎日を過ごしていた。神殿でお祈りをしてお勤めをこなし、孤児院で生きるための糧を得るための作業をする。

 それは何度か聞いたことのあるアリシアの身の上話だった。

 

『――そういった日々がずっと続くものだと思ってました』

 

 変化の乏しい繰り返しの毎日の中で、アリシアは寝かしつけのときに聞かされる夜噺が楽しみだったらしい。物語の登場人物に自分を重ねて心を躍らせていたとアリシアは言った。

 

『そんなある日、神殿からの遣いが孤児院にやって来て、ミンスティア様の御神託があったことを知りました。そして、わたしは巫女候補として指名されたと告げられたのです』

 

 それから、アリシアの日常はガラリと変わってしまったという。

 水の精霊神(ミンスティア)の巫女として、毎日湖の中の祭殿で祈りを捧げるようになった。

 そして、やがて召喚されると予言された勇者と共に旅立ち魔王を討ち倒すという使命を全うするため、連日様々な教育と訓練を受けるようになる。

 礼儀作法、巫女の儀式、魔法、基礎体力作り、戦闘訓練、文字、算術、世界情勢、地理、旅人の知恵、生存術、戦闘技術、等々。

 

『つらいと思ったことはありませんでした。さいわい物覚えは良い方でしたし、学ぶことはわたしにとって何もかも新鮮でしたから……それに、いろいろなお話が書かれた本も読めるようになりましたし』

 

 それでも、アリシアの行動範囲は神殿とその周辺に制限されていた。彼女は神殿の重要人物になったからである。

 

『冒険者をしていた護身術の先生から、先生が訪れた国々の話を聞いたりはしていましたが、それは知識でしかなくて……わたしにとって外の世界とは、ぼんやりと霞がかった実感の伴わないものでした』

 

 初めてアリシアと出会ったとき、俺は彼女に何処かチグハグな印象を受けていた。

 浮世離れしているように見えて、生き残るための知識が豊富でサバイバル能力が高かったり、応用ができていて基礎が抜けていたりすることも頻繁にあった。

 天測や森で木を見て方位を知ることはできるけれど、一日で歩ける距離を見誤ったり、どの野草が食べられるか見分けられても、それを美味しく料理する方法を知らなかったり。

 ……まあ、そのチグハグな感じも最初の方だけだったけれど。

 旅の中で知識を経験に基づいて修正し、足りないものを習得していったアリシアは、本当に頼もしいパートナーになっていった。

 彼女が居なければ、間違いなく俺は旅の途中で野垂れ死にしていただろう。

 

『イクトさんと出会えて、わたしは使命の旅に出ることになりました。それからは毎日が驚きの連続でした』

 

 アリシアが驚いている表情は良く記憶に残っている。

 小さい事、大きい事、何でも新しい事を見つける度に彼女は感動していた。

 

『旅の途中に目に入るもの全てが色鮮やかで、わたしの心に焼き付いています。それは、綺麗なものばかりではありませんでしたけど……それらの光景は、今でも鮮明に思い返せます』

 

 アリシアと一年間、異世界を巡った冒険。

 険しい峡谷、雄々しい山々、天にまで届く世界樹と麓の大森林、何もかも厳しい砂漠、天上に聳え立つ空中の城、闇に包まれた常夜の大陸。

 楽しかった事、大変だった事、苦しかった事、辛かった事。

 本当にいろんな事があった。

 

 ――でも、今になって思い返すと全てが懐かしい。

 

『……綺麗』

 

 ゴンドラは頂点に達しようとしていた。

 足元に広がる遊園地の背後に連なる山々、そして何処までも続いているように思える青い空。

 穏やかな眺めだった。

 

『この世界に来てからは、わたしの常識は根底から覆されました。この世界の広さ、科学技術、流通、教育、歴史、娯楽、何もかもが衝撃の連続でした』

 

 思い返せば、この世界に来た頃のアリシアは驚いてばかりだった。好奇心旺盛な彼女は知らないことがあれば何でも興味をもって聞いていた印象がある。

 それに――

 

『わたしのわがままに付き合って、いろいろな本を読ませてくれてありがとうございます』

 

 ここ九ヶ月ほどで俺がアリシアと一緒に読んだ本の数は、俺が中学のときに読んだ本の総数を軽く上回っている。ジャンルもさまざまで、俺も随分と知識が増えたと思う。

 

『改めてイクトさんにお礼を言いたかったんです。イクトさんが居てくれたから、わたしはこんなにも幸せだったんです』

 

「お礼を言うのは俺の方だよ。どんな苦しいときもアリシアがいつも一緒にいてくれたから、俺は最後まで挫けずに戦えたんだ」

 

 苦しい旅路や辛い戦いの最中、俺は何度挫けかけたかわからない。俺ががんばれたのは、傍に居るアリシアにいいところを見せたいっていう、男の意地があったからだ。

 

「それに何度も俺の命を救ってくれた。こうして家族や幼馴染の元に帰って来られたのも――全部アリシアのおかげだ」

 

 文字通り命をかけてアリシアは俺のことを救ってくれた。

 どれだけ言葉を紡いでも足りない、それだけの恩がアリシアにある。

 だというのに、俺は何もできなくて。

 

「アリシア、俺――」

 

『イクトさん、もうゴンドラが地上に着きますね』

 

 俺の閉じられた扉からこぼれ落ちた言葉はアリシアによって遮られた。

 もう、地上は間近に迫っていて……

 夢の国から現実に帰る時間がやってくる。

 

『もう一度言いますね。アリシア・ヘレニ・ミンスティアは幸せでした。わたしは胸を張ってそう言いきれます。それと……』

 

 一瞬俺は息を呑む。

 

『――大好きです、イクトさん』

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