異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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説得

 翡翠によってもたらされた選択肢。

 俺はその可能性に掛けることにした。

 

 子供を宿しアリシアの魂を移して産む。

 それが消滅しようとしているアリシアの魂を救い出す唯一の手段。

 

 だが、そのためには家族の協力を得ることが必要不可欠で、俺は説得のため家に帰ることにした。

 

「おまたせ、アリス」

 

 巫女服から普段着に着替えた翡翠が戻ってきた。

 俺と一緒についてきて両親に説明してくれるとのことで、俺を全面的に支えるという翡翠の宣言は本気らしい。

 ありがたく思うと同時に、翡翠の気持ちを利用しているようで申し訳ない気持ちにもなる。

 

「手段のあらましをメールでアリスの家族に伝えておいたわ。突然こんな話を切り出すよりはいいでしょう?」

 

「ありがとう、翡翠」

 

 子作り云々を自分の口で説明するのには抵抗があったので翡翠の気遣いはありがたい。両親も事前に知っていた方が、考えたり相談したりする時間が取れるだろう。

 

 ……でも、もし反対されたらどうしよう。

 

 異世界では勇者だ救世主だとちやほやされていたけど、この世界の俺はただの無力な子供でしかない。

 俺ひとりでは子供を産んで育てるどころか、自分自身の衣食住すらままならないのが現状なのだ。

 

 そんなことを考えていたら、翡翠にそっと抱き寄せられた。

 俺は翡翠の腕の中にすっかり収まってしまう。

 

「心配しなくても平気よ。おじさまもおばさまもアリシアのことを大切に思っているわ。だって、あそこまで手を尽くして彼女を助ける方法を探そうとしていたんですもの」

 

「そう……かな……?」

 

「ええ、きっと大丈夫」

 

 厚手のセーター越しでも感じる柔らかさに包まれて、俺は本能的な安心感を覚える。柔軟剤だろうか、ふんわり鼻孔をくすぐるいい匂いに思わず目を細める。

 

「……もし、どうしても反対されたなら、黙って妊娠してしまえばいいわ。そうしたら、中絶しろとまでは言わないと思うから」

 

「そ、それは……」

 

「アリシアを助けたいんでしょう? だったらそれくらい覚悟なさい」

 

 困惑する俺をたしなめるように翡翠は言う。

 

「まず目標を決めて、それからそれを為すための方法を考えるの。本当に大切なものなら、手段なんて選んでいてはダメ。迷いを残していたら、おじさんやおばさんの説得はできないわよ?」

 

「……わかった」

 

 いろいろありすぎて少しナーバスになっているのかもしれない。

 俺は目を閉じゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。

 その間、翡翠は包み込んだ俺の頭を優しく撫でてくれていた。

 

「ねぇ、アリス? 不幸になる決意なんていらないわ。だって、あなたは幸せになるために行動すると決めたんだもの。そこを間違えてはだめよ」

 

 翡翠に言われてはっとする。

 アリシアを助けるためなら、俺はどんな辛い目にあっても構わないと思っていた。

 

「そうだ、ね……うん、翡翠の言う通りだ」

 

 だけど、それではダメだ。

 俺が不幸になることを両親は許してはくれないだろうから。

 アリシアと一緒に幸せになるために、俺はこの未来を選ぶ――そのことを絶対に忘れてはいけないんだ。

 

「……ありがとう、もう大丈夫」

 

 俺は身をよじらせて翡翠から離れる。

 頭の中のもやもやは晴れて、思考ははっきりとしていた。

 

「いい顔になったわ」

 

 翡翠が綺麗に笑って言う。

 俺は強がりじゃない笑顔で翡翠に応えた。

 

   ※ ※ ※

 

 家に帰った俺がリビングに入ると既に両親と優奈が勢揃いしてダイニングテーブルに座って待っていた。

 俺と翡翠は挨拶をして、並んだテーブルの席に腰を下ろす。

 

「メールを読ませて貰ったよ翡翠ちゃん。まさか、こんな方法があったとは……よく気づいたね」

 

 席について最初に口を開いたのは父さんだった。

 

「魂のことを調べるためによく病院で妊婦さんを見ていたので。魂操作(ソウル・マニピュレータ)の話を聞いて、思いついたんです」

 

「なるほど……それで、アリスはどうするつもりなんだ?」

 

