「話も一段落したことですし、そろそろお
翡翠は俺たちにそう告げる。
「それじゃあ、私送って行くよ」
すでに良い子は寝ている時間帯になっていた。
神社までの道は街灯も少ないので、女性に一人歩きさせるのは危険だ。
「却下だ。送って行ったら帰りはお前一人になるだろう? ……翡翠ちゃんは俺が送っていく」
「私なら誰が襲ってきても撃退できるのに……」
「危機管理の問題だ。襲いやすいと思わせる状況を作れば、無用のトラブルを招く危険が高い。未だその辺りの自覚が薄いのは問題だな」
「うっ……」
それは全くもって父さんの言う通りで、俺はぐうの音も出ない。
そんな俺の様子を見て翡翠は少し笑って返答する。
「お気持ちありがとうございます。でも大丈夫です、迎えは呼んでありますから」
迎え……? と思っているとインターホンの呼出音が鳴った。
「ちょうど、来たみたいです」
モニター式のインターホンに映し出されたのは蒼汰の姿だった。
「はいはーい」
母さんが応対して、蒼汰を招き入れているようだった。
「そうだ。せっかくだから、ここで蒼汰に事情を話して協力を承諾させましょうか」
「ちょ、ちょっとまってよ翡翠!?」
説得するにしても、この状況はあまりにもハードにすぎやしないだろうか。
俺の家族に見守られながら、実の妹から俺を抱いてほしいと説得されるなんて、気まずいにもほどがある。
それは、やめてあげてほしい……男心は繊細なんだ。
「私自身のことだし、自分で説得するよ。みんなの前だと話しづらいから、蒼汰と二人で私の部屋に行くから」
「……わかったわ」
翡翠はすんなり俺の提案を受け入れてくれた。
蒼汰の説得に関しては、割りとおざなりな気がする。
「ねぇ、アリス?」
優奈がおずおずと問いかけてきた。
「……何?」
「そ、そのまま蒼兄と――しちゃったりする? もしそうなら、その……心の準備しとくから」
顔を真っ赤にしてしどろもどろにそんなことを聞いてきた。
「し、しないよ!?」
蒼汰が了承してくれたとしても、他にいろいろ考えないといけないことは多い。それに、家族や優奈が下に居る状況でするとか――そもそも、優奈がする心の準備って何さ!?
「こんばん――わ?」
そのとき、リビングのドアが開いて蒼汰が入ってきた。
固まっている俺達を見て、何があったのかと目を丸くする蒼汰。
「え、ええと……?」
「蒼汰、いこう」
俺は椅子から飛び降りると、蒼汰の手を取ってリビングから脱出する。蒼汰の手はひんやりと冷たくて硬かった。
「――ちょっ!? な、なんだ、なんだ!?」
そのまま有無を言わさず、蒼汰を引っ張っていく。
無言で、ぐいぐいと。
蒼汰は戸惑いつつも俺に逆らわずについてきてくれた。
廊下から階段を上がり、俺の部屋のドアを開けて入る。
蒼汰を部屋の中に誘導してからドアを閉めて、ようやく俺はほっと一息ついた。
「……大丈夫か?」
背中から蒼汰の心配そうな声が聞こえてくる。
「だ、大丈夫! 何でもないから……」
俺はドアに向き合ったままこたえた。
「それならいいが……ええと……」
「どうか、した?」
俺は振り向いて蒼汰を見上げる。
春になったと言っても、まだ夜は冷えるのだろう。
蒼汰の頬は赤くなっていた。
「……その……手」
そういえばずっと蒼汰の手を掴みっ放しだった。
「ん……? ああ、ごめん」
俺は蒼汰の手を離して部屋の中まで進むと、ぼふっと顔からベッドに倒れ込んだ。
「あー」
なんだかなぁ……
これからお願いしないといけない内容を思うと気が重い。
何から話すべきなのか頭の中で考えていると、ふと違和感が。振り返ると蒼汰が部屋の中で所在なさげに立っていた。
「……なんで、立ちっぱなしなんだ? 俺の部屋に来るのが久しぶりだからって遠慮してるのか?」
「いや、その……正直、混乱してる。ここは幾人の部屋だったから、お前が使ってて当たり前なんだろうけど……」
「まだ、俺が幾人だって信じてなかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……部屋自体は何度もきた幾人の部屋で、家具も見覚えがあるのに……その、女の子の部屋になってるから」
「んー? ……そうか?」
俺は目に入ったイルカの抱き枕をなんとなく手元に引き寄せて抱きしめながら言う。別にそんなに変わってないと思うんだけど……
「かわいい小物とかぬいぐるみとか、後、壁に女子の制服が掛ってるし……何より、その……いい匂いがする」
「はぁっ!?」
何言ってるんだ、コイツ!?
変態か!?
……あ、変態だったわ。
男の頃に散々性癖を語り合った仲だったので、その辺りはよく知っていた。
「……お前気をつけろよ。俺はいいけど、他の子の部屋に行ったとき、いい匂いとか言ったらお前ドン引きされるからな」
「お前以外に言わねぇよ、こんなこと」
「まあ、いいや……いつも通りベッドに座れよ。でかいのに突っ立っていられると見上げるのが疲れる」
「お、おう……」
遠慮がちにベッドに腰を下ろす蒼汰。
俺は体を起こして隣に並んで座った。
自分で誘っておきながら変に意識してしまうのは、これからお願いすることを考えたら致し方ないだろう。
「……思っていたよりも元気そうで良かった」
蒼汰は俺の顔を見下ろしながら安心した口調で、そんなことを呟いた。
「あ……」
そういえば、蒼汰が知ってるのは今日俺がアリシアと最後のデートをするということだけのはずだ。
だから、人と話せるくらいには元気のある俺の姿が意外だったのだろう。
もし、翡翠からアリシアを助ける方法を知らされていなければ、俺はきっと今も一人でふさぎ込んでいたはずなのであながち間違っていない。
俺が今こうやって居られるのは理由がある。
「それが、その……アリシアを助けられるかもしれない方法が見つかったんだ」
「そうなのか!? 良かったじゃねぇか!」
蒼汰は、まるで自分のことのように喜んでくれた。
「それで……そのことで、お前に協力してほしいことがあって……」
「なんだ? いいぜ、俺にできることならなんでもするさ」
「アリシアを救うためには、子供を宿してアリシアの魂を胎児に移して産まないといけないんだ」
「……え?」
「だから、蒼汰。お前の精子を使わせてくれないか?」
「お、おう……? って、あれだろ? 体外受精ってやつ」
「いや……それはできないみたいなんだ。だから、その……」
なるべく冷静にそれを言おうとしたけれど、引っかかってしまってその単語が出てこなくて。一度言いよどんでしまうと、余計に言いづらくなってしまう。
だけど、そんな俺の態度で蒼汰は察したようで、顔を真っ赤にして黙りこんでしまった。
「か、勘違いするなよ! これは救命行為だから。
「そ、そんなこと言われても……」
少し冷静になってみると、ちょっと蒼汰に失礼な言い方だったかもしれない。種だけが目的の行為だとしても、そう言い切られるのは、あまり気持ちの良いものではないだろう。
「そのかわり、蒼汰がしたいことなんだってしていいから」
「な、なんでも……?」
「それとも、やっぱり無理か? いくら見た目が女でも中身は俺だし……」
「……それは大丈夫だ」
「そ、そうか……」
抱けるのか。
……複雑ではあるが、この際ありがたい。
「というか、大丈夫じゃないのはお前の方じゃないのか? ……男の初めてとは訳が違うだろ。それに出産なんて……」
「うん……でも、俺は大丈夫。アリシアにもう一度会えるならこれくらいどうってことないから」
「お前……」
「後、認知とかは考えなくていいからな。責任は翡翠がとって俺と結婚してくれるらしいし」
「け、結婚!? なんでそうなるんだよ!?」
それは、俺もわからないけど……
「それとも……やっぱり、好きな人がいるからダメなのか?」
「な……なんでお前がそんなことを知ってる!?」
「涼花から聞いた。彼女を振ったんだろ、もったいない……それに、水臭いじゃないか。そんな娘がいるなら俺に相談してくれても良かったのに……」
「で、できねぇよ……」
「まぁ、お前にも事情はあるわな。でも、そういうことなら無理強いする気はないさ……変なお願いしてすまなかった」
「もし、俺が断ったらどうするんだ? 諦めるのか?」
「いや……多分、誰か知らない相手を探すことになると思う」
「はぁ!? 何考えてるんだよお前!?」
「……仕方ないじゃないか。それ以外に方法がないんだから」
「ったく……わかったよ! 協力する、させてくれ。知らない誰かとなんか考えるんじゃねぇよ!」
「お前、無理してないか……?」
「無理してるのはどっちだよ!? ……俺のことはいい。別に捧げる操があるわけでもないし、童貞なんて捨てられるならいつだって捨てたいと思ってたんだから。それはお前といつも話してたことだろう?」
「……そうだなぁ」
昔蒼汰と語り合ったことを思い出す。
近所のお姉さんから誘惑されて後腐れのないエッチな関係になれたら最高だなって馬鹿話を良くしてたな……
「ほら、俺は役得しかないだろう? だから、俺のことより自分のことを心配しろよ……」
そういうぶっきらぼうな物言いも俺に気を使わせないようにするための蒼汰の気遣いだろう。
「……ありがとう、蒼汰」
そして、俺はその蒼汰のやさしさに甘えさせて貰うことにした。
……正直なところ、知らない誰かに抱かれるのは怖かったから。