「ん……ぅ……」
微睡みながら俺は静かな目覚めを迎えた。
随分と長く眠っていたようだ。
焦燥も悪夢も享楽も無く越せた夜はいつぶりだったろう。
俺はもぞもぞと枕元のスマホを手繰り寄せる。
目元をこすりながら画面を確認すると、そこには朝と昼の間辺りの時刻が表示されていていた。普段の目覚めよりも随分と遅い時間だった。
「まぁ、無理もないか」
昨日はいろいろありすぎた。
最期になると覚悟していたアリシアとのデート。そして夜に翡翠から聞いたアリシアを助ける方法。それから家族との話し合い……それに加えてその前日は徹夜だったのだ。
寝ている間に何件かメッセージが入っていて、俺は布団に入ったままそれらを確認していく。
翡翠から光博おじさんの了承を得られたという報告が入っていた。そのメッセージは夜だか朝だかわからないような時間に送られていて、彼女が随分と頑張って自分の親を説得してくれたことが窺えた。
俺は感謝の言葉を添えて、翡翠に提案を受け入れる旨の返事をした。
昨晩はあまり考えることもなく眠ってしまったけれど、一晩経って心の整理がついた。
もとよりアリシアを助けることは決まっている。蒼汰や翡翠が協力してくれるというのなら、その好意に甘えさせて貰おう。
それから、俺を心配するメッセージを送ってきていた優奈にも、翡翠の提案を受け入れることにした旨の返答をした。
次に来ていたメッセージの相手を見て俺は体を硬直させる。
それは涼花からのメッセージで、アリシアと別れることとなった俺のことを心配し励ます言葉が綴られていた。
そのこと自体はありがたいし嬉しかった。
だけど――
「涼花は私がしようとしていることを知ったらどう思うんだろうな……」
すでに失恋しているとはいえ、蒼汰は彼女の想い人だった相手だ。俺がこれからすることは、彼女から裏切者と罵られても仕方のない行為だろう。
「……でも」
涼花には申し訳なく思うけど、今の俺には、彼女の気持ちに配慮して他の選択肢を選ぶ余裕はなかった。
結果、涼花には心配してくれたことに感謝する当たり障りのないメッセージだけ返しておいた。
……俺自身がもう少し落ち着いたら、ちゃんと会って事情を全部話そう。
私は涼花のことを友達だと思ってるから、ちゃんと話したい。
それで嫌われたら……仕方ない。
「蒼汰……からは無いか」
蒼汰もきっと翡翠と光博おじさんとの話し合いの場に一緒にいたはずだ。それなのに蒼汰から連絡がないのは、きっとこれからすることを考えて悶々としてたからなんだと思う。
「……ふふっ、このむっつりめ」
戸惑う蒼汰の姿を想像するとなんだかおかしくて、俺はくすりと笑った。
「まぁ、どうせ翡翠から伝わるとは思うけど……」
これからお世話になると決めたのに何の連絡しないというのも気が引ける。だから、『よろしく頼む』とだけメッセージを送っておいた。
既読はすぐについて、少し時間を置いて『おう』とだけ返ってきた。
これで朝の連絡は一段落。
俺は枕元にスマホを置いて大きく伸びをした。
「んーっ……今日も良い天気!」
暖かい春の日差しが室内に差し込んでいる。
そろそろ着替えて下に降りようかと思っていたら、部屋のドアがトントンとノックされた。
「アリスー、開けるわよー?」
どうやら、俺のメッセージを見た優奈が直接話をしにきたらしい。俺の返事を待たずにドアが開いて優奈が入ってくる。
「おはよう、アリスー」
「おはよう、優奈」
「……決めたのね?」
「うん」
俺は優奈に笑顔でこたえた。
迷いはもうない。
「アリス……」
なのに、何故か優奈に抱きしめられてしまった……優奈に心配かけないようにしているつもりなんだけどな。
数秒間俺を抱きしめてから優奈は離れた。
そのまま優奈は勉強机の椅子に腰掛けて――どうやらこのまま部屋にいるつもりのようだ。
いまさら、それでどうこう言う間柄でもないので、俺は気にせずに着替えることにする。
「さっきパパが光博おじさんと電話してたよ。今日の午後からみんなでおじさんのお家に行って話をすることになったみたい」
「そうなんだ」
さすがに家族ぐるみで付き合ってきただけあって話が早い。
そう思いながら、俺はクローゼットから着替えを見繕う。
俺はそれらを手に取って姿見の前で合わせてみる。
「そのトップスに合わせるなら、そっちのスカートの方がいいんじゃない? 黒のワントーンだとちょっと重いかも」
優奈に言われるまま、俺は白のフレアスカートに持ち替えて合わせてみた。
……うん、たしかにこっちの方がしっくりするね。
やっぱり、まだまだこういったセンスは優奈にかなわないな。
「しかし、光博おじさんも驚いただろうね」
「ほんとにねぇ……」
俺の事情だけでも受け入れがたいことだろうに、娘の翡翠が戸籍上女である俺に嫁入りすると宣言して、息子である蒼汰の種を使って俺との子供を作るとか……ほんと、翡翠たちはよく光博おじさんを説得できたものだ。
パジャマの上下を脱いでベッドに投げ、取り出した服に着替えていく。
着替え終わって姿見に自分の姿を映すと、そこには見慣れた姿の自分が居て――少しだけ胸が苦しくなった。
そして、ふと思いつく。
……髪を切りたいな。
「ねぇ、優奈。ご飯食べたら、ちょっと外に出ても大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うけど……どうして?」
「美容院で髪を短くしたいんだ」
この体になってすぐ、同じことを提案したときは母さんと優奈に反対されたけど。
「そう……いいんじゃないかしら」
と、優奈は割りとあっさり同意してくれた。
「ばっさり切っちゃおうかなー」
と俺は指でハサミを作って、うなじあたりで髪をちょん切る真似をする。
「駄目よ、そんなの! 今持ってる服が合わなくなっちゃうじゃない」
「……そんなのもあるんだ」
「あーりーまーすー! だからね、短くするにしてもせめて肩くらいまでにしとこう?」
「そっかぁ……」
今は腰くらいまであるから、肩くらいまででも印象は変わるかな……?
「もし、イメージを変えたいんだったら、髪をくくってみたりとかもできるから」
「それ、いいかも」
今まで髪型はほとんど触ってこなかった。
アリシアと鏡写しである自分の姿をなるべく変えたくなかったからというのがあったから。
「後でシュシュ持ってきてあげるよ」
「ありがとう、優奈」
だけど、この機会にそれもやめてしまおうと思った。
アリシアの面影が大きく残るこの姿のままで、他人に抱かれたくないという……小さな俺のわがまま。