異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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最終章 アリスとアリシア
魔法でも科学でもなく


 ――どうやって家に帰ったのか憶えていない。

 

 気がついたら俺は自分の部屋のベッドで横になっていた。

 目が覚めたのは、メッセージの着信を知らせるスマホの振動で。全く動かない心のまま、惰性でスマホを手に取って画面を確認する。

 いろいろ俺のことを心配するメッセージが入っているようだったが、内容が頭に入ってこない。

 スクロールさせて目に入ったのは、たった今届いた翡翠からのメッセージ。

 そこに書かれていたのはたった一文だけ。

 ――ドクン

 俺の心が動き出す。

 

『アリシアを救う方法を知りたい?』

 

   ※ ※ ※

 

 俺は翡翠に呼び出されて深夜の神社にやってきた。

 拝殿は灯りがついていて、装飾された畳間の真ん中に白と朱の巫女装束を着た翡翠が一人神様に向き合って正座していた。

 

「翡翠!」

 

 俺が名前を呼ぶと、彼女は静かに振り返る。

 

「……アリス、来たのね」

 

 普段よりもさらに抑揚のない声で翡翠は応えた。

 

「アリシアを助ける方法がみつかったって本当なの!?」

 

 俺は翡翠に駆け寄って問いただす。

 アリシアを救う方法がある。そう書かれたメッセージを見た俺は、直ぐに翡翠に電話をして、直接話をするために自転車で駆けつけたのだった。

 今の俺の格好は着の身着のまま、少しよれてしまったセーラーワンピースの上にコートを羽織っている。

 

「……ええ、本当よ」

 

 淡々と翡翠は言う。

 

「お願い、教えて欲しい!」

 

 ――今ならまだ間に合うはずだった。

 

 意識が消えてしまっても、まだアリシアの魂がこの体に残っていると俺にはわかる。魂が見える翡翠なら、今の俺の状態をより正確に把握しているはずだ。

 

「これを知れば、あなたの人生は確実に狂うことになる。それがわかっているのに、あなたに教えることが正しいことなのかどうか。私にはわからないの……」

 

「方法を知っても、実行するかどうかは私が決めること。だから、どんな大変だったりしても私自身の責任だよ。それに、これまで異世界に行ったり、性別が変わったり、いろいろ乗り越えてきたんだ。今回だってきっと大丈夫さ」

 

「アリシアはこんな手段で助けてもらうことを望まないと思う。私が今までアリスに黙っていたのも、あの娘が知ったら絶対に阻止すると考えたからよ……それでも?」

 

 何を言われても、俺の気持ちは揺るがない。

 

「うん、教えて。私はアリシアに命を救われたんだ……アリシアを助けられるなら、この命以外何だって差し出して構わないと思ってる。だから――」

 

「……そう。やっぱり、あなたはそう言うのね」

 

 翡翠は瞳を閉じて小さく溜息をついた。

 

「ひとつ、条件があるわ」

 

「……条件?」

 

「私をあなたの恋人にして欲しい」

 

 予想外の言葉に俺は返答に窮する。

 翡翠のことは大事に思っている。アリシアの言う通り将来翡翠とそういった関係になる未来はあるのかもしれない。だけど、今の俺はアリシアのことで一杯で、翡翠のことを考える余裕なんてなかった。

 

「ごめん……翡翠の気持ちには応えられない」

 

 翡翠の告白を断るのはこれで二度目だ。

 だけど、俺の言葉を聞いても翡翠は表情を変えなかった。

 

「あなたがあの娘のことを大切に思っていることはわかってるわ……だから、私はアリシアの次でいい。アリシアが戻ってくるまででもいいの」

 

「そんなのダメだよ……」

 

 アリシアのことが好きなままで同時に翡翠を愛するなんて器用なことは俺にはできない。

 それなのに恋人になっても翡翠が辛くなるだけだ。

 

 それに、アリシアが戻るまでとか、そんな都合の良い関係なんて恋人とは言えない。

 

「ダメじゃないわ。私がアリシアを助ける方法を教えれば、あなたはきっとそれを実行して傷ついてしまう。そんなあなたが一人苦しむ姿を見ているだけなんて私には耐えられないの。だから、お願い……私にあなたの側で支えさせて欲しい」

 

 翡翠は俺の目を真っ直ぐに見て言う。

 

「でも……」

 

「私もアリシアのことを大切な友人だと思ってる。だから、あなたに全部を押し付けて知らないふりをするなんてことはできない。もし、この条件が受け入れられないなら、アリシアを助ける方法は教えられないわ」

 

 翡翠の決意は硬いようだ。

 俺は迷う。

 この関係が翡翠のためになるとは到底思えない。

 だけど、それを受け入れなければアリシアを救うことができないのなら……

 

「……わかった、よ」

 

 俺は翡翠に了承の返事をした。

 彼女がどうしてここまで頑なになるのかはわからない。

 だけど、俺はアリシアを助けたかった。

 この選択が翡翠を傷つけてしまうかもしれないけど、それでも……

 

「ありがとう……嬉しいわ。私、幾人と恋人になれたのね」

 

 翡翠は胸の前で両手を重ねて、感慨深げに言う。

 そんな翡翠を見て俺は罪悪感で胸が苦しくなる。

 

「ごめんなさい。大好きよ、幾人……」

 

「う、うん……」

 

 真っ直ぐに翡翠の目を見れない。

 

「心配しないで。こんな関係を望んだのは私。だから、あなたが罪悪感を抱く必要なんてないわ……どんなことがあっても私が一緒に居る。だから、安心して」

 

 ふふっと翡翠は微笑んで言う。

 

「それじゃあ、アリシアを助ける方法を教えるわね」

 

「……うん」

 

 まずは、アリシアの命を救うこと。

 ……それ以外のことは、その後で考えることにしよう。

 

「と言っても難しい話じゃないわ。アリスの体内で魂の無い体を作りだして、魂操作(ソウル・マニピュレータ)でアリシアの魂を移す。それだけよ」

 

「それだけって簡単そうに言うけど……そんなこと魔法でも科学でも不可能だ。できるわけない――」

 

 魂を体の外に取り出せば消滅してしまう。

 だったら、体の中に入れ物を用意すればいい。

 それは道理だけど、そんな方法があれば苦労しない。

 

「できるわ」

 

 だけど、翡翠はそう言い切る。

 

「魔法も科学も要らないわ。今のあなたなら、女性になったあなたにならできるの」

 

「そ、それって……?」

 

 俺は混乱する。

 翡翠の言っている意味がわからない。

 

「子供よ」

 

「へ……?」

 

「子供――正確には胎児ね。アリスがそれを作ってアリシアの魂を移すの。魂は心拍が始まると同時に宿るから、その前に」

 

 こども……?

 

 妊娠、出産。

 女性の身体に備わっている機能。

 

 そんなことは知っている。

 保健体育で習った知識だ。

 

「ど、どうやって……?」

 

 思わずそんなことを聞くと、翡翠は呆れた顔をした。

 

 わからないはずがない。

 だけど、俺はそれを認めたくなくて。

 何か他に方法があるんじゃないかって信じたかったんだ。

 

「そんなこと、決まっているじゃない……性交、セックスよ」

 

 翡翠から突きつけられたのは無慈悲な現実だった。

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