居間に戻るとみんなが揃って俺を見てきた。
どうやら俺が戻ってくるのを待っていたようだ。
大丈夫……何も考えていなかったさっきとは違う。
俺は椅子に座って家族に向き直る。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
早速父さんが聞いてきた。
「ええと――」
俺はトイレで出した結論をみんなに説明する。
相手を父親にしてしまったり関係が気まずくなったりと、今後の付き合いに支障が出るから知り合い以外で。でも、不特定の他人は怖いから、エイモックか、SNSで無害な人を探そうと思っていると。
「知らない相手とか……」
「エイモックという人も、アリシアから危険な人だと聞いているわ……賛成はできないわね」
家族の反応は総じて微妙だった。
内容が内容だけに仕方ないと思う。
「それじゃあ、誰か頼めそうな人に心当たりはある?」
誰かにお願いできるというなら、俺はそれで全然構わない。
だけど、両親の返答は芳しくないものだった。
……そりゃそうだ。うちの娘と子作りしてくれと頼める相手なんて、そうそういるものじゃないだろう。
「とにかく、アリシアを産むために種が必要なんだ。そのためなら、多少の無茶も覚悟の上だよ」
俺の言葉を受けて「うーん」と考え込む家族。
「……ふむ、事前に探偵に依頼して身辺調査をすればリスクは抑えられるか。SNSの発言から辿れば身元調査もできるだろうし」
父さんは俺の提案を検証しているようで、考えていることが口からこぼれていた。
「仕事をしていて社会的立場があり遠方に住む独身男性。独り暮らしだとなお良しだな……あと、ロリコンか」
父さんはちらりと俺を見てそう付け加える。
いや、全く持ってその通りだと思いますけど……!
なんか、もっと言い方とか……その……むぅ……
父さんのデリカシーの無い言葉に微妙なもやもやを感じていると、翡翠が小さく手を挙げて発言の許可を求めてきた。
「……ねぇ、アリス。ちょっといい?」
「翡翠? ……どうしたの」
「うちの唐変木にその役目を任せて貰えないかしら」
「……唐変木って蒼汰のこと?」
なんで翡翠がそんなことを言うのだろう?
彼女の意図がわからない。
「ええ、そうよ。アリスだって知らない誰かが相手よりはその方がいいでしょう?」
「そ、そりゃそうだけど……でも、蒼汰に子供の責任を負わせる訳にはいかないよ」
その辺りの理由は今話したばかりだというのにどうして……?
「責任は私が取るわ」
え……?
「あいつとは一応兄妹で血が繋がっているもの。だから、蒼汰の種なら、ほとんど私の娘であると言っても過言ではないと思うわ」
……いや、その理屈はおかしい。
「お父様、お母様、アリシアを宿すために蒼汰の種を使うことを許して貰えませんか? アリスへの責任は妹である私がとります」
言葉を失って固まっている俺を尻目にして、翡翠は俺の両親に向き直って訴えはじめた。
「私はアリスと二人でアリシアを育てたいと考えています。今は学生の身ですが、覚悟を示せと言うなら、すぐにでも学校を辞めて働いてアリス達を養うつもりです」
翡翠の口調は冗談と疑う余地もないほどに真剣なものだった。
「私はアリスのことを愛してます。今の法律では私はアリスと結婚することは叶いませんが、将来的に同性婚が可能になれば、籍を入れたいとも思ってます」
え、えええええ!?
「……え、ええと、翡翠ちゃん?」
「あなたたちいつの間に……」
「ひ、翡翠姉!?」
翡翠の宣言を受けて阿鼻叫喚となる我が家。
「ひ、翡翠……何を言って……?」
「ご両親への報告よ。一生アリスのことを支えるっていう私の宣言をあなたは受け入れてくれたじゃない。それってつまり、私のプロポーズを承諾してくれたことと一緒よね?」
どこから突っ込んだらいいのだろう。
け、結婚って……
「で、でも、私はアリシアのことが……」
「かまわないわ。私もアリシアのことを私達の娘として愛するつもりだもの……ああ、もちろん、アリシアが拒絶するなら関係を解消するという約束はちゃんと守るわ」
え……えっと、ええと……?
「ちょ、ちょっと翡翠姉……!? いつの間に二人はそんな関係になっていたの!? あたし何も聞いてないよ!」
「それはそうよ……今さっきなったばかりだもの」
「え……? それなのに結婚って――」
優奈は引き気味に言う。
「結婚を申し込むのに付き合った期間は関係ないわ」
「そ、それにアリスはずっとアリシア一筋だったと思うんだけど――?」
「そうね……今もアリスはアリシアのことを好きでいるわ。だけど私は構わない、そんなアリスを私は愛しているもの」
「そ、そこは構おうよ!? 両想いじゃないのに結婚なんて……」
「世の中恋愛結婚ばかりじゃないわよ。形から入る結婚だってあるわ。ねぇ、そうでしょ? アリス」
「え、ええと……?」
話についていけてない。
俺と翡翠が結婚……?
なんでそういう話になっているんだっけ……?
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
手で額を押さえた父さんが、もう一方の手で翡翠を抑えるようにかざして言う。
「……突飛な話が多すぎて頭がついていけてない。話を整理させてくれ。翡翠ちゃん、詳しいことを聞かせてもらっていいかい?」
「……わかりました」
腰を浮かして訴えていた翡翠は、我を取り戻したようで椅子を引いて座り直した。
こほんと一度咳をしてから、父さんは翡翠に質問をはじめる。
「まず、光博さんと蒼汰くんはこのことを知っているのかい?」
「いえ、まだ話はしていません」
「翡翠ちゃんは未成年で光博さんに学校へ通わせてもらっている立場だ。それに、蒼汰くんの考えもあるだろう。ご家族の了承なしに決められるような話ではないよね?」
「……家族は必ず説得します。そうしたら、私たちのことを許していただけますか?」
「許すもなにも、まずは当事者の意思を確認してからだな――どうなんだアリス、翡翠ちゃんと結婚するというのは……その様子だとお前も承知してない話なんだろう?」
突然話を振られた俺は、思わずしどろもどろになる。
「え、ええと……その……わ、わからないよ。翡翠のことは大事な人だって思ってるけど、結婚とか考えたこともなくて……その、ごめん……」
子供を妊娠して産むってことだけで、いっぱいいっぱいなのに、結婚なんて……処理できる限界を超えている。頭の中がぐちゃぐちゃでパンクしてしまいそうだ。
「アリスもこう言ってることだし、少し考える時間をくれないか? 翡翠ちゃん自身も家族と話をする時間が必要だろう……今日はもう遅い。明日以降にあらためることにしよう」
「……わかりました。ですが、アリシアを助けるために残された時間は限られています。妊娠できる機会を逃さないように、なるべく早く決断した方がいいと考えてます」
「そうだね……だけど、これは将来に関わる大事なことだ。いっときの感情で決めてしまわない方がいいと思う」
「いっときの感情なんかじゃありません。私はもう何年もずっとアリスを――幾人のことを想い続けてきました。アリスとの結婚も、以前から考えていたことです」
「……どうしてそこまで焦っているんだい? 用意周到な翡翠ちゃんにしては随分と詰めの甘い行動だと思うのだけど――」
「本当はちゃんと段階を踏むつもりだったんです。アリスの恋人として一緒にアリシアを育てる中で関係を深めて、その間に外堀も埋めていって……それからプロポーズしようと考えていました」
今、翡翠からさらっと怖い計画を打ち明けられた気がする。
「だけど、アリスのことを何も知らないような変態に、アリスを好き勝手されるかもって考えたら、とても嫌で嫌で仕方なかったんです」
翡翠……
「だから、無茶を承知の上で行動することにしました。ちゃんとアリスの価値を知って、アリスのことを大切に思っている蒼汰が相手なら、まだぎりぎり我慢できるんじゃないかって思ったんです」
翡翠はきゅっと両手を握り合わせて言う。
「……私が原因でこんなことになっていて、当事者であるアリスの方がずっと辛い思いをしているのに……ごめんなさい、自分勝手なことを言ってるよね」
「そんなことないよ。翡翠が嫌って思ったのも私のことを大切に思ってくれているからでしょ? それにやっぱり知らない人とするのは怖いって思うし……」
妊娠するまでってことは一回だけじゃすまないだろうし、必然的に積極的に中に出してとおねだりするエッチな女の子を演じることになるだろう。
……ただやられることより、そっちの方がきつい。
「それに、アリシアのことも翡翠のことも決めたのは私自身だから。むしろ、翡翠が教えてくれたから、私はこうやって前を向いて進めるんだ。だから、翡翠が責任を感じる必要なんてないよ」
翡翠は小さく首を振ってから、全員に向き直って話し出す。
「もし、アリスが私を受け入れてくれなかったとしても、私はアリスの側で出産と育児を支えようと思ってます。それが、私のけじめです」
「……だが、自分の方を向いていない相手を側でずっと想い続けるっていうのは、翡翠ちゃんが辛いんじゃないか?」
「草葉の陰から幸せを祈るとか、アリスが幸せなら私はどうなってもいいとか、そういう考えは私にはありませんのでご心配なく……アリスを私に振り向かせる勝算はあります」
翡翠は不敵に微笑んで言う。
「だてに子供のころから幾人のことを見続けてきた訳じゃありません。アリスの好みは何でも知っているつもりですし、時間はいくらでもありますから」
目の前でそんな宣言されると、された当人としてはどんな反応をすればいいのか困る。
「そ、そうか……翡翠ちゃんの気持ちはわかった。俺としては翡翠ちゃんのご家族とアリスが良いなら反対する気はない」
「お父様、ありがとうございます!」
「昔から幾男さんと話をしていたのよ、翡翠ちゃんがうちにお嫁さんに来てくれたら嬉しいって――ええと、今も翡翠ちゃんがお嫁さんに来るの良かったのかしら……?」
「はい、そのつもりでいます」
「えぇ……翡翠姉があたしの
「優奈もよろしくね」
えぇ……もう、外堀が埋まってきてる気がする。
だけど、こういう翡翠は俺も嫌ではなかった。
俺と蒼汰が考えなしに動いて優奈が場を掻き回した結果、行き詰まってしまった状況を、翡翠が解決してくれたのは数え切れないほどある。
普段は俺たちの後ろを静かについてくるような性格なのに、常に周りを良く観察していて、いざというときの判断力と行動力は誰よりも頭抜けているというのが、俺のよく知る翡翠という女の子だった。