「産むよ。私はアリシアを産んで育てる」

 

 父さんの問いに俺は間髪入れずに返答した。

 

「……アリス、あなたそれがどういうことかわかっているの?」

 

 母さんが俺に問う。

 

「まだ、良くはわかってないと思う……でも、覚悟はしてるよ」

 

 俺は正直に答える。

 俺の子供を産んで育てることに対する知識は中学の保健体育レベルで、作る方法すらエロ本で得たあやふやなものしかない。

 

「子供を産むということは、親になるということよ。親になれば、子供のことを第一に考えて生きなければならないわ」

 

 俺が親になる。

 それは、子供を産むのだから至極当然のことだった。

 だけど、そう言われるまで、なぜかその発想がなくて――改めて突きつけられたその事実に俺は途方もないものを感じて。

 

「あなたは親になって子供に対する責任を全うする覚悟はあるの?」

 

「ある……!」

 

 それでも、俺は即答する。

 実感はない、自信なんてない。

 だけど……迷ったりなんてしない!

 

「周りの子達が人生で一番自由に楽しむ中、ろくに外出もままならない状態で、四六時中子供のペースに合わせて過ごさないといけなくなるのよ?」

 

「アリシアにまた会えるなら、それくらいどうってことない」

 

「互いに支え合って愛し合うパートナーとしての関係と、守り与えて愛を注ぐ親子の関係は全く違うものよ。たとえ、アリシアが戻ってきたとしても、あなたたちの関係はこれまでとはまるで異なるものになるわ」

 

「……うん」

 

「子供はいつか親から離れていくもの。アリシアが子供になるということは、いつか彼女は好きな人を見つけてあなたの元を離れていくことになるわ……それでも、あなたは子供としてアリシアを産むと言うの?」

 

 それでも……俺は……!

 

「私はアリシアと一緒に生きたい。幸せになって欲しいんだ。その隣に私が居られなかったとしても――父さん、母さん、私がアリシアを産むことを許可してほしい、協力してほしいんだ。お願いします」

 

 俺は両親に向かって頭を下げて許しを請う。

 

「……」

 

 母さんと父さんは少しの間無言で、どうやら視線で会話をしているようだった。

 やがて、父さんが口を開いた。

 

「……お前の気持ちはわかった。アリシアは家族だ、助けたいという気持ちは俺達もかわらない。だから、お前がそこまで覚悟しているなら、それ以上とやかく言うつもりはない」

 

「それって……」

 

「許可するってことだ。それから、出産育児には俺達も全面的に協力すると約束しよう」

 

「あ、ありがとう! 父さん、母さん」

 

「ただ……」

 

 そこで父さんは少し言いにくそうに続ける。

 

「相手はどうするつもりなんだ? 子供はひとりで作れるものではないだろう?」

 

「そ、それは……」

 

「もしかして、アリスはもうそういう相手が居るのか……?」

 

「い、いないよ、そんなの!? ……そのことで、父さんに相談があるんだ」

 

 父さんに人工授精や体外受精のことを話した。今の俺が、日本国内でそれを受けるのは難しそうだということ。

 

「それで、父さんの伝手で海外で受けられないかと思って」

 

 俺の書類上の生誕地である東欧の国。理由は詳しくは知らないけど、父さんはその国でいろいろと融通を利かせることができるみたいだった。

 俺の身分まで偽造したのだから、人工授精くらいなんとかなるだろう、そう思っていた。

 

「それは……難しいな……」

 

 だけど、父さんの返答は否定的なものだった。

 

「あの国では宗教上の理由で自然妊娠以外認められていないんだ。非合法だとしても技術自体がないんだ。他の国をあたるにしても、お前の年齢で合法的なものは無理だろうな。この分野で非合法のものになると――調べてはみるが、難しいと思う」

 

「そっかぁ……」

 

 困った。あてが外れた。

 そうなると、妊娠するために取れる手段はひとつしかない。

 

「それで、お前はどうするつもりだ?」

 

「アリス……」

 

 みんなが俺の顔を心配そうに見ていた。

 人工授精でなんとかなると思っていたから、何も考えてなかったとはとても言いだせない雰囲気だ。

 

「ご、ごめん……ちょっとトイレ」

 

 俺は立ち上がって、席を外す。

 そのままリビングの扉を開けてそそくさと廊下に出た。

 

 ……どうするのか考えないといけない。

